第百五十三幕【5年前のサラアラウスにて】
ドーメキ諸島外れのとある海域。
暗闇に包まれた海上にポツンと光を灯し浮かぶ大きな影。
それは2隻の船が繋がれ一つの船となった影だった。
海賊団【エンドラーズ】。それに乗っ取られた船、宝箱配置人のミリオン高速船だった。
その船上は…男達の宴の声で大いに盛り上がっていた。
その内、エンドラーズの船の方では…
「おーい嬢ちゃん!次はあれ見せてくれー!ほらさっきの!ガチガチッて噛むヤツ!」
「えっと、それは…これですか!?」
海賊の男達に囲まれながら言われ、イズミルはディアゴから"噛みつきの章"を開き意思を持ったように動く鎖に繋がれたトラバサミを出現させる。
ガチャンガチャン!ガチガチガチ!!
トラバサミは一人の海賊の男に飛び掛かるも、鎖が伸び切り寸での所で止まりガチガチと口を開閉する。
「うおほほ!良いぞー!」
「スゲェ魔術だなー!!」
「次は炎!炎吐いてくれー!」
まるでマジックショーでも観るように男達は楽しんでおり、イズミルもまんざらでもない様子でディアゴの呪術を披露している。
一方では、ユーリルが男達とお酒飲み勝負をしていた。
「この女神さん、飲みっぷり最高だぜー!!」
真っ赤な顔の男達に囲まれ、ユーリルも顔を真っ赤にしながらも一升瓶を両手にお酒を浴びるように飲んでいる。
「ク〜ッ!!まっずいれすねぇ!?やっぱりお酒は缶のレモンチューハイが一番れすね!!」
「カンノレモ…なんだって!?」
「やっぱりこの女神さん、只者じゃねぇ!!俺等の知らねぇ酒まで飲んでやがる!!」
「酒の女神だ!!酒豪女神だ!!」
男達に持て囃されながら、ユーリルは良い気になって更に酒を煽る。
ーーーーー
船上でそんな宴が開かれている中、リーサはエンドラーズの船長室に通され…この海賊団を仕切る【ベイルランド】と二人きりになっていた。
どちらも船上の宴とは裏腹に神妙な面持ちだ。
ベイルランドは椅子に腰掛け…リーサはテーブルを挟んで向かいの椅子に座る。
「まさか…停泊していた船を奪おうと乗り込んだら…姫様が乗っていらっしゃったとは驚きです」
落ち着いた口調でクールに話すベイルランド。
しかしその細く鋭い眼光は人を凍り付かせそうな威圧感がある。
「………何故………気付いたのですか?」
リーサは臆する事無く質問する。
「サラアラウスの住人なら気付きます。その瞳を見た瞬間にね」
「………そう………ですよね………」
「リーサ姫。何故サラアラウスを捨てたのですか?何があったんですか?…貴女が去って直ぐに…サラアラウスは崩壊したのです。俺が海賊団を立ち上げ…国民を導かなければ多くの人が路頭に迷い行き倒れていたでしょう」
「………私を恨みましたか?」
「いえ。今となっては…当時の王族のやり方は良くなかったと思います。それに、俺達はサラアラウスが崩壊したおかげで海賊として自由を手に入れたのです。むしろ感謝しているくらいです」
「…そうですか。それなら良かったです…」
リーサは顔を俯かせ…少し間を置いて語り始めた。
「…五年前…私は鳥籠の塔に幽閉されていました…。しかし、それを嫌だとは思った事はありません。サラアラウスでは代々それが当たり前。私の母もおばあちゃんも…皆その鳥籠の塔で育って来たのです…」
〜〜〜〜〜
五年前。
独立国サラアラウス。
鳥籠の塔に幽閉されていたまだ15歳のリーサ。自分が置かれた状況を不満に思う事もなく毎日国民の平穏に祈りを捧げ、誰とも接触する事無く一日一日を過ごしていた。
チリリン
窓の外のベルが鳴る。
リーサが窓を開けると滑車には夜の食事が乗せられている。下を見ると、食事を運んできたであろう召使いが滑車の紐を持って佇んでいる。
『リーサ姫様。お食事です。お昼のお食事の分の食器をお願いします』
滑車で運ばれてきた食事の側にはそう書かれたメモが。
リーサは滑車の食事を受け取ると、お昼の食事分の空の食器を代わりに置いた。…その食器は綺麗に洗われていた。本来は洗わずに置けば良いのだがリーサはそれでも毎回綺麗にして返却していた。
『本日もありがとうございました。お食事頂きますね』
そうメモにしたためて、リーサが紐を軽く引っ張ると、滑車に乗った食器はカラカラ…と下がっていった。
リーサはテーブルにつき、手を合わせて神に祈りを捧げる。
暫く祈りを捧げた後に…リーサがやっと食事に手を付けようとした時。
窓の外をチラチラと何かが光るのが見えた。
「まぁ!」
思わずリーサは立ち上がり、光が見えた方角の窓を大きく開いた。
鉄格子の隙間から見える遙か遠くの水平線に大陸を照らす様に夜空に上がっては消え上がっては消えを繰り返す小さな"火の花"。
リーサは目をキラキラと輝かせその光に見惚れる。
「久しぶりに上がりましたね…あれは一体何なんでしょうか?とても綺麗な光ですね…あ、そうだ。次のお食事の時に…あの光についてお手紙で聞いてみましょうか」
そう呟きながら食事の事も忘れて、遥か遠くの打ち上がる花火に見入ってしまうリーサ。窓から少し顔を出したその時!
ガツン!
「ギャバ!」
下からいきなりアッパーカットを受けた様な衝撃が走り、リーサは大きく打ち上がり後ろに仰け反ってぶっ倒れた。
「ひ…ひだいよぉ〜…」
派手に舌を噛んだリーサは口元から血をダラダラと流している。
「ゲッ!?人が居たのかよ…!」
そう言って窓から華麗に入って来た謎の男。
真っ黒な衣服に身を包んだ忍の様な姿をしている。腰には鎖鎌を巻き付けている。
リーサは塔を登ってきたであろうこの男の頭頂部にぶつかったのだ。
「は、はなだはいっだい…? (あなたは一体…?)」
リーサは目を丸くさせ口元を抑えながら怯えた様に声をかける。
「あ〜…それよりも先に…ホラ」
男は懐から手拭いを取り出し、リーサに差し出す。
「は…はひがとうござひまふ… (ありがとうございます)」
リーサは手拭いを受け取り流れる血を抑える。
「やれやれ…おらぁてっきりこの鉄格子の乗った塔は宝物庫かなんかかと思ってたんだ。まさかこんなところに娘が閉じ込められてるなんて夢にも思わねぇよ」
男は塔の中をキョロキョロ見回しながら言う。
「…まぁでも、中はそこそこ住めるようには綺麗になってるんだな。娘さん、ここに幽閉されてんの?なんか悪い事したの?」
「人聞き悪いですね…。ここは私と国民を不運から守る為に造られた塔なんです。まぁでも今、不運に絶賛見舞われた訳ですけど…」
「国民って…アンタ結構偉い人?」
「え…ひ、姫ですよ。ここサラアラウス国の!」
「ま、マジか!?」
男はギョッと驚く素振りを見せる。
「待って下さい!それを知らない人がこの国に居るハズがないのです!独立国家サラアラウスはもう長い間、入国も出国も出来ない閉ざされた国。それなのにそれを知らない貴方は…外の世界からやって来られたのですか!?」
「あ〜〜〜…」
男は言い淀んでいる。
「素敵です!!是非、外の世界のお話をお聞かせ願えませんか!?」
しかし、リーサはお構い無しに男の手を取りキラキラと純粋無垢な顔を向ける。
「えぇ〜…いや…俺は…」
「お名前はなんと仰るのですか!?」
「名乗る程のもんじゃ無いんでね」
はぐらかす男にリーサは少し考えた後、渡された手拭いに刺繍された生き物に目をつける。
「この生き物…なんていう生き物なんですか?」
「それは【鎌鼬】って言う空想上の生き物だよ。俺の故郷【富天龍】に伝わるその名の通り、腕が鎌になった鼬の幻獣だよ。」
「では、貴方の事は【鎌鼬】さんとお呼びしますね!」
「いや、え、は!?」
ニコニコと微笑むリーサに、たじろぎながらも鎌鼬は思案を巡らせる。
(チッ…俺とした事が侵入を見つかっちまうとはな…今はこの姫さんに話を合わせて…金目の物を頂いてサッサとズラかろう…)
盗みに来ただけの盗賊が、何かおかしな事に巻き込まれてしまった…と頭を掻く鎌鼬を、リーサは心を弾ませながら手を引っ張るのだった。
続く…




