第百四十六幕【なにわのチェーンソー少女と溶岩男】
日も沈み…街の中の喧騒も落ち着いてきた頃。
エンエンラ王国の外に停まる一台の軽自動車。
取り立てくんの中で焦った様子でカーナビの画面をカツカツと爪で叩くセリザワ。その横でトーヤマもパイプでシャボン玉をぷかぷか吹きながら様子を眺めている。
「は、早く繋がってよ〜…!!」
セリザワは速る気持ちでイライラしながら言う。
すると直後、カーナビの画面がザザッと乱れたかと思うと真っ白な画面が映し出される。
『……………あーあー、えーこちら棺桶保険協会人事部門。いかがされましたか?』
カーナビからそう声だけが響いた。
「…!!やっと繋がった…!!あ、あの、コチラ棺桶保険協会徴収課!!少しお話があります!!」
『あぁ…徴収課〜…』
セリザワが言うと少しバツが悪そうに復唱する人事部。
「あの!今日配属された"トコミヤ"さんの件なんですが…か、彼女は一体何者なんですか!?急に配属って…何も聞かされてないし…彼女、物凄く怖いんですけど…!」
『あ〜〜〜…詳しくは直接彼女に聞いてみてはいかがですか?』
「人事部コラッ!!ちゃんと説明しろッ!!」
セリザワは憤りを露わにしながら言った。
人事部は少し口籠った後…仕方無しと話し始めた。
『………えぇと………トコミヤさん………。元は棺桶保険協会CS課の方でして…あ、CSって言うのは『カスタマーサービス』の略称なんですが…』
「え"っ"!?元カスタマーサービスって…あの子、お客様を対応してたんですかッ!?」
『…はい…。ですが彼女、少しほら、ヤンチャな部分がありまして…』
「少しどころの騒ぎじゃないですけどねっ!!」
『理不尽なクレームには食って掛かり…酷い時はクレームを入れてきた者に直接"ヤキ"を入れてくる…といった具合で何度注意しても手がつけられず…彼女、"堕天候補"に上がっているんです…』
「だ、堕天…!!」
『はい。人間界へ追放…。彼女は天使では要られなくなってしまう。…ですから最後のチャンスとして徴収課で改めて再出発して頂き…粗暴な性格を正して頂ければ'堕天"は免れるかと…』
ここで初めてトーヤマが口を開く。
「…んで、徴収課にねぇ~…。そうだよねぇ〜。自分の部から"堕天者"が出たってなったら印象悪いもんね〜。だからこっちに投げて寄越したと…落ちこぼれが送られる"徴収課"なら、いくら堕天者が出ようがおかしくないもんね?」
『こ、コホン。いえそんな…人聞きの悪い…!』
「まぁ、大丈夫だよ。いつもの事じゃん〜。とにかくソッチとしては、サッサと徴収課のサインでトコミヤさんの"堕天書類"を発行して欲しいって訳だねぇ〜」
『………それは………おまかせします。貴方達の部署によるものですから…』
「またまた〜!正直に言っちゃえば良いのに〜!」
『…とにかく!コチラから話せるのは以上です!よろしくお願いしますよ徴収課!』
人事部からはそう言われた後、通信をブツッと切られてしまった。
トーヤマは背中をトスっとシートに預ける。
「まっ、そんなトコだろうねぇ〜」
「納得いきません!困ったら全部徴収課に投げてくるなんて…!」
「ま、それが徴収課。落ちこぼれ課と言われる所以だからねぇ〜」
「こんな扱い、正当じゃないですよっ!私、もう一度人事部に…」
「なぁなぁ、何の話しとるん〜?」
ヒョコッと助手席側の窓に肘をかけ、声をかけてくるトコミヤ。
「ギャワァァァァーーーーー!!!と、トコミヤさん!!歓迎会するから酒場で待っててって言ったでしょ!!」
「あんまり遅いから来ちゃったわ!………で、深刻そうになんの話してたん?」
「そ、そ、それは、あの、トコミヤさんの歓迎会でどんなサプライズをしようかな〜って!!だからバレたく無かったのに〜!!も〜、トコミヤさんったらぁ〜!!」
セリザワは言いながら、取り繕った笑顔をトコミヤに向けながらほっぺを突付いた。
「ほうか?人事部がどうとか言って無かったか?」
「じ、じんじぶぅ〜???な、なんの事ですかね?私達は『じぇんじぇん大丈夫〜』って言ったんです!ね、トーヤマ先輩!?」
キッとトーヤマを睨み、急に話を振られたトーヤマがビクリと肩を震わせる。
「う、うんうん。ウチが『トコミヤさんに後つけられてないか〜?』って聞いたの!そしたら後輩ちゃん呂律が回んなくて"じぇんじぇん"なんて…ブフッ」
トーヤマは思わず吹き出してしまう。
セリザワはジト目でトーヤマを睨んだ。
「へ〜…?ま、ええわ。ほな、自分ちゃんは大人しく酒場に戻っとくわ〜!先輩さん達もはよ来てな〜!」
そう言ってトコミヤは手を振りながら酒場に戻って行く。セリザワがホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、途中で足を止めたトコミヤが顔だけをコチラに向け冷たい視線を送る。
「………先輩さん。もし自分ちゃんの事、騙したり裏切ったりしたら…先輩さん達でも…許さへんからね?」
ゾクッ…
そう言い残して去っていくトコミヤにゾッとするセリザワとトーヤマ。
「に、に、逃げましょう!!!」
「えっ?」
セリザワの提案にギョッとするトーヤマ。
「絶対殺されますよ…私達…!!」
セリザワは血相を変えてブルブル震えながら言う。
「ま…まさかそんな…大袈裟だなぁ…」
…と言いながらもトーヤマのパイプを持つ手もブルブル震えている。
「早く!出来るだけ遠くに!!さぁ!!」
「わ、分かったよぉ…どうなっても知らないよ?」
エンジンをかけ…取り立てくんはゆっくりと発進した。
トコミヤを置いて…出来るだけ遠くに逃げる為に。
ーーーーー
エンエンラ王国から離れるように暫く進んで行くと鬱蒼とした森の中に入る。辺りはもう真っ暗で、取り立てくんのヘッドライトの光だけを頼りに木々の間を進んで行く。
「…本当に逃げ出して大丈夫かな…。それこそ見つかったら報復されそうだけど」
運転をしながらトーヤマは呟く。
「そうですけど…逃げなきゃもっと早くに私達切り刻まれてたかもしれないじゃないですかっ!」
ブルルッ…と自分を抱いて身を震わせ、縮こまりながらセリザワは言った。
「あの子絶対追ってくるよ…。ウチら、これからずっと逃亡劇か…うわ!!」
急に叫んだトーヤマは急ブレーキをかける。
「な、何!?いや!!まさかトコミヤさんが追い付いて!?」
伏せるセリザワ。しかし、そうではなかった。
取り立てくんの前方。
進路を防ぐように急に地面が割れたかと思うと、その割れ目から火と溶岩が噴き出している。
真っ暗だった森の中が、その光で辺りを照らしている。
「ギャーーーーー!!!お化けぇぇぇぇぇ!!!!!」
ふいにセリザワが叫ぶ。
火で照らされた取り立てくんの周りを、黒ローブを羽織った連中が取り囲んでいたのだ。
「本当に来るとはなぁ〜?流石"クルブシ"の直感は当たるねぇ〜?」
黒ローブの男達の中で一際目立つ赤い髪の男が取り立てくんの前に出て言った。
「さぁ、乗り物から降りて来て貰おうか?あんたらには色々聞きたい事もある。早くしないと乗り物ごと溶岩に沈めんぞ?」
ピシピシッ!!
ガタン!
赤髪の男の足元から亀裂が伸び、取り立てくんの前輪が亀裂に入り傾いてしまう。
「わぁ!!タンマタンマ!!分かった!!降りますから、これ以上取り立てくんを壊さないで!!治って戻って来たばかりなのにぃ!!」
「降りるの!?絶対ヤバいでしょ!?」
「だからってこのまま取り立てくんと心中しますか!?」
セリザワは意を決して助手席から外に出る。
それを見てトーヤマも渋々運転席から出る。
周りの黒ローブにすかさず腕を後ろ手に回され、赤髪の男の前に無理矢理座らされる。
「さぁて?棺桶保険協会だったか?………宝箱配置人協会が発足して暫くすると現れた組織…。単刀直入に聞こう。お前達組織と宝箱配置人協会との関係は?」
「し、知らないですよ!!私達はただの一介の徴収人に過ぎなくて…貴方達こそなんなんですか!?なんの為にこんな…」
「勝手に喋んなッ!!」こっちの質問が終わってねぇんだよッ!!」
セリザワはビクリと身体を震わせる。恐怖で震える声でなんとか虚勢を張ったものの、赤髪に恫喝され言葉を詰まらせた。
「…【エクス・ベンゾラム】でしょ?世界は"偶然と成り行き"に任せるべきだって謳ってるカルト教団の…」
トーヤマが呟くように言う。
赤髪がフッと微笑み…口を開く。
「…そうだ。俺はそのエクス・ベンゾラムの一人【クレナイ】だ。他にも幹部の人間が居てなぁ…メーダ村で"トコシエ"って幹部の研究が邪魔された。報告では宝箱配置人の仕業で、その中にアンタらも混じってたらしいじゃねぇか。どういう事だ?」
「それは…混じったと言うか混じらされたと言うか…」
トーヤマが言うと、クレナイが続ける。
「おかげで研究はおじゃん。大切な仲間も宝箱配置人に殺された。テメェらはその手助けをした。違うか?」
「そ、そんなつもりはッ…!!」
セリザワが否定にかかるもクレナイがそれを静止する。
「だが結果的にそうなってんだ。………クルブシは棺桶保険協会もこの世界の裏で暗躍してると考えてる。宝箱配置人と裏で繋がってるってな。そうなのか?」
「知りませんよ…分かりません…私達はただ、宝箱配置人から棺桶保険料を徴収したかっただけで…」
「ま、どうあれだな。宝箱配置人と同じく、棺桶保険協会もエクス・ベンゾラムにとっては厄介な存在だったんだよ。『死んでも死なねぇ』なんて、明らかに"偶然と成り行き"で成り立ってる世界で都合が良過ぎるシステムだと思わねぇか?人は死んだら死ななきゃいけねぇ。それが自然の摂理なんだよ」
「だったら…なんなんですか?…私達をどうするつもり…」
セリザワがキッとクレナイを睨みながら言う。
「そうさなぁ〜…首でも切って棺桶保険協会に送り付けてやろうか?そうすりゃ奴らも黙るか?」
セリザワとトーヤマは血の気を引かせる。
「冗談だ冗談!そんな勿体ねぇ事はしねぇよ。…エクス・ベンゾラムも何かと資金が入り用でね。その身体使って金でも稼がせられんだろ」
クレナイは言うと、ローブを翻してその場を去ろうとする。周りの黒ローブ達がセリザワとトーヤマを囲み怪しく笑い出す。
「ちょ、ちょ、ちょっとぉ!?私達は女神界直属の天使ですよ!?こんな罰当たりな事すると…罰当たりな事すると…罰が酷いんですからね!!」
「おっと、そうだ。稼がせるのは水色の女だけだ。そこの緑のガキは商品にならなそうだし煮るなり焼くなり好きにしな」
「ガキじゃないわ!ウチ、24歳だけどね!」
不服そうにほっぺを膨らませるトーヤマ。
「い、言ってる場合ですか!?い、いや!近づかないで!!」
抵抗するセリザワに徐々に黒ローブ達が群がろうとした…その時!
ギャリギャリギャリィ!!
闇夜に響く音と共に何かが近付いて来る。
「上だ!!!」
誰かがそう叫ぶと、全員上を見上げる。
空に浮かぶ月をバックに、逆光で真っ黒な影がコチラに向かって降ってきたかと思うと…
バリバリバリィ!!!
「うわぁーーーーー!!!」
それは地面をドリフトしながら、セリザワとトーヤマを囲っていた黒ローブ達を一気に蹴散らした。
「何だッ!?」
クレナイも少し驚いた表情を見せる。
空から降ってきたのは、チェーンソーを取り付け、その刃の回転で進むキックスケーターをまるでバイクの様に乗り回すトコミヤの姿だった。
「先輩さん達〜!!大丈夫かー!?」
かけていた風除けのゴーグルを上にずらし、トコミヤが声を上げる。
「と、トコミヤさん…!!」
セリザワは涙ぐむ目を向けながら、か弱そうに声を漏らす。
「チッ…まだ仲間が居たのか?」
クレナイは鬱陶しそうに右手を前に突き出す。
すると、それを合図にクレナイの足元からトコミヤに向かって地面に亀裂が走り、その亀裂からは溶岩が噴き出している。
バルルン!!
チェーンソーバイクは発進しそれを避ける!
クレナイは追い打ちと、溶岩の塊を連続して飛ばすも、トコミヤは華麗にそれを避け…近くの木にチェーンソーの刃を食い込ませたかと思うと、そのまま垂直に木を登っていき射出されたように空に飛び上がる。
空中で身体をよじり、キックスケーターからチェーンソーを取り外したトコミヤはそのままクレナイに向かって飛び掛かった!
クレナイはそれを咄嗟に避けるも、すかさず身を翻すトコミヤの振りかざしたチェーンソーは…
バルルン!
クレナイの首元でピタッと止まる。
「アンタらカルト教団さんは棺桶保険に入ってないんやろ?ほな、死なんように手加減したるわ」
瞳孔の開いた目で、ニヤリと笑みを浮かべながら言うトコミヤ。この状況を楽しんでいる。
「なんなんだ…お前…!!」
「大したもんやない…しがない棺桶保険協会・徴収課や!この"掃一"きゅんの刃が回っとる内は先輩さんに手出しさせへんで!!」
「チッ…」
クレナイは舌打ちをすると、身体がドロリとまるで溶岩のように溶け地面に潜ってしまった。
「あ、コラ!逃げるんか!?」
憤るトコミヤにクレナイの声だけが響く。
「今日はここまでだ!お前の事をクルブシに報告しないといけないからなぁ。ヘッ…少しは骨のあるヤツが居るみたいで…今後楽しくなりそうだぜ!またな!なーに、すぐ会えるぜ…クルブシの直感を頼れば…何処に居たって必ずな…」
そう言って、クレナイの声はしなくなった。
クレナイが去ってしまい、他の黒ローブ達も散り散りにその場から去っていく。
「なんや!肩透かしやな!そんなもんかいな!」
チェーンソーを肩に乗せ、溜め息をつくトコミヤ。
「トコミヤさんッ!!」
「おわっ!?」
セリザワはそう叫び、徐ろにトコミヤの懐に抱きついた。
「ありがとうございます!!ありがとうございます!!本当に助かりました!!」
涙ぐみながら言うセリザワに満面な笑みを返すトコミヤ。
「かまへんかまへん!先輩さん達に仇なすもんは、自分ちゃんが必ずぶちのめしたるから!」
そこにトーヤマも近付き申し訳無さそうに言う。
「ごめんねトコちゃん…置いて逃げちゃったのに助けてもらって…」
「違うんです!トコミヤさん、絶対怒ってると思って…それで怖くなっちゃって…」
セリザワも申し訳無さそうに言う。
「怒ってる…?なんでや…?」
「だって…裏切ったら許さないって…冷ややかに言うから絶対怒ってると思って…」
「あ、あぁ…あれ…?あんま面白く無かったか?冗談のつもりやったんやけど…ジョークやジョーク!」
トコミヤは頭を掻きながら、少し恥ずかしそうに言った。
「ジョーク…?わ、わ、分かるわけないじゃないですか!?」
「あれ〜?だ、ダメだったか〜…へへへ」
無邪気に笑うトコミヤを見て、セリザワもトーヤマも緊張が解れ一緒になって笑い合った。
ひと仕切り笑い合った後…トーヤマがふと声をかける。
「…でも、笑ってばかりも居られないよ…。変なのに目を付けられちゃったからね…これからどうしようか…」
「心配あらへん!もし奴らがまた襲いかかって来ても、自分ちゃんとこの遅延掃一きゅんで相手したるわ!さながら、棺桶保険協会・徴収課の防衛係と言ったところやな!」
胸を叩いて胸を張るトコミヤ。
「ふふ…そうですね。防衛係のトコミヤさん!頼もしいです!…あの、改めてよろしくお願いしますね…」
手を差し伸べるセリザワ。
トコミヤはまたニカッと満面な笑顔を向けると、その手を握った。
こうして、棺桶保険協会・徴収課に改めて新たな仲間が迎えられる事になったのだった。
続く…




