第百四十五幕【なにわのスプラッター少女】
新しい仲間【トコミヤ】を迎えて、KHK・徴収課は保険料を踏み倒している冒険者一人から回収する為にエンエンラ王国へと向かった。
王国の正門の前に停車する取り立てくん。
その取り立てくんに繋がれたキックスケーターに乗っていたトコミヤは助手席側に周り、空いたドアに手を付いて興奮気味に話す。
「さ、最高だった…!!もう…なんて言うんやろ…とにかくスリル満点だった…!欲を言えばも〜少しスピード出してもろても良かったのに!」
フンフンと鼻息荒く興奮するトコミヤをまぁまぁと宥めながら、助手席のセリザワはカーナビを確認する。
「どうやら例の冒険者はお家に戻っているようですね」
セリザワが言うと、興味津々といった具合にトコミヤは窓から上半身を入れカーナビを観る。
「グエッ!ちょ、ちょっと!」
セリザワはトコミヤに押されシートに押し付けられる。
「凄いな〜?なんでそんな事がわかるん?さいせんたんってヤツか?おーばーてくのろじーってヤツか?」
「目撃情報とか噂を算出して大体の予測位置を投影してくれるんだよ〜…まぁ…精度は五分五分ってとこかなぁ〜滞納者もその場に留まってる事はほぼ無いし…」
「へ〜!へ〜!」
「お、重い〜!早く降りて〜!」
ーーーーー
取り立てくんで正門をくぐり…大通りをゆっくりと進んで行く。
「ど〜も!ど〜も〜!」
取り立てくんに引っ張られながら道行く人々に笑顔で手を振りながら挨拶をするキックスケーターに乗っているトコミヤ。
そんな徴収課一行を街人は不審そうに眺めている。
「よーし着いたよ〜」
トーヤマの運転で目的地の民家の前に止まる。
「噂の通り、自分ちゃんらの事は余り良く思われてないみたいやなぁ〜」
顎に手を当てながら言うトコミヤ。
取り立てくんから降りてセリザワとトーヤマも集まる。
「忌み嫌われてるからねぇ〜ウチら。この取り立てくんを見れば、みーんな棺桶保険協会の徴収課だって分かっちゃうし」
「ふ〜〜〜ん…?」
何か思うところがあるのか、トコミヤは顎に手を当てたまま思案している。
「しかし!私達は何も間違った事はしてないですから!世界法で決まっている以上、冒険者は棺桶加入は必須!そして、必ず毎月保険料は支払わなければならないのです!」
セリザワは言い放ちながら、取り立てくんの荷台を開け、自分の大きな虫取り網を肩にかけ、トーヤマに刺股を渡す。
徴収に取り掛かる準備をするそんな二人を見ながら…真顔でトコミヤが口を開く。
「………つまりナメられてるんやな」
「えっ?」
「間違った事をやってないのに白い目で見られる…つまりナメられとるっちゅーコトやな?」
「ナメられてるって言うか…って、え?ど、どーしたのトコミヤさん?」
様子が代わったトコミヤに困惑するセリザワ。
トーヤマは特にリアクションせず静観している。
「先輩さん達…ここはどないやろ。自分ちゃんに徴収を任せてくれへんか?」
「え?え?」
「いーんじゃない?トコちゃんのまずは実力を図ってみるのも」
尚も困惑するセリザワ。トーヤマはポケットからパイプを取り出しシャボン玉を燻らせながら言う。
「ほなそれで決まりや!まぁ見といて〜!」
ニコッ!と満面な笑顔に戻るトコミヤ。
クルッと踵を返し、滞納者が居ると思われる家屋の玄関へと向かっていく。
「良いんですか?いきなり徴収に向かわせて…。初っ端恫喝するような人が相手だと心が折れてすぐ辞めちゃうかも…」ヒソヒソ
「良いんじゃない?彼女自身満々だし。そんな簡単に心が折れるタイプじゃないでしょ。…それに…」
「それに?」
「…問題を知る良い機会かも」
「…へ?」
セリザワとトーヤマのコソコソ話を知る由もなく、玄関前に着くトコミヤ。
コンコンコン
徐ろにドアをノックする。
暫くして…ガチャリと扉が空き、髭面の目つきの悪い男が出て来た。
「…あ〜?なんだ?…おっ」
髭面はトコミヤに舐める様な視線を送る。
「へへ…ネーチャン、"良いもん"持ってんなぁ…。言い値で良いよ。それで少しおじさんと遊ばないか?」
「話が早くて助かるわ。そんなら『15万8千G』支払って貰おか?」
「じゅ、じゅう…?へへ、冗談だろ?」
「冗談ちゃうわ。アンタが滞納した保険料。キッチリ返してもらおか?」
「お、お前まさかKHK!?」
バタン!!ガチャリ…
KHKだと気付いた途端、髭面は扉を思い切り閉め鍵をかけてしまった。
トコミヤは再度、扉にノックする。
しつこくノックしていると中から声がする。
「うるせぇ!テメェらに支払う金なんざ1Gだってねぇ!!とっとと帰んな!!」
「そんなこと言わんと!金は持っとんやろ?」
「帰れ!!!」
取り付く島もない。
トコミヤはクルリと踵を返し、セリザワとトーヤマの元へ戻って来た。
まぁ分かって居たと余裕そうにドヤるセリザワ。
「ま、そう簡単にいかないですよね。でも、ここからが徴収課の見せ所なんですよ!私達の武器は"しつこさ"!ま、ここは先輩達の技をとくと…」
セリザワが言い終わる前にトコミヤが口を挟む。
「まぁちょっと待ってーや」
そう言ってトコミヤはちょっと開けた場所に移動する。
「こんな時の為に…自分ちゃんには"愛しの彼ピッピ"がおるんやから〜」
それを聞いて、セリザワとトーヤマはギョッと顔を見合わせる。
「かれ…」
「ぴっぴ…!?」
目を丸くして言い合う二人を差し置いて…
トコミヤは何処から取り出したか、自分達が女神界直属の"天使"である事の証明にもなる手のひらサイズの"天使の輪"を指にかけてクルクル回す。
「トーヤマ先輩!注意して下さい!」ヒソヒソ
「え?」
「私は反対です!彼氏さんまで呼び出されて惚気けて仕事なんて、それこそ仕事をナメてますよ!ナメられてますよ!」ヒソヒソ
「そんなこと言ったって…なんて注意すんのさ…」ヒソヒソ
「仮にも先輩なんですからガツン!と…」ヒソヒソ
「えぇ~…?」
嫌そうな顔をするトーヤマ。そんなヒソヒソ話し合う二人の言葉を遮るように、トコミヤは動きを見せた。
回した輪っかを空高く上げたかと思うと、天使の輪は激しく空中で回転し…次第に大きくなっていき…直後!!
「出でよ!!彼ピッピ〜!!」
バチバチバチ!!ズドーン!!
「え!?何!?何なの〜!?」
セリザワは腰を抜かす。
「か、彼ピッピは召喚するものなの〜?」
トーヤマはポロッと咥えていたパイプを落とす。
シュ〜〜〜………
天使の輪から出現したソレは大地に突き刺さり白い煙を吐いている。
トコミヤはそれを"手に取った"。
バルルルンバルルルン!!
ドッドッドッドッドッ!!!
エンジン音を掻き鳴らし…煙の中から現れたのは…
「先輩達ぃ!!紹介するわぁ!!自分ちゃんの彼ピッピ…【遅延掃一】きゅんやぁ!!」
それは何処からどう見てもジャラジャラと大量のマスコットキャラクターのストラップがぶら下がりキュートにデコられた派手なピンク色の"ただのチェーンソー"だった。
「わ〜ん、会いたかったよぉ掃一きゅ〜ん!チュチュチュ!」
トコミヤは徐ろにチェーンソーの持ち手にキスをする。
どうやら本気で、チェーンソーを彼ピッピとして溺愛してるようだ。
「よっしゃあ!!ほな先輩達、ちょっと危ないから下がっててなぁ〜!?」
ドッドッドッと音を立てるチェーンソーを構え、ズンズンと滞納者の家は再度向かうトコミヤ。
「ちょ、ちょ、ちょーーー!!?何をする気ですかぁ!?」
セリザワの叫びも虚しく、先程までの人当たりの良かった笑顔のトコミヤは何処へやら…キッ!と瞳孔の開いた目に冷酷そうな笑みを浮かべながら家屋のドアを蹴る。
ダンッ!!!
「オラッ!!はよ開けんかいワレッ!!」
「な、なんだぁ!?」
急に豹変したトコミヤに、中の滞納者も驚いている。
「大人しゅー滞納料金支払うコトやの〜!!これ以上最悪な目には会いたく無いやろ!?」
「う、うるせぇ!!脅したって無駄だ!!無いもんは無い!!サッサと帰れッ!!」
「ワレェ!!!KHKナメとったらアカンぞおぉぉッッッ!!!!!」
ヴィィィィィィ…
ギャギャギャギャギャギャ!!!!!
トコミヤは容赦無く玄関のドアにチェーンソーを当て、いとも簡単にドアを破壊してしまった!
その玄関からトコミヤは中に入っていってしまう。
「ちょちょちょおおお!!と、止めて下さい!!止めて下さいよトーヤマ先輩!!」
「む、無理だよ無理無理…!」
二人も成す術がないといった具合でその場で腰を抜かしている。
「オラァ!!何処に隠れよった!!」
ゴトッ…
近くのクローゼットから音が聞こえた途端、トコミヤはチェーンソーの刃をクローゼットに当てそのまま横にスライドさせる!
「ヒィィィ!!」
寸でのところでクローゼットから男が飛び出す。
少し遅ければクローゼットごと真っ二つだった。
「お、お、お、お前…!!俺を殺す気か!!?」
尻もちをついた男は震える指を差しながらトコミヤに叫ぶ。
「あ〜〜〜ん?大丈夫や。お前は瀕死で棺桶になるんやから」
「こんなの、横暴だ!!しかるところに訴えてやるからなっ!?」
「知ったこっちゃないのぉ!!ワテらは女神界直属の天使や!!人間界の法律なんか適用されへんのや!!!」
「分かった!!も、もう払います!!払いますから勘弁してッ!!」
「もう遅いわっ!!チャンスを逃す奴は馬鹿を見る…ワテらにナメた態度を取った自分を恨むんやなぁ〜?」
バルルン!!バルルン!!
音を奏でるチェーンソーを、トコミヤはゆっくり振り上げる。
「『"遅延"した奴を"一"早く"掃"討する』と書いて『遅延掃一』や!!この刃が回っている限り…何人足りとも逃しはせん…大人しゅう掃一きゅんの刃の血と錆になれぇぇぇ!!!」
「ウギャアアアアア!!!!!」
ーーーーー
「大丈夫ですか!!?ゲッ!!!」
遅れて家に入って来たセリザワとトーヤマ。
しかし、時既に遅し。
家の中は見るも無惨な状態だった。
「す、す、スプラッターーーーーァァァ!!?」
「ほら、先輩さん達!今の内や!家漁って、滞納金徴収するで!足りない分は…家財道具差し押さえたらええ!」
叫ぶセリザワにクルッと振り返り屈託のない笑顔を向けるトコミヤだが、その全身は返り血で染まり…
その足元には棺桶が転がっている。
「こ、こ、こ、殺したんですかっ!!?」
セリザワが顔面を青く染め震える指を指す。
「まさか!!見ての通り、棺桶保険を真っ当に享受しとるわ!」
「そ、そ、それでもやり過ぎですっ!!周り、血まみれじゃないですかっ!!」
「これくらいせなあーいうクズは分からんやろ。これぐらいしとけば二度と滞納しようなんか思わへん!へへへ!な〜掃一きゅん?今すぐ綺麗にしてあげるからな〜…」
そう言いながらトコミヤは遅延掃一を愛でながらその場を後にした。
「あ、あ、あの子…だ、だ、大丈夫なんですかっ!?」
「う〜〜〜ん…まぁやっぱりって感じかな…」
トーヤマは頭を掻きながら言った。
「やっぱりって…分かってたんですか!?」
「だってさぁ…徴収課に送られて来るような子だよ?…何か難があって送られてくるんだよここにはさ。上が優しかったのもそういう事だよ」
「私達に…あの子の世話を見て貰う為…ですか…」
ヘナヘナ…と、その場に座り込んでしまうセリザワ。
どうやら、一筋縄ではいかなそうな人物が仲間になってしまったようだった。
続く…




