第百四十三幕【守りたい守られたい守れない】
夜深くなるも、スコピールの為に用意されたテントからはランプのオレンジ色の光が漏れていた。
中のスコピールは机につき、何やら考え事をしていた。
(テントにかけられた魔力を封じる術で…妾の魔力を完全に抑えたつもりじゃろうが…そんな簡単に封じ込めると思うなよ…。じいやが持ち出してくれたズタズタうさぎちゃんを使った身代わりの術くらいは使えるハズ…それを使って上手くここから逃げ出してやる…。しかし、テント外で見張ってる魔王軍の兵士をどうやって欺くか…何か良い案はないか…)
ザッ…ザッ…
テントの外から足音が近付いて来る。
スコピールはテントの出入り口を睨み警戒する。
外の魔王軍兵士と何やらやり取りをしている。
暫くして…スコピールのテントに入って来たのは…
「……………お邪魔するね……………」
フラップジャックだった。
「邪魔するなら帰れッ!」
「……………分かった……………」
…と言いつつ出る素振りすら見せず、スコピールを見つめるジャック。
「……………あの…な、分かったって言ったよな?」
「……………ドーラちゃんが……………貴女と仲良くしろって……………」
「話を聞いておるのか!?」
「……………不本意だけど……………仲良くしてあげる……………」
ジャックは言って手を差し伸べる。
スコピールは一瞥し口を開く。
「………仲良くすると思うか?妾は…お前に殺されかけたんだぞ?」
「……………」
「お前の顔なぞ見たくもない。魔族と親睦を深めるつもりはないからのっ!」
ジャックは上げた手をゆっくり下げる。
「……………まぁ……………分かってた……………」
「それなら出て行ってくれ。……………妾はお前等の口車に乗せられたりせん」
そう言ってスコピールはベッドに向かう。
途中足を止めフラップジャックに振り返り続ける。
「そうだな、妾の魔力を封じておるじゃろ?…それを解いてくれたら考え直してやっても良い」
ニヤリと笑うスコピール。
フラップジャックは勿論首を横に振る。
「……………それは……………出来ない」
「フン!お前も話の出来ないヤツじゃな。それなら用は無い!」
「……………良かった……………貴女が同意しなくて……………。ジャックだって……………人間と仲良く……………なんて……………まっぴら……………」
「だったら尚更何しに来た!?」
スコピールは流石にイライラが募り、ダン!と足踏みをする。
「……………ジャックはいくら嫌ってくれても良い……………ただ……………ドーラちゃんは……………信じてあげて……………」
「アイツを信じる?ふざけるなッ!何故妾が魔王を信じねばならん!?妾はアイツに国も家族も…!!」
「……………貴女が招いた事……………。ドーラちゃんは……………それを救おうと……………」
「うるさいッ!!アイツが来なければこんな最悪な事態にはならなかったのじゃ…!!全部…!!アイツのせいなんじゃ…!!」
「……………子供だね貴女……………」
「何…?」
「……………未熟な内に権力を持てば……………身を滅ぼす事になる……………貴女はやっぱり……………ダメな人間だよ……………」
スコピールは言われ…ググッと拳を握り締める。
「言うに事欠いて…妾を侮辱するか…!!」
スコピールは右手の拳を前に突き出し開く。
ボヒュン!
小さな火球を飛ばす。
フラップジャックの顔の横を掠め…パン!と弾け爆発した!
微動だにしないフラップジャックだったが、頭のタコ足が一本爆発で千切れ、ビタン!と地面に落ちる。切り口は焦げて煙を吐いている。
「魔力を封じられようが…この程度なら造作もない。今度は顔面に目掛けて放ってやるぞ…」
「……………貴女は……………何を怯えているの……………?」
「まだ言うか貴様ッ!!」
ギリッ…と歯を食い縛り、スコピールは再び右手に力を込める。
「……………好きなだけ……………攻撃を浴びせれば良い……………気が済むまで……………何度も……………何度も……………その代わり……………ドーラちゃんには……………手を出さないで……………」
バヒュッ!!
パン!
スコピールの飛ばした火球は先程と反対のジャックの頬を掠め爆発。
再びタコ足が一本千切れ飛ぶ。
「お望み通り…細切れにしてやる…!!お前を殺して、その後はあの偽善者魔王も…いや、妾にやった様に…アイツの大切なモノを一つづつ壊していってやる…!!そうやって絶望に打ちひしがれてしまえば良いんじゃ!!」
「……………ハァ……………」
ジャックは大きく溜め息をつき、俯いてしまう。
「……………歩み寄ろうとしたよ……………」
「歩み寄る?…ハッ!無駄じゃ!妾は必ずお前等魔族を根絶やしにしてやるからのッ!その決意がより一層固まったよ…!!」
「……………でもやっぱり無理だった……………ごめんねドーラちゃん……………」
「何をブツブツ言って…」
スコピールが再び魔力を手に込める…
しかし、その前にフラップジャックの頭のタコ足がスコピール目掛けて伸びて行く!
「!?」
しかし、ジャックの目の前のスコピールではなく背後から忍び寄っていたナイフを持った"もう一人のスコピール"の首にタコ足は巻き付き床にねじ伏せさせた!
「グァッ!?」
前にいたスコピールはボワン!と白い煙を上げズタズタうさぎちゃんに戻ってしまった。
「……………分かってたよ……………チンケな魔法……………」
「ば、バレておったのか…!!う、うわっ!?」
ねじ伏せられたスコピールはそのままタコ足で持ち上げられ…ベッドに叩き付けられる。
すかさず、ベッドに仰向けに倒れたスコピールに馬乗りになるジャックは枕をスコピールに被せ…直後ギリギリと首を締め上げる。
「ーーーーーッ!!!!!」
ジタバタと暴れるも枕を被せられ声を出せないスコピールの首に巻き付いたタコ足はお構い無しに力を込める。
「……………やっぱりダメだ……………人間と……………分かり合うなんて……………」
ギリギリギリ…!!
「……………ドーラちゃんには……………手を出させない……………何があっても……………」
「ーーーーーッ!!!」
枕の下で…次第に意識が遠のくスコピール。
暴れていた動きも徐々に小さく…
「ジャック…!!!!!」
そんな叫び声にジャックは振り返る。
テントの出入口にドーラが立っていた。
「ジャック…!!ヤメて…!!」
「………………ドーラちゃん……………コイツは生かしてたらダメ……………ドーラちゃんが………………危ないから……………!」
尚も手を緩めないジャックにドーラはキッと睨み付けムカデの尻尾を化現させる。
「ジャック…!!ワタシに貴女を攻撃させないで!!!」
厳しめに言われ…ジャックはやっとタコ足を離し、その場から離れる。
ドーラはすかさずスコピールに駆け寄り抱きかかえる。
「ゴホッゴホッ…!!ここは安全じゃ…無かったのか…!!ゴホッゴホッ!!」
「ごめんなさい…!こんな事になるなんて…!」
「ゴホッ…これだから…魔族は…ッ!!もう妾を放っておいてくれ…ッ!!うぅ…」
スコピールは苦しそうに首に手を当てながら涙を一筋流す。
「……………ドーラちゃん……………」
呟くジャックにドーラは振り返り、キッと顔をしかめ口を開く。
「出て行ってジャック…!」
「……………ドーラちゃん……………ジャックは……………」
「いいから出て行きなさい!!」
「……………」
ドーラに叱責され、ジャックは何も言わずテントから出て行った。
ドーラは抱きかかえるスコピールに目を合わせ、申し訳なさそうに謝る。
「悪かったわ…もうこんな事にならないようにするから…」
「だったら…早く元居たところに帰してくれ…うぅ…パパ…ママ…」
泣き声は上げないものの、溢れる涙を必死に腕で拭うスコピールを見て、ドーラは胸が苦しくなる。
「もう大丈夫…大丈夫だから…」
そう言って、なけなしに安心させようとする事しか出来なかった。
〜〜〜〜〜
次の日。
早朝、魔王軍野営地の広場に休暇から戻ったイクリプス、バッカル、ランドルトブラックが呼び出され集まる。
その前にドーラがやって来る。
「…よし、来てくれたな!………ジャックは?」
「ジャックちゃん、布団に包まっていくら起こそうとしても"放っておいて"って動かなくてサァ…」
バッカルがやれやれと首を振る。
「珍しいですね。姫様の招集に来ないなんて。ジャックさんはいつも飛んで来るのに」
イクリプスは首を傾げる。
しかしドーラは構わず口を開く。
「…そう、ならジャック抜きでも良いわ。魔王軍四天王のみんなに新たな指示を出す」
「…新たな指示…?」
腕を組み仁王立ちするランドルトブラックが呟く。
「えぇ。貴方達には勇者一行を捕えろと指示をしたけど…一旦それは撤回するわ」
「え?」
バッカルはポカンと口を開ける。
「新たな指示…"第三勢力の調査"をお願いしたいの」
「第三勢力とは…?」
イクリプスが顎に手を当てながら聞く。
「詳しくは後で話すけど、魔王軍と人間界の溝を深め争わせようとしている謎の勢力が居る事が確認された。ソウルベルガの崩壊も、その勢力に誘導されていた可能性が高い。貴方達にはその勢力が何者なのか、そんな事をする理由はなんなのかを調べて欲しいの」
「勇者より…そちらを優先して良いのですか?」
「えぇ…。どうもきな臭いのよ。放っておいたら何か…魔王軍にとっても人間界にとっても面倒くさい事になりそうで…一旦は勇者の件は保留よ。休暇から戻って直ぐに…申し訳ないわね」
ドーラは言ってペコリと頭を下げる。
3人も更に深く頭を下げる。
「いえいえ、私らは姫様の力となるよう全力を注ぐのみ。分かりましたね?皆さん?」
「あ~い」
「無論だ」
イクリプスが言い、残りの二人も各々返事を返す。
「頼んだわよ魔王軍四天王」
「姫様は今後どうなさるおつもりで?」
近くに居たババロアが話し掛けて来る。
「バルチェノーツにソウルベルガの復興の協力を仰ぐ。魔王軍に参入してくれる兵士も集めたい。その後は…鉄壁城塞国家【デルフィンガル】に攻め込む」
「…分かりました。センチュリーシップの手配をしておきます」
「頼んだぞババロア」
ドーラは言って身を翻しテントに戻って行く。
しかし、その時ドーラ率いる魔王軍も知る由も無かった。
着実に、世界はとある思惑の方へと傾き始めている事に…
続く…




