第百四十二幕【センチュレイドーラとフラップジャック】
【ソウルベルガから西・魔王軍野営地】
夜、執務室のあるテント内。
そこには執務に講じるドーラと…ソファでティーカップ片手のフラップジャックが居た。
「……………ジャックは……………反対……………。魔族に……………恨みを持ってる人間……………側に置くの……………不用心……………」
ジャックは一旦ティーカップに口を付けた後、続ける。
「……………寝首を掻かれる前に……………手を打つべき……………」
「そう言わないでジャック…。彼女…スコピールの言ってる事も最もなの。ワタシがソウルベルガに行かなければ…あんな事にはならなかったかもしれない…」
ドーラの執務の手が止まる。
ペン先が震え、机の上の書類にポタポタと涙が落ちる。
「悔しい………結局………数えられない程の犠牲を出してしまった………ワタシの判断が至らないばかりに………」
皆の前では気丈に振る舞って居たが…やはり今回の件で一番堪えているのはドーラ自身だった。ソウルベルガの民…それに、救助にあたっていた魔王軍も多人数が犠牲になったのだ。
「魔王軍の兵士達も多く失った………ワタシを信じて………付いて来たばっかりに………巻き込まれて………」
「……………ドーラちゃんは悪くない……………悪いのは……………」
「いいえ、ワタシが悪いのよジャック。………皆を利用してた。絶対守るって………傷付けないって散々言ったのに………ワタシがこの手で………」
ドーラは間を置いて続ける。
「自分が分からないわ………良かれと思って………皆の士気を上げようって、労って………喜んでくれると思ってた………でも実際は………今までの魔王と同じ事をしないよう動いただけで………ワタシが作戦を勧めやすくする為に、皆が油断して言う事を聞くように仕向ける為に演じてた嘘っぱちの優しさだったのよ………本当のワタシは………?スコピールの言う通り………もし今までの魔王がやって来た事が逆だったら………ワタシは………その逆を………」
「……………それは違う」
フラップジャックは立ち上がり、自暴自棄になるドーラの側に近付く。
「……………ドーラちゃんが……………見せかけじゃ無いのは……………ジャックが良く……………知ってる……………」
ジャックはそっと震えるドーラの手に自分の手を重ね、続けた。
「……………覚えてる……………ジャックが……………まだ小さかった頃……………」
〜〜〜〜〜
まだ小さい子供だった頃。
ジャックはかなり浮いた子だった。
極度の人見知りで、感情を表に出す事も出来ず、どれだけ話し掛けられても無言で言葉を発さない。返事も出来ない。周りと本当は友達になりたい…本当は悪気は無いのに、どうしても言葉が口から出て来ない。
そんなジャックを次第に周りは酷く虐めるようになった。
「キモいんだよお前!」
「なんか喋れよ!」
「無視してんじゃねぇよ!」
いつものように、公園で男の子達に虐められていたジャック。
囲まれて蹴られたり踏んづけられたり。
しかし、ジャックは表情一つ変えない、何も言わない。
それが余計男の子達を苛立たせた。
「コイツ、どんだけ蹴っても何も言わねぇーの!」
「痛くないんじゃねーか?」
「それじゃ『痛い!』って言うまでボコボコにしよーぜ!」
「ヤメてって言えばヤメてやるのに!」
笑いながらジャックを踏み付ける男の子達。
「コラーーーーー!!!!!」
そんな声が公園内に響く。
ジャックを囲む男の子達は声がした方に目を向けると、公園の滑り台の上に一人の女の子が仁王立ちで腕を組んで立っていた。ドーラだ。
「女の子を虐めるなー!!そこで待ってなさーい!!」
滑り台を立った状態で格好良く滑り華麗に地面に…
「キャッ!!」
…と思いきや、ドーラは足を挫き前に倒れ、そのまま前転のように地面をグルングルンと回った後、仰向けにバタリと倒れてしまった。
無言でスクッと立ち上がって服を払い…
「パフォーマンス!!」
…と手を広げてポーズを取る。
「ゲッ!!コイツ、ポンコツ姫のドーラだ…!!」
「魔王様にチクられるぞ!逃げろ!」
男の子達は蜘蛛の子を散らすように逃げていってしまう。
ドーラはジャックに近付く。
「もう大丈夫よ!全く…女の子に寄って集って…酷いわね」
ドーラはジャックの手を取り起き上がらせ、汚れた服を払ってあげる。
「でもあんなにされて、弱音を吐かないなんて…貴女って強いのね!」
「……………」
「貴女、お名前は?」
「……………」
名前を聞いても答えないジャック。
ドーラは何かを察したのか、手を差し伸べる。
「言葉が無くても気持ちは伝えられるのよ!お友達になりましょ!」
ジャックは少し戸惑いながらも…差し伸べられた手を握る。
「さぁ、これでワタシ達はお友達よ!またアイツらにイジメられるようならワタシが必ず助けてあげるわ!」
そう言ってニッコリと笑うドーラ。
そんなドーラに、ジャックは小さく頷いた。
「姫様ー!!姫様ー!!」
公園にババロアが入って来る。
公園を見渡して、ドーラに気付く。
「姫様!!護衛も付けずにまーたお城を抜け出して!!余りアテクシを困らせないで下され!!」
「ねぇババロア。この子、男の子達に虐められてボロボロなの。お城でお洋服綺麗にしてあげても良い?」
「それは別に構いませんが…」
「じゃあ行きましょ!えーっと…ぷにぷにちゃん!」
ドーラはジャックから伸びる綺麗な朱色のタコ足の様な髪を揉みながら言った。
〜〜〜〜〜
「それが最初の出会いだったわね………。ジャックって名前を知ったのも…それからだいぶ経って………ジャックが初めて喋ってくれた時だったもんね」
「……………ドーラちゃんには……………何度も守って貰った……………だから……………今度はジャックが守る番って……………強くならなきゃって……………思えた……………」
ジャックは少し間を置いて続ける。
「……………その時から知ってる……………ドーラちゃんは心の底から優しいんだって……………今までの魔王がどうであれ……………ドーラちゃんは……………今のやり方から……………変わって無かった……………ハズだよ……………」
ジャックはドーラの顔を覗き込む様に顔を近付けた。
「……………ね?……………優し過ぎる魔王様……………?」
「ジャック……………」
見つめ合う二人。
ジャックは徐ろにドーラに顔を近付ける…
パチン!
「……………痛……………」
ジャックはおでこにドーラのデコピンを食らった。
「いやいや、何してるの?」
「……………違うか」
ジャックはポツリと呟き残念そうに離れた。
「全くもう………油断も隙もないんだから………ふふ、でもお陰で元気が出たわ………。ありがとうジャック………」
「……………ん」
ジャックは軽く頷き…思案を巡らせる。
(……………そう……………ジャックは何があっても……………ドーラちゃんを守らないといけない……………今までの恩と……………魔王をお守りする……………四天王の一人として……………)
「ジャック?どうしたの?」
「……………いや……………何でもない……………」
ドーラに声をかけられ、ジャックはそう返し再びソファーに腰を下ろした。
何かの思惑を胸にしまい……………
ーーーーー
その頃、執務用テントの外の広場の真ん中の焚き火を二人の御老体が囲っていた。
ババロアとメタノールだ。
どちらも"姫の側近"と言うことで話が合い、お互い愚痴をこぼし合っていた。
「いえいえ、うちの姫様なんか………」
「こっちのおひいさまも………」
そんな風に話で盛り上がっていると………不意にメタノールは神妙な面持ちになる。
そして、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……………おひいさまも………………本当は分かっておるのです。自分がしてしまった事……………その重大さに。ソウルベルガが何故崩壊するに至ったのか……………その責任は誰のせいにあるのか……………しかし、それを受け止めるには……………おひいさまはまだ子供過ぎるのです。自分のせいでこうなったと……………受け止めきれないんでしょう。もしそれを認めてしまったら……………国民を……………両親を手に掛けたのが自分と言う事になってしまう……………。おひいさまはそれが耐えられない。だから何が何でも……………魔王のせいにする事で……………心の安寧を保っている」
「……………ですな。……………まぁ、無理もない話です。アテクシら魔族からしてみれば………14歳の姫様なぞ、まだ産まれたばかりの赤ん坊も良いところ」
ババロアはうんうんと頷く。
「おひいさまに代わり、私が謝ります。申し訳ない。だが、どうかおひいさまを見捨てないであげて欲しい。おひいさまの頼りになるのはもう、魔王軍の方達しか居らんのです……………」
「ホホホ………それはアテクシではなくうちの姫様に言うべきですな。………もとい、そんな事言われなくても………うちの姫様なら絶対に見捨てたりはしないでしょうがな」
「そうですか……………助かります……………。全く、私達は魔王と言うものを少し勘違いしていたみたいですな………?」
「いーや、認識は間違ってない。うちの姫様が特別、変わっているだけなのです………」
そうババロアが言い、二人はフフフ…と静かに笑い合うのだった。
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暫くして…執務用テントからジャックが一人出て来る。
ジャックはキョロキョロと周りを見渡しながら…とあるテントに向かっていった。
続く…




