第百四十一幕【無犠牲誓約と偽善者】
「うぅ…」
スコピールが目を覚ました。
身に覚えのない部屋…じゃなくテントの中のベッドに寝かされていた。
「妾…生きておるのか…?」
上半身を起こすスコピール。いつもの寝間着に着替えさせられ、傷や汚れは癒えている…も、強力な"魔法を制限する魔法"がかかっているのか魔力が使えない。
近くでスコピールを監視していたであろう魔族の兵士は起き上がったスコピールにビクッと肩を震わせ、直ぐ様テントの外へと出て行った。
暫くして兵士が呼びに行ったのだろう、テントの中に急いで入って来たのは…
センチュレイドーラだった。
「ようやく目を覚ましたのね…!!」
心底安心した様に顔を緩めるも、直ぐにキリッと顔を戻し…ドーラはスコピールの手前まで歩き、すかさず深く頭を下げた。
「申し訳ないっ…!!コチラの仲間が貴女に少しやり過ぎた。…魔力も使い果たして疲れて果てていたんだろう…もう丸々一週間眠って居たんだぞ…」
「一週間も…!?」
スコピールは目を大きく開け…直ぐにベッドから降りようとする。
「待て、何処に行く?」
「何処って…妾は帰らせて貰うぞ。こんな所に居る訳にはいかないのじゃ…!!」
テントを出ようとするも入口の見張りの兵士二人が武器で入口を塞ぐ。
「今ソウルベルガに帰っても崩壊した街があるだけだ!危険だから…」
「クッ………」
スコピールはドーラを睨み付ける。
「今、魔王軍とソウルベルガ軍が合同でソウルベルガの復興作業と人命救助にあたってる。貴女は心配しなくて良いからここに居なさい…。ここは安全だから」
「心配するなじゃと…!?貴様が…どの面下げてその様な事をッ…!!」
ギリリ…と歯を食い縛るスコピール。
近くの花瓶がパリン!!と弾け飛んだ。
「ひ、姫様…!!」
魔王軍の兵士は心配そうにドーラを見て言う。
ドーラは「大丈夫」と兵士にジェスチャーし、スコピールに続けた。
「スコピール姫。貴女は国民を余りに軽視し過ぎていたみたいね。避難したソウルベルガ国民の一部がね「貴女を殺せ」って魔王軍に直訴して来たわ。生憎だけど、何処の誰に命を狙われてるかも分からない状況なんだ」
「知ったことか!!妾に盾突くなら…コチラから出向いて返り討ちにしてくれるわ!!」
スコピールは言って、入口を塞ぐ魔王軍兵士を押し退けて外に出る。
「こ、コラ!!待て!!」
魔王軍兵士は声を上げるも、それ以上は手を出して来ない。ドーラに止められているのだろう。
テントの外は…他にもテントが立ち並ぶ…魔王軍兵士が駐屯する森の中に作られた簡素な野営地といった所だった。
テントを出たスコピールの足に直後、何かが絡み付き…スコピールは足を取られそのまま水溜りの地面にグシャッ!と転んだ。身体が泥々になってしまった。
テントの外で話を聞いていたフラップジャックの伸ばした頭のタコ足によるものだった。
テントから出て来たドーラにフラップジャックは耳打ちする。
「……………ジャックは……………やっぱり賛成出来ない……………」
「大丈夫よジャック…まだ彼女は動転してるだけ…。両親も国も失ったなら仕方ない事よ…」
スコピールは拳に力を込め…水溜りを叩く。
「クソッ…!!クソッ…!!何だと言うのじゃ…!!どいつもこいつも…!!妾の邪魔ばかりしおって…!!」
スコピールは振り返り、涙の溜まった目をドーラに向け続ける。
「…いきなりやって来て…妾の親も…国も…奪い去って…これ以上、失う物が無い妾に何をしろと言うのじゃ…!!」
「スコピール姫…」
ドーラが言いかけた所に、別の方から声が響く。
「おひいさま…!!」
声を上げた人物はスコピールに駆け寄り…地面に座る彼女を抱き寄せる。
「じ…じいや…お主…無事だったのか…?」
「えぇ…!!おひいさまもやっと目を覚まされたのですね…!!おいたわしや…おいたわしや…」
「じいや………妾は………わら…わは………ぐす…国を守れなかった………ぐす」
安心したのか、スコピールの目からは溜まった涙が溢れ出した。
「もう良いのです…良いのです…。さぁ、魔王軍の方達は手を出しません。お身体を綺麗にして…テントに戻りましょう。話はそこで…」
ーーーーー
魔法で綺麗にして貰い…再びテントに戻ったスコピール。
ベッドに座る彼女に、スコピールの執事であったメタノールは大きな"うさぎのぬいぐるみ"を抱えテントに入ってきてそれをスコピールに手渡す。
「ズタズタうさぎちゃん…!!ど、どうして…!!」
スコピールは直ぐ様ぬいぐるみをギュ…と抱き寄せる。
「ソウルベルガから避難する前に…おひいさまが大切にしていたそのうさぎのぬいぐるみと…今お召になっている寝間着を城から持ち出しておったのです。…直後の事を考えると…持ち出していて正解でした」
「他の者は!?パパやママ…城に居た他の者は…無事だったのか!?」
メタノールが生きているならば…と期待の眼差しで声を上げるスコピール。
しかし、メタノールは顔を曇らせ静かに顔を横に振る。
「残念ですが…爆発に巻き込まれ生き残ったのはおひいさまとそこの魔王のみ…魔王軍によって外に避難させられていた者以外は…」
「……………ッ」
「そもそも…城の避難が完了してから"太陽"を破壊する手筈だったのだ。しかし実際は…多くの城の者を残した状態で"ビーコン"が立てられた…」
ドーラが坦々と言葉を続ける。
「太陽を破壊すれば魔力が開放され持ち主に戻っていく…と亡命した兵士は言ったのだ。………おかげで、太陽は爆発し…晴れて魔王軍は【大量殺戮兵器を使用した】とその名を世界に轟かせた訳だ」
ドーラの言葉にババロアが続ける。
「えぇ…それは早かったですよ。まるで…魔王軍が太陽を爆発させソウルベルガを崩壊させるのがあらかじめ分かっていたかのように…世界中のメディアがその日に一斉に報じてましたから」
「…亡命した兵士がとは言うが…前も言ったが…そもそも我が国の兵士が第三者に太陽の事を告げられたはずは無いのじゃ。お主等魔王軍にな…」
スコピールはボソッと呟く様に言う。
ドーラはそれに続けた。
「えぇ…ソウルベルガの兵士達は太陽の事を口に出来なかった…だとすれば、そもそもあの亡命した兵士がソウルベルガの兵士に化けていた第三者だった可能性がある。今回の件は彼に誘導されていた所が多いし」
「あり得ない。第三者が知って居る訳が無い…太陽の件を知っておったのは妾とじいやのみで…」
「いえ、もう一人。それを知って居る者が居たハズよスコピール姫」
「………何?」
「貴女にその"失われたハズの太陽の魔術が記された魔術書"を高値で売り付けた人物。その人物なら…貴女が秘密裏にその太陽を作るだろうと予想出来てたハズよ」
「そ、それを何故…!!」
スコピールが目を大きくし言いかけたところ、メタノールが頭を下げる。
「おひいさま…私がお話したのです…申し訳ありません」
「…その時から…こうなる事は決まって居たのかもしれません。その亡命した兵士…のフリをした男率いる"謎の第三勢力"はスコピール姫に太陽を造らせ…それを魔王に破壊させ…そして直ぐに魔王軍の仕業と世界に広めた…」
ババロアが言うとドーラが続ける。
「…おかげで…世界を説得させるのが非常に難しくなったわよ…他の国とも激しい戦争になる可能性がある…今、魔王軍の信頼は人間界で地に落ちたと言っても良い……………それが狙い…?ワタシ達の人間への無犠牲誓約を知ってそれを邪魔しようと…?」
「その第三勢力は…魔王軍と人間の亀裂を深くさせ…あわよくば潰し合わせてお互いが疲弊した所を乗っ取ろうとしているのかも…」
ババロアが言うとスコピールが声を上げた。
「じゃあソウルベルガは…その陰謀のエサにされたと言うのか!?」
スコピールは言って立ち上がる。
「待って。まだそうと決まった訳じゃ…」
ドーラが言いかけるも、スコピールはキッとドーラを睨み付ける。
「うるさい!!結局どうであれ…事はお前達魔王軍が人間界を攻め込まなければ起きなかった事…!!お前達さえ来なければソウルベルガが崩壊する事も、パパとママが…居なくなる事も…!!」
「おひいさま…」
興奮するスコピールを宥めようとメタノールが声をかけようとするが…
「何を言うか!!そもそもソウルベルガが太陽なぞ危険なモノに手を出さなければ…!!」
一人の魔王軍の兵士が思わず声を荒げる。それに続き、他の魔王軍兵士も口々にまくし立てた。
「姫様は無犠牲誓約を徹底されておった!元々犠牲を出すつもりなど無かったのだ!」
「そもそも、姫様はソウルベルガを救おうとなされたのだぞ!?お前が国民から魔力を搾取し、酷い目に合わせておったところからな…!!」
「姫様は…人間にも別け隔てなく優しく接して居られる!命を奪おうとしたお前にもだぞ!?」
ギリリ…と歯を食い縛り、スコピールも負けじとドーラを指差し声を荒げる。
「"優しい"だと!?コイツの何処が優しいのじゃ!!………コイツの優しさは見せかけだ!無犠牲誓約なぞ聞こえは良い風に言っておるが、そうやって油断させて好き勝手しておるだけでは無いか!!」
激昂するスコピール。ドーラはただ黙って目を瞑っている。
「過去の魔王の方がまだ分かり易くて良かったくらいだ…!!そいつは"作戦"として無犠牲誓約を謳っておるだけじゃろ?逆だったらどうじゃ!?今までの魔王が無犠牲誓約で失敗しておったなら此奴は…恐怖と暴力でこの世を支配してかかろうとしていたハズじゃ!!」
「……………ッ!!」
ドーラはそう言われ、ハッと目を開く。
「貴様…これ以上姫様を愚弄すると…!!」
魔王軍兵士達が背中に掛けた武器に手を掛ける。
…しかしそれよりも先に、テント出入り口で静かに様子を見ていたフラップジャックが我慢ならなくなったのか頭のタコ足を伸ばし、しならせたタコ足をスコピールに目掛け…
「ジャック!!!」
ドーラに止められ、タコ足をピタッと止めるフラップジャック。
「……………話し合いは無意味……………。言って分からない……………なら殺す……………」
「ジャック…もう少し時間を頂戴…」
ふぅとため息を付いてドーラはスコピールの目を見る。
「貴女の言う通りよ。ワタシは優しくなんか無い。無犠牲誓約も…今までの魔王のやり方が上手く行って無かったから。その逆を突こうと真逆の作戦を立案をしてるだけに過ぎない。もし逆だったら…ワタシは人間の犠牲を何とも思わなかったハズよ…」
「姫様ッ…!」
ババロアが声を上げる。
スコピールは
「ほらみろ、やはりそうか…!!此奴は優しさなぞで動いて居らん!全ては侵略の為、自分の為に動いておるだけなのじゃ!!」
「…けど、幾ら偽善者と言われようが構わない。ワタシはこれからも犠牲を出すつもりは無い。スコピール姫、貴女も誰にも殺させやしないわ…!」
そう言ったドーラは一筋の涙を流すがそれを悟られない様に直ぐに腕で拭い足早にテントを後にする。
「……………ドーラちゃん……………」
フラップジャックもその後を追いかける。
「フン…!ちやほやされおって…気に食わん」
スコピールは言って、ベッドに横たわり掛け布団を被ってしまった。
「おひいさま…それくらいにしておきましょう。どうであれ、ドーラ様はおひいさまを瓦礫の下からお助けして下さったのですよ?」
「助けてくれなど頼んで居らんわっ!!」
メタノールはハァとため息を付き、ふとババロアと目が合う。すると、ババロアは口を開いた。
「お互い…わがままな姫を持つと苦労しますな?」
「…ええ。………だからこそ、お世話をする甲斐があるというものです…」
そう言い…ハァ…とため息をつくババロアとメタノールだった。
続く…




