第百四十幕【まるでつむじ風のように去り】
ドラコの後ろを付いて行き…鬱蒼とした森の中を進んで行くクサカベ、ガウラベル、熊猫辣。
「なぁ…この先って確か…」
ガウラベルは顔を曇らせ、ある事に気付く。
「えぇ…もしやと思いますけど…」
クサカベも何か察したようだ。
次第に森の中から姿を現したのは…研究所のような建物。
「なんだ…この…科学的な建物は…」
熊猫辣の顔も険しくなる。
「まぁ…何かの間違いかもしれませんし…最初は穏便に…」
ドガシャーーーーーーーーーーン!!!!!
クサカベが言うのも束の間、ドラコは尻尾を思いっきり薙ぎ払い研究所の上半分を吹っ飛ばした。
「だぁぁぁぁぁから穏便にって言ったのに!!!」
クサカベは頭を抱える。
そんな時、天井を破壊された研究所から白モジャの博士風のおじさんが堪らず飛び出して来る。
「おのれらなぁ!!!」
グフマン博士。
元は勇者の為にハイテクな武器を開発していた研究者であり、今は"ドラゴンの心臓による蘇生術"の研究をしている。
「ワシが一体何をしたっちゅーんじゃ!?」
憤るグフマンにすかさず走り寄ったのは熊猫辣だった。
頭の簪…ではなく竹の菜箸を引き抜き、ズボリ!とグフマンの鼻の穴に刺し入れた!!
「ガヒェッ!?」
豚鼻になるグフマン。
冷ややかな目で熊猫辣は続ける。
「貴様だろ!!ボクの磁塊鉄盤を盗んだのは…!!」
「じかい………あんだってェ!?」
「とぼけるな!!お前が持ち去った鉄の円盤だよ!!」
「何の事じゃ!!知らん知らん!!ワシは知らん!!イテテ…痛ェ!!!」
その間にガウラベルも入り口を開く。
「アンタ、モブキャラの癖によー出てくるねぇ〜…」
「お、お前はいつぞやの…!!…そうか、お前等勇者一行か…!!」
「話反らすなおっさん!アンタがアタイ達の大切なもん奪って逃げたんじゃないのかい!?」
「どーなんだ!!」
ガウラベルに続けて熊猫辣が声を上げ…箸を持ち上げる。
「ひででででで!!!知らんっちゅーんじゃ!!!」
そんな二人の女性陣をまぁまぁと手でジェスチャーしながら…クサカベは苦笑いをしていると…
研究所の裏手から"アンカーベルトのフード"を被った…怪しい人物が出ていくのが見えた。
「あっ!!」
クサカベのその声に…その人物はビクッと肩を震わせクサカベと目が合う。
「あ、ヤベ…」
その人物はそう呟くと森の奥に走り去ってしまった。
「ガウラ姐さん!!マオラさん!!アイツですよ!!!」
そう言ってクサカベは駆け出した!
ガウラベルと熊猫辣は顔を見合わせる。
示しを合わせたように頷き合うと、二人もクサカベの後を追う。
「邪魔だおっさん!!」
ガウラベルに押し退けられ、地面に倒れるグフマン博士。
「ワシ、可哀想過ぎない!!?」
そんなグフマンの側にドラコが近付く。
「グルルル…」
「お、お前もはよどっか行かんかい!!」
「フーッフーッ…」
ドラコは歯を剥き出しにして怒りの形相でグフマンを睨み付けている。
「ど、どうしたドラゴン…?ま、まさか…ワシから同族の匂いを嗅ぎ付けたか…?」
言い終わるや否や、ドラコはグフマンを叩き潰さんと前足を振り下ろした!
ドシャーーーーーン!!!!!
「ギョヘェェェ!!?」
グフマンは寸でのところで飛び上がり避ける。
「ちょ、ま、待て…!!ワシは既に死んだドラゴンを使って研究をしとっただけで…!!」
「ギャオーーーーース!!!」
ドラコは目を血走らせてグフマンを追いかけてきた!
「勘弁してくれぇぇぇぇぇ!!!!!」
〜〜〜〜〜
「待てコラァ!!」
逃げるフードを追いかけている内に森を抜け…目の前に海が広がる断崖絶壁に出て来た。怪しい人物は思わず足を止める。
「犯人を追い詰めるには最高のロケーションじゃないか」
行き場を失った犯人をフッと余裕そうに微笑みながら見るガウラベル。
「ハハハ…良くこの俺様を追い詰められたな」
しかし、あまり焦った風ではない人物はパチパチと柏手をうちフードを脱ぐ。
男の顔が露わになった。
「あら…良い男…」
「ガウラ姐さん…」
クサカベはヤレヤレと首を振る。
「さぁ、盗んだものを返して貰おうか?」
代わりに熊猫辣が男ににじり寄る。
「そういう訳にはいかないんだよな…俺は盗みで生計を立てているものでね。大盗賊【鎌鼬】…名前だけなら聞いたことあるだろ?」
「【鎌鼬】って言やぁ…狙ったモノは必ず盗み…その華麗な手口から数日経たないと盗まれた事にすら気付かないと言われる…!!」
ガウラベルはハッと目を丸くさせて言った。
「でもバレてるじゃないか。対した事無いだろ」
熊猫辣が言うとガウラベルは首を振って続ける。
「そうかい?マオラ、アンタの寝ているトコロに忍び込んでアンタに気付かれずに磁塊鉄盤を盗み上げたんだ。アタイの胸に挟んでたアイテムふくろも。アンカーベルトが着て寝ていたであろうフードだって易易と盗んでみせただろ…」
「う…確かに………なら、余計逃がす訳にはいかない。このボクを出し抜いてくれたんだからな…!」
熊猫辣はキッと鎌鼬を睨みつける。
鎌鼬は懐から手帳を取り出し、パラパラっと捲って見せる。
「この『盗む人リスト』にはね…『勇者一行からアイテムを盗む』ってのも含まれてたんだ。このリストに書いてある盗みは絶対だ。このリストに書かれた人物から盗みをする…全てにチェックマークを付けるまで…俺は捕まる訳にはいかないんだよ。ま、今回で"勇者一行"の項目にはチェックを入れられた訳だ」
そう言ってヒラヒラと手帳を振ってみせる鎌鼬。
「知ったこっちゃないね!勇者一行から盗みを働こうなんて…良い度胸じゃないか。そんな事して…ただで済むと思ってるの?」
ポキポキと指を鳴らしガウラベルは引き攣った顔で鎌鼬に近付く。
「おっと、そうはいかない。俺に手を出すなら彼が黙っちゃ居ないよ…そうだよな?"クサカベくん"?」
鎌鼬がそう言って指をパチンと鳴らした。
「ハ?」
ガウラベルが鎌鼬の言う事を訝しげに首を傾げたその直後!
クサカベはいきなりガウラベルに剣を振りかざした。
ガウラベルは咄嗟にその攻撃を避ける!
「ちょっ!?何やってんだいクサカベ!?」
クサカベは目をクルクル回しながらフラフラとガウラベルの前に立ち塞がる。
それを見てフッ…とニヤける鎌鼬は口を開く。
「俺は盗むと決めた相手からは必ず一つのモノを盗むんだ。一つだけ。それが俺のモットー。だがなぁ〜、そこの勇者くんは大したモノ持ってなかったみたいだったから…代わりに"心"を盗ませて貰ったよ」
「な、なんだってーーー!!?」
ガウラベルが驚きの声を上げる。
「大層な事を言って…ただ混乱状態を付与しただけだろ…」
熊猫辣は冷静に言って頭の竹箸を引き抜き地面を蹴り上げ飛び上がり、鎌鼬に向かって竹箸を刺し向けるも、クサカベが間に入り剣で防ぐ。
「邪魔だクサカベッ!!」
「う…あ…」
目がグルグルのクサカベは熊猫辣の竹箸をカチカチ…と止めている。
「それじゃクサカベくん!後は任せたよッ!!」
そう言って鎌鼬は再び森の方へと走って逃げていく。
「あ、おい!!待てッ!!」
クサカベと熊猫辣を一瞬見据え…ガウラベルはその場を熊猫辣に任せ鎌鼬の方を追い掛ける。
走る鎌鼬は振り返り、ガウラベルが追いかけて来ているのを確認する。
盗んだ"ふしぎなふくろ"をゴソゴソと物色し…中からグフマンの研究所から盗んだ魔法武器の試作品を取り出した。
「ほらプレゼント!!」
鎌鼬はボール状の何かを投げてきた。
咄嗟にガウラベルは避けるが…次の瞬間!!
ビカッ!!!
ボールは凄まじい閃光を放った。
「ッ!?」
ガウラベルはその閃光に思わず足を止め目を瞑る。
「えぇい!!こざかしい…!!」
目が眩んで中々目を開けられないガウラベル。
その内に鎌鼬は一目散にとある場所に向かう。
たどり着いたのは…森の中に隠すように置かれたピンク色の自動車…。
鎌鼬は手慣れた様に車に乗り込みエンジンをかける。
「まさかこんなに早く勇者一行が追い付いて来るとは思わなかったが…ま、俺の逃げ足には誰も追いつけやしない」
走り出すピンクの自動車。
「待てぇ!!」
遥か後ろから追い掛けてくるガウラベルを運転席の窓から身を乗り出し手を振る。
「じゃーな!!また合う日まで〜!!」
アクセルを踏み発進する自動車。
みるみる内に追ってくるガウラベルを離していく。
「ハッハッハ〜!!」
余裕そうに笑っていた鎌鼬だったがその直後!
眼の前から一人の白髪のおっさんとその後を追う大きなドラゴンが飛び出してきた!グフマンとドラコだ。
「おわぁ!!?」
ドガシャーーーーーーーーーーン!!!!!
急ブレーキをかけるも間に合わず、道を塞いだドラコに思いっきりぶつかるもドラコは微動だにせず逆に車の方がベコベコにへしゃげてしまった。
「いってぇ!!!な、なんでこんなところでドラゴンと追いかけっこ…!!」
言い終わるや否や鎌鼬は胸ぐらを捕まれ、へしゃげた車内から引き摺り降ろされた。追いついたガウラベルによって…
「さぁて…大盗賊さん?盗んだものを返して貰おうか?」
〜〜〜〜〜
ガウラベル、熊猫辣、混乱が解けたクサカベが並ぶ前に縄をかけられ正座させられる鎌鼬。
盗んだモノは持ち主に返された。
「ったく…勇者一行から盗みを働くなんて…命知らずも良いトコだぞ」
「……………」
ガウラベルの問い掛けに鎌鼬は押し黙っている。
「あのピンクの乗り物はどーしたの?確かアレってKHKの連中のモノだったハズだけど…」
「……………停めてあったのを拝借した」
「見境無しだね…。あぁ~あ、あんなにベコベコにしちまってさぁ…KHKの連中今頃必死に探してるだろうに…」
「盗んだものは返したんだからもう良いだろ?サッサと開放してくれ」
「そうはいかん。ボク達をダシにされて黙って帰す訳には…」
熊猫辣は磁塊鉄盤を構える。
「まぁ待ちなマオラ。………アンタ、対した盗みの技術を持ってるみたいだね。それを世の為人の為に使おうとは思わないの?………このご時世、盗みで食いつないで行くのは大変だろ?」
「………フッ………俺は自分の食いぶちを満たす…そんな浅ましい理由で盗賊をしちゃいない」
鎌鼬は懐から再び手帳"盗む人リスト"を取り出した。
「これは"俺という存在を知る"為に必要な行為だ。名前も出生も大切な人も失った俺にはな…」
「それってどういう…」
ガウラベルが言いかけた所で…正座する鎌鼬の懐からゴロン…と丸いボールが転がる。
「「「あっ…」」」
ビカッ!!!!!
それはまたもや閃光を放つ目眩まし用の魔法道具。
三人が口を揃えて気付いた時にはもう遅かった。
炸裂した閃光を浴び、目を瞑る三人。
鎌鼬がその場から逃げ出すには充分な時間だった。
「ハッ!事故だったとは言えこの俺が盗みを失敗するとはね…!また会おう勇者一行!その時こそは必ず…お前達の大切なモノを頂戴してやるぞ!」
そんな鎌鼬のセリフが聞こえ…
目を開いた時には鎌鼬の姿は既に無かった。
解かれた縄だけを残して。
「あの野郎ッ!!」
「まんまと逃げられましたね…なんて華麗なんだ…」
クサカベが呆気に取られている。
「見惚れてる場合かっ!………次こそ覚えてろよ〜!」
ガウラベルは拳を握りしめ声を上げるのだった。
続く…




