第百二十二幕【アイドルサスペンス劇場】
一方その頃…
ジュニア部門の稽古場では。
リューセイとイズミルが稽古中で、バッカルは暇そうにテーブルに腰掛けリューセイ達をのんびりと眺めていた。
リューセイはイズミルの前にスマホの画面を見せながら、女の子が踊るアニメーションの動画を流し…そのアニメのキャラクターと同じ動きを真似てイズミルはたどたどしくダンスをする。
「こ、これ、難し過ぎませんっ!?」
「まぁ難しいだろうな。でも、これを踊れたら優勝間違い無しだから!」
「ハァ…ハァ…!!なんでそんな…言い切れるんですか…!!ていうか、なんでリューセイさんはその動く絵の女の子を保存して…!!まさかロリコン…!?」
「ちっがうわ!!ほら、俺あっちの世界では軽音楽部って言って…まぁ楽器を弾いてたんだよ。"ベース"って楽器をな。んで、流行りの曲とかネットでミームになった曲とかを弾いてた訳。パフォーマンスとして踊りも真似たりしてな!だから色々保存してたんだよ。それにな、この女の子が踊るアニメーションはいっときネットでかなりブームになった有名なアニメーションなんだ。………ていう事はだ!こっちの世界で披露すれば再ブーム間違い無しって事!!」
「うわぁ…浅はか〜…ヒャッ!」
イズミルは足元を絡ませてドタン!と前に倒れてしまった。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫です…。結構ハードですけど…」
リューセイの手を借りて起き上がるイズミル。
「たははっ!」
それを見てバッカルが笑い声を上げ続けた。
「そんな調子じゃあ、ボクは何もしなくても優勝出来ちゃうかもね〜!」
ニヤニヤしながら言うバッカルに、イズミルはムッと頬を膨らませる。
「ふ〜んだ!ちゃんと稽古しない人に負ける訳ないも〜ん!」
「ま、せいぜい頑張りなよ。こっちはそもそもリーダーが頑張ってくれてるだろうしさ…ボクはのんびりと静観させて貰おうかな」
「そうもいかないぞ」
ガチャリ…と扉が開き、ランドルトブラックが言いながら入って来た。
「アレ?ちょっと早いんじゃないの?まだリーダーの稽古の時間でしょ?」
「そのイクリプスの事だがな………ヤツは棄権になった」
「ハッ!?」
バッカルはテーブルから飛び降りランドルトブラックに向かう。
イズミルとリューセイを目を丸くしてその二人の会話を聞いている。
「どー言う事だよ!?なんでさっ!?」
「ちょっとした事故があってな。それで救護室に運ばれたんだ」
「ちょっと待ってよ!魔王軍四天王の一角でありリーダーが、どんな怪我をしたってのさ!?」
「いや、怪我は特に無いんだがな………心配したスタッフの救護を受けてた際に………バレてしまってな」
「……………は?」
「男である事がバレた。だから棄権になった。このアイドルコンテストは女性限定だったから変装させたのに…」
「……………ハァ〜〜〜!!?」
その話を聞いてリューセイは顔を反らし肩を震わせ笑いを堪え…イズミルは口元を抑えて頬を膨らませて今にも漏れそうな空気を必死に抑えている。
「だからバッカル。残されたのはお前だけだ。お前がどうにか優勝を勝ち取るしかなくなった」
「バッカじゃないの!?もう終わりだよこの作戦っ!!ボクも棄権する!!!」
「バッカルッ!!!」
ランドルトブラックはそう叫び、バッカルの肩をガシッと掴んだ。バッカルは思わずビクリと驚く。
「正義のヒーローは…男の子に夢と希望を与えるものだ…。そしてアイドルは…女の子に夢と希望を与える…。つまり、正義のヒーローはアイドル。アイドルは正義のヒーローと言えるのだ!」
ランドルトブラックはバッカルに顔を近付け続ける。
「ヒーローになれバッカル!お前なら最高のヒーロー…いや、"正義のアイドル"になり子供達の夢と希望になれるハズだ!」
ランドルトブラックはバッ!と黒いマントを翻し、明後日の方向に向かって指を差し続ける。
「この窮地を脱してこそ…正義のヒーローはより一層輝くのだ!!何度転んでも立ち上がる!!コレがヒーローの美学だ!!!」
「意味分かんない」
バッカルには何も響いてないようだった。
「さぁ、稽古を始めるぞ!!むしろ、イクリプスが居なくなった分、バッカルに付ききって教える事が出来るというもの…!!」
「う、嘘だろ!?絶対嫌だぞボクは!?こんなのどうかしてるって!!」
「頑張れ〜バッカルちゃ〜ん!」
イズミルが囃すように言うのをキッと睨むバッカル。
「キミは黙っててくれるかな!?」
「さぁバッカル!!昨日の続きからだ!!四方から飛び掛かる雑魚軍団をいなすステップ!!はいワンツーワンツー!!」
バッカルの腕を掴み、無理矢理踊らせるランドルトブラック。
バッカルは恥ずかしさと情けなさで顔を真っ赤にしながらなすがままにされている。
「もう殺してくれぇ…」
バッカルのか弱い言葉はランドルトブラックのかけたヒーロー曲に掻き消されるのだった…。
「イズミル、こっちも負けてられないぞっ!!ほら、続きの稽古だ!!」
「は、はい!!」
リューセイとイズミルも負けじと稽古を再開させるのだった。
〜〜〜〜〜
その日の夜。
コンテスト会場から出て来るリーサとユーリル。
激しいレッスンに今日もクタクタといった具合だったが、リーサはそれよりも気になっていた。
「今日の事故…アレは本当に仕掛けられたものだったんでしょうか?」
「当たり前ですよっ!サヤカ様も言ってましたよね!ワイヤーが切られてたって!」
「誰が…何の為に…?」
「それは勿論、魔王軍四天王の奴らですよ!リューセイさんも言ってましたよね!あの方達が私達を邪魔する為に…!!」
「でも………それに引っ掛かったのはその魔王軍四天王の方達ですけど………」
「あっ…確かに………。う〜〜〜ん?じゃあどういう事だぁ?」
ユーリルは指で頭を突きながら考える。…しかし、まとまらない。
「仕掛けたのは魔王軍四天王の方達じゃない…?」
リーサはボソッと呟く。
「あ!リーサ様すみません!そう言えば私、ちょっと"上"に戻らないといけなくて…!今日はここで失礼します!」
急に思い出したようにそう言ったユーリル。
「女神様も大変ですね?私は大丈夫です!また明日ですね」
「はい!では、おやすみなさい!」
「おやすみなさいユーリルさん」
ユーリルはペコッと頭を下げるとそのままスッと消えてしまった。
リーサはそれを見届けると宿屋に向かって歩き出した…しかし、その直後。
人通りの中、サヤカの後ろ姿を確認したリーサは彼女の下へ向かった。
サヤカは何やらコソコソと…人の中を縫うように歩いていた。
「あの………サヤカさん?」
「ヒャッ!?」
急に話しかけられ飛び跳ねるサヤカ。
「す、スミマセン急に!丁度見かけたものだったので…」
「ビックリさせないでよ!…ていうか、私に近付かないでくれる!?何されるか分かったもんじゃないんだから…!」
「何もしないですって…私は本当にサヤカさんとも仲良くしたくて…」
「フン!そうやって油断させて…とか考えてるんでしょ…!」
「そんな事…!」
リーサはオドオドと弁解しようとする。
しかし、サヤカは心ここに非ずといった具合に何かをキョロキョロと気にしながら道を進む。
「ドルメシアさんの治療が無事終わったらしくて…お医者様の治療で命に別状はなかったと。でも、あの件でかなりショックを受けたみたいで…精神的な治療が必要みたいで復帰は難しそうですね…」
「へぇ。そうなんだ…ま、私には関係ないけどね…」
「お見舞いに行きたいですけど…今私達には一番会いたくないですよね…。犯人がこの中に居ると…思っているでしょうし…」
話しかけてくるリーサにハァと一つ溜息を吐き立ち止まるサヤカ。リーサを一瞥し続けた。
「ねぇ、ついて来ないでくれる?今私、それどころじゃないんだから」
「そう言えば…先程から何をそんなに気にしてるんですか…?」
煙たがるサヤカを気にせず、無垢にも首を傾げて質問するリーサにサヤカは少し間を置いて…前に向き直る。
「……………アイツだよ……………」
サヤカはボソッと言い指を差す。
その方向には………ハグレの姿が。
「ハグレさん…。そう言えば、今日はずっと居なかったですね?」
「私は…アイツが怪しいと睨んでる。…毒を入れたのも…稽古場の照明トラップを仕掛けたのも…アイツは初日からずっと怪しかった」
「そ、そんな…ハグレさんが…?」
「だってそうでしょ?アイツはアイドルだってそんな雰囲気一切無いし、稽古も全くしてる所を見てない。それは…私達を一人一人再起不能にして…不戦勝を得る為としか考えられない」
リーサは言われ、考える。
確かに言われると彼女には怪しい所が多い。
昨日のラーメン屋でも何かを知ってそうな言い回しをしていた…
「アイツをつけてるのはそれでよ。また次のトラップを仕掛けるハズ…そこを現行犯で捕まえてやるのよ…!!」
サヤカは言ってギリッと歯を食いしばる。
彼女は本気でハグレが犯人だと思っているようだ。
「ハグレさんが………そんな………。でも………確かに違うとも言い切れないのかも………」
顎を手をやり熟考するリーサ。
「…あ!」
そこでサヤカが急に声を上げる。
その声を聞きリーサは顔を上げハグレに目をやる。
ハグレはキョロキョロと不審な動きをしながら、細い路地にスッと入っていってしまった。
「ほら!何か掴めるかも…!!アンタはここで残ってて邪魔だからっ!!」
サヤカは言って、警戒しつつハグレが入っていった路地に続いていく。
「ちょ、サヤカさんっ!!危険ですよ!!」
リーサはサヤカの言う事を聞かず付いて行く。
暗く細い路地………乱雑に粗大ゴミや民家の塀が続く。
ハグレに見つからないように、それらに身を隠しながらつけるサヤカとリーサ。
その路地を更に曲がっていくハグレ。
それを確認して直ぐに二人も後を追う…しかし…
「あれ?」
曲がった先にまだ居るハズのハグレの姿が忽然と消えていた。
「ハッ!?なんで!?ここからは真っ直ぐな道しかないのに…なんで!?」
サヤカは狼狽えている。
「け、煙の様に消えちゃいましたね…」
リーサも目を丸くして驚いている。
「嘘よ絶対!!何処かに隠れたんだ!!」
言いながら近くのゴミ箱や捨てられたタンスの中を開けてみる。
しかしハグレの姿は無い。居るのはゴミを漁るネズミに…飛び回る羽虫…
「も、もう出ましょうサヤカさん!気持ち悪いですよココ…」
リーサは言いながらサヤカの手を握り引っ張る。
「……………絶対アイツだ。アイツが犯人なんだ…!」
ぶつぶつと言うサヤカを強引に引っ張るリーサ。
…と、その時!
「あ、危ないッ!!!」
リーサは咄嗟にドン!とサヤカを押し飛ばす。
その反動で自分も後ろへ倒れる。
二人が元居た場所にバリン!!と音を立て…上から落ちてきた植木鉢が割れた。
バッ!と直ぐに上を見上げるリーサ。
月明かりの逆光で真っ黒な人物がスッと建物の屋上から消えるのが見えた。
「……………!!」
誰かは見えなかった。しかし、確実に誰かが自分達に向けて植木鉢を落としたのだと確信するリーサ。
「アイツだ!!やっぱりハグレだよ!!アイツしか居ない!!!」
ブルブルと自分の身体を抱き震えるサヤカ。
「ここは危険です!早く路地から出ましょう!!」
リーサはサヤカを抱き抱え…足早に路地を後にした。
『何者かの悪意がアンタ達を狙ってる。死にたくなきゃ…関わらない事だ…』
昨日のハグレの言葉がよぎる。
ハグレが本当に命を狙って居るのか?だからこそ、何かを知っている様に警告をしていたとでも言うのか?
リーサは汗を滲ませながら熟考しつつ…サヤカを宿屋まで連れて行くのだった。
アイドルコンテストまで後一日…
続く…




