第百二十幕【アイドルもラーメン食べちゃいます!】
「はい、ワンツー!ワンツー!」
スマホから流れる"アイドル曲"とリューセイの手拍子に合わせ、稽古場に集まったリーサとユーリルは大きな鏡の前でダンスの練習に明け暮れていた。
「あ、あのっ!コレッ!どういう踊りなんですかっ!?ハァ…ハァ…!!」
必死にリューセイに言われた通りにレッスンをするユーリルが質問する。
「知らん!取り敢えず適当に…俺の記憶にある"こんなダンスあったよな"の寄せ集めだよ!」
リューセイは腕組みしながらウンウンと頷きながら答えた。
「ハァ…ハァ…!そ、そんなので…良いんですかっ…!」
リーサも汗だくで踊りながら言う。
「しょーがないだろっ!俺だって素人なんだから…やれてる方だろっ!知らないながらもっ!」
その様子を同じく隣で踊りの練習をしていたサヤカがニヤニヤと見ていた。
「フフ…全く…見てくれは良くてもダンスの方はまるで素人ね…これは余計な心配しなくて済みそう」
その言葉にムッとするユーリル。
「へーんだっ!つまり私達には伸び代があるって事ですよっ!!貴女はせいぜい、飽きられてないかの心配をした方が良いですよ〜!」
「なにお〜?」
バチバチッとユーリルとサヤカの間に火花が散る。
まぁまぁと二人を宥めるリーサ。ふと、部屋の隅を見ると…ハグレが壁にもたれかかって体育座りで眠っていた。
(ハグレさんが練習してる所見てないけど…大丈夫なのかな…)
バタン!
稽古場の扉が思い切り開かれ、ダルクスが入ってきた。
「おいリューセイ。ちょっと」
「はい?」
ダルクスに呼び付けられ、リューセイは駆け寄る。
「ちょっとリューセイ借ります!二人は適当に練習しといて下さいっ!」
そう言ってダルクスはリューセイを引き連れて出て行ってしまった。
ーーーーー
「魔王軍四天王が居る」
稽古場を出て振り向いたダルクスは藪から棒にそう言った。
「えっ?」
「魔王軍四天王が船を狙ってるんだ。どんな妨害があるか分からねぇ。用心しとけ」
「マジすか。………あの娘…【フラップジャック】ちゃんを忍び込ませてたり?」
「いや、【シュン】がそれは無いと言ってた」
「…【シュン】?」
「あぁ…そうか、お前は知らないのか…」
ダルクスは少し間を置いて…話しても大丈夫だろう…と判断した後に口を開いた。
「魔王軍四天王の一人…ランドルトブラックって奴。アイツは人間…"元は俺達の仲間だった男"だ」
「え!?」
「【宝箱配置人・諜報担当】の【シュン】…。魔界に潜入して…"中"から魔王達を制御する役割の奴だった」
「そ、そんな人が…どうして!」
「さぁな…。あの【センチュレイドーラ】にお前みたいに心酔しちまったか…諜報だって事がバレちまったか…とにかくアイツが俺達を…人間を裏切ろうとしたってのは間違いねぇ」
「なんでそんな事が分かるんです?」
「諜報担当にはな。魔界に向かわせる前に本人には分からないように"ある魔法"をかけるんだ。【口封じの魔法】。コレをかけとけば…いざ諜報担当の口が滑りそうになった時…裏切った時にソイツの記憶を全部消し去るのさ。諜報担当はかなり重大な立場だからな…たった一言で人間界を危機に晒しかねないからな」
「スパイが奥歯に毒のカプセルを仕込んでる…みたいなヤツですか?…まぁあれは自発的にだけど」
「ランドルトブラックは言ってた。『気付いたら魔界だった』と。つまりアイツは…人間界が"不利益"になる事を口走ろうとした…。だからかけた魔法が発動して記憶を失っちまったんだろう」
「そんな…」
「とにかく…魔王軍四天王に気を付けろ。どんな罠を仕込んでるか分からねぇからな」
「実は…もうその"罠"らしいものが発動してたりして…」
「ハ?」
リューセイは先程、リーサ達から聞いた今朝の毒物事件の話をダルクスにも話した。
「………そうか………チッ………何が正々堂々とアイドル勝負だよアイツ…!……………良いかリューセイ。リーサさん達にも気を付けるように言っておくんだぞ。ぜっっっっったいに船は俺達のもんなんだからなっ!!」
「はいはい…正直、罠にかかる以前に優勝出来るか不安ですけどね…」
〜〜〜〜〜
日も沈み…フラフラの状態でコンテスト会場から出てきたリーサとユーリル。
「ハァ………少し………疲れましたぁ……」
溜息をついて肩を落とすリーサ。
「アイドルの道って…結構大変なんですねぇ〜…」
言いながら、リーサの肩を揉みながらふわふわと浮くユーリル。
「宿屋に戻って…明日の特訓に備えましょう…」
明かりが灯り、賑わう夜の繁華街をトボトボと歩くリーサとふわふわ付いて行くユーリル。
「クンクン…わぁ良い匂〜い!」
立ち並ぶ飲食店から様々な料理の匂いが漂ってくる。
ユーリルはジュルリ…とヨダレを飲み込んだ。
「そうですね…何か食べていきましょうか」
リーサはパン!と手を打った。
「ヤッタァ!何が良いかな〜??」
ユーリルはショーウィンドウのサンプルに目を輝かせながら食べたい物を考えている。
リーサがそれを眺めていると…ふと、俯いて一人で歩く人物の姿に目が行く。
サヤカだ。
「あ、サヤカさん!」
リーサが声をかけると…サヤカはビックリした顔をし、直ぐに目を背け足早に去って行こうと…
「待って下さい!………あの、今からお食事でも一緒にどうですか?」
リーサの言葉にピタッと足を止め振り向くサヤカ。
「…ハァ?」
「その………一緒にコンテストに出場する身ですし、仲良く交流を深める為にも…」
「バカじゃないの!?言ったでしょ?アイドルの世界で馴れ合いは命取り…アンタらと一緒に食事なんかして今朝みたいに毒でも入れられたらたまったもんじゃないわよ!」
「毒なんてそんな…!私はただ…サヤカさんと仲良くしようと…」
「いいから私に構わないで!!」
サヤカはそう言ってそっぽ向いて速歩きで去っていってしまった。
「リーサさん!ここにしましょう!!」
そんな会話があったのも露知らず…ユーリルが店を指差し声を上げた。
「ユーリルさん…そこって…」
ユーリルが指差すお店は…
こじんまりとしたお世辞にも綺麗とは言えない個人経営のラーメン屋だった。
「ラーメン………」
「ラーメンにしましょう!ラーメンにっ!!」
「…あ、借りにもアイドルがこの時間にラーメンって…!」
「良いんですよ!!明日も激しいレッスンがあるんです!!そこでカロリーを消費するから実質ゼロカロリーなんですっ!!」
ユーリルはそう言ってリーサの手を引っ張ってお店に入る。
「イラッシャイっ!」
カウンター席から厨房が見え、大将がラーメンを湯がきながら声を上げる。
「ほらほら!座りましょっ!」
ユーリルはすかさずカウンター席に座った。
リーサも戸惑いながら隣に座る。
「大将!ラーメン一丁っっっ!!」
ユーリルは手慣れた様子で注文した。
「た、た、大将…!私もラーメンを…一丁…」
リーサもオドオドと注文した。
「あいよっ!」
注文を受けて、大将は手慣れた手付きでラーメンを作り始める。
リーサは店内を眺める。
夜の繁華街のラーメン屋…質素な店内の中…ラーメンを食べる…そんな少し悪い事をしてる様な背徳感にリーサはちょっぴりと胸を踊らせた。
店内にはもう一人だけお客が入っており、カウンター席の端に座っていた。
「あっ…」
良く見ると…それはハグレだった。
リーサの声にユーリルも気付きパッとリーサの見る方に目を向ける。
「あっ!ハグレさん!ハグレさんも夜ラーメンですかっ!悪いですね〜」
ニヤニヤしながらユーリルが言う。
「………良いんだよ………私は…………どれだけ食べても太んないから………」
そう言いながらズルズルとラーメンを啜っている。その側には…ラーメンの器が5枚ほど重なっていた。
「ゲッ…それ全部食べたんですか!?」
ユーリルが顔をギョッとさせる。
「そうだけど?」
「うひゃ~…絶対太りますってソレ!ただでさえ…ハグレさんってレッスンもたいしてして無さそうなのに…」
ハグレはゴクゴクッとスープを飲み干す。
空になった器をコトッと置き立ち上がる。
「大将お勘定」
チャリン…とカウンターにコインを置いて、ハグレは店を後にしようとする。が、出入り口の戸に手を掛けて止まる。
「……………アンタ達…」
「大丈夫です!私達はちゃんと運動するんで!」
ユーリルがフンッと息を吐き言った。
「………そうじゃないよ」
ハグレは二人に向き直り続けた。
「悪い事は言わないから…アンタ達は棄権して。このコンテストは…アンタ達の出る幕じゃない」
「それって…どういう…」
リーサは首を傾げて聞く。
「何者かの悪意がアンタ達を狙ってる。死にたくなきゃ…関わらない事だ…」
ガラララ…ピシャン!
そう言ってハグレは出て行ってしまった。
「ヘイお待ちっ!」
コトッ
リーサとユーリルの目の前にラーメンが置かれた。
「美味しそぉ〜!!いっただっきまーす!!」
ユーリルは合掌してラーメンを啜り始めた。
「ハグレさん………一体何を知って…」
リーサは呟いて少し考えた後…伸びる前にラーメンに手を付ける。
アイドルコンテストまで残り二日。
続く…




