第百十一幕【可愛さとは裏腹に…】
【カタラウワ大陸・ベルーカ地方】
【魔法国家・ソウルベルガ】
三強と言われる三つの軍事国家の中で特に魔法による軍備を整えているソウルベルガ。
攻撃魔法に特化した魔法軍隊を結成し、その強さは三強の中でも一番ではないかと噂されていた。
それも、ソウルベルガを納める国王の娘…【スコピール・シュッキンデン】の"ソウルベルガは最強国家でなければならない"というプライドがストイックに反映されていた。
訓練場では魔王軍による侵攻を警戒し、軍隊の兵士達の訓練はその姫の意向により一層過酷なものになっていた。
訓練場のグラウンドでは、兵士達がフラフラになりながらも必死に周回をしていた。
「気を抜くなよ!!常に全力で走れッ!!音を上げる奴は覚悟しておけッ!!」
騎士長が兵士達を監視しつつ声を上げる。
「うまくやっておるようじゃの」
そんな声が背後からして肩をビクッと震わせる騎士長。後ろを振り返ると、そこにはピンクのドレスに身を包んだあどけない少女…ソウルベルガの姫【スコピール・シュッキンデン】が立っていた。ピンク色の髪には何個も"ヒビの入ったハート"の髪飾りを付けているのが特徴的だ。…その横には燕尾服を着た初老の執事が日傘をスコピールに向けて差している。
「姫様!!このようなところにっ!!」
騎士長が言って直ぐ頭を下げる。
スコピールは頭を上げるようにとジェスチャーする。
「…して、妾の特別特訓メニューはどうじゃ?上手くやっとるかの?」
「は、ハイ!言われた通り姫様のメニューで特訓しております…が…」
「なんじゃ?」
「あ、いえ、その………少し兵士達にとってかなり内容がキツ過ぎるのではないか…と…」
ボォッ!!
騎士長の眼の前で火の玉が上がり小さく爆発する。
スコピールの魔法によるものだ。
「ヒッ…!」
「何を言っておる!それくらいのメニュー、最強国家のソウルベルガの兵士ならこなせて当然じゃろ!」
「は、ハイ!勿論でございますっ!!」
「おひいさま…無闇に魔法をお使いになるのはおヤメ下さい…と、王様からのお達しです」
執事が落ち着いた口調でたしなめる。
しかし、スコピールは我関せずと言った具合に顔を背ける。
「フン!パパの言う事はどうでも良かろう。どうせ妾には何も言えんのじゃから」
そう話していると、グラウンドを走っていた兵士の一人が体力の限界だったのか、派手に倒れ息を切らしている。
「ゼェ…………ゼェ………も………もう無理………だ………」
「お、おい!貴様!!休むんじゃないっ!!姫様の眼前だぞっ!!」
騎士長は言いながら兵士の一人に近付いていく。
「ゼェ………ゼェ………しかし………もう………これ以上は………」
騎士長はしゃがんで倒れる兵士に顔を近付け耳打ちをする。
(あぁ、辛いのは分かっとる!だが今は…姫様が居られるのだぞっ!今だけはフリだけでも…)
「おい、そこの兵士っ!!」
スコピールが声を上げながら近付いてくる。
「ひ、姫様!申し訳御座いません!!この兵士は私がキツく罰しておくので………」
騎士長は立ち上がり敬礼しながら言うが…
「いや、もう良い。その兵士は戦力外じゃ」
「………ひ………姫様………!!それは………あんまりです………!!」
「そこの二人の兵士!!こやつを"お仕置き部屋"に連れて行くのじゃ!」
近くを走っていた兵士を呼び止め、スコピールは命じた。
「そ、そんな………!!お、お仕置き部屋だけは………お仕置き部屋だけは勘弁して下さい………!!!」
倒れていた兵士は二人の駆け付けた兵士に両脇から抱えられ"お仕置き部屋"にズルズルと引きずられていく。
「姫様!!お許しを!!姫様………!!」
兵士の叫びはスコピールに聞き入られる事は無かった。
「全く………一体どうなっておる騎士長よ。妾にあのような醜態を晒させるなど………」
「も、申し訳御座いません…!!もう二度とあのような事には………」
「今走っておる兵士達に伝えるのじゃ。周回遅れの奴は随時お仕置き部屋に連行するとな」
「な、なんですとっ!?……………あ、いえ、はい!!了解しましたっ!!」
騎士長は敬礼をしてその場を後にした。
「おひいさま…。余り厳し過ぎると、兵士達が全員倒れてしまいますぞ」
「倒れたら倒れたで次の兵士を補充するまでじゃ。こんなので倒れる様なら…それまでの奴だったと言う事じゃ」
スコピールは言って踵を返し城へと足を進めた。
城へ戻ると、父親であり王様の【ラヴラドール・シュッキンデン】と母親であり王女の【ライクミー・シュッキンデン】が一緒に出迎えてくれた。
「あら、可愛い可愛いウチのお姫ちゃんのお帰りよ」
「おぉ、スコピール姫や!何処に行っておったのじゃ!」
「少し息抜きに散歩だよパパママ。それよりパパ、また爺やに余計な告げ口したでしょ?」
「余計だなんて…そんな、スコピールはまだ14歳。魔法を使うにはまだ幼いと…」
ドゴォ!!!
ラヴラドールの顔を掠め、大きな"サソリの尻尾"が床に突き立てられる。
「ヒィィィ!!!」
ラヴラドールは尻餅をついた。
「あ、貴方ぁ!!」
ライクミーは駆け寄りラヴラドールに寄り添った。
それは、スコピールのドレスの下から伸びてきたものだった。
めくれたスカートを執事が慌てて直す。
「お、おひいさま!!はしたないですぞっ!!サソリへの変化はおヤメ下さいっ!!」
「パパ?私の事は子供扱いしない…って約束だったよね?」
「そ、そうだったな!!ゴメンよスコピール姫や!!も、もう余計な事は言わないよっ!!」
それを聞くと、シュルシュル…とサソリの尻尾はスコピールのドレスの下に戻っていった。
「それじゃ、私は玉座の間に戻ってるわ。今日は"大切な報告"を聞かなきゃだし。パパとママも直ぐに来て!」
そう言ってスコピールは玉座の間に向かっていった。
スコピールがその場に去って暫くして、ラヴラドールは口を開く。
「………あの娘の魔力は日に日に強くなる一方だ………良くない事が起こらなければ良いが………」
「貴方?だからってダメよあの娘を刺激するような事を言っては!!逆効果ですよ!!」
「そ、そうだな…」
ーーーーー
両親は甘かった。
スコピールを甘やかして育ててきたおかげで、彼女はそれは傲慢で我儘な性格に育ち…
今や、実質王や王女よりも権力を持ってしまい、ソウルベルガは"絶対君主制"と言っても過言ではない程…スコピールのご機嫌で全てが決まる国となってしまった。
そんな彼女に誰も逆らえなかった。
生まれながらにして魔法を扱う能力にかなりの才能を持ち合わせていたからだ。サソリに変化出来るのもその才能の賜物だった。
ーーーーー
「約束のものは完成したのじゃろうな?」
玉座に座り目の前で跪く従者達に言うスコピール。ラヴラドールとライクミーも一体何が始まるのかと気が気じゃない様子で玉座に座っている。
「ハッ!言われた通り、姫様の威厳を国に指し示す為の"軍歌"を作成致しました!今、西の大陸で流行しだしている最新気鋭の作曲家の一人に頼んで作らせたもので…」
「前置きは良いっ!早速その軍歌を聴かせるが良い!」
「は、ハイ!」
従者は近くに置いていた布を被せられた何かに近付いていき…その布を剥いだ。
そこには大きな鳥籠があり、中にはカラフルな何匹もの鳥が入れられていた。
「そ、それではこの"モノマネ鳥"に曲を覚えさせてきたので…聞いて頂きます…」
従者が鳥に合図をすると…
チャカチャカチャカ♪
と一斉にリズムを刻み音楽を奏で始めた。
キャッチーでポップでキュートな伴奏が流れ始め…スコピールの眉間に皺が寄る。
そして一匹の鳥がボーカルとして歌い始めた。
【みんなにシュキシュキ〜愛される〜♪
ピンクの小悪魔〜ご登場〜♪
ちょうつよつよの軍隊〜引き連れて〜♪
ピンクのタイフーン巻き起こす〜♪
ス〜コスコスコピール♪みんなのアイドル〜♪
シュキシュキみんなが大好き〜お姫様〜♪
みんなラブラブハートのお目めぱっちり〜…】
「もういい!!!もう止めろっ!!!」
スコピールがワナワナと震えながら叫ぶ。
その声を合図にモノマネ鳥の演奏も止まった。
「な、なんなんだこの…頭が悪くなりそうな歌はっ!!」
「そんな事ないわよ?物凄く可愛らしいスコピールに合った歌だわ」
ライクミーがパチパチと拍手しながら喜んでいる。
「素敵な歌じゃ!これをスコピールが歌ったらファンが増えそうじゃのぉ?」
ラヴラドールも大いに喜んでいる。
「西の大陸ではその…あい…どる…?ソングなるものが流行っているようでして。流行はいち早く取り入れたいと思い、その界隈で有名な作曲家に…」
「えぇい!!黙れ黙れっ!!妾が求めたものはこんなキュートな感じの曲じゃないわっ!!もっとこう…漢字の多い…『我が心臓に拳を掲げ〜』みたいな曲を期待してたのにっ!!」
「姫様…お言葉ですが…それだといささか可愛らしさが足りないかと…」
「可愛らしさとかいらんわっ!!そんな曲で軍隊の士気が上がるのかっ!?」
「上がると思うけどなぁ〜?」
従者達は顔を見合わせ頷き合っている。
「ぐぬぬ…!!ええい、兵士よっ!!この者たちを"お仕置き部屋"へ!!」
「ハッ!!」
兵士達は直ぐ様、従者達を取り囲む。
「そ、そんな、姫様っ!!どうか考え直してっ…!!」
バタン!!
玉座の間の扉は閉じられた。
スコピールは頭を抱えながら玉座にボスンッと座り込む。
「ハァ………頭が痛いわ………」
「良かったと思うけどなぁ〜?スコピール、この曲はこの曲で一応歌ってみておくと言うのは…」
「パパ!!」
ズボッ!!
再びサソリの尻尾を化現させるスコピール。
「おひいさま!!サソリはおヤメ下さいっ!!はしたないですっ!!」
執事が直ぐ様、めくれたスカートを正す。
「わ、悪かったスコピール姫よ。も、もう言わないから…落ち着いておくれっ!」
その様子をライクミーはヤレヤレと溜息交じりに眺めるのだった。
続く…




