第百十幕【海と水着と花火とロマンス】
「ワハハハハ!!」
「うおーーー!!すげぇ~!!」
「ちょ、危ない危ないっ!!」
各々が手持ち花火を持ち寄って楽しんでいる魔王軍一行。
フラップジャックも頭の八本足一つ一つに花火を持って楽しんでいる。表情こそいつも無表情で変わらないが、しかし内心では凄く楽しんでいるようだ。
センチュレイドーラもそんな花火に魅了され感動しているようだった。
「凄く綺麗…」
散る火花に見惚れながら…ポソリと呟いた。
「な?来て良かっただろ?」
リューセイが声をかける。
ドーラは少しビクッと肩を震わせた…浮かれ気味だった自分を少し恥じた。
「ま、まぁね。戦火の炎ばかり見てたから…こういう…見る者を喜ばせる為の炎ってのが新鮮でね…」
「俺に感謝しろよな!」
調子に乗ってニヤリと笑うリューセイにドーラはジト目で花火を向けた。
「あっつぁっちっ!!バカっ!!お前っ!!」
「アハハハ!バ〜カ!調子に乗るからよ!」
「お前なぁ〜…」
リューセイも負けじと花火に火を付けてドーラに火花を散らす。
「キャー!!や、ヤメなさいよっ!!ちょっと!!危ないって…アッツ!!」
「仕返しだ!!オラオラ」
「いい加減にしなさいよっ!!子供じゃ無いんだからっ!!」
「お前が先にやってきたんだろっ!!」
リューセイは逃げるドーラを花火を向けながら追いかけた。
「お、追いかけて来んなっ!バカ!アホッ!」
「じゃあ逃げんなって!」
ーーーーー
「ぐぬぬ…勇者様〜………」
ユーリルはその様子を不服そうに頬を膨らませて見ていた。
「魔王なんかとイチャイチャとぉ〜…」
そんなユーリルをリーサとイズミルがやって来て宥める。
「まぁまぁユーリル様…落ち着いて…」
リーサが手で落ち着くようにとジェスチャーしながら言った。
「落ち着いて居られないですよっ!見て下さいよあの二人っ!!浜辺で水着のカップルが『捕まえてごら~んウフフ〜』『待てよ〜アハハハ〜』の構図になってるじゃないですかっ!!」
「そうですかね?争ってる様にしか見えませんけど…」
イズミルが首を傾げながら言う。
「とにかくっ!!私あの二人を止めてきます!!」
そう言って行こうとするユーリルをリーサとイズミルが腕を掴んで引き止める。
「まぁまぁユーリル様!今はあのお二人はそっとしておきましょう!」
「そーですよっ!ほら、私達は女同士で花火を楽しみましょう!」
そう言いながらユーリルをズルズルと引っ張る。
「イチャイチャはんた〜い!!魔王を許すなぁー!!」
暴れるユーリルをリーサとイズミルは最早、連行する形で連れ去っていった。
ーーーーー
「タイムタイムッ!!ハァ…ハァ…もう…走らせないでよ…昼からスタミナ凄く使ってるんだから…」
ドーラは立ち止まって膝に手を付いている。
「何言ってんだよ!魔王様がこんな事で音を上げてちゃ…」
言ってドーラに近付こうとした時…
ドーーン!パラパラパラ…
夜空に大きな満開の花火が咲いた。
「え…な、何ッ!?」
「なんだよ、ちゃんと本物の花火も上がるんだなぁ!向こうの小さな島から上げてるみたいだ」
ドーーン!パラパラパラ…
ドーラは呆気に取られながら、ゆっくりその場に座って空を見上げる。
「凄い…コレが…」
ドーラは思わず息を呑んで目をキラキラさせている。
リューセイはその横にソッと座り…同じく花火を見る。
「花火…見た事無いんだな。魔界には花火で楽しんだりとか無いのか?」
「………魔界はいつも黒い雲がかかって雷鳴が鳴り響いてるから…。花火があったとして、打ち上げてもこんなに綺麗には見えないわ………」
「そっか………」
ドーーン!パラパラパラ…
「ほんとに綺麗………人間界って………なんでこんなに美しい物が多いんだろ………」
「……………」
リューセイは言葉を詰まらせた。
生まれもって魔界に住んでいる魔族。
暗くどんよりとした闇の世界を居住にした魔族達にとって、この世界の美しさは羨ましいのだろう。
今までの魔王達も…それが理由で世界を欲したのかもしれない。
もしくは、そんな綺麗な世界を自ら汚していく人間を許せなかったのか…。
純粋に花火を楽しむドーラを見て、リューセイは自分と比べて少し恥ずかしくなる。
魔族であるドーラは…"人間達よりも人間界が好き"なんだと。
今まで当たり前の様に人間界で生きていた自分に、どんな顔をドーラに向けたら良いのかと。
「………なぁドーラ………」
「………何?」
「ドーラが言う通り、人間界って…人間が納めるには本当に手に余り過ぎてるのかも…」
「……………?」
「ドーラ達がもし…この世界を手にしたら…もっとこの世界は美しくなれるのかな?」
「ワタシならそうするわ。そうしてみせる」
「なら、やっぱり争わないで正直に話し合うべきじゃないか?そしたら人間も分かってくれるって!」
「……………愚問ね。それで済んだらどれ程良かったか」
「やって見なきゃ分からないだろ?」
「やって見なくても分かるわよ。人間達の歴史を見ておけばね。『この世界を良くしてみせるからこの世界を下さい』なんて言って、武器を捨てて付いて来る種族じゃないって事くらい」
「……………」
「もしうまくそうなったとしても、人間達は次の段階に"疑心暗鬼"や"ジレンマ"を抱える様になる。それじゃ意味が無い。それって言わば"冷戦"の状態だからね。だからワタシは人間達の"教育"を最優先としてるの。疑心暗鬼やジレンマを消し去る為のね…」
「俺には分からない。ドーラが正しい事をしてるのか、していないのか」
「ワタシだって分からない。だから…リューセイ、貴方と決着を付けるんだ。人間代表と魔族代表としてね」
「勝った方が正義か………結局そうなるんだな………」
「それに、貴方には元の世界に戻る為にもワタシを倒す必要がある。ワタシは…今までの魔王達の無念を晴らす為…ケジメを付ける為にも…貴方を倒す使命がある。前にも言ったでしょ?」
「……………争うしか道は無い……………」
「そういう事よ………」
ドーーーン!パラパラパラ…
花火の光で照らされたドーラの顔は決意を込めた表情と切なそうな表情が入り乱れていた。
「約束してリューセイ………ワタシを絶対に殺すって………」
「!!」
「ワタシも………貴方を絶対に殺すわ………約束する………」
「……………」
「ワタシは死んでいった魔王達の為…兵士達の為に…今いる大切な国民達の為に…貴方を殺す。貴方はこの世界を魔王から救う為に…そして、元の世界で貴方を待つ大切な人達の為にワタシを殺す…分かった?」
リューセイは少し間を開け…
ドーラの決意を無下には出来ないと考え、静かに頷いた。
「……………分かったよ……………約束する……………」
ドーラはそれを聞いて微笑んでみせた。
お互いが殺す事を約束し合う…おかしな協定関係。
だけど…だからこそ…何よりも誰よりもお互いを信頼出来た。
「………でも今は使命も約束も忘れて…花火を楽しみたい」
「そうだな…」
ーーーーー
ドーーーン!パラパラパラ…
一方、魔王軍一行、宝箱配置人女性人も打ち上がる花火を楽しんでいた。
「手持ちの花火も綺麗ですけど…やっぱり打ち上げ花火は圧倒されますねぇ~…」
ユーリルが呟く。花火の美しさに先程までの怒りは吹っ飛んでいた。
「私、ほんとに旅に出て良かったです!一度この目で観たかった打ち上げ花火が眼の前で…」
イズミルも目をキラキラさせながら花火を見上げている。
その後ろで…リーサは少し複雑そうに花火を見つめる。
「リーサ樣…大丈夫ですか?気分が悪そうですが…?」
イズミルが心配して声をかける。
「………えっ!?いや、ちょっと音にビックリしちゃって…!アハハ…」
リーサは頬を掻きながら再び花火に目を向ける。
(この花火……………懐かしい……………。私は……………何度もこの花火を……………)
リーサは思案を巡らせていた。
「綺麗だゲル……………」
「やはりこの世界は美しい…姫様が欲しがる訳だよ…」
「人間には勿体無いよな…ほんと…」
兵士達が各々呟く中、ジャックも見惚れていた。
「ジャック?大丈夫か?口がアホみたいにポケ〜っと開きっぱなしやぞ」
夜、太陽が沈んでいる為ジャックの頭上に居なくても良くなったフリルが、横から話しかける。
「こういうのは……………大切な人と……………」
そう呟いてジャックはハッとする。
「ドーラちゃん……………どこ……………」
ジャックは言って辺りを見回すもドーラはリューセイと向こうへ走っていった為に近くには居ない。
ジャックはドーラを探す為に歩き出した。
ーーーーー
ドーーーン!パラパラパラ…
無言で暫く花火を眺めていたリューセイとドーラ。
リューセイがハッと何かを思いつき、ドーラに話し掛ける。
「あっそうだ!この前ドーラに魔界を案内して貰っただろ?」
「え?…えぇ」
「そのお礼…と言っちゃなんだけど、もし機会があればさ…今度は俺の元居た世界を案内してやるよ。ドーラならきっと気に入ると思うんだ」
「へぇ…?どうやって行くの?」
「それは………その………あ、あれは?"ポータル"ってヤツを使えば…」
「あれはね…"次元転移魔法"が込められた黒耀石を使うの。異世界と異世界を繋ぐ事が出来る…"旅のトビラ"なんて呼ばれたりもするわ。その石に込められ記憶された世界に飛べる魔法…」
「じゃあ、その石に俺の元居た世界を記憶させれば………だったらユーリルに頼もう!」
「記憶させると言っても、石を持って観光すれば良い訳じゃない。とんでもなく高等な魔術でその者の記憶を石に流し込む必要がある。女神様はそんな魔力を持ってるの?」
「いや………無いな………」
「それに"次元転移魔法"はもう誰も使えない…。"失われた古代魔法"なのよ…」
「え!?じゃあどうやってドーラ達はコッチに来てるんだ?」
「ワタシの国…クロトラジアの城の封鎖された大広間にね、巨大な黒耀石のオブジェが置かれてあるの。誰が作ったのか…誰が用意したのか、何の為にあるのかも分からない…その黒耀石には既に人間界と魔界の記憶が流し込まれてて…"次元転移魔法"が込められていた。それを私達は削って使ってる。勿論、有限よ。使えば使う程いつかは無くなる。今までの魔王達も…それを使って人間界と魔界を行き来してたの。リューセイの世界を記憶させれば…確かに理論上は次元転移出来るハズ。でも、リューセイの世界の記憶を石に流し込める魔術師が居ないのが現状」
「なるほど…」
「巨大な書物庫も漁って…どうにか失われた技術が記された本がないか探してみたけど…全然だった。ある年代から前の記録が全く見つからないのよね。研究者もお手上げ。まぁ、まだ諦めてないけどね」
「そ…そうか………」
「でも…ありがと。もし………そっちの世界に行く事が出来たら………案内をお願いね」
「あ、あぁ!任せろ!色んなスポットとか…美味しいものとか…紹介するよ!」
リューセイは胸を叩く。
ドーラはフッと微笑んだ。
「期待してるわ………まぁ、そういうのはまず、私達の決着が付いてから………ね」
「……………決着って……………決着付いてたらどっちか死んでるけどな………」
言われ、ドーラは目を丸くして吹き出した。
「プフッ…そう言えばそうだったわね…フフ」
「頼むよドーラ…ハハハ…」
笑い合う二人…
そして急に切なくなって…黙ってしまう…。
その空気を替えようと、リューセイが声を掛けようとすると、ドーラも何かを話し掛けようとしていた。
お互いの目が合う。
ドーン!パラパラパラ…
花火の光で照らされたお互いの顔は憂いを帯びていた。
リューセイは砂の上に置かれたドーラの手の上に自分の手を重ねた。
「……………ドーラ……………」
リューセイは顔を近づけた。
ドーラも察したのか、目を瞑り顔を近づける…
心臓の音がバクバクと高鳴る。
自分の音?相手の音?
分からない。だがその音だけが頭の中を駆け巡る。
二人の唇が重なろうとしたその時!
ザッ
砂浜を踏み締める足音がして…ドーラはリューセイの頭を掴み砂浜に叩きつけた!
ドゴォン!!
「もわっぷ!!!」
リューセイの頭は砂の中に埋まってしまった。
「ドーラちゃん……………ここに居たんだ……………何してるの……………?」
やって来たのはジャックだった。
「へっ!?い、いや、何にもっ!?ただ…勇者と今後について話てただけっ!!」
ドーラは立ち上がりジャックに駆け寄ると、クルッと振り返りリューセイを指差して続ける。
「いい!?次会った時こそはアンタの最期なんだから!!覚えておきなさいっ!!行くわよジャック!」
「う……………うん……………」
ドーラはジャックの手を引っ張り行ってしまった。
ーーーー
「ドーラちゃん……………顔真っ赤……………どうしたの……………?」
「え?え?な、なんでもないわよっ!!その、日焼けよ日焼け!ワタシ肌が弱いから!!」
「それに……………"女の顔"になってる……………」
「へっ!?ば、バカッ!そんな訳ないでしょ!?なーに言っちゃってんだか!!アハハハ!!」
明らかに態度のおかしいドーラを少し不審に思いジャックは首を傾げるも、それ以上は考えなかった。
ーーーーー
一方、砂からズボッと頭を抜いたリューセイ。
急に恥ずかしくなり顔を真っ赤にして砂浜の上をのた打ち回る。
「うわぁぁぁあ!!俺なんであんな事をっ!!相手は殺し合うと約束した魔王だぞ!?………でも………だって………雰囲気とか………ムードとかが………もろもろ………しょうがなくって………!!」
スクッと急に立ち上がったリューセイは顔をキリッとさせる。
「よし…。頭を冷やそう…!!」
ザバァン!!!
言って、海に飛び込み…
「うおおおおおぉぉぉぉぉーーーーー!!!!!」
叫びながら月に向かって泳ぎ出した。
そんなリューセイを近くの岩場から一匹のカニが見つめていた。
すると、ボワンと白い煙を発生させカニは水着の女性へと姿を変えた。
「ポニョシシシ!若いってのは良いねぇ〜?…"海"に"水着"に"花火"と揃えば…ロマンスには抗えないのが人間のサガ…か…ポニョシシシ!」
ドーン!パラパラパラ…
花火が続けて上がる中…水着の女性…もとい、ポニョは大層おかしそうに笑うのだった。
続く…




