第百一幕【弱味の雫は白いドレスを濡らし…】
ヤオヤラグーンのとある事務所。そこで一人の女性が面接を受けていた。
「それにしても…なんでシスターをヤメてアイドルに?」
顎髭を触り眼鏡の男が目の前の資料に目を通しながら椅子に座る女性に話しかけている。
「その…シスターの仕事はそれはそれは大変で…どれだけ頑張ってもそれを…まぁ、色々あって台無しにされてきて…何をやっても上手くいかないので辞めちゃったんです…途方に暮れた私は…昔からの夢だったアイドルになろうと思い、コチラの事務所に応募したんです!」
「ふむ…元シスターという設定は人気が出そうだ。顔良し、愛想良し、笑顔良し!うん。採用!」
「え!?そ、そんな簡単に!?」
「いやぁ〜ウチも出来たばかりのアイドル事務所でねぇ?アイドル事務所なのにアイドルが在籍してないアイドル事務所なんだよねぇ」
「…え"っ"!?」
「安心して!事務所に入って貰ったからには、君を最高のアイドルになる様に全力でプロデュースするから!!」
「は、はぁ…」
「んじゃ、今日はここまで!明日からは早速アイドルとして猛特訓だ!ちょっとハードスケジュールになるかもだけどそれは近々、芸能の街【マイムメイル】で開催されるアイドルコンテストに間に合わせる為だ。我慢してくれ!」
「は、はい!」
面接は終わり、シスター改めアイドルに転身した彼女は事務所を出た。
「なんか…思ったより簡単になれちゃったけど………でも!夢だったアイドルになれたんだったら…後は必死に頑張ってみよう…!」
決意を固め強く頷くアイドルちゃん。
バガンッ!!
「ギャッ!?」
歩き出した直後、後頭部に衝撃をくらいよろめいた先の屋台をドガシャーン!と破壊しながら倒れるアイドルちゃん。
ガランガラン…
側で鉄の円盤が地面を転がっている。
「す、すまん!」
その側にスタッと降り立つ白いチャイナドレスの娘。熊猫辣だ。
「悪かった!急に出て来るものだから…!!」
申し訳なさそうに側に寄る熊猫辣。
「すまない。お詫びとは言ってはなんだが…」
そう言って頭のお団子ヘアー…ではなく頭の小籠包をポコッと取り外す。
「僕の小籠包を食べてくれ」
そう言ってアイドルちゃんに小籠包を持たせた。
「すまない!今は急いでるんだ!では!」
そう言って熊猫辣は磁塊鉄盤を拾い上げると、地面を蹴って何処かに飛んで行ってしまった。
「………なんで私ばっかりこんな目に…」
頭をクラクラさせながらゆっくりと立ち上がったアイドルちゃん。
貰った小籠包に視線を落とした。
「……………」
パク…
「あっヅぁ!!!!!」
口の中を大火傷した。
ーーーーー
スタッ…
…と、熊猫辣はガウラベルの元に戻る。
「蹴り一つで磁塊鉄盤を弾き返すなんて…やはり只者じゃないな…」
「そんな鉄の板、かえって邪魔なんじゃないか?見た感じアンタはそれ無しでも闘えるだろ?」
「鉄の板じゃない!!…磁塊鉄盤で闘わなければ意味が無いんだ。これを世に広める為に僕は…!」
熊猫辣は磁塊鉄盤を構え、地面を蹴ってガウラベルの懐に入った!
ガキンッ!バキンッ!
磁塊鉄盤の猛攻をガウラベルに浴びせる熊猫辣だが、ガウラベルは表情を変えずに攻撃を腕で受け流しながら熊猫辣を観察している。
「ダメだね」
ガチッ…!!
磁塊鉄盤を掴み止め、ガウラベルは言った。
「ダメ…?何がダメなんだ?」
素手で受け止められた事に驚きながら熊猫辣は問う。
「それがアンタの本気か?目も泳いでるし、全く手合わせに集中してないように見えるけど?さっきから目を合わせようとしない。そんなよそ見ばっかじゃ…」
「そ、そんな事は…!」
熊猫辣はチラッとガウラベルに目線をやるも、直ぐに顔を反らしてしまう。
「ヤレヤレ…アタイは防御だけに回った方が良さそうだね。良いよ。思う存分打ち込んできな」
「くっ…バカにするなっ…!!」
熊猫辣はムキになってガウラベルに再び磁塊鉄盤の猛攻を浴びせた。
しかし、ガウラベルはことごとくそれを受け流す。
(やっぱり様子がおかしい…何を遠慮してるんだ?)
ガウラベルは思案しながら磁塊鉄盤を弾き流す…が、その時!
「バァ!」
熊猫辣の身体を突き抜けて、いきなりヒュードロドが顔を出して来たのに、ガウラベルは一瞬驚きたじろいだ。
「ゲッ!」
その一瞬の隙に熊猫辣は磁塊鉄盤を振り下ろし、ガウラベルに一撃食らわせた。
バコンッ!
ガウラベルは後方に大きく吹っ飛ばされ、大通りの地面をゴロゴロと転がった後にとあるラーメン屋台の側で止まった。
「…あのなんちゃってオバケがぁ…」
「ズルズル…ふむ…アレは磁塊鉄盤…富天龍の古代武器か」
すると、急に近くの席でラーメンを啜っていたおじさんが話しかけてきた。
「アンタだれっ!?」
「ワシは通りすがりの無銭飲食者じゃ。それにしても、まさかまだ磁塊鉄盤の使い手が残っておったとはな…。あの娘、中々やりおるわい」
「そんなに凄いの?」
「おぉ。しかも、彼女の型を見る限りアレは磁塊鉄盤を操る流派の中でも最も習得が難しいと言われておった"朱雀流"。彼女、並々ならぬ修行を経て来たのだろうな」
「へぇ…」
そんな話をしていると、熊猫辣が向こうから駆け寄ってきた。
「だ、大丈夫か!?す、すまない!思わず勢いが余ってしまって…」
そう言って熊猫辣はガウラベルに手を差し伸べる。
その手を借りて、ガウラベルは起き上がった。
「アンタ…そんな実力を持ってて…なんでそれを発揮しないのさ?」
「そ、それは…」
恥ずかしそうに顔を反らしてしまう熊猫辣。
そんなやり取りを見ていたおじさんの肩をラーメン屋台の店主が叩く。
「おい、おっさん。無銭飲食とはなんの事だ?」
「ん?」
麺を咥えた状態で店主に振り返るおじさん。
ズルズル
咥えていた麺を啜り呑み込んだ後に口を開く。
「店主さん、冗談ですよ冗談」
「悪い冗談はヤメてくれないかな」
「アハハ、スミマセンスミマセン」
ペコペコと頭を下げるおじさん。しかし、店主が背中を向けて屋台の中に戻ろうとすると…
おじさんはラーメンの器を持って麺を啜りながら走って逃げ出した!
「あっ!!コラッ!!ジジイ!!」
逃げ出したおじさんは熊猫辣の背中にドン!と当たり走り去っていってしまった。
「うわっ!」
ドタン!
熊猫辣はガウラベルを押し倒す形で倒れてしまう。
ムギュウ
思わず押し倒したガウラベルの胸を鷲掴む形になってしまった熊猫辣は顔を真っ赤にして飛び起きた。
「わっ!!す、すまん!!わ、わざとじゃ…!!」
「いや…良いんだけどさ…アンタ…」
「な、なんだ!?」
「鼻血が出てる!!」
「え"っ"!?」
熊猫辣はボタボタと鼻から血を流し、白いチャイナドレスを赤く汚してしまっている。
「わっ!わっ!」
「アンタ…まるで少年みたいなリアクションするね…なるほど…それがさっきからキョドってた理由か…」
「うぅ…」
熊猫辣は恥ずかしそうに鼻をつまみながら頭を上に向けている。
「僕の唯一の弱点だ…。女性が苦手なんだ…」
「アンタも女性だろ?なんでそんな事に…」
そう話してる二人の元に、クサカベとアンカーベルトが走ってきた。
「おーい!ガウラ姐さ〜ん!大丈夫ですか〜?」
元に辿り着き、熊猫辣に目を向けるクサカベ。
「うわっ血塗れ!?ちょ、ガウラ姐さんやり過ぎですよっ!!」
「違わいっ!!この娘が勝手に鼻から垂らしただけだよっ!!」
「うぅ…こんなのじゃダメだ…ズズッ…女性に対して耐性を付けないと…」
熊猫辣はなおも、鼻を啜りながら言うのだった。
続く…




