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プロローグ

 桜流しが降り続いていた。夕方から降り出した花冷はなびえの雨は、闇の深さと共に激しさを増していった。小さな公園の入り口では、闇を穿つ街灯の明かりの中に幾筋もの銀色の線が描かれていた。


 公園の地面では、雨粒が泥を跳ね上げながら、わずかな窪みを中心に水溜まりの範囲を広げ続けた。やがてそこから溢れた泥水は、蛇行を繰り返しながら、道路沿いの排水溝を目指して流れて行った。


 その流れに乗り、桜の淡い色の花びらが流れたり、固まって留まったりしていたが、それを乱すかのように、流れを踏みつける男ものの長靴があった。濡れた黒い長靴は、地面を踏みつけ、その度に花びらがまとわりついた。


 その足の行く手には、花びらを散らし続ける一本の桜木があった、巨木ではないが、小さな公園にしては、充分に大きい。その木の根元で男は身を屈め、手にした鞄を地面に降ろした。


 鞄のジッパーをあけると、バッテリー付きのドリルを取り出して、握りにあるスイッチを押した。


 ドリルは音を立てて回転を始めたが、雨の音はその回転音さえ地面に打ち付けた。そして、ドリルの先端を桜の木の根元に当てた時、雨音の中をつんざくような悲鳴まじりの怒声に男はドリルのトリガーをゆるめ、振り向いた。


 全力で駆け寄ってきたのは、骨の折れたビニール傘を放りだし、びしょ濡れになったワンピースを着た女性だった。髪は、伸び放題で手入れがされず、濡れたワンピースは、汚れきり、はいている靴は紐でぐるぐる巻きにすることで、剥がれた靴底をかろうじて繕っていた。その女性が男にしがみついてきた。

「やめて!」と女の悲鳴が闇夜に響き渡った。そしてその女の全身から強く漂う、酸味のある臭いが男の鼻を突いた。


 その激しい匂いから逃れる為に、男は思わずドリルの持ち手の下にある重いバッテリー部分で、女の頭を強打した。それでも、まだしがみつく女に、男は女が倒れるまでそれをひたすら打ち付け、女が地面に伏してからは、足で蹴り続けた。


 その女の悲鳴が、深夜にも関わらず誰かの耳に入ったのか、声を発しながら走りよってくる気配を感じた男は、ドリルと鞄を手にして走りだそうとした時に、地面から浮き出ていた石に足を取られて、水溜まりに倒れ込んだ。同時に駆け寄る人影も公園の入り口に到達していた。


 男は、立ち上がり様、公園に入ってきた人影を突き飛ばして、雨の中を逃走した。

突き飛ばされた人影は、男を追うかどうか一瞬迷ったが、倒れている人影に気がつき、携帯電話を取りだした。


 冷たい雨は、咲き誇る花と地面に臥した女性を打擲することを止めなかった。泥にまみれた女の服には散った桜の花びらが降り注ぎ、そして貼り付いた。

 突き飛ばされた男は、一度女性に近寄ったものの、女性の風体と匂いに顔をしかめたのち、公園の入り口に戻り、濡れた服を気にしながらも、右往左往しながら公園の前で佇んでいた。やがて雨の音を切り裂くようにサイレンが近づいてきた。


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