丸に魚の魚丸屋
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朝の支度やかきいれどきも過ぎたこの時間。
いくら巳の国の首都、大干支の繁華街といえど人通りは落ち着きを見せていた。
真多子と肩を並べて、大通りに並ぶ店々を観て周るには丁度良い時分だろう。
特にもう少し遅くの昼前から昼過ぎなどは、昨日のように人で溢れかえっていたのだろうから。
そのことでふと思い出し、広場に出店を構えていたあの魚面の男を目の端で探す。
(昨日の盗品はもう手元に戻っているだろうか。 街人の話では身代全部だったらしいから、間違って自暴自棄にでもなってないといいけど……)
少し目に止めた印象では、良くも悪くも単純そうな男であったので、勢いに任せてということがあるかもしれない。
直接返してやりたかったのだが、あくまでもその仕事は国の正規兵である国守の範疇である。
一般市民に扮している以上、余計に首を突っ込むわけにはいかなったのだ。
「そういえばコーちゃん、昨日の魚丸さん大丈夫だったかな? アタシ達あの後会ってないもんね」
街道に目を配らせていると、横から真多子の声が耳に付き、目線を彼女へと戻す。
どうやら真多子も同じことを考えていたようだ。
「魚丸ってあの魚面の人か? どうだろうな……犯人を引き渡したのが夕方前だから、早ければ今朝の内には巾着袋を返しているはずだけど」
「そうそう! 丸に魚で魚丸さん! 干物とかを仕入れてるんだよ~。 魚丸さんまで干物になってないといいんだけど心配だね~」
彼女の方はあの被害者と面識があったようだ。
明るく愛想の良い真多子は、この大干支でも結構な顔の広さをしている。
一方、僕は偽装用の店に篭り切りなもので、基本的にお客としか交流が無い。
人付き合いがどうにも億劫な性分は、きっと孤独に生きた転生者学校での後遺症だ。
「名前通りに丸々と肥えていたから、一晩くらいじゃそこまで痩せないだろう。 まぁでも、あの体型じゃ一食抜くだけでも一大事だろうし、店が再開していたら何か買ってやろうか」
「あっそれなら貝がいいな! 魚丸さんのところのホタテは、すっごく良い香りで気になってたんだよね~!」
「貝か……遠征するときの保存食に良いかもな。 疲労回復や士気向上の効果もあるらしいし、カツオ節の代わりに兵糧丸へ混ぜれば……」
「えぇ~!? 普通に食べようよ~!! あの乾燥団子、作っても全然食べないじゃん!!」
「い、いや、あれは非常食だから、有事に備えてるだけで無駄じゃない……はずだ」
真多子に反論されるとは思っていなかったので誤魔化したが、兵糧丸は僕の趣味半分職業病半分だ。
よほどの未開の地に行くでもなければ、小さな村などいくらでも点在してるので、基本的に食に困ることなどはないのだから。
ただ実際の所、真多子が指摘した通りに兵糧丸は結構備蓄が余っている。
売り物でもないから消費の期会がまるで無く、ついつい作っては貯まっていくのだ。
年末にあの蓄えの処分を真多子に迫られる時が、僕の一年で一番苦悩する恒例行事になりつつある。
「えっと……ほらそうだ、もうすぐその魚丸さんの店が見えて来るんじゃないか? な?」
これ以上この話題を深堀すると、僕が大火傷をしそうなので話をそらしに掛かる。
その指差す方向には、僕が茹蛸になりそうなのを我慢しながら待機していた広場。
ここの広場に入って手前側、僕達からすれば死角に面する場所に出店が立っているはずだ。
「ほんとだ、見えて来たね! 魚丸さ~ん、おはよ~!!」
真多子が逸早く店主に気が付くと、赤い髪を揺らしながら駆け寄っていく。
向こうも呼び掛けられた声に反応し、棚下から頭を上げて魚面をほころばせた。
危惧していたほど痩せこけている様子もなく、焦燥した感じも無い。
どうやら国守の仕事が滞りなく運んでいたらしい。
「お、明石家んとこのでねぇか。 朝っぱらからオラんとこの店に来るなんて、珍しいもんだなぁ?」
「え~! だって魚丸さんのところのお金が盗まれって噂だよ!? 心配になって来ちゃった!」
明石家は真多子が気まぐれに開いている出店だ。
大繁盛とまではいかないが評判は良く、そこそこの固定客が付いているらしい。
僕は料理がからっきしなので、そちらの手伝いはしたことがないので詳しくはないが。
手が足りないときは、もっぱら分身の使える星美の出番なのである。
「んだ、んだ、もう噂んなってただか。 いやぁ、それが昨日は本当にまいっちまってなぁ。 お国が取り返してくれなかったら、オラを干物にして売るしかねぇべかと考えちまっただよ」
「ふむ、この大きさの立派な干物なら、安く見積もっても家が一軒建ちそうだな。 好事家が殺到するんじゃないか?」
「だっしゃっしゃ! んだな、オラだって看板にしてぇもんだ、誰だって涎垂らして寄ってくるど!」
大口を広げて笑い声を響かせる店主、それにつられて真多子もケタケタ笑っている。
昨日のことはもう気にしていないようで、随分と機嫌が良さそうだ。
こうやって住民が笑って過ごしていられる日常は、やはりとても居心地が良い。
陰ながら手助けした甲斐があったというものだ。
「お? そういや見掛けない坊主だでな。 明石家んとこの連れだべか?」
「そうだよ~! コーちゃんとこれからお茶するんだ~!」
「かぁ~、見せつけるでねぇか! 坊主も隅に置けねぇやつだべ、これ持って早くえすこおとしてやんだど、ほれ」
終始上機嫌の店主が、僕の手に店頭の商品を押し付けて来る。
くれるということなのだろうか。
「あ、丁度買い物しよと考えてたから払うよ。 いくらで……」
「ばっか、おめぇ男が出来てねぇべな。 そこは黙って笑顔を返すのがデキるモテ男の秘訣だべ」
そう言うと、店主は指を立てて僕に目の前に見せつける。
主張している薬指に目をやると、そこにはリングが窮屈そうに嵌っていた。
(この見た目で結婚していたのか……そして、結婚マウント取って来るのが地味にウザい……)
確かに僕は人の見た目についてどうこう言えるほど、見た目に気を使っているわけではない。
それでもこの暑苦しい男にウィンクを飛ばされる謂れはないと思いたかった。
「やった~! 魚丸さん太っ腹~! 今度アタシのお店にも奥さん連れて来てね! 絶対お礼するから!」
「だっしゃっしゃ! 楽しみにしてるでな、明石家んとこのも坊主とお茶ぁ楽しんで来るんだど」
「はは……いやどうも」
思わぬ手土産を頂いてしまった。
戸惑いながらもお礼を言って、その場を後にする。
被害者本人は真相を知らないはずなのだが、何の因果か直接お礼を貰う形になってしまった。
良い行いは巡り巡って自分へと還るものなのだろう。
改めて手元を確認すると、真多子の好きだと言っていた貝類の干物が中心に入っていた。
「あの店主、結構見る目があるんだな。 ちゃんと真多子の好物を選んだみたいだぞ」
「ほんと!? さっすが魚丸さん! 分かってるな~!」
「ああ。 モテ男かは疑問だけど、デキる男なのは間違いないだろうな。 儲けも多くて狙われたみたいだし」
それに盗品の返却も無事に進んでることが分かった。
このまま官邸での報告も大したことなく、すぐに済ませてしまえるだろう。
僕はいくらか安心すると、帰りのお茶のことを考えながら繁華街の中心部へさらに入り込んでいくのであった。
初めての作品のため、色々と間違っている所があると思いますので、ご指摘・アドバイスなどをいただけると助かります!
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