朝飯前に一問答「僕はナニ人?」
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茶の間に脚を踏み入れると、なんとも落ち着く香りが充満しており自然と頬が緩んだ。
ほんのりと混じる磯の風、鼻をくすぐる酢の酸味、なんといっても炊けたご飯の温かい蒸気。
ひくつかせた鼻腔で目一杯に味わうと、口の中へ唾液が大波のように押し寄せて喉を鳴らした。
(僕は料理の腕がからっきしだけど、真多子の作る飯が絶品なのを判断する鼻と舌があって良かった。 毎日これが楽しみで生きているようなものだしな)
茶の間の中央へ目をやると、脚の短い長机の上には、既に何品かのおかずが配膳されていた。
小皿には酢の物、浅漬け、切り分けた練物。
それと先々代が仕込んだ特製梅干し壺がドンと置かれて、存在を主張している。
朝飯は基本的にいつもこの顔触れだ、汁物と米以外に火は使わず、サッと用意するのである。
たまに冷奴、納豆や季節の生野菜が増えるが、あれは街道で残った物を売り子がウチまで運んでくるかどうかなので運次第。
(残念だけど今日は少し早めの朝飯だし、追加の品は望めそうにないな)
朝食の献立を眺めていると、先々代が長机を囲む座布団の一つに腰掛けたので僕も続く。
しかし、じっとしていると余計に空腹感が喉元まで登って来るので、なんでもいいから手を動かしたくなる。
台所に行って何か手伝いたいところだが、真多子は6本腕を振り回して料理するため、かえって邪魔になるのだ。
充分過ぎる程に手は足りているのである。
仕方がないので、目を瞑りしばし思案して待つしかないだろう。
腹の虫には目の毒なおかずをシャットアウトすると、暗い瞼の裏に集中することにした。
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それにしても真多子は『魔人類』の中でもかなり特性が色濃いから、こういう日常においても便利そうで羨ましい。
ちなみに魔人類の魔とは、魔物のことだ。
元々、この世界には魔物しかいなかったと言われている。
魔物は進化していく生き物なのだが、個としての強さを求める傾向が強く、理性を持つことはけして無かった。
そして、どうしても知性体がほしかった神は魔物に転生者の魂を植え付けた、というのが僕達人類の祖である説として有力だ。
その説によるとやがて魂入りの魔物が代を重ね、魔物の特性を保持したまま人型に収まった魔人類となり繁栄し始めたのだそうだ。
そういえば転生者達の世界で、キマイラとは様々な動物の姿を持ち合わせる空想の生き物のことらしい。
魔人類も色んな魔物を元にしているため千差万別の特性があり、それになぞらえて命名されたのだろう。
だが魔人類に再び転生者の魂が植え付けられると、また話が少し変わって来る。
転生者たちはその状態を『新人類』と名乗っており(二度目の新しい人生という意味もあるらしい)、魔人類よりも魔物の特性が少なくなるのだ。
おそらく転生者達は人としての魂が強いので、魔物の血が薄まるのだろう。
その分、向こうの世界の知識という大きなアドバンテージを持っているのだが。
だが、二つの人種の決定的な違いは成長性だ。
魔物は元来、進化する生き物、その血が薄まるということはすなわち成長の限界が短くなるということなのだ。
鍛えていない町民同士程度であれば身体能力に差は無いが、鍛えていくほどに両者の差は残酷なほど歴然となっていく。
だからこそ、転生者達への暴行は重大な問題として扱われてしまうのだ。
それは街道事件の女転生者が、権利を盾として使ってきたことからも分かるだろう。
僕達人類は理性ある生き物、弱者を守ることが最優先されるのだ。
だがこの世界にはさらなる弱者が存在する。
それが『純人類』、魔物の血を一切持たない者達だ。
彼らは転生者が産んだ子供であったり、稀に魔人類からも産まれる。
だが転生者達と違い、こちらの世界の住民であるため特別な知識も持っていない。
身体能力ですら転生者よりも遥かに弱く、虚弱で何の特性も無い彼らは、僕達からすればあまりにもか弱すぎた。
とても同じ生活圏には共存できず、僕達の国でも彼ら純人類を見掛けることはまず無い。
なぜなら、純人類は産まれてすぐに中央へと送られてしまうからだ。
それに各国どの国であろうと関係なく産まれるため、一カ所に集めて効率的に守っているのである。
そして僕達魔人類の12の国で組まれた『干支連合』は、そんな中央を理性無き魔物達から守る壁なのだ。
弱者を守るべきという考えも、こういう社会構造から来ている。
大まかにまとめると、魔物の血が濃い『魔人類』、転生者の魂が入った『新人類』、持たざる者『純人類』この3つの人種がこの世界での人類なのである。
だが『僕』の分類はやや面倒な所に位置している。
産まれは魔人類なのだが、右眼から得た『転生者の記憶』のせいか、新人類のような特性の少なさであった。
魔人類でもなければ新人類でもない。
しかし、転生者の知識は虫食いな上に身に覚えのないもの。
それなのに僕の身体はいくら鍛えようと成長の兆しがまるで見えない。
恐らくこの右眼が枷となって僕を縛り付け、転生者と同じ限界の壁へとぶち当てたのだ。
情けない話だが、軟体魔忍として仕事を続けるにも、魔人類である真多子の力がどうしても不可欠。
好きな女の子を守ってやるどころか、逆に守ってもらうしかないのだ。
『僕』が上書きされてしまう恐怖、そして成長を抑えしまう記憶という枷、これらを解決するためにも僕はこの右眼を元に戻す方法を探している。
解決の糸口はまるで見つからないが、仕事上各国を回る機会はいくらでもある。
その道中で何かしらの手がかりを掴みたいところだ。
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改めて僕が軟体魔忍として活動している原動力を再確認していると、茶の間に間の抜けた音が響く。
(くぅ)
先々代の腹の虫が鳴いたのだ。
それでも全員が席に着くまでは、箸を取る気もないらしい。
そうこうしていると、ようやく台所の方からバタバタカチャカチャ騒がしい音が迫って来る。
「お待たせ~! 今日も自信作だよ! い~っぱい食べてね!」
大きな御櫃を抱え、他の腕には汁物を入れた鍋と鍋敷き、茶碗に御椀にお玉にシャモジ。
よくもここまで器用に持ち歩けるものだ。
「ありがとう、でもそんなに待ってなかったよ。 ちょうどよい所でしたよね先々代?」
「おう、だが以上痩せたらポックリ逝くとこだったんじゃねぇかな、ハッハッハ! そういやぁ海野んとこの嬢ちゃんは来ねぇんか?」
「うん。 アサリ採って来てくれたんけど、そのまま学校行っちゃったんだ~。 あっでも、おじいちゃんの梅干し入れたオニギリは持たせたよ」
「そうけぇ、相変わらず忙しねぇ嬢ちゃんだ」
海野とはウチにいるもう一人の家族、海野星美だ。
名前のキラキラした彼女は、真多子に影響されたのかスターになるのが夢という問題児のヒトデ少女。
ご両親がどうしても断れない長期任務で離れているため、先々代が預かると申し出たのだ。
ついでに先々代の余生の暇つぶしとして、稽古に付き合わされている。
そして学校とは、転生者達が人類全員に読み書きと簡単な算術及び基礎的な教養は身に着けせるべきだと、各国へ働きかけていくつも作ったらせたものだ。
この場に不在の幼い彼女は、この時間いつもその学校へと通っている。
「勤勉でいいことじゃないですか。 ウチは毎朝アサリのすまし汁がないと始まらないんですし」
「そうそう! はいこれおじいちゃんの分。 こっちはコーちゃんの分」
「あっちち、ありがとう。 それじゃいただきます」
6本腕でテキパキ配膳を進める真多子からすまし汁を受け取ると、水面を適温まで冷ますために息を吹きかける。
頃合いを見て一口啜ると、貝のしっかりとした旨味が広がり胃を温めた。
素材を活かす新鮮な味は、この濁りの無いシンプルな汁物でこそ楽しめる贅沢だろう。
海の近い巳の国でしか味わえない、貴重な郷土料理の一つだ。
「なぁに上品ぶった飲み方してんだ小僧、大干支っ子なら熱い内にグイっと行ったれぇ」
僕の所作が気になったのか、先々代が手本を見せてやると椀を傾け、貝ごと口に流し込む。
喉をならして汁気を飲み下すと、残った貝殻をボリボリ噛み砕き、追うように白飯を掻き込んでいった。
(特性が濃いから出来る芸当であって、人の歯しか持っていない僕に出来るわけないだろう、無茶言うな……)
「うんうん、アサリ美味しいよね~」
そう言うと、真多子までバリバリ貝を噛み砕いている。
これが異様な光景に映るのは、この場で僕だけだというのか。
「あぁ、そう……そんなに美味しいなら殻はやるよ」
「やった! いつもありがとうコーちゃん!」
何度見ても信じられない食事風景だが、取り分けた貝殻を真多子の椀に移すと、僕は普通に食事を続けるのであった。
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