小太郎の悪夢
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深く、暗く、水の中にでもいるかのように音がくぐもって聞こえない。
身体は指先から芯まで冷たく凍え、息をするのも辛く苦しい。
一寸先も、下手すれば自分の両手すら見えない闇の中。
少しでも、ほんの僅かでもいいから、暖かな光は無いかと頭を動かしていると、既視感に気が付いた。
(あぁ、これはいつもの悪夢か……)
物心ついた頃から定期的に引きずり込まれる、僕の持病のような夢の世界。
ここはいつも孤独で、誰の助けも来ない閉鎖された監獄だ。
(でもそんなことは慣れてしまった。 僕が今でも怖いのはこの後だ)
いつも見る同じ夢。
だからここからの展開も知っている。
来た、と感じたのは脚先からだった。
ジンと痛むような冷たさに凍えていた指先の感覚が消えていく。
次第にその消失感は伝播していき、あっという間に腰まで無くなった。
見えないが、しっかりとそう感じるのだ。
(助けて)
その一言を発声しようにも、すぐに僕の口を海水が満たしてしまう。
そうこうしている今も、僕がどんどんと違うモノに置き換わっていく。
(消えたくない、嫌だ……)
この消失感がどこへ向かっているのか、知らないけれど分かっている。
僕の右眼へと侵食しているのだ。
(僕は『僕』のままでいたい、やめてくれ!)
遂には残る感覚が右眼だけとなった時、僕の夢は終わりを告げる眩い光に包まれた。
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「……ちゃん! コー……! コーちゃん!!」
誰かの声に反応し、僕の頭は急速に覚醒する。
まるで短距離走したみたいに呼吸が荒く、脂汗が鼻筋を伝っていた。
ピントのぼやけた視界が鮮明になり、視線を横へ向けると見慣れた顔がそこに在った。
「はぁ、あぁ、おはよう、真多子。 起こしてくれてありがとう」
心配そうに僕を覗き込む真多子が、眉をこれ以上絞れないだろうというくらい寄せて、両目に大粒の涙を溜めている。
しかし僕の声を聴くと、とたんに涙は引っ込み、いつもの朗らかな太陽みたいな笑顔を見せてくれた。
「また怖い夢見たの? なんだかすごく苦しそうだったよ」
まだ興奮している呼吸を整えながら身体を起こす。
僕と真多子は同じ家に住んでいるので、たまにこうやって様子をみてくれるのだ。
「うん。 でも、お前の笑顔見たらもう平気になったよ、いつも助かるな」
「へへぇ、いいのいいの! 気にしないで!」
知らない誰かに己の身体を乗っ取られる不気味な感覚。
それは産まれた時は普通だったのに、いつの間にか変な力が宿っていた右眼、これが悪夢の原因なのだろう。
この悪夢を見るようになってから、僕の記憶に身に覚えのない『転生者の世界』の知識が虫食い状態で流れ込んで来たのだ。
しかし肝心の知識は持ち主を特定するような記憶は抜けており、入って来るのは道具や生き物のことなどばかり。
転生者達は産まれながらに前世の記憶をそのまま持つ、後天的に記憶が甦ったなんて聞いたことが無い。
幸いなことに、得体の知れない何かは、それ以上僕を埋めることはなかった。
それでもいつか僕を塗り替えてしまうのではないかという不安はずっと残っている。
この孤独感を埋めてくれる彼女の存在は、僕にとってかけがえの無いものだ。
だから早く真多子への秘めた気持ちをどうにか打ち明けてしまいたい。
しかしいつか『僕』が消えてしまうんじゃと思うと尻込み、いつまでも言えずにいる。
「さて、もう朝陽が眩しくて二度寝は無理だな。 少し早いけど朝ごはんにしようか」
それにしても、よほど汗を掻いたのか顔が湿っぽい。
不快感から手の甲で口元を拭うと、墨汁でも触ったかのように黒く染まってしまった。
僕はその事実に気が付くと、一瞬で真顔に戻り表情筋の動きを止める。
「……おい。 また僕に何かしただろ」
視線は手の甲から放さず、空いてる腕は真多子を掴み逃げない様に引き寄せた。
あいつの顔は見なくてもどんな表情をしているか想像できる。
どうせ目を泳がせて、挙動不審になっているに違いない。
「え!? えーと、ほら、コーちゃん昨日さ、アタシのタコスミ美味しそうに舐めてたから、もっと欲しいのかな~って……えへへ」
えへへじゃないが。
もしや悪夢はこれのせいじゃないのか。
「はぁ……せめて寝込みを襲うな、今度からは起きてる時にしてくれよ」
(こいつ子供の時から、何かとタコだのスミだの喰わせようとしてくるんだよな……)
「は~い。 了解ですコーちゃん様殿!」
真多子がビシリと気をつけの姿勢で身体を起こすと、数秒も保たずいつものニヘラと緩い顔に戻ってしまった。
こちらもスキンシップの一環として慣れてしまったので、強く叱りつけたりはしない。
ただ、タコスミで溺れ死んだなんて、恥ずかしくて墓にも書けないから勘弁してほしいのだ。
そんな朝からしょうもない騒ぎに頭を抱えながら、僕達は朝支度を始めるのであった。
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着替えを済ませ顔を洗うと、井戸の桶を逆さに置いて水切りさせる。
街道の人達は共同井戸を使っているが、ウチは少し離れた所に一軒屋なものだから専用の井戸がある。
手入れも自分達でやらなければならないが、それでもヒンヤリと冷えた水で、ゆっくり顔を流すことが出来るのは値千金の価値があるといってもいい。
対して向こうなら予め溜めて置いたヌルい水だ、特にこの夏場ではサッパリした朝など望めないだろう。
しっかりと眼が冴えたところで、井戸のある裏庭から縁側に膝を掛けると、ぴたりと閉じている障子戸の前で正座する。
この家には僕と真多子の他に、あと二人の家族が住んでいる。(正確には二人以上なことが多いけれども)
裏庭に面するこの部屋には隠居した先々代の軟体魔忍頭目、真多子の祖父が住んでいるのだ。
ちなみに先代頭目は僕の親父殿、当代は一応僕だ。(押し付けられただけなんだけど)
「ごほん、小太郎です、おはようございます。 先々代、朝の調子はどうですか?」
朝ごはんの支度や井戸の音で、僕達が起きているのは既に気が付いているだろう。
それでなくたって老人は早起きなのだ。
それでも礼儀として、一応声を掛けてから障子へ手を掛けなくてはいけない。
さもなければ、また耳にタコが出来る程長い説教に捉まってしまうのだ。
年喰ってもタコ、先々代に捉まったら吸盤みたいに放さないから非常に質が悪い。
「おう起きとるぞ、おはようさん」
正座を崩さず待っていると、障子の擦る音と共に先々代の声が縁側の床を叩く。
恐ろしいことに足音は全くしなかった。
今でも前線に出れるのではないだろうか。
顔を上げると、朝陽でツルリと年輪が光る頭、やなぎのように垂れる立派な白い顎鬚が一番に目に付く。
その表情は和らげで、幸い今日の機嫌は良いらしい。
今では筋肉も衰え痩せた身体だが、威厳のある態度と姿勢のおかげか、ちっとも枯れた様子の無い。
まったく元気な爺様だ。
「この間おめぇさんに按摩されてっからな。 失くした腕の付け根もこの通りダンマリよ」
ほれ、と肩を回して健康な様子を見せつけられる。
先々代は真多子と同じく、タコの特性が色濃く、腕が6本あったのだ。
だがあったというのも、今は昔。
忍者などは捕まっても人権なんて保障されない。
この仕事を続けていけば、こういう危険の一つや二つは珍しくないのだ。
そうして失った腕は既に神経など無いはずなのに、それでも忘れたころに痛みを訴える。
今はそんな幻肢痛に悩まされながらも、残った2本の腕で人並に生活を送っていた。
「そうですか。 僕としては仕事が減るので、ずっとそのまま元気にしてて欲しいんですけどね」
「かっー、情けねぇ。 鼻タレ小僧に皮肉られても、言い返せやしねぇたぁ! わしがあと20も若けりゃなぁ、くぅぅ」
若ければというのも、本当ならばタコらしく新しい腕が生えて来るはずなのだ。
しかし加齢による新陳代謝の低下からか、今はウンとスンとも言わず、頭と同じく希望が見えない。
先々代は本気で悔しそうに、ツンツルテンの頭を叩いていた。
「しっかり飯が喰える内はまだまだ若いでしょう。 そろそろ真多子が朝飯を用意してると思いますので、向かいましょう」
「おうさ、おめぇも気の利いた世事を言うじゃねぇか。 ハッハッハ!」
真多子の肉親なだけあり、軽くおだてても調子に乗ってくれて楽な一族だ。
そういう所も好きなのだが。
僕とは直接の血のつながりは無い、それでもこの可愛い爺さんは本当の家族だと思っている。
「さぁ、飯だ飯! 行くぞ小僧!」
「はい、それでは」
僕は正座を崩し立ち上がると、共に並んで食卓へと腹を鳴らして向かうのであった。
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