伊華賀の舞華
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分厚い扉が壁に迫るほど全開になると、開けた視界の先には向かいの部屋が見えていた。
(あれ……?)
本来ならば、向こう側にも扉が見えているはずである。
ところが、直線状にあるのは畳の敷かれた座敷の光景。
これはいったいどういうことなのか。
僕は頭が混乱し、一瞬思考が停止する。
「あっ、コーちゃんこっちにいたんだ。 ねぇねぇ、マイカちゃんがお話しようって!」
「はぁ?」
彼女の身を案じて気が動転していたが、今度はあまりにもな結末の落差で呆気にとられる。
一方の真多子はといえば、いつもと変わらぬ明るい笑顔でニコニコ笑っているのだ。
あれだけ僕が思案し悩んでいたのは何だったのか。
まったくの取り越し苦労である。
「お前なぁ……諜報活動なのに直接会う奴があるか」
「でもマイカちゃんは全然気にしてないって! ほら早く早く!」
「はぁ……分かったよ、着替え持っていくから出歩くなよ」
なんにせよ、もう見つかってしまったのであれば仕方ない。
いまさら誤魔化すことも出来ないだろうし、諦めて合流することにした。
僕は彼女が脱ぎ捨てていった衣服を手にすると、今しがたまで入っていた応接室の札を『空き室』に変えて後にする。
もともと受付嬢へは、向こうが空いたら移動すると伝えてあるのだ。
情報を聞き出すのが目的だったとはいえ、本当に移動しても問題あるまい。
T字路の向かいの部屋までは真っ直ぐ歩くだけであり、人の気配があればすぐに気が付く。
階段へと続く三叉路こそ気を張ったが、そこを過ぎればとくに罠もないだろうと安心できた。
どうやら本当に話し合いをするつもりらしい。
伊華賀流の舞華が待つという部屋の前で脚を止めると、僕は手にしていた衣類だけ中へ差し出し声を掛ける。
「ほれ、早く服着とけ。 終わったら入るから」
「ありがと~!」
天然光学迷彩のタコの保護色能力は便利だが、それは自分の身体のみ。
服まではどうしようもないので、こうしてしばしば脱ぎ捨てられてしまうのだ。
僕の方も慣れたもので、こうしたやり取りをしたのは二度三度ではない。
実働部隊として動く彼女のサポートとして、衣服はすぐに回収しているのだ。
手渡してしばらくすると、開けた扉越しに彼女が着替える布擦れの音がするすると聞こえて来る。
コチラの方は未だに慣れない。
どしてもソワソワとしてしまい、己の未熟さを痛感する。
だが何と言われようと、この歯痒いこそばゆさはどうにもならないのだ。
「もういいよ~」
「そうか、なら入るよ」
声がかかるまでは、万が一にでも視界に入れないよう、じっと俯いていた。
ようやく真多子の返事が来たので面を上げる。
開きっぱなしの戸を抜けると、巳の国出身にとっては落ち着く畳の香りが鼻を通った。
靴を脱いで足裏に感じる、ひんやりとしたこの独特な踏み心地はやはり良い。
蒸気屋台に揺られっぱなしで蒸れた脚が、今一気に癒されているのを実感する。
「貴様が風間の息子か」
「きみは……」
じんと畳との再会に感動していると、突然心まで凍るような冷たい声が僕の心臓を跳ね上げた。
「マイカちゃんだよ! コーちゃんはあんまり遊んでなかったから覚えてないかな?」
「何を言う。 流派の垣根も気にせず寄って来るマダコが特異なのだ」
「はは、まぁ始めまして……ではないけど、一応名乗っておくか。 僕は風間小太郎です」
「そうか」
(うぅ……なんか僕にだけ、やたら冷めた対応な気がする。 真多子に対する口数とあからさまに違うぞ……)
真多子の隣には、長い黒髪を綺麗にすいて、流れるような長髪が特徴の女性が座している。
背は真多子よりは少し大きく、二人並ぶと姉妹のようだ。
さながら真多子は手のかかる妹と言ったところだろう。
普段は星美の世話でお姉さんしている真多子が、いつもは見せない幼気な顔を見せていて新鮮だ。
「よっと……それで、なんの話があるって?」
このまま突っ立っていると、針のような視線が痛い。
ツリ目で血のように赤い瞳でハリセンボンにされてしまう前に、僕はさっさと自分から座布団を引っ張り腰を落ち着ける。
「アタシね、マイカちゃんに聞いたんだ~。 コーちゃんのことを悪く思ってるのって」
「窓から同胞の気配がしたときは何事かと思ったぞ」
「結構隠れるのには自信あったんだけどね~。 やっぱりマイカちゃんにはバレちゃった!」
久方ぶりに旧知と会えたことが余程嬉しいのだろう。
真多子はずっと舞華の隣であれこれと口を閉じる様子が無い。
「あ、あの~……それでどうだったんでしょう……?」
歳は変わらないはずなのだが、どうしても彼女の鋭い視線に委縮してしまい言葉が堅くなる。
その情けなさが余計に気を逆撫でたのか、彼女の眼光はより冷ややかになった気がした。
(うぅ、どうにも苦手だこの人……)
「どうもこうもあるまい。 政治戦争の時代は古くなった。 だから我々の存在も意味をなさなくなった、それだけだ」
国主の影の手として暗躍し、他国を貶める時代は確かに終わった。
今は手を取り合い、互いに交流を深める流れとなっている。
「ね、言ったでしょ~! マイカちゃんは全然気にしてないって!」
「そうみたいだな、はは……」
それは本当に本心なのだろうか。
僕に対する敵意にも似たこの視線は、どうにもそれで片付けていいものでは無い気がするのだが。
あの生意気な星美の目線ですら温かく感じるほどだ。
「貴様、そんなくだらぬことより、聞きたいことがあるのではないか?」
「う、えぇっと、なぜ……この中央に? ここは転生者か純人類しか住めないはずですが」
思わず心を見透かされているのではと焦ってしまった。
本当はあの悪党について聞きたいが、直接問うわけにもいかない。
疑っていると言っているようなものだ。
ひとまずどんな嘘が帰って来るにせよ、この場を繋ぐことに集中する。
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