エンカウント
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『ポォォォォォォォォ』
外で汽笛の音が鳴り響く。
窓から景色を眺めると、流れていく白い蒸気が尾を引いていた。
夕食も終わり陽も陰る頃合いだ。
輪郭を赤く染めるその煙はまるで幻想のようであり、微かに揺れるシートへ深く腰を預けていると睡魔が迫る。
よく目を凝らすと、暗がりで反射し怪しく光る目といくつも視線を交わす。
そろそろ薄暗くなってきたので、夜行性の小型魔物が顔を出し始めたのだろう。
あれらに害は無いが、轢かないに越したことはない。
この音で驚かし、進路を妨害されないように警告しているわけか。
どうも僕達の乗る蒸気屋台『ヤタイヤタイヤ』は悪路を苦にもせず踏破出来るが、生憎と小回りだけは苦手のようなのだ。
コチラが避けるより、向こうをどかした方が楽なのだろう。
突っ走る性格の兄貴らしいといえばらしい。
我が道を征く、鉄の馬車。
その分、充分な速度を維持して走り続けられるので、明朝には目的地の中央へと辿りつけそうだ。
「おう、タコロウ。 火の様子はどうだ? コイツが元気に動いてるってこたぁ、問題ねぇとは思うけどよ」
鉄筒の先にアサガオのような口が付いた伝声管が、深角の兄貴の声を再現する。
相手の顔を見ずに会話するというのは、中々不思議な感覚である。
僕達のいる後部座席と、前方の運転席は離れているため、こうした連絡手段を使っていた。
メガホンのように声を遠くまで飛ばす物は市場で見掛けるので知っていたが、筒を伸ばせばこうした使い方も出来るとは面白いものだ。
だが確かに便利なのだが、問題は相手の口元が見えないので、返事をするタイミングが掴み難い所か。
兄貴の言葉が途絶えたのを見計らい、僕も伝声管に口を近づける。
「……大丈夫だよ。 さっき備蕩炭をくべたばかりだから、しばらくは保つんじゃないかな」
「……試運転してないわりにゃぁ、上出来だな。 燃料は向こうに着くまで補給できねぇから、あんまし入れすぎねぇようにしとけよ」
「……分かってるさ。 心配いらないって兄貴、僕に任せておいてよ」
僕の返答に満足したのか、伝声管はそれ以上は声を発さなかった。
今回の旅路で、僕はこの蒸気屋台の燃料『備蕩炭』の管理を任されている。
派手好きの星美なんかに触らせたら、一瞬で使い切るに決まってるからだ。
あいつなら勢い良く燃え上がる火を見て、モットモットとはしゃぐのが目に浮かぶ。
だから、僕は大事な燃料を詰めたシートに腰掛け、誰にも触れないよう自分の尻で守っているというわけである。
この大事な備蕩炭は、特別な調合をした墨でコーティングされた木炭だ。
飴のように長く味の続くように燃え続ける炭として、大干支では広く重宝されている。
巳の国は、夏場は非常に暑いのに、冬場は逆に信じられない程に寒いのだ。
そんな極寒の中コレを囲炉裏で焚いていなければ、凍えてまともに寝付けやしないだろう。
しかしそれだけ長く燃えているからこそ、この蒸気屋台の荷は少なくて済んでいるのだからありがたいことだ。
なにせ、当初は僕と真多子の二人旅の予定だったのが兄貴と星美まで増えたのだから。
食料や座席でスぺ―スを取られ、荷物もあまり詰め込めないありさまだ。
この道中に何事もなければ事足りるだろうが、僕の懐に忍ばせた『返却物』のせいで不安がよぎる。
「ふわぁ……あれ? コーちゃん、寝ないの?」
僕の向かい側のシートでうたた寝していた真多子が、眠たそうに目を擦りながら弱々しい声を絞り出す。
先程までぐっすりと寝ていたのだが、汽笛の音で目が覚めたのかもしれない。
その膝の上には星美がの頭が乗っており、羨ましいことに膝枕をしてもらっていた。
「僕は火の番をしてるからね。 朝には着く予定だし、交代とか気にせず真多子達はそのまま寝ていていいよ」
「うん……わかった~ふにゃ」
そう言うと、彼女はまた糸が切れた人形のように力を抜いて眠り始める。
この蒸気屋台は八輪の安定した走りのおかげで、走行中ほとんど揺れず心地良い眠りに誘ってくれるのだ。
僕も眠気はあるが、しかし眠る気は元から無かった。
眠ればどうせまた悪夢を見るだろうし、懐に大事な物を持ったまま無防備になるのはどうしても気になってしまうのだ。
だから進んで火の番を買って出て、今に至るのである。
(二人とも安らかな寝顔だな。 こうしていると、平和ていうものを実感するよ。 このままきっと何も起こらないよな、兄貴が無茶な運転しなければだけど……)
あの生意気な星美ですら眠っていれば幼い子供そのもの、可愛いものである。
いくらかの緊張が解け、僕も身体の力を抜こうと腰を据え直す。
すると突然、外が騒がしくなりだした。
僕達の横道、藪の中から聞こえて来る。
「……ッ!! な、なんだ!? 兄貴、聞こえる? 何か様子がおかしいんだ!!」
異変に気が付くと反射的に伝声管へと手を伸ばし、筒口を掴んで報告する。
向こうも異変に気が付いていたようで、すぐに返事が返って来た。
「ダァァ、分かってる!! タコロウ、全員起こせッ!! どこでもいいから掴ませろ!!」
そう言うや否や、再びけたたましく汽笛が大声を上げる。
その騒々しさに真多子達も跳び起きた。
「ひゃぁつ!! なになに、何が起きたの!?」
「ホワット!? アクシデントデース?」
「説明は後! みんな掴まれ! 身体を固定するんだ!!」
言葉にはしたが、寝起きの相手に伝わるのには戸惑うせいで時間が掛かる。
僕は二人に駆け寄り、それぞれの腕を窓枠や柱へと無理やり持っていく。
だが、許された時間はそこまでだったらしい。
安定した走りが取り柄の蒸気屋台の車体が大きく横に揺れ、車内の物が激しく散乱する。
「キャァァ!! 何事デース!?」
「あっ、コーちゃん!!」
「おわぁぁ!!…………わぶ!」
二人の安全を優先したばかりに、僕の身体は一瞬浮き上がり自由を失った。
あの衝撃だ、身体を激しく打ち付け痛めることも覚悟して目をきつく瞑る。
だが意外にも身体はなんともなく、僕の頭は柔らかいクッションのようなものに守られていた。
「むぐ、ぷはぁっ!! なんだこれ?」
顔の両方から包みこむ、柔らかな感触。
そこに埋もれた頭を引っ張り出すため、両手をついて態勢を起こした途端、耳鳴りのするような声が轟く。
「シィィィィィット!! お姉さまから離れろデース!!」
「ブヘェッ!!」
轟いたのは声だけではなかった。
燃えるような痛みが僕の頬を焼き、夏だというのに僕の顔には紅葉の葉が赤く染まっていた。
チカチカする目をようやく開けると、湯気を上げる手を構えた星美が仁王立ちしている。
どうやら僕は、渾身の一撃なビンタをもろに喰らったらしい。
何が起こったのかも分からず、あまりにも理不尽すぎる。
「いってぇ~……なにす……」
僕が抗議しようと腰を上げたその時、またも大きく車体が揺れる。
今度は事前に回避行動に進路を取っていたのか、揺れが先程では無いとはいえ二度も続くとはただ事ではない。
「チックショウ、しつけぇ野郎だぜ!! タコロウ、外のやつを何とかしろ!!」
伝声管からは、兄貴の切羽詰まった悲鳴が鳴る。
この蒸気屋台は小回りが利かないから、相手を振り切るのが難しいのだろう。
「コーちゃん、窓の外!! 何かいるよ!!」
「あれは……!!」
窓に映るそれは、僕達の乗る蒸気機関の乗り物とは大きく異なるものだった。
ゴテゴテと鋳鉄の継ぎ接ぎがなされ、重く仰々しい見た目は威圧的であり、『異世界』でいうならば『装甲車』に近いだろう。
その上部に取り付けられたハッチが開くと、中から人影が姿を見せるのであった。
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