指切りげんまん
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大正門の門兵にまたもや白い眼を向けられながら通り抜けると、ようやく僕達庶民の馴れ親しんだ繁華街へと戻ってこれた。
官邸周りはどうにも息が詰まるので、肩の荷がいくらか降りた気持ちになれる。
もっとも、それ以上に重くのしかかる荷物が、僕の懐に忍ばせてあるのだが。
「ん~! ふぅ……さてと、帰りにゆっくりお茶していくって感じじゃなくなったな」
「え~!? 楽しみだったのに~!! コーちゃんはアタシと仕事のどっちが大事なのさ! も~!!」
朝は報告がすんなり終わるものとばかり思っていたので、真多子との約束を立てていた。
しかし、残念なことに厄介な仕事を押し付けられてしまったため、今はそれどころではないだろう。
それを内心分かっているのか、真多子がプリプリと抗議していてもそれほど怒気を感じない。
ただ、行きたかったという気持ちは本当なのだろう。
「それは勿論仕事だろう。 お前とのお茶はいつでも行けるからな。 それこそ、旅の途中でも」
「いつでも……そっか、そうだよね! えへへぇ。 それじゃぁ、あっちで色んなところ案内してね! コーちゃんの住んでたところも見てみたいな~!」
右眼の記憶のせいで、僕は幼少期に中央の全寮制学校へと飛ばされた。
そのせいで夏や冬の長期休みにしかコチラへ戻って来れなかったのだ。
その頃は、一度離れてしまうとしばらく真多子とも会えなくなっていたが、今は一緒に暮らせている。
これからいくらでも真多子と思い出を作る機会はやって来るのである。
こうやってたまに邪魔は入るが、焦ることはないだろう。
「僕の住んでいたって……あんなの見ても面白くもないぞ。 どうせいるのは転生者だけだし、ただの寮だから特に変わった物も無いしな」
「それでも見たいの! コーちゃんはアタシの家を見てるんだし、今度はアタシがコーちゃんの家を見る番だもんね~!」
「そういうものなのか……? まぁ、あそこは純人類のエリアじゃないから行くのは問題ないけどさ」
「やった~! 約束だからね! 今度は破っちゃ嫌だよ?」
「はいはい、約束な。 ほい、指切りげんまん」
僕は右手の小指を立てて、真多子の方へと差し出す。
それを見た真多子も同様に小指を立てて、僕の小指に絡ませる。
その状態で軽く手を振り離れないことを確認すると、ようやく指を解放させた。
おそらく、堅い約束という意味を込めたおまじないなのだろう。
子供のころから、二人の大事な約束を交わすときはコレをするのがお約束なのだ。
元々は転生者達の間で流行っていたものらしいので、僕も詳しい由来は知らない。
それでもこうして身を寄せ気持ちを確かめ合う行為は、互いの絆を深めるようで少し心地が良い。
ただし真多子は腕が6本もあるのだ。
当然右手だって3つある、これを三回も繰り返すのは少々大変ではあった。
「にひひ、久しぶりにやったね~。 小さいときは、また会おうねっていつもやってたのにね」
「そういえばそうか。 なんか自然と手が出てたんだ、子供の頃の習慣って結構残ってるもんだな」
真多子の方も僕の小指を見るなり、すんなりと指を交わして来たのでお互い身体が覚えているのだろう。
それだけ子供の頃に何度も繰り返していたということでもあるが。
右眼が一方的に植え付けて来る知らない記憶。
今のところは落ち着いているが、いつか『僕』を上書きしてしまうのではないかと常に恐怖している。
消えたくない、いやせめて誰かに『僕』を覚えていてほしい。
この指切りげんまんという行為は、そんな誰かの心に残りたいという気持ちをいくらか和らげてくれた。
互いに堅く誓い合い忘れぬようにというまじないに、『僕』の存在を重ねられたからだ。
(そういう意味では、僕が一番忘れて欲しくない、心に残っていてほしい相手は真多子なんだよな)
何度も何度も、物心ついたころからずっと交わして来た、小指に残るこの感触。
意識すると、なぜかいつもよりも温かく感じられたのであった。
「しかし、着いてからのことばかり考えても始まらないな。 ここから中央までは結構な距離があるんだ、徒歩なんてまず無理だぞ」
「う~ん、馬車の人にお願いしてみる? もしかしたら手が空いてる人がいるかも!」
「いや……たぶんどこも受けてはくれないはずだ。 困らせるだけだし止めておこう」
ここ巳の国の首都、大干支の街があるのは海の近い端の方だ。
中央より隣国への方が直線距離は短く、交通手段も限られてる。
今は初夏だが、もう少し先の真夏にもなれば観光客のための駕籠や馬車、河を使った遊覧船などが出るため選択肢は色々選べたのだが少し時期が悪い。
無理に運び手を探そうにも、人気の無い時期は向こうも身の安全を考えて孤立するような遠出を嫌う。
大干支内を移動するだけならともかく、ほとんどの魔人類が用の無い中央方面など、誰も頷いてはくれないのだ。
(あの捕まった転生者は南の午の国からウチに来たんだよな……あそこなら融通の利く馬車もあるだろうし、僕達もあそこを経由するか……?)
巳の国の輸出品は鮮度が命の海鮮が多い。
それを運ぶのは、脚自慢が揃う午の国に任せているのだ。
荷車の中には、世界の食材が揃う中央への便もあるはず。
そこへ便乗すれば行けなくもないだろう。
だがそうなるとかなりの遠回りをすることになる。
帰りは観光客に混じればいいとして、行くまでに時間が掛かり過ぎてしまう。
荷物を受け取る仲介人がいつまで待ってくれているとも分からない現状、一日でも早く急いで中央へと向かいたい所なのだ。
「むむ~難しいね。 あ~あ、自分達で馬車を持っていれば自由に旅が出来るのにね」
「自分の馬車か……それだよ真多子!」
「ふぇ!? どれ!?」
僕は少し頭が固すぎたようだ。
真多子のような軟体みたいにもっと柔軟な発想を持つべきだ。
なにも既存の交通機関に頼る必要はないではないか。
彼女の言う通り、自分で用意してしまえばいいのだ。
「ありがとう真多子! 幸いなことに伝手には心当たりがある、善は急げだ行くぞ!」
「ちょっとコーちゃん、全然わからないんだけど! 待ってってば~!!」
逸る気持ちを抑え切れず、僕は繁華街の外れの方へと駆けだした。
後ろから真多子も追って来る気配があるし、心配する必要はないだろう。
そもそも僕よりも身体能力は遥かに上なのだ。
目指す先は、開けた空き地に囲まれたオンボロのあばら家。
そこに僕の尊敬する、偉大な人物が今日もいるはずなのだ。
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