巳の国主
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金銀で彩るような悪趣味さはまるで無く、漆塗りのしっかりとした造りの大机へ肘を掛ける国主様である。
朝に弱いのか、肘掛けた腕に頬を預けている。
しかしその眼は鋭く見開かれており、ヘビにでも睨まれているかのような重圧を感じさせた。
その声は声変わり前の少年のように甲高く、その年頃独特の魅力を帯びる。
だが喋り方に幼さは微塵も無く、その役職に恥じない堂々とした落ち着きぶりだ。
見た目の方は男とも女とも区別し難い整った顔立ちだが、鼻が低くヘビ面という印象が強い。
髪も几帳面過ぎるほど真っ直ぐに切り揃えられ、顎へかかるくらいまで伸ばしているのが余計に両性的な見た目にするのだろう。
年齢性別ともに不詳、外見からではなんとも情報を読み取りにくい人だ。
隙を見せる様子がまるで無く、その顔の裏で何を考えているのかも全く読むことが出来ない。
「まぁ、盗品返却の首尾が少し気になったもので。 それと僕はタコロウではなく小太郎です」
周りをキョロキョロと見渡し落ち着きのない真多子の首根っこを掴み固定しながら、僕は視線に動じることなく淡々と答えた。
「ふがっ、アタシは真多子だよ~! よろしく、国主様!」
遠足に来た子供じゃないんだから大人しくしていてくれ。
幸い、国主様は真多子のことなど添え物のように眼もくれないからいいものの。
「なんジャ、そのことなら心配ない。 国内の分は既に手配してあるはずジャからな」
「ええ、来る途中に最後の被害者の店に寄ったので確認済みです」
そう返答しながら、魚丸屋に押し付けられた袋を軽く掲げて振る。
紙袋の中からガサガサと乾いた音が重なり、中で干物が踊っているのがよく分かるだろう。
おまけに袋の表にはデカデカと『丸に魚』の印が印字されているのだから、盗まれた巾着の持ち主から貰った物であることは一目瞭然だ。
顔を動かさずに視線だけそちらへ向けた国主は、満足そうにゆっくりとした瞬きで頷いてみせた。
「ですが、僕が気になっているのは他の盗品のことです。 何せアイツは転生者でしたから」
転生者達の持つ前世の記憶は、この世界全体の文明向上のために最重要だ。
まだ未発見の食材の目利き、土壌を豊かにするための知見、新しい発想と土着偏見の無い観察眼。
この世界では未解決な問題も、向こうの世界では解決したこと。
また、向こうの失敗から得られた教訓を汲んで、こちらの世界の問題に取り入れる等。
取り返しのつかないことも経験豊かな向こうの世界の知識は、僕達の世界にとってはまさに生きる宝なのである。
そのため、彼ら転生者は十二の国を自由に行き来する権利を約束されている。
逆に、国民達は手形がなければ出入りが出来ず、場合によっては国境で足止めを喰らうこともあった。
よって、国家を跨ぐ犯罪など、転生者関連でもない限りそうそう起きることがないのだ。
今回の事件は前例の極めて少ない、非常に面倒なものなのである。
「色んな所に隠し持ってたんだよね! アタシ達が聞き出したんだよ~!」
黙っているのに飽きたのか、ここぞとばかりに真多子が割って入り、エヘンと胸を張る。
まぁ尋問の際、真多子は押さえつけていただけなのだが。
「そう、盗品なんて大量に捌けるものでもない。 いくつも小分けにして盗品を保管していました。 転生者という立場を利用し、頃合いを見てから子の国にでも逃げ込むつもりだったのでしょう。 あそこの地下都市は無法地帯ですから」
僕が予想していた犯人の行動を披露すると、それほど間違ってもいなかったのか、国主様はゆっくりと頷いて背筋を伸ばす。
ようやく話に興味が出てきたのだろう。
「ふゥん、よく分かっているジャない。 実際、他の国はまんまと持ち出されていたのだから、ワタシの所も捕り逃していたんジャないかな」
自国も犯人にしてやられていただろうと、恥ずかしげも無く口にする。
一国の主ともあろう人が、あっさりとそれを認めてしまったのだ。
だが言葉はそこで止まってしまった。
次の発言を暗に促しているのだろう。
まるで僕を試しているかのように、じっと舐めるようにコチラを見つめる鋭い瞳。
しかし表情こそ変わらないが、いくらか楽しんでいるような空気を感じ取れたのが救いか。
「そんな大ピンチをアタシ達軟体魔忍の大活躍で解決したってことだよね! イェイ!」
(この人のことだから、僕達以外の手も打ってるとは思うけどな。 こうやって真多子が喜んでるんだし別にいいか……)
表向きは事件の表彰として呼び出しているのも、名前を表立って出せない僕達への配慮もあるのだろう。
わざわざ顔を立ててくれたのだし、ここは真多子のように素直に喜んでおく方が良いか。
このまますんなりと報告を終えて、手早く帰りたいことであるし。
隣ではしゃいでいる真多子に合わせて、僕も一言くらい得意げなことを言っておこうかと口を開いた時。
僕の顔からずっと目を離さなかった国主が、ずるりと瞳を反らし真多子をフォーカスする。
「あぁそうだ、マダコ君、ジャなかったかな。 さっき名乗ってくれていたはずだね。 そう、君達のおかげで盗品の隠し場所は把握できたわけ。 そしてその盗品の中で何か気になったことがあるんジャないかな?」
(気になったこと……!?)
突然何を言い出すのかと、僕はギョッと息を呑む。
僕達の仕事は犯人確保と盗品の位置把握。
盗品の仔細確認や返還手続きは関係ないはずだ。
だいたい何だって僕ではなく、真多子の方へと問いかけるのだろうか。
さっさと終わらせるはずの報告が思わぬ方向へと動き出し、僕は冷や汗が止まらなくなってきた。
「え? う~ん……こっちでは見たことないものばかりで新鮮だったな~って思うけど?」
聞き出した隠し場所の確認は、確かに真多子と一緒だった。
しかし、それでも僕が地図へ印をつけているほんの少しの間しか盗品を眼にしていないのだ、何も分かるわけがない。
(というよりも、何も気が付かないでくれ……!!)
国主様が真多子をロックオンしている以上、僕が横から口を挟んだってあのひとは聞く耳持たないだろう。
こうなれば、藁にもすがるような気持ちで、小首を傾げる真多子を眺めているしかない。
「あっそうだ! 中央の人達が皆持ってる、あのピカピカ光る板もあったよ! あれだけは見たことあるんだ~!」
ピカピカの板、恐らく携帯機器のことだろう。
だが電波というものがこちらまで届かないため、中央以外の者が持っていることはまず無い。
巳の国が夏も真っ盛りになると、他国や中央の者達がバカンスへやって来るのだ。
それで真多子も、彼らが持ち歩いているのを見たことがあるのだろう。
「うん、やるジャないか。 タコロウ君、喜びたまえ。 君の相棒は中々に眼が良いんジャないかな」
満足のいく回答が出たのだろう。
国主様は真多子から僕へと、再びねっとりした視線を戻す。
「なんだって、そんなものが……? シーズンにはまだ少し早いし、見間違いじゃないのか」
「え~!? コーちゃんひっど~い! アタシ絶対に見たもん!!」
よほど不服だったのか、真多子が頬を膨らませて抗議してきた。
嘘をつく性格じゃないのは良く知っているから見間違いの線を疑ったのだが、どうやら本当に見たらしい。
しかし、春も過ぎ去り、夏に脚を掛けたこの時期。
他の国へだって、何かをしにわざわざ中央の者達が出歩くことは無いはずなのだ。
「あぁ、言い忘れていたね。 犯人は三つの国に渡って犯行を重ねたことは知っているはずジャな? その初犯は子の国、そしてここに来る前が午の国。 ここまで来ればタコロウ君も分かるんジャないかな?」
初犯は生まれ故郷でやるだろうと思っていたが、子の産まれだったのか。
どうりで手癖が悪いわけだ。
しかし、今まで犯人は隣り合った国を渡っていると思っていた。
その方が、転生者という身分を使って移動しやすいからだ。
だが、これではまるで正反対の位置の国へ移動している。
そしてあの転生者が道中大人しくしていられるとは、とても思えない。
(ということは、まさか……!?)
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