僕は助平じゃない
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大干支の街も中心部まで足を踏み入れると、その姿も様変わりしていく。
下町の住民や繁華街の商人連中も顔を見せなくなり、キチリと身なりを整えたお役人や、駕籠や馬車など金持ちの脚役が多くなるのだ。
ごみごみとした人垣はほとんど見なくなり、いつもよりも道が広く感じられる。
この辺りを歩いていると、自然とこちらも姿勢も正してしゃんとした身振りをしてしまう。
姿勢を直していくらか視線が高くなったおかげか、丁度目的の官邸が見えて来た。
屋根しか見えないがその見た目は、異世界で言うなれば『和風のお城』といった一際背の高い建築物。
よく目を凝らすと、天辺には蜷局を巻いたヘビの置物が対をなして顔を見合わせているのが目に付く。
(あのヘビ、近くで見ると結構アホ面してるんだよな)
以前、屋根に潜伏する機会があり、そこであの置物の陰に身を置いたから知っていたのである。
無表情な眼で大口をあんぐりと開けて、まるで欠伸でもしているような呑気な顔だったはずだ。
もっとマシな造形の物に変えればいいのにと思わなくはないが、平和な今の時代ならアレはアレで合っているのだろう。
「あっ! ヘビの人のお家、見えて来たね~!」
「ヘビの人じゃなくて、『国主様』な。 一応ウチの国で一番偉い人なんだから、向こうでそんな失礼な呼び方するんじゃないぞ」
「は~い! そういえばコーちゃん、あのなんでお家だけ他と違うんだろうね?」
「違うって……大きさのことか?」
「ううん、それもあるけど、なんか作りが違うな~って」
恐らく真多子が言いたいのは、建築材のことだろう。
火の手に弱い木造建物が多い巳の国では珍しく、お掘や石垣、漆喰の壁など安全性にはかなり気を掛けている。
「あぁなるほど、よくわかったな。 元々ウチの国は干支連合の各国お偉いさんが集まっていたんだ。 それで有事に備え、燃えないような強い作りにしたらしい」
「ほえ~。 アレ? 集まってたって、今は違うの?」
「今は中央があるからな。 ウチはとっくにお役御免で、大干支なんて大仰な街の名前だけが残ってるのさ」
「ふむふむ。 なるほど~!」
本当ならこれくらいの知識、学校で習うため子供でも知っているのだが、真多子は理由があって通わなかったため世間知らずな所がある。
だからといって頭が悪いわけではなく、こういう目の付け所や飲み込みの早さから頭は柔らかい。
学が無いだけで、頭の回転は早い方だろう。
「じゃぁ、国主様って今はそんなに偉くない人? みんな来ないんでしょ?」
「それは……まぁ、一応干支連合は全国対等な立場って建前にはなっているからそうなんだが。 それでも元首脳国として一目置かれているはずだぞ。 対抗意識も持たれているけどな」
「えへへぇ、ならコーちゃんはこの世界でもすっごく偉い人の右腕なんだ! アタシも鼻が高い! それにヒッパリダコな有名軟体魔忍への道も近そうだね~!」
「何言ってるんだよ。 右腕もなにも、表向きは僕もお前もただの町民でしかないんだから関係ないぞ」
「えぇ~!? 偉い人なのにケチんぼじゃん!」
「こらこら不敬だろ、誰が耳を立てているか分からないのに、大声で失礼な事叫ぶんじゃない」
そもそも忍者が目立っては意味が無いだろう。
コツンと真多子の頭を優しく叩いて注意する。
この目立ちたがりは、絶対に親父殿の悪い影響を受けているに違いない。
(まったくどういう稽古していたんだか、あの無責任がこの国に残っていたらとっちめてやるのに……)
無知なのは真多子に罪はない。
一緒にいられるようになった今、これからゆっくりと真多子へ教えていけばいいだろう。
「ともかく、ここから大正門を抜けたら護衛の国守もいるから、何か聞きたいことがあったら僕に耳打ちするように。 外なら大目に見てくれるけど、国主のお庭で下手なこと口にすると面倒事になるからな」
「おっけー! なら耳に近付いた方がいいよね! えいっ」
「ひゅえっ!? ま、真多子!?」
真多子が僕の言葉に了承するや、間髪入れずに腕を抱き留めて歩き始めた。
そんな予想もしてなかった不意打ちで、自分でも情けないような声が漏れてしまう。
しかし、僕は羞恥心なんて感じている暇はなかった。
僕の右腕に当たる感触、これに全神経を集中させるのに忙しかったからである。
別にボクが助平だからじゃない、これは男の性というものだろう。
決してボクが助平だからではない。 決して。
「おい! そこの助平面、止まれ! 聞こえないのか!」
その怒声で、僕はハッと我に返る。
どうやら大正門の門兵が何度も声を掛けていたらしい。
(ねぇ、コーちゃん。 助平面って誰の事?)
(しっ! そのことはいいから、ここは僕に任せて……!!)
不味い、真多子の前だというのに格好の悪い所を見せるわけにはいかない。
なんとか僕の名誉を守るためにも、ここは上手く誤魔化さなければ。
「はは、いやどうも門兵さん。 いやぁ僕も国主様に呼ばれる日がくるとはなぁ、ハハハ……」
「呼び出しだと? ううむ……名前と要件を言ってみろ」
眉をひそめて少し怪しんでいたようだが、結局浮かれているだけだと思ってくれたのだろう。
それ以上は深く追求せず、目録を取り出して照会を始めてくれた。
「風間小太郎と申します、先日の捕物で犯人を捕まえた表彰をしたいとのことで」
「明石真多子だよ~! あとは左に同じ!」
「あぁ例の……よし通れ。 それと、紛らわしい態度は慎むように」
(ウグッ……それは事故だから放っておいてくれ……)
なんとか誤魔化せたかとホッと胸を撫で下ろし、門をくぐるその時。
門兵が横目で睨みながら痛い所を突いてくる。
若い男女が腕を組んでいるくらい別にいいだろう、僻むんじゃない。
そう言いたかった気持ちをグッと飲み込み、何食わぬ顔で大正門を後にした。
ここを抜けると官邸とその広大なお庭しかない。
だだっ広いこの空間は、各国のお偉いさんの御付や御車を待機させておく場所だった名残だ。
今は持て余しているため、桜の季節にだけ街人にも開放し花見をするのが有名である。
「うわ~広~い!! アタシ、こんなに広いお庭見たの初めてかも! いつも来るときは人で一杯だもんね!」
「そういえば、ここまでは真多子も来たことはあるんだよな。 といっても今は見る物もないし、寄り道はしないぞ。 変なことすると目立つしな」
やたら広く、木々しかない殺風景なこの庭は、官邸から目が届きやすく監視に適している。
大正門を抜けてもすぐ国守に見つかってしまうのだ。
地中からでも無い限り、この監視の目を潜るのはとうてい無理というものだろう。
「そうだね、それに初めてヘビの人のお家に入るから楽しみ! 早く行こうよコーちゃん!」
はしゃぐ真多子に腕を引かれ、僕はグイグイと官邸に引きずられるのであった。
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