大干支街道捕物帳1
マダコちゃんの本格的な登場はプロローグ3話目からです
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初夏の太陽が真上に登り、賑やかな繁華街を見下ろしている。
海岸へ向かって支流が走る小川の両端には和式木造の長屋が立ち並び、屋根に乗せた瓦が太陽光を受けて照らし返した。
「ふぅ……このまま待ち続けたら、僕は茹蛸になるだろうなぁ」
身体の中の熱気が少しでも外に出てくれとばかりに、深く息を吐き出す。
右眼を覆うように伸ばした前髪が、滲んだ汗で貼りつくのでやや鬱陶しい。
晒された左眼で眩しさに眼を細めながら見渡すと、この暑さであるというのに、どの家も戸締りがされていた。
気持ちの良い快晴日和で住民達がこぞって外出しているのだろう。
潮風が僅かに香り立ち、四方八方から聞こえて来る喧騒が耳を抜けると、この大干支の街もすっかり夏色に染まってきたと実感する。
もう少しすれば、男は上半身裸に汗拭い用の手ぬぐいを肩に引っ掻けて歩き回る光景が日常となるはずだ。(僕はどんなに暑くても長手甲を脱ぐ気はないけど)
同様に女性も肌色が増して扇情的な衣装に衣替え。特にこちらを一目見ようと訪れる他国の観光人も増えて、より賑わうのが通年のお決まりなのだ。
今でさえ人がごった返しているのに更に増えるとなれば、一度はぐれたが最後、再会するのは日が暮れてからなんてことも珍しくない。
「役割分担とはいえ、真多子は今頃日陰で涼んでるんだよな。 不満はないけど、正直ちょっと羨ましい」
(まぁシノビは耐え忍ぶものだって、先々代から耳にタコが出来る程聴かされてるし、我慢我慢……)
そして人が増えるということは、その人混みを狙う不埒な輩まで寄って来るのもお決まりなのである。
そこでこの僕、風間小太郎にお呼びが掛かったのだ。
『とある転生者を捕まえてほしい』
それが任務の大まかな内容であった。
彼ら転生者は皆、『日本』という異世界での記憶を持って産まれて来た者達であり、基本は品行方正で真面目な者が多い。
だが必ずしも例外はあるもので、せっかく二度目の人生なのだからと羽目を外すものが稀に現れるのだ。
僕達の世界の文明は、彼ら転生者によって発展してきたこともあり、転生者関連の扱いは非常にデリケートなものとなってしまっている。
そのため、表の組織を動かすと他国や中央から横槍を入れられることもあり、国主達の頭痛の種なのである。
国主直属の鍛えられた国守が一般人に扮して対処することも過去にあるにはあったが、中央からの精査が入って大事に発展したため、今ではもうその手は使えない。
対して僕等シノビの身元は万が一に探られたとしても、『善良な一般人』としての表の仕事も用意しているため、他国に弱みを握られることもないというカラクリを仕込んでいる。
だからこそ動けない国守に代わり、シノビが街中に紛れて密かに彼らへと対処しているのだ。
(たしか今回のターゲットは一つ一つの罪こそ小さいものの、どれも犯行の証拠が見つからなかったらしい。 他国の組織に捕まっても、まんまと釈放されて逃げおおせたというわけだ)
転生者はその生前の知識から、各国を自由に往来して新たな発見をするための権利が約束されている。
それを止めることは国主といえど強行することは出来ず、一度逃げられたら指を咥えて見ているしかないのだ。
(まぁそうやって転々と現場を移し既に三つの国を渡って犯行を重ねているから、ウチの巳の国で捕えられればその三カ国に対して面子と貸しを作れるという打算もあるらしいけどさ)
雇い主であるヘビ面の国主の読めない表情を思い浮かべて、その表情の裏にあとどれだけ思惑を隠しているのやらと考えていると、街道の出店で店番に立つ男が声を上げたので目線を配る。
「あんれぇ? 誰かオラんところの巾着袋知らんかぁ? ここに下げてあったはずなんだけんど……」
魚面の間の抜けた喋り方をする小太りの男が、周囲の行き交う人に顔を向けて確認を取っている。
しかし誰もが首を横に振って、見ていない、知らないと口にした。
そうなるといよいよ魚面の男は焦り出し、ただでさえ青い顔がますます青ざめていく。
「ど、どこやっちまっただぁ!? 巾着の表にな、丸に魚の印が入ってるやつなんだ! なぁ誰か知らねか? 見たもんいねか!? あれん中にオラの店の金入れてたんだよぉ……!!」
彼の声はどんどんと大きく、そして震えた涙声になっていき、周囲の視線を一斉に集め出す。
しまいにはボロボロと大粒の涙が零れだし、オイオイと号泣まで始まってしまった。
(件の転生者は夏の観光人が増えるシーズンを聞きつけてウチの巳の国に来たのだろうけど、実際のシーズンにはもう少し先)
街道にいた者達は皆足を止めて彼の様子を伺い、どうしたどうしたと野次馬まで集まり人垣で埋まっていく。
(情報が曖昧な辺り、恐らくウチの国、そして隣国の出身じゃないだろう。 大勢の中に居てもきっと容姿が際立っているはずだ)
「可哀想になぁ、なんか売上金が全部入ってたらしいぞ」
「たしかあいつ酒場にも巾着持って来てたよな。 身代全部失くしちまったてことか?」
「まぁ大変ねぇ! ちょっと隣の奥さんにも教えてくるわ! 見つけたら持って来てあげましょ!」
「え~そうなんですかぁ? 不用心ですねぇ~」
顔を見合わせ様々な反応を好き勝手に行う住民達が、行ったり来たりと立ち替わり、人混みがせわしなく動き続ける。
そんな中に一人だけ、この辺では見かけない顔付きの女が一人混じっており、僕はジッとその動向を目で追っていた。
『白っぽい短髪、目はパッチリとして大きく、背丈は小柄、そして肉付きの割りには大きい胸と、すぐに解けてしまいそうなタオル風の衣装を纏っている』
見失わない様に、目に付いた彼女の特徴を簡単にまとめて頭へ叩き込んでいく。
容姿を目に焼き付けたところで人垣が散り始め、彼女もそれに流されるように魚面の男から離れていった。
(窃盗のまだ不慣れな初犯は、目立たないように出身国だっただろう。 そして今彼女が人混みに紛れようとしてるのはその容姿を誤魔化すために違いない)
目も胸も大きい彼女だが、背丈は小さいものだから、人混みの奥へと入られると見失いそうになってしまう。
(まだ確証はないが、確信は出来る。 接近さえ出来れば彼女が巾着を持っているのが分かるはずだ!)
ここで逃げられてはまた茹蛸地獄だ、慌てて僕もその後ろを追って歩き出した。
お互いに人混みにいる間は、喧騒が僕の足音を殺してくれるため追跡が楽で良い。
だがしばらくすると、周囲の人々は好き勝手まばらに散っていく。
さらには彼女が人気のない路地の方へと足を運ぶものだから、余計に僕の足音が強調されて尾行しているのがバレバレだ。
だというのに、向こうは意に介さず振り向きもしない。
(逃げないのは僕にとって都合が良いが、しかし肝が座っているのか、それとも証拠を既にどこかへ隠したから平気なのか、はたして……)
彼女からは一時も目を離さなかったが、道端に隠したり誰かへ手渡すような仕草はまるで見受けられなかった。
追跡している今もやましい行動は無く、まるでモデル気取りで機嫌良く足取りが弾んでいる。
そうこうしていると彼女が裏路地へと曲がったので、少し距離を詰めるように早足で駆け寄り角を曲がると、当の彼女と鉢合わせた。
そして如何にも芝居がかった仕草でしなを作り、煽るように余裕を見せ付けてきたのだ。
「あなた、ストーカーですかぁ? わたしぃ、こんな美人だから仕方ないですけどぉ、あんまりしつこいとぉ、大声、出しちゃいますよぉ?」
「おっと……やっぱり気が付かれてたんだ」
「えぇ~っ! 本当にストーカーなんですかぁ!?」
彼女は予想外だと素で驚いた様子で目を見開いたが、すぐにスゥと息を吸い込み声を張る準備が始まる。
「ち、違う! ストーカーじゃなくて尾行の方! 街道の巾着騒ぎのことで話があるんだって!」
「なぁんだ、先に言ってくださいよぉ。 驚いて損しちゃった、ぷぅ~」
吸った息を吐き出す仕草が、これ見よがしにわざとらしくて完全におちょくっている。
今まで三カ国もやり過ごして来たのだ、その自信が現れているのだろう。
どうせ証拠は掴めない、自分は絶対に安全な線の内側にいると確信しているのだ。
「それでぇ? わたしがその巾着となんの関係があるんですぅ?」
転生者の女の口角が自然と持ち上がり、勝ち誇った邪悪な笑みを浮かべていた。
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