第九十七話 不穏な黒い塊
「中間の地」にそびえ立つ監視塔はこの大陸で一番高い塔であり、屋上にはこの国の技術では作り事が出来ない他国からも献上品である望遠鏡が設置されている。
この監視塔には八人の兵士が一ヶ月交代の勤務で在中していて、仕事の殆どは監視で他にはたいしてやる事が無い。監視塔の周辺にはかなり狂暴な魔獣が多く生息している為、どうしても野外活動をする場合には五人以上で行動をする事が義務付けられているが、わざわざ危険を犯すメリットが無いために兵士達は限られた塔の中でダラダラと過ごしている。
「この任務は楽なのだが暇だけはどうにかならないものかね」
屋上のベンチに腰を下ろしている副隊長のバルトが空を眺めながら望遠鏡を覗いている若い兵士のラウに呟いた。
「私はここでしか見られない魔獣を観察したくて志願致しましたので充実しています。出来ればもっと近くに寄りたいのですが殺されてしまいそうですからここで我慢するしかないです」
「そうか、お前は兵役が終わったら魔獣学者になるのだったな、若い奴は夢があっていいよな、どうだい今日は珍しいのはいるか」
副隊長の質問に何故かラウは全く答えようとしない。ただじっと望遠鏡を覗いている。
「どうした、そんなに珍しいのがいるのか」
バルトが声を掛けるが、ラウは望遠鏡に目が張り付いてしまったように動かないで震える声を出した。
「おかしいんです。かなり距離が離れてはいるのですが、黒い塊があります」
何の事だか分からずにラウをどかして望遠鏡を覗くと、確かに黒い塊が見えるがそれが何なのか分からない。
「突然森でも出来たのか、それとも何かの施設なのか、駄目だ遠すぎて全然分からない」
バルトは必死に望遠鏡を覗き込みながら独り言を呟く。
「ラウ、下に行って明細地図を持ってこい。それと隊長にも伝えてくれ」
ラウは直ぐに階段を駆け下り遊技場にいた隊長にその事を伝えると書庫に地図を取りに走って行く。ラウの表情に異変を感じた隊長とその場にいた兵士は急いで屋上に駆け上った。
「バルト、一体何が見えた」
「隊長、かなり遠いので動かさずに見て下さい。今迄になかったものが見えます」
隊長は望遠鏡を覗き込むと確かに黒い塊のような物が見えるが、そもそも毎日同じところを望遠鏡で見ていた訳ではないので、それが新しい物なのかが判断出来ない。
「地図を持ってきました」
ラウが持ってきた地図を机の上に置いて見比べるが、地図にはその場所には何も書かれていない。
「もう一度バルトが見てくれ」
バルトが見ても、その他の兵士が必死に見ても結論は同じだった。
「隊長、地図が間違っているのでしょうか」
先程まで隊長と過ごしていた兵士がかすかな期待を込めて隊長に聞いた。
「それはないだろう、年に一度は更新されているし最新の更新はたかが三ヶ月前のことだ。希望的な予測は止めてあそこに何かがあると思った方がいいだろう。直ぐに何かが起こるとは思えないがその周辺を中心に監視を強化してくれ」
「あの、魔族の仕業って事は考えられないでしょうか」
ラウのその一言に誰もが息を飲んだ。各々が考えを巡らせ何も話す事が出来ずにいるがその場を隊長がまとめる。
「今見えている土地の全ては誰も立ち入ってはいけない場所だが、ラウの言う通り魔族が何かをしているのかも知れない。ただ憶測だけで動いてしまったら大問題になってしまう恐れがあるからもう少しだけ様子を見よう」
それからは望遠鏡をその黒い塊に焦点を合わせ交代で見ることになった。現在は食事の準備をしている一人以外は全員屋上に集まり、ただ一つしかない望遠鏡を囲む事しか出来ずにいる。
「おいっずれているじゃないか、動かすなって言っただろう」
交代した兵士がその前に監視していた兵士に文句を言った。だがその兵士はレンズに目を近づけただけで触れてもいない。
「完全に望遠鏡を固定しろ」
隊長の指示により、木材で望遠鏡が全く動かないようにしてレンズの中心に合わせる事にするが、徐々に黒い塊は下にずれてしまう。
「隊長、どうやら動いているようです。此方に向かって来ているみたいです」
隊長は望遠鏡で覗いている兵士に代わり自分の目で確かめてみる。気持ちを落ち着けながら覗いていると僅かながら動いているように見える。隊長は望遠鏡から目を離し兵士達にゆっくりと言葉を掛け始める。
「どうやら何かが迫っているようだな、まだ距離が遠すぎてはっきりとは分からないが完全な異常事態だ。ラウは戻ってボーイェン司令官に伝えてくれ、残りは引き続き監視を続けよう」
普通の馬でゴルドナ迄は一日掛かってしまうが、空を飛べるペガサスなら半日で着ける。監視の兵達が危険な目に合わずにここに赴任する事が出来るのはペガサスのおかげだ。
ラウは急いでペガサスに跨り空を駆け抜けて行く。




