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第九十話 一人の夜

玄関の前には若いドワーフが立っていた。


「仁さんですよね」


 そのドワーフは隻腕を見て俺の事を判断したようだ。無遠慮にあるはずの無い左腕を見ながら聞いてきたからだ。


「師匠が義手の事で至急に話したいと言っているので工房まで来て貰えませんか」


 多少面倒くさいと思ったが、その事を顔に一切出さずにそのまま馬に跨りその若いドワーフと共にキンケイドの工房に向かって行く。工房まではかなり距離があるが、今では雨も上がっていたので雨上がりの匂いが心地よく感じ、距離程の時間を感じずに工房に着いた。


 若いドワーフに案内された場所はこの前の作業場とは違い程よく整頓されている部屋だった。その中でキンケイドが難しい顔をしながら図面を眺めている。


「キンケイドさん、どうかしましたか」


「おぉ来てくれたか、お前さんの事を聞いたぞ、だから大金貨六枚よこせ」


 いきなりたかって来るとは何を考えているのだろうか、俺は何も言う事が出来ず言葉に詰まっていると察してくれた若いドワーフが代わりに答えてくれた。


「師匠、いきなり何を言っているんですか、仁さんが困っているでしょう。ちゃんと説明してあげて下さい」


「煩わしいな、そんなのどうだっていいだろうが」


 若いドワーフは机を叩ききっぱりと駄目だと言ってくれた。師匠と呼んでいたから彼は弟子のはずだが、この世界の師弟関係はどういうものなのかよく分からない。但しそのおかげでキンケイドは理由を話し始めた。


「オリハルコンがこの街に出回っているんだよ、今なら通常より安く仕入れる事が出来るからそれを義手の材料にしたいんだ。それにな、この前予定していた魔道具では無くてこれも変更したいんだ。最高なものが出来る予定だから金は掛かるがお前なら払えるだろう」


 キンケイドは新しい図面を出してきて完成予定の義手の説明を始めた。確かに注文した物より格段に良くなっている。使いこなせるかは俺次第だが。


「分かりました。明日にでも持ってきますからそれで進めて下さい」


 僅かな時間で「中間の地」で手にした額の大部分は義手に行ってしまうが、あれが手に入ればまた稼げるだろう。ただ納期がさらに延びてしまったのは残念だが、楽しみは後に取っておこう。


 工房から帰るときについでに図書館へ寄ってみる事にした。あまり大きくない図書館ではあったが入るだけで銀貨一枚とられ、さらに借りるとなると一冊につき銀貨二枚とられるそうだ。随分と高い気もするが印刷技術がないこの世界では仕方が無いのかも知れない。


 印刷技術をこの世界に広めれば大儲け出来るのは確実なので、一度訪問した事がある印刷会社の中を必死に思い出してみるが、所詮一度見学しただけで中身が分かるはずもなく、販売方法ならいくらでも思いつくが製造は俺にはどうあがいても無理だ。


 くだらない創造をしながら図書館の中に入って行く。勿論迷い人に関する書籍を探しに来たのだが、入ってから重大な問題にぶち当たってしまった。俺には字が読めない。


 このまま帰るのも癪だし、そもそもこの世界には俺のように字が読めない者もそれなりにいるので、何とかならないか試しに聞いてみると時間で代わりに読んでくれるらしい。金はそれなりに掛かってしまうが、条件をその人に言うと三代目迷い人の本を持ってきた。


 かいつまんで読んで貰ったが、そこで二代目迷い人を倒したのは三代目だったことが判明した。暴君だった二代目を倒したのがまさか三代目だとは想像していなかったのでドラマチックな展開で面白い。ただその後がよく分からない展開になってしまった。


 政治的な話が続き、その後で世界規模のギルドの創始者になりそこで幸せの頂点を迎えるが、その後は数々の不幸が襲ってきてしまいには、会長室の机の上に手紙を残して消えてしまった。そこで物語は終わってしまった。これが事実だとしたら何処か切ない。


 なかなかの時間を使ってしまったので外は既に陽も落ちてしまっている。呼んでくれた司書にお金を払いどこかで食事でもしようと思って店を探すが中々いい所が見つからず、その内に治安の悪そうな場所に辿り着いてしまった。


 元の世界での俺ならこんな所で食事をしようなどとは思えないが、感覚が麻痺しているせいか目の前に見える酒場がとても魅力的に見え、思わず中にはいってしまった。


 適当に持ってくるように告げ、酒も久しぶりに飲む事にする。出された酒はあまり上等なものでは無かったが黙って飲んでいると、少し離れた席で背中を向けている一人の女性に絡んでいる男たちの姿が見えた。


 余りのよくある展開だったが、さりげなく「エアーボール」をその男たちにぶつけいとも簡単に気絶させた。


 女性は周囲を見回し俺を見つめると席から立ち上がり真っすぐ近寄って来る。かなりの大人の色気がある女性だ。こんな所で一人で飲んでいたら絡まれるのは当たり前だろう。とうとう俺の前までやって来ておれの隣に座りながら言ってくる。


「助けてくれてありがとうございます。もしよかったら」


「いいえ、結構です。急いでいますので」


 相手に最後までセリフを言わせずかぶせるようにして遮った。俺はそれ以上食事をする気にもなれなかったので会計を素早く済ませ出て行く。その女性の俺の後を追おうとしているので店を出てからは全力で立ち去った。


 何処かにいるとは思っていたがこんな所で出くわしてしまうとは、ゲレオンのような魔族かどうかは分からないが俺にはどうでもいい。頼むから巻き込まないでくれ。

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