第七十四話 ラニエロの工房で
ラルフは仁から離れた場所でトメン草を採取しながらアーシャだけにしか聞こえない程の小さな声で話掛ける。
「まさか仁さんがあんな風になってしまうなんて信じられないです」
「あれは完全に私のミスだよ、あんな風に視界が悪いのなら私とラルフで前後を守って仁にはサポートに専念してもらったらあんな怪我をさせずに済んだのに、何て馬鹿な指示をしちゃったんだろう。そもそも戦いの指示ならいつもみたいに仁に任せれば良かったのに」
アーシャは採取を続けながら地面に涙を落としている。それを見たラルフはあえて背を向けながら採取を続ける。
「あの時は襲ってくるのが分かっていたのはアーシャさんだけだったので、指示を出すのは当たり前です。相談する時間なんてありませんでしたから、それに仁さんも素直に従ったじゃないですか、仮に仁さんに自信がないのなら言ってきてますよ」
「頭では分かっているんだけどね」
「とっとと仕事を済ませて村に帰りましょう、仁さんをちゃんと休ませたいですから」
その後は黙々と作業を続け、さほど時間もかからずに大量のトメン草を採取する事が出来た。
「仁、終わったから村に帰るよ、歩けるかな、それともおんぶしようか」
「いいよ、そこまでされたら惨めすぎる、歩くから大丈夫だよ」
来た時とは違い視界の良くなった森の中を進んで行く、途中で一角兎を偶然にも発見したのでこれでラニエロからの依頼は全て完了した。村に着いた時は既に陽は落ちていてラニエロの工房に灯りが点いている。
「いよぅお帰り、こっちはちゃんと完成しているぞ」
「俺達もだ、袋の中を確認してくれ」
トメン草が詰まった袋と一角兎を渡したが、ラニエロは確認などしないで奥に入って行き、戻てくる時には偃月刀とラルフの剣を持ってきた。
「見て見ろよ、完璧にしといてやったぞ、ただ兄ちゃんの剣に付いていた魔石はもう使い物にならないな、ゴルドナに行ったら新しい物を付け替えた方がいいぞ」
アーシャの偃月刀は素人の俺が見ても分かる位に切れ味が上がっているように見える。ラルフの剣も同じようなのだが、ラルフは剣の出来栄えよりも魔石の方を気にしているようだ。
「この魔石に魔力を補充したら元に戻りますか」
「いや無理だな、分かりにくいかも知れんが傷が中まで入ってしまっている。だから本来の威力が出ていなかったはずだぞ、治せる工房はあるかも知れないが新しい魔石を買った方が絶対にいいぞ」
ラルフは明らかに気落ちしているようで、愛おしむように魔石を剣から外し、懐の中にしまった。
「それよりもお前の恰好はどうした。一人だけボロボロじゃないか、さてはお前だけやられたんだな」
ラニエロは俺の気持ちも知らないで豪快に笑ってるが、その笑顔を見ていると何故か心が軽くなってきたような気がした。
「その通りですよ、視界が悪かったので魔法だよりの俺は全然ダメでしたよ」
「だったら隻腕のお前でも使える武器に変えたらいいじゃないか、別に杖にこだわりは無いんだろ」
確かにラニエロの言葉通り、俺にとって杖は武器ではなく単なる指し棒だ。ただそれだけの為なら片手で使えて接近戦にも対処できる物に変えてみるのもいいかも知れない。
「あまり重たいのは疲れそうなので嫌なのですが、何かいいものありますか」
ラニエロは工房の奥に置いてある箱の中をあさり、色々と武器を俺に見せてきた。
「本当だったら、サーベルか片手槍と言いたいがお前の身体だと使いこなせなそうだな、そうだな、護身用になってしまうがこれはどうだ」
見せてくれたのは五十cm程の硬い棒だが持ち手があり、強く握り絞めると先端から尖った針が出て来る。戻すときは中々面倒な作業をしなければならないが、隠し杖みたいなものだろう。実戦で使えるかどうかは未知数だが、今の杖よりかは軽いのでいいのかも知れない。
「そのままだと余りにも不格好だから、手直しとその杖についている魔石も移植しといてやるがどうする」
「そうですね、お願いしようと思いますがいくらになりますか」
「そうだな、大金貨一枚か引っ越しの手伝いとゴルドナまで一緒に行ってくれたら相殺できるが、どっちを選ぶんだ」
俺は当然のように引っ越しを手伝う事を選んだ。俺達がトメン草を採取しに行っている間になにかがあったらしく、ラニエロは急遽ゴルドナに行く事になってしまったらしい。隣にいたパオロにも知らせていなかったらしく、眠たい目を擦りながら喜んでいた。
誰もがのんびりとした空気感にいる中、ラルフだけは上の空なのが少し気にかかる。




