第五十三話 病室で
目覚めると見た事も無い部屋にいた。部屋の中には俺だけしかいなく、ベッドの隣にあるサイドテーブルの上に水差しがあったので右手で身体を支えて起き上がり左手を水差しの方に伸ばそうとしたが、そこには見慣れたはずの手は無かった。
段々と頭がはっきりしてきて、左手が吹き飛んだ事とその痛みを思い出した。
「参ったな」
溜息を吐く様に呟くが、誰もその言葉に答えてくれない。部屋の中は窓に打ち付ける雨音だけが聞こえて来る。
そういえばアーシャはどうしたのだろうか、かなりの怪我をしていたのだが大丈夫なのか。ベッドから起き上がり部屋を出て行こうとするが、上半身を起こすのが精一杯でそれ以上は身体が動かない。
「すみません、誰かいますか」
声もかすれ気味だが出来る限り大きな声で呼んでみると、直ぐにドアが開いて修道女のような恰好をした女性が現れた。
「目を覚ましましたか、此処はアルゴ王国軍の医療施設です。ここに運ばれてから三日過ぎていますが、その間はずっと眠っていたのですよ。直ぐに食事の準備をしますので待っていて下さい」
そう言ってその女性は部屋から出て行った。何もやる事が無いので意識が消える前に思いついたことを実験してみる。「ブーメラン」だ。
大きいのをこの部屋で出すわけにはいかないので掌サイズの「ブーメラン」を出す。それをその場で高速回転させ部屋中を飛び回らせる。だが中々いう事を聞いてくれず部屋中を暴れまわり、壁やらベッドやらを傷付けてしまっている。
するとドアが開き先程の女性がスープを手に戻って来た。いきなり入って来るものだから手にしたスープの器を「ブーメラン」が斬ってしまう。その女性はかなり驚いた表情を浮かべ、病院の中とは思えない程の音量の声を出した。
「貴方は一体病室で何をやっているのですか」
俺は直ぐに「ブーメラン」を解除して誤ったのだが、かなり怒られて厳重注意を受けるはめになってしまった。
陽が落ち始めた頃にヨアキムとコスティが部屋に訪れてきて、開口一番にヨアキムが呆れたような声をだす。
「あのなぁ、聞いたぞ病室で変な事は止めろよ、危ない奴が此処にいるって騒ぎになっているじゃないか」
「申し訳ない」
その後で俺が意識が消えてからの事を教えてくれた。アーシャはここに運ばれるまではずっと側に居てくれたそうなのだが、病棟には軍関係者の者しか入る事が出来ないので遠慮してもらったそうだ。すでに意識が戻った事はギルドに連絡してあるそうなので、ここを出たら会いに行こうと思う。それからは事情聴取のようなものが始まり、見た事やした事をなるべく細かく正確に伝えた。
「全く分からない事ばかりだな、何なんだ」
ヨアキムが頭を掻きながら呟く。そんなヨアキムを見ながらコスティも腕を組みながら言った。
「そもそも魔人が魔石を出す事すら聞いた事は無いですからね、まぁ生きている人間で魔人を見た人間がいないのだから、分からないのは当然なんですが」
魔石はもうこの街には無く、ダンジョンから回収された杭と一緒に王都の魔導部へ運ばれて行ったそうだ。その魔石は一旦ギルドが俺の代わりに管理しているが、重要物なのでアルゴ王国が買い取りに名乗りを上げたそうだ。その交渉の為に現在ディルクは王都に出向いているらしい。
ダンジョン内での事には箝口令が引かれたので、もう誰にも詳しく話してはいけないと念を強く押され、この件は大魔獣の発生と言う事で決着をつけるようなのだが、時は既に遅く噂は流れてしまっている。
「ところで仁、病室をこんな風にした魔法で魔人を倒したのか」
ヨアキムが身を乗り出して聞いてきた。
「これでは無いです。意識を無くす前に改良を思いついたので練習しただけですよ。完成にはまだまだ時間がかかりそうです」
「じゃあ改良前の魔法で倒したのか、お前には呆れるよ、それで仁から魔人を見てどう思うんだ、どれ位の強さを持っているんだ」
ヨアキムは既に戦う事を意識し始めているのかも知れない。
「身体能力はかなり高いうえに飛べるのは厄介だと思いますよ、透明な壁のような物を出していましたが、攻撃力さえあれば突破出来ると思います。今回は向こうが完全に油断をしていて、そこに付け込む形で何とか倒す事が出来ました。実際の実力は未知数ですが全く歯が立たない事は無いと思いますよ」
するとまたもやヨアキムが軍に入るように誘ってきたが、そのヨアキムをコスティは苦笑いをしながら止めている。凄く平和な空気が流れて心地よかったのだが、他の部屋のは病人が寝ているので早々の解散となった。
一人になり外を眺めながら、ケルベロスやドルムントの戦いでもっと楽に倒せる方法はなかったのか考えを巡らせるが、何も思い浮かんでこないので眠ることにした。
思いの他、身体の内部組織や魔力を一気に失った事が原因で、俺が思っていた以上に元の体調に戻るまでかなりの時間が掛かったしまった。




