第五十話 ダンジョンからの脱出
「仁、仁、ねぇ起きてよ」
アーシャはまだ血が流れ続けている仁の肩口を必死に押さえながら泣き叫び続けている。
「すみません、そこをどいて下さい」
いきなり現れた男にアーシャは後ろから肩を掴まれ仁から離される。一瞬だけ動きを止めてしまったが、それでも仁に近づこうとすると今度は獣人族の男に腕を押さえられてアーシャの動きを止めた。
「アーシャちょっと待て、あいつが治療を試みるから邪魔しないでやってくれ」
仁に側に来た男はレイピアから水の玉を出して仁の肩口に纏わせる。すると透明だった水の玉は血の色に変わっていく。慌てる様子もなく次にレイピアを握り絞めながら詠唱を唱え始めた。かなり長い詠唱が続けられ、その間にどこからか現れた冒険者達も仁の周りで見守っている。
「…………ヒール」
仁の身体がまばゆい光で包まれていく。血の色に染まってしまった水の玉は段々と透明に戻っていき、ズタズタだった傷口が綺麗に塞がっていく。しかし仁の顔色は青白く生気はあまり感じられない。詠唱を唱え終わった男は。全ての魔力を使い果してしまったのか、仁の隣に倒れ込んでしまった。アーシャは押さえられていた腕を振りほどき仁に抱き着きながらひたすら呼ぶ。
「仁、仁………………」
詠唱をしていた男が倒れたまま、アーシャに声を掛けた。
「傷口は全て塞いであります。ただ僕に出来るのはここまでです。失った血はここではどうする事も出来ないので一刻も早く地上にでましょう」
「ねぇ、仁は助かるの」
アーシャはその男に詰め寄るが、その男は首を横に振った。
「分かりません。後はその方の体力次第だと思います」
「よし、もうこのダンジョンから出るぞ、俺が彼を担ぐからリントはラルフを頼む」
獣人の男、ゴルザートが素早く指示を出し地上を目指す事になった。仁を背負いながら走っているゴルザードがアーシャに話した。
「俺達がアーシャ達を最初に見つけた後に魔人がそこにいると分かって頭が混乱したよ、直ぐに仲間が殺され始め通路が塞がれた時は君達を恨んだ。魔人の生贄にするつもりなのかってな、だが壁のおかげで魔人は俺達よりもそっちに興味を持ったようで、陰で震えていた俺達を無視して壁を壊し始めた。それから壁が消えた後で切り刻まれていく魔人を見て、ようやく助かったと思った。だから俺はこの男を絶対に助けたいんだ」
ゴルザードの話を何処まで聞いていたか分からないが、アーシャはただ前を見ながら頷いている。
彼らはダンジョンに異変を感じながらもまだ深層部で狩りをしていたのだが、ダンジョンの変化や魔物の出現率があまりにもおかしいので、近くにいた四つのパーティが合わさって十九人で地上を目指した。だが結局はドルムントに殺されてしまいもう四人しかいない。
ゴルザードが仁を、狩人のリントが魔法剣士のラルフを背負い、斥候の女性マグリットが先頭になって進んでいる。
地下三階に到着したときはまた様変わりをしていて、木々が生い茂る森に戻っていた。先行で進んでいるマグリットが後ろに声を掛ける。
「みんな、魔物の気配が全くしない。魔物が生まれる前に一気にこの階を駆け抜けるぞ」
マグリットの言葉を信じ、最短距離を最速で進んで行く。待ち伏せされたらかなりの被害がでてしまう所であったが、マグリットの言葉通りに何も出て来ず地下二階に通じる階段に入った。
階段の上では川の水の壁は既に消え去っていて、すんなりと上がれたがそこにはリーフクロコダイルやケルピーが群れをなして待ち構えていた。それを見たゴルザードの頬が緩む。
「あの魔人に比べたらなんて事はないな、俺とマグリットで道を作るからそれに付いて来てくれ」
仁を背負ったまま、ゴルザードは片手で斧を横薙ぎに払う。すると斧から炎の波が出現し、リーフクロコダイルの飲み込んで行く。マグリットは波から逃れた魔獣を両手剣を振り回しながら次々と斬っていく。
アーシャも川から上がって来ようとするケルピーに「ファイヤーボール」を撃ちまくり蹴散らかしていく。ゴルザードの魔石が空になった頃に地下一階へと続く階段に誰一人掛けることなく辿り着いた。
「ようやくここまで来たか、後ひと踏ん張りだぞ、気を抜くなよ」
ゴルザードが指示を出したあと、マグリットは顔をしかめながら呟く。
「あんなに倒したのに魔石を一つも拾えなかったよ、これじゃあいつらの葬式すら出してやれない、悔しいね」
もうすぐ地上に出れると思い、マグリットは死んで行ってしまった仲間の事を思い出し涙が出そうになって来る。
地下一階はいつも通りの様子だったので、簡単に蹴散らしてようやく新鮮な空気を吸う事が出来た。




