第三十九話 まだ知らない異世界の常識
ギルドの前でアーシャと別れて街を探索しながら寮に向かう事にした。今の財布の中はかなり寂しいものに変わってしまっている。聞いたところによるとD級ではギリギリ人並の生活が出来るかどうかだそうだ。それなのに命の危険があるとは因果な商売だと思う。
よくよく考えると「迷い人の痕跡」や「緑の風」を探すのは、冒険者ではなく軍にいた方が良かったのかも知れない。その代わりに自由が制限されてしまうと思うとどちらが正解なのだろうか。
どうも一人になってしまうと変な風に考えが向かってしまうようだ。まだ始まったばかりなのだから焦る必要などないのに。うだうだ考えていると屋台が多く並んでいる場所に着いたようだ。
何の肉か分からないが串焼きになっている物や、飲み物などが売っている。エルフの里では見られなかった人込みを見て、元の世界を思い返し少し涙ぐんでしまった。向こうに暮らしていた時は人込みが嫌いで山に逃げていたのに不思議な気持ちだ。
「あれっ仁さん、もう登録は終わったのですか」
不意にロイネが背後からに荷物を抱えながら声を掛けて来た。
「おいっいきなり声を掛けるなよ、びっくりするじゃないか」
「冒険者になった人が何を言っているのですか」
ロイネが苦笑いを浮かべながら言ってくる。ロイネの抱えている荷物の大半は俺の物みたいなので、お礼を言いつつ全ての荷物を持つことにした。
「仁さん、頼まれた替えの服と小物は買ったのですが、背負えるカバンは要らないのですか」
「そうだな、かなり汚くなってしまったから変えようかな」
ロイネのお勧めする店でさらに買い物を済ませた後で寮に帰ると、寮の前でアトラスが立っていて何故かソワソワしている。
「仁さん、ようやく帰って来ましたか、D級おめでとうございます。今日はお祝いしますので家の方に来てください」
何故その事を知っているのか不思議だったが、強引に引っ張られて連れていかれる。アルメイダもやって来て楽しい食事になったのだが、アトラスがどうやって情報を仕入れたのか聞きそびれてしまった。
翌朝になり流石に今日は寝坊する事はなく寮を後にする。今日は若干雲がかかっていて、雨さえ降らなければ中々の狩り日和になりそうだ。
ギルドの前では既にアーシャが偃月刀を手にして待っていた。昨日と似たような感じの服だったが、どう見ても真新しい皮のジャケットを着ている。
「お早う、じゃあ今日の依頼を見に行こうか」
「ちょっと待てよ、そのジャケットは随分と新しいようだな、それにお釣りは」
「何の事かな、いいから早く行こうよ」
白々しく目を逸らし中に入って行こうとするので、目の前に見える尻尾を掴んで止めようとしたら、アーシャは直ぐ振り向きその顔はかなり怒っている様だ。
「あのねぇ、尻尾を掴まないでくれるかな、次やったら殺すよ」
「えっ駄目なの」
「駄目に決まっているでしょ、そんな事も知らないの、ったくじゃあお釣りは無しでいいよね」
あまり良くは無いが諦めてついて行く。先程の尻尾の感触は思った以上に柔らかくて気持ちよかったが、もう触るのは諦めようと思う。アーシャはどんどん進み掲示板のまえで俺を待っている。
「ほら早く見て見てどんな依頼がいいか探して」
多種多様な仕事が種類ごとに分れて張ってあるそうなのだが、俺には全く読めずアーシャに一つ一つ読んでもらう。アーシャは面倒になって来たのか早々に勝手に決めてしまった。
その依頼は、薬品店からの依頼でモウリュ草という薬草の採取の依頼で最低ノルマは小袋一つ、価格は銀貨五枚だ。
「ほらっもう受付に行くよ、早くしないと走トカゲが借りられなくなるからね」
「走トカゲって何だ、見た事もないけど」
その言葉にアーシャはかなりイライラしてきたようだ。やはり短気な女性なんだと思う。ずっと隣でブツブツ言っているが、里にはそんなものはいないのだからこればかりはどうしようもない。
受付はかなり人が溢れていてニナの場所にもかなり行列が並んでいたが、ディルクの場所はほんの数人だった。
ディルクの列に並ぶと直ぐに順番が回ってくる。
「人気が無いみたいですね」
「うるせぇ、俺はそいつにとって無理そうな依頼は渡さないしからな、それよりどんな依頼を受けるんだ」
俺が渡した依頼表を見ながらディルクは考え込んでいる。
「この仕事はまともにやっても、さほど稼げないがいいのか」
「俺が決めた訳では無いですけど、それでも森の中に入れますから楽しみですよ」
承認されたのちに走トカゲを一階で借りた。走トカゲは子供の頃に図鑑で見たトリケラトプスの角がないような見た目だ。
「何で馬じゃなくて、これなんだ」
「あのね、森の中には連れていけないから入口に置いておくの、馬だったら襲われるかも知れないでしょ」
確かにこいつだったら置いておいても平気そうだ。アーシャが前に乗り俺は腰に手を回して後ろに座る。
「絶対に変なとこに触んないでよね、じゃあ行くよ」
要らない事を言われたがいよいよ初ミッションに出発する。




