第二話 化け物退治
化け物から逃げる中で幾度となく転んだが、そんな事は気にしていられない。ただひたすらあの化け物から離れたいそれだけだ。一度振り返ったときには奴の姿は見えなかったが、全然安心することは出来ない。何処に向かえばいいのか全くわからないが。
「あぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
どれくらい走り続けていたのだろうか普段特に運動なんかやっていない俺の身体は悲鳴を上げている。例え走れなくても歩くことは止めたくない。気力を振り絞り進んで行くと残念ながらとても登れそうにない赤土の斜面が目の前に現れた。俺の進路は二択になってしまう。右か左かだ。勿論戻る選択肢は無い。
左を選んで進んでみることにする。セオリーは確か右だと思うが裏をかいてみようと思う。進みながら頭を整理しよう、まずここは何処だろうか、無人の山を買ったとはいえこんな原生林みたいな森はこの辺りにある訳が無い、ほぼジャングルではないか。
それと、ようやく気が付いたのだが周りがやけに明るい。上を見ると生い茂った木のすき間から青空が顔を出している。いくら気が動転していたとはいえ夜の間中走り続けらる訳が無い。だいたい化け物に遭遇してから一時間位かもしくはそれ以下だろう。場所や時間は分からないから保留にする。
そうだ、あのコーヒーに誰かが睡眠薬でも入れてこの場所に連れてきた可能性はあるだろうか、いや、それには無理がある。なにせコーヒーを準備したのも俺だし、あの山には俺しかいない。それに俺は何か才能がある訳じゃない只のサラリーマンだ。こんな俺をわざわざこんな所に連れて来て一体何のメリットがあるのだ。しいていえば居なくなってもそんな騒ぎにならないからいいのだろうか。
どんなに思考を巡らしても答えは出ない為、この件も保留にする。大事な事がもう一つあった、先程の化け物だ。あまり思い出したくはないがそんな事は言っていられないので思い出してみる。
身長は百三十~百五十位でやせ型、身に付けているのは腰に布が巻いてあるのみ、靴は覚えていない。手には石器時代の石斧見たいな物を持っていた。身体も顔も薄汚れた緑色、顔は目が大きく鼻が長い。口も大きくて牙があったような気がする。耳は忘れた。ただ思うのは着ぐるみなんかではない、あの質感はどう思い出しても本物だろう。結構近くで見たのだから間違いない。
更に道なき道を進んで行くと、ふいに水の流れる音が微かにする。そういえば喉がカラカラだ。ずっと緊張していたので気にもならなかったが水の音を聞いたせいか喉が急激に乾いてきた。茂みを抜けると直ぐに綺麗な小川を発見する事が出来た。何も考えずただ獣のように水を直に飲み込んでいく。
「ぷふぁ、凄いキンキンに冷えていやがる」
今まで飲んだどの水より美味しく、何となくだが心が軽くなった気がした。ほんの少しだけ草むらに寝そべってみる。
それでも此処にはのんびりとは居られない。早く本当に安心できる場所へ移動しないといけないだろう。十分程身体を休め立ち上がろうとすると下流の方から自然ではない音が聞えてくる。
「ざっ、ばしゃ、ばしゃ」
嫌な予感しかしないが見てみると五十m程先に案の定あの化け物が水に入っていた。まだ此方に気が付いていないようなのでそっと逃げようとしたが、体中の血液が逆流するような恐怖を覚え全く身体が動いてくれない。
化け物は草むらへ上がると犬のように辺りを嗅ぎまわり直ぐに俺を見つけたようだ。
「ぐぎゃ、ぐぎゃ」
化け物は俺という獲物を発見した喜びを隠さないで、奇声を発しながらこっちへ向かってきやがる。
化け物はあんなに元気よく走ってくるのに、俺は身体が石にでもなったかのように硬く動く事が出来ない。ただ地面に座り込んでしまっている。
四十m、三十五m、三十mどんどん近づいて来る。
俺は一mmも動けず歯がガチガチ噛み合う。それでも僅かな勇気を振り絞ってこの状況を打破してやる。左手は身体を支える為に動かせないが、右手の下にあった小さな木の枝で一か八か戦うしかない。凄く恐ろしい、こんなに恐怖を感じたのは生まれて初めてだ。
二十五m、二十m、十五mますます近づいて来る。
まだ勇気が振り絞れていないのか一mmも身体が動かない。
十m、八m、六m化け物の顔がはっきりと見える。
「あぁこのくそが、これで刺すぞ、あっちに行けよ馬鹿野郎」
未だ身体は動いてくれないが唯一言葉が出せるようになった。化け物に言葉が通じるとは思えないが、何かしら言わないと気が狂いそうだ。
五m、四m、三m化け物の息遣いまで聞こえる。俺は気が狂ったように叫んだ。
「この枝で刺すぞ、刺すぞ、刺ーーーす」
もう駄目だろうと心の片隅で諦めた時。
「ずどどどっどどどどどーーーん」
凄まじい音がして俺の右手の下から枝と言うより電信柱のような形をした物体が化け物に向かって伸びていった。
右手の下から伸びた物体は化け物の顔に向かっていき、化け物の顔はいとも簡単に吹き飛ばされてしまった。
「ずーーーーーーん」
百m程伸びてから物体は化け物を下敷きにしながら地面に倒れた。それを見届けながら俺は段々と意識が薄れていく。
毎日投降を続けていきます。