第百七話 開戦二日目 その一
目が覚めると俺の隣にアーシャの寝顔が見える。アーシャは俺の手を握りながら眠ってしまっているようだ。
「仁さん、まだ夜中です、空いている手でこれを握って下さい」
近くにいたラルフは俺が起きたことに気が付き魔石を渡してくる。握り絞めるだけで魔力が補充されていく。
「仁さんが持っている魔石程の魔力は込められていませんが、兵士が先程持ってきてくれました。本当だったらダンジョンの事など話したい事は一杯あるのですが、今は少しでも休んで下さい」
「ありがとう、身体が思うように動かないんだ、休ませてもらうよ」
翌朝になったのか、瞼の向こうに光を感じ、更には周囲がざわついているので眠れたものでは無いが瞼が重たくて目を開ける事が出来ない。
「仁君、そろそろ起きたらどうだい、それともまだアーシャちゃんの側がいいのかな」
どこかで聞いたような声が聞こえたので目を開けると、そこには俺の顔を覗いているコスティが笑みを浮かべていた。
「どうしてここにいるんだ」
「そりゃあ決まっているだろう、魔人退治に来たんだよ」
コスティ達の第三小隊も戦争に駆り出されようとしていたが、待機している中で王都からの緊急の連絡が入り、ペガサスに乗れるだけの魔法部隊が先行してやって来た。
俺はそっとアーシャの手から抜け出し立ち上がった。もう少しだけアーシャには休んでいて欲しい。
「仁君は護衛と一緒に最初は中央門に行くんだってさ、だからアーシャちゃんとラルフ君も起こさないとね」
護衛にはコスティが進言してくれてアーシャとラルフが付く事になった。今日も昨日と同じような状況になってしまう事が考えられるため、魔法を使える人間には必ず護衛が付く。
歩きながらコスティは袋の中から次々と魔力補充の魔石を投げて寄越し、何個目かの魔石でようやく完全に魔力が回復した。
「全く君はどれだけ消費すれば気が済むんだよ、これ一個で普通なら済むんだけどな」
俺が昨日意識を失ってからの状況はかなり酷い事になってしまっている。北門は半分程壊れてしまっていて、仮に俺が昨日穴を開けていなければ侵入を許してしまうところだったそうだ。夜の内に埋められてしまった穴の中を燃やしたが、穴の中にあるのが全て木ではないのであまり芳しくない状況のようだ。
コスティ達が到着したのは真夜中で、現在魔法部隊は配置場所にて戦いに備えているそうだ。
俺はコスティに案内され中央門の城壁の上に正前列で立っている。俺の隣にはボーイェンの姿があった。司令官がこんなに目立つところにいるのには驚いてしまったが少しでも士気を高めたいらしい。まだ魔人の姿は見えないが上空からの偵察によると魔人共は早朝から森を切り開いているそうだ。
アーシャは森から魔人が現れる瞬間がみたいのか城壁に身を乗り出してずっと前を見ていたが、流石に飽きてしまったのか俺に近寄ってきて耳元で言ってきた。
「ねぇゲレオンはいたの」
「いや、どうやら彼の国じゃ無いらしいぞ、この街にいた魔人と話したけど、信じていいかも知れない」
アーシャと小声で話していたのだが、そこに地獄耳のコスティが割り込んできた。
「ちょっと、何を二人は話しているんだ。それにこの街に魔人がいるって何のことだ」
直ぐ後ろにいるラルフは周りにいる兵士に気付かれないようにコスティに注意する。
「コスティさん、もう少し声を落として下さいよ、仁さん事ですからいちいち驚いていたら面倒ですよ」
俺は小声でゲレオンの事や、この街にいた魔族の事も全て話して聞かせた。
「相変わらず君は面白い経験をしているよね、それにその義手は君の趣味なのかい。目立ちたくないなんて嘘だよね、赤腕の魔術師さん」
「それは忘れてくれ、それに別に俺がこの色や形にしてくれって一言も言った覚えはないんだからな。俺の趣味ではなくて職人の趣味なんだよ」
アーシャは俺の顔を見上げて何故か安堵したような表情になっている。
「良かった、てっきりその義手は仁の趣味だと思っていたよ、ちょっとあれは無いねってラルフと昨日話していたんだ」
「僕は仁さんを信じていましたよ、そんな趣味の悪い義手を依頼するとは思っていません」
「もうそれ以上言うのは止めてくれないか、今すぐにでも外したくなってきたよ」
俺が項垂れるとアーシャ達は思わず笑ってしまい、コスティまでもがにやけている。そんな俺達の様子周りの兵士は怪訝な表情見ている。ボーイェンも気が付き俺達に声を掛けて来た。
「何で君達はそんな風にしていられるんだ。これからまた奴らが来るんだぞ」
アーシャは真顔になってボーイェンに言う。
「今日が最後の日になるなら、恐怖だけを抱えて死ぬより、楽しい思い出があった方がいいでしょ」




