第百四話 開戦初日 その一
本来ならば配置場所は内側の城門前に居なければならない兵士や冒険者達の殆どが、今は城壁の上にいて魔族がこの場所に現れるのを待っている。城門の外側には仁によって大穴が開けられている為、簡単には侵入する事はありえないと考え、城壁を登ろうとする魔族に対抗する為だ。
息が詰まるほどの長い時間が経った後、森の中から鳥の大群が飛び出してきた直ぐ後に、最初に一体の森の木と変わらない程の大きさのサイクロプスが姿を見せ、それに続く様に次々と魔人が姿を現した。
バリスタの射程距離を知っているのか、姿を現した魔族は射程外の距離でその進行を止めた。
「何を考えていやがる」
フェドセイが呟くが誰一人として答える事が出来ず、ただ魔族の迫力に飲まれてしまっている。すると全身に赤みを帯びたサイクロプスがただ一体で中央門にゆっくりと近寄って来た。フェドセイが居る場所からは中央の様子が見えにくい為、いてもたってもいられず中央門に走って行き情報を集める事にした。
サイクロプスは城門の前にある穴をのぞき込みにやけながら手を叩いている。何かを呟いているようだが城壁の上にまでは声は届かない。穴を横目にしながら更に城壁に近づいて来て声を張り上げた。
「ここの責任者は誰だ。面倒な事はしたくないんだ。俺達は話し合いで終わればそれでいいと思っている」
ボーイェンは下から見えないようにそっと額の汗を拭き、城壁から身を乗り出して答える。
「私がこの街の責任者のボーイェンだ。君はリーダーなのか」
「俺は単なる参謀のアムハラだが、この交渉の全責任を預かっている。それで納得したか」
「アムハラ殿、貴方達が立っている場所は我々の土地だ。即刻、魔族領に帰ってくれないか、今すぐ出て行くなら問題は大きくしない」
アムハラは両手を腰に持って行き馬鹿にしたように言ってきた。
「おいおい、そんな事を言える立場では無いだろう。お前らはさっさと城門を開けさえすればいいんだよ。俺達はこの街さえ手に入ればいいんだ。別に国が全て欲しい訳じゃない。この穴の事は許してやるから早く開けろ」
「少し時間をくれないか、そんな大事な事なら国王様に聞かなければ答えられる訳無いだろう」
アムハラは足元にあった岩を持ち上げ、それを思いきり城門に投げつけた。当然その程度では城門はびくともせず岩は砕け散ったが、その音に戦意を喪失しつつある兵士が出て来てしまっている。
「何を馬鹿な事を言っているんだ。待つ訳無いだろうが、お前が責任者なのだろ、皆殺しにされたくないのならば今すぐ決めろ、特別に三秒だけ待っていてやる」
「ちょっと待て、そんな話合いがあると思うのか」
ボーイェンの叫びも空しく永遠にも思える三秒が流れ、アムハラは背を見せてゆっくりと歩き始める。兵士達の誰もがその背中を見ているが、ボーイェンは魔術師の兵士に、チムールは魔法を使える冒険者に詠唱を始めるように促した。
ほんの少し前、ようやく仁は中央門に辿り着き馬を乗り捨てて飛び降りると、城門に何かがぶつかる激しい音が聞こえて来た。
「怖っ、何だよいったい」
独り言を言いながら杖を握り絞め、その上に「ブーメラン」を二重に出現させ魔力を込め始めていると背中から声を掛けられた。
「遅かったですね仁さん、皆さんに伝言をお願いしてもいいですか、私達ギルド職員はここで美味しい食事を作って待っていますので、楽しみにして下さいと」
イリーナは震えながらも精一杯の笑顔を浮かべて言ってきた。俺も無理やり笑顔を浮かべて答える。
「勿論伝えますよ、早く蹴散らして宴会をやりましょうね」
イリーナに背を向け走り出し、一気に城壁の上に上がる為に声を張り上げた。
「ブースト」
空気の塊が俺の身体を持ち上げ一気に城壁の上に降り立つ予定だったが、気持ちが盛り上がってしまったせいか城壁を簡単に飛び越え自分が掘った穴の中に落ちていく。
「今、飛び込んだのは仁じゃないのか、こんな時にあの馬鹿は何をやっているんだ」
フェドセイは城壁から身を乗り出して穴の中を確認しようとして覗き込む。仁は何発か「ブースト」を連発し怪我も無く穴の中に着地する事に成功していた。一度上を見上げた後で「ブースト」を唱えると、穴の脇にようやく降り立つことが出来た。ただその横にはアムハラが立っている。
「何だお前は」
アムハラは尋ねて来るが、未だに状況を把握しきれていない。
「もう戦いは始まっているのかな」
その言葉にアムハラは拳を振り上げ仁を殴り殺そうとしたが、仁は「ブーメラン」を飛ばす。アムハラに触れたと同時に大きさが変化し、いとも簡単にアムハラを分断してその勢いまま遥か後方に控えている魔人に向かって行き十数体を切り刻んだ後で消え去った。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
雪崩のような恐ろしい叫び声と共に、サイクロプスやオーガ、トロールが力強く地面を踏みしめながら迫って来た。残りの一つの「ブーメラン」を魔人にむけ飛ばすと、今度はちゃんと手加減をした「ブースト」で城壁の上に降り立った。すると近くにいたフェドセイが駆け寄って来る。
「お前は相変わらず派手な事をしやがるな、俺達はここではなくて南門が担当だ。さぁ速く持ち場に帰るぞ」
フェドセイは遅刻した事を攻めないどころか何故か楽しそうにしている。




