第九十八話 はじまり
ゴルドナに赴任している司令官のボーイェンは会議中に監視塔からの知らせを聞いている。全ての話を聞き終えた後でラウは別室で休ませ、会議の中身は全て監視塔の対策に絞られた。
現状、分かっているのは何かが監視塔に迫っている事だけだ。そもそも迫っていると言っても魔人なのか魔獣なのかそれとも別の何かかも分からない。早期発見は素晴らしい事なのだが余りにも早すぎる為、現状では何も対処の仕方がない。せめて立ち入り禁止地区に入って調べて良いのかを王都に確認するだけだ。
夕方になってしまった為、王都の知らせは馬で走らせることにした。夜になると飛ぶことが出来ないし、それに数が限られているのでなるべくなら使いたくない。
「次に出来る事は狼煙が上がったら防御を固める事だけだな、兵士達には武具の点検を確認するように指示しろ、特にバリスタは念入りに行うようにな」
慌ただしくボーイェン以外が出て行き、ボーイェンは一人会議室の中で最悪の事態が起こった場合の対処をひたすら考える。
同時刻の監視塔では夕日が邪魔をして望遠鏡での監視はもうできなくなってしまった。
「流石にもうここにいても何も出来ないし、直ぐにここに危機が訪れる訳じゃない。一先ず休むぞ、陽が昇ると同時にまた監視を始める」
隊長の指示により屋上での情報収集を諦め、全員で下に降りて行くが誰もが表情を硬くし口を開かない。無理やり味のしない食事を口に運ぶ作業をした後、兵士達は自分の部屋に戻らず再び屋上に集合した。
「草原が燃えているのか」
誰かが呟いた。肉眼では薄っすらだが火がついているように見える。望遠鏡で確認しようとするが焦点を合わす事が出来ず意味が無い。
「もういいだろ、慌てたところで大して変わらん。この場でいいからもう寝ろ」
隊長は望遠鏡に布を掛け部下たちに触らせないようにした。少しでも体力を温存させたかった。永遠に続くと思われた夜が終わり草原に陽が差し込む。普段であったのなら壮大な景色に感動したのだろうが、誰もそんな感情になりようが無かった。
「そろそろだな、バルト、確認してみろ」
バルトは布を剥ぎ取り望遠鏡の操作を始める。中々対象物が見つからないのかかなりの時間バルトは望遠鏡を覗いていた。更に時間を費やした後で死人の顔色に変化してしまったバルトが望遠鏡から目を離し振り向きながら言ってきた。
「隊長、魔人の大群だったようです」
「そうか」
隊長が次に覗き込み確認する。昨日よりは近づいているとはいえ、まだまだ距離は離れている。確かにあれは魔獣ではなくて大型の魔人なのだろう。今日中には種族まで分かりそうなのだが、そこまで報告は待っていられない。
「誰か司令官の所へ行け、魔人が大群で接近中だとな、数や所属が確認が取れ次第に狼煙をあげてここから撤退すると伝えてくれ、残りは引き続き監視と奴らに利用されたくないものを壊すぞ」
伝言を託された兵士のフルハデンはペガサスに跨り司令部を目指しに気分とは全く裏腹の大空を飛んで行く。
ゴルドナの司令部には自宅に帰らなかった幹部達が集まっている。他の兵士には何も知らされていなかったが、何かが確実に起こっていると思われ異様な雰囲気になっている。朝からずっと緊張状態が続き数時間が経過した頃、この状況が更に悪い方へ向かう。
「司令官殿、監視塔から火急の連絡との事ですが通してよろしいですか」
「構わん、早く連れて来い」
部屋に入った途端に全ての視線が刺さり、フルハデンは全身が震えてきたが身体に力を込めながら大声で話す。
「監視塔のフルハデンです。隊長からの伝言をお伝えします。魔人の大群が此方に向かって接近中です」
その瞬間に指令室は騒然とした。幹部達は冷静を装っているがそれ以外の部屋にいた兵士は動揺は凄まじくパニックになる寸前だった。
「静かにしろ、貴様らが大騒ぎしてどうする」
司令官のボーイェンが大声を張り上げその場を沈めた。直ぐに王都にペガサスを飛ばすよう指示を出し、幹部達だけで別室に移って行く。
狭い部屋の中にある円卓に幹部達を座らせた後、ボーイェンがゆっくりと話始めた。
「王都に使者を出したが魔人の数が分からない限り援軍は来ないだろう。現在この街にいる兵士は千五百人しかいないが鉄壁の城壁がある。たとえ魔人が倍いたとしても何とか戦えるはずだ」
「司令官殿、どうして王都は援軍を寄越さないと諦めているのですか、流石に魔人の襲来ならばかなりの数を寄越すと思いますので受入の準備を進めましょう」
幹部とはいえ、まだ末席に座っている貴族の男が軍での立場を忘れ司令官の意見に口を挟む。その意見はボーイェンにより一蹴された。
「ここにいる者の半分は知らないと思うが、実は我が国はベイル王国と手を組みヨナーシュ国を挟み撃ちにする為に出陣している。現在は秘密裏に作ったヨナーシュ国近くの森にある駐屯地に殆どの兵を集めているはずだ。だからゴルドナが危ないとわかる数が確認されるまで援軍は来ないだろう」
戦争の事を知らなかった幹部達は言葉を失った。すると誰かが廊下を走ってこの部屋ノックする。誰も返事をしなかったのだが扉が開き顔色の悪い兵士が言ってくる。
「狼煙が上がりました」




