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1002A:テロ! テロ! テロ!

国鉄に入社した幹部候補エリートは三種に分けられる。

一般大学卒の鈍行組、一般的な帝国大学卒の急行組、そして、東京・京都帝国大学卒の特急組である。

特急組においては心身に故障がない限り最低でも中央本庁に配属されるが、鈍行組においては地方機関の長が最高位である。

「しかし、君も災難だね。まさかあのガンコジジイに捕まってしまうとは」


 東京から列車と連絡船を乗り継いで40時間。北海道のその更に先にある樺太というところ。井関達はその樺太にある事故現場へと向かう列車の中だった。


「ボクは絶望したよ。これで、ボクの出世競争もオシマイだとね」


「あの総裁はいつも無茶苦茶を言う。まあしかし、これは言ってみれば総裁の特命なんだから、この件が片付けばお偉いさん方の覚えもよくなるだろう」


「全くその通りだ。だからとっとと事故を解決して、東京へ帰ろう。こんな田舎にいたら死んでしまう」


 井関は車窓いっぱいに広がる樺太の原野を見てそうつぶやいた。


「なに、そのために俺たちがついてきたんだ」


「ああそうだ。君たちには感謝しなくちゃ。一緒に来てくれてありがとう」


「礼なら笹井に言いたまえ。彼が我々に声をかけたんだ」


 そう言われた笹井は、照れくさそうに鼻をこすった。


「気にするな。我々3人は東京高校の同期じゃないか。そこに優秀な後輩1人を含めて計4人。我々ならなんでもできる」


「その通りだ。我ら”特急組”に敵はない」


 特急組、とは鉄道院内のエリートを指す言葉だ。彼ら4人は、まさしく特急組だった。


「さて、では現場に着くまでもう少々時間があるから、その間に議論を進めておこう」


 井関はそう切り出すと、資料も出さずにこんなことを言い始めた。



「この案件は、G事案か、それとも責任事故か」



 井関の言葉に、まず一番に反応したのは小林だ。


「順を追っていこう。まずは責任事故」


「これは簡単なことだ。我々国鉄……つまり内務省鉄道院(こくてつ)、ひいては政府の側に責任がある事故というわけだ」


 略して、責任事故。国鉄で発生する重大事故のうち、ほとんどがこれに当たる。


「では、G事案とは?」


 小林がそう問いかける。それに反応したのは、後輩の水野だった。


ゲリラ(G)・テロ事案の略です。内務省の警察局に担当部署があったでしょう」


「詳しいな水野君」


「ええ、数年前にいやというほど聞かされましたから」


 水野はちょっとげんなりとした顔を見せた。


「そう言えば、君は下田事件の頃に国鉄に入ったんだったな」


「下田事件というと……下田鉄道総裁が殺害されたあの事件か」


「はい。入庁式で下田総裁とお話をさせていただいた、その後のことでした」


 水野の言葉に、小林が納得したように膝を叩いた。


「たしか下田事件もG事案じゃないかと言われているんだったな。なるほど、それで君も覚えているわけだ。それで井関、君はこの事故をG事案だと捉えているのか?」


「その通りだ。僕はこの事故、いや、事件がゲリラ・テロによるものだと考えている」


「ちょっと待ってくれ。いろいろと無茶苦茶だ」


 笹井はそう言って非難の声をあげた。


「君の考えでは、貨物列車がテロリストによって破壊されたということになる。誰が!? いったい何のために」


「その問いに答えるのは極めて容易だ。すなわち、この事故の首謀者は、パルチザンだ」


「パルチザンだって? パルチザンって、あのパルチザンかい」


 笹井は、いやにびっくりしたような声をあげた。井関は、しめた、と思う。


「ああ、真岡や敷香で虐殺事件を繰り返したあのパルチザンだ。奴らは、まだ樺太に残っているらしい」


「そのパルチザンがゲリラ・テロを起こしているのか?」


「陸軍の報告によるとどうもそうらしい。報道されていないが、先月だけでもう三両はパルチザンに破壊されているようだ」


 だから、この案件もパルチザンによるものだろう。井関は言外にそう付け加える。だが、笹井はその論理に待ったをかける。


「そうか。では、その事故がパルチザンのシワザという証拠あるいは状況はあるのかい?」


 こいつは何を言っているんだ、それを今から探しに行くのだろう。と、小林は思う。が、井関はなぜか追い詰められたような顔になる。


「な、なんでそんなことを聞くんだい?」


「そりゃそうだろう。犯人探しには証拠が必要だ」


「それを今から見つけに行くんじゃないか。いやだなあ」


 アハハ、と井関は笑うが、しかし笹井は追撃をやめない。


「さてはお前さん、全ては”テロリストのせいでした”ということにして調査を切り上げ、さっさと東京へ戻るつもりだな?」


 笹井は笑いながら射貫くような目線で井関を見つめる。


「え、井関君。そういうことなのかい?」


 今度は小林が驚いたような声を出した。

 もはや井関は観念するしかない。


「実は、そうなんだ。ボクはこの件をパルチザンによるテロだということにしてとっとと帰りたいと思っている」


 そう思い切ってぶちまけると、さっきまでの少し緊張した空気はどこかへ吹き飛び、笹井は声を上げて笑った。


「いや、俺たちも同じ思いだ。こんな地獄のようなところにそう長くも居たくないからね。水野君もそう思うだろう?」


「ええ。元とは言えば、条約を破り日本中で虐殺を繰り返しているパルチザンが悪いのです。申し訳ないですが、彼らには我々の利益のために濡れ衣を着ていただきましょう」


 一番後輩の水野がそういうものだから、これにも小林も大笑いしてしまった。


「そうだな。いやはや、官僚というのはこうした”ずっこさ”も必要だ。モノ言わぬわら人形がそこにあるのだから、我々がすべきはそこに釘を打つことだけだ」


 井関はみんなの同意が得られて、急に力が抜けてしまった。


「これでもう、”事件”は解決したも同然だな!」


「ああ。事件はテロリストによるもの。真実がどうであろうと、これがボクらの結論だ!」


G事案とは内務省警察局(当時)が定めた呼称である。

鉄道院(国鉄)は内務省の外局であるため、内務省での呼称に準ずる。

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