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1010A:気難しい車掌は、そう激昂した。

 長い長い峠道を超えると、そこは真岡という港町だった。


 一見すると風光明媚な都市だが、いたるところに暗い歴史が影を落とす。その影を追いながら、井関達は歩みを進めた。


「なんだか、未だ銃爆の臭いが煙るような気がしてしまうね」


 井関はそう言いながら鼻をつまんだ。


「まるで戦場だ。いや、”まるで”は余計だったな」


「ああ。ここはパルチザンに焼き払われた、まさに戦場そのものだ」


 歩みを進めると、そこに小さな花束が置かれていた。井関はおもわず、両手を合わせた。


「信心の無い君にしては珍しいじゃないか」


「同郷の友人が徴兵されてたんだ。どうやら樺太に配属されて、ここ真岡で散ったらしい」


「そうか。じゃあ俺にも手を合わさせてくれ」


 小林はそう言うと、五十銭を供えて手を合わせた。


「そんなところに五十銭も置いておいたら、五分後には誰かに獲られてますよ」


 そんな小林をせせら笑う声が聞こえた。振り返ると、そこには包帯を巻いた男が立っていた。


「それならそれでかまわんさ。今日の晩飯にでもしたらよかろう」


「ほう、東京の特急組さまにしちゃあずいぶんと殊勝なことで」


 その男は、更にあざけるような笑いを見せた。彼は包帯をしていて見にくかったが、どうやら国鉄の制服を着込んでいるようだった。


「どうも、調査隊サマ。そろそろ来ると思ってましたよ」


「アナタが事故当該列車の車掌か」


「いかにも。聞きたいことがあるんでしょう? 病室へどうぞ。といっても、”青空”ですがね」


 車掌は首だけで手招きした。井関は一番にそれについていくと、花束の向こうに腰を下ろした。


「そうか、ここは病院の残骸だったか」


「いかにも。上陸したパルチザンによって患者ごとクレーターにされた真岡医院だ」


「患者ごと? 赤十字は掲げていなかったのか」


「人の身体は、赤十字を見ると弾丸を打ち込めないような設計になっているのかい?」


 車掌はシニカルな笑みを浮かべた。


「愚かな東京人に、もうひとつ現実を教えてあげよう。看護婦は占領後早々に虐殺され、医者は終戦間近に全員処刑されている。ようこそ樺太へ。ここは地獄さ」


「詳細な情報をどうも。だが安心してほしい、私の親友はここを護って散った」


 言外に皮肉への応酬を含ませながら、井関は話を先に進めた。


「事故当該列車乗務時、なにか変わったことは?」


「いいや、いつも通りだった」


「事故当時の状況は?」


「速度が出ているのに回生以外のブレーキをかけている様子が無いからまずいと思った。が、特に何もしなかったよ」


「それはなぜ?」


「車掌は非常ブレーキしか扱えない。あの地点で非常ブレーキを採ると、最悪車輪が抜ける」


 井関は渋い顔をするしかない。なぜなら、これはまぎれもない事実であるからである。


「そういうことだ?」


「前にも言ったかもしれないが、連続した下り坂で非常用の最大ブレーキを叩き込むと、車輪がブレーキ力に耐え切れず焼け落ちるんだ」


「そう言えばそんな話があったな。だから車掌が異常に気が付いた時にはもう遅いってか」


「ほう、東京のエリートにしちゃあ呑み込みが早いじゃないか」


 この車掌は嫌味ばかり言う。井関は無視して、問題の根幹に迫った。


「それで、機関助士はどうした」


「さあ、俺は知らんね」


「なぜ?」


「俺の仕事は車掌だ。運転のことまで見てらんないよ」


 車掌はそう言いながら面倒くさそうな笑みを崩さなかったが、しかしふと顔色を変えた。


「おい、ちょっと待て。なんでそんなこと聞くんだ」


「……別にいいだろう」


「まさか、機関助士が機関士を殺しただなんて考えてるんじゃないだろうな」


 図星を突かれて井関が微妙な顔をする。その瞬間、車掌は井関の顔に頭突きをかました。


「ふざけるな! 俺たちは、パルチザンがここを焼け野原にするずっと前から樺太に住んでるんだ。家族を殺され、仲間を失って、そして今度は自分が殺されるかもしれないという恐怖に苛まれてなお、俺たちはここで懸命に闘ってるんだ!」


 その形相は、彼が初めて見せる怒りの表情だった。怪我をしているであろう腕をぐりぐりと押し付けながら、なおも彼の慟哭は止まらない。


「もとはといえばお前たちが、減った分の人員を補充したりしないから、俺たちはとんでもないメに遭わされているんだ! 人に責任をなすりつける前に、まずは自分を省みたらどうなんだ」


「私が聞いているのは、この資料にない機関助士の消息のことだ。それ以下でもそれ以上でもない」


「誰がお前なんかに教えてなるもんか! どうしても知りたかったなら、機関区の人間に頭でも下げて聞くんだな!」


 車掌はそれっきり、何も答えてはくれなかった。

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