王太子殿下全裸撲殺事件
……殿下とは幼馴染みだった私から申しますと、あの御方は何と言うか……良くも悪しくも一本気で、思い込んだら一途と言うか、どこか子供じみたところの有る方でしたわ。
幼い頃から勉学よりも武術や馬術に夢中で、半ば強制的に魔法学校に入らされてからも、暇さえ有れば剣技の練習に、馬でそこらを駆け回ったりとヤンチャ……いえ、活発な日々を送られてて、同じく在学していた婚約者の貴女の事も目に入らない、と言った風でしたわね。
私? 私は殿下とは只の幼馴染み。殿下には貴女と言う婚約者もいらしたし……実は私には、別に想い人もいたので、殿下と添い遂げるなんて考えた事も……
いえ、嘘ではありませんわ。そんなに怖い御顔をなさらないで。確かに殿下の十七歳の誕生日に白馬と高価な魔剣……腕利きの冒険者を雇って太古の迷宮から発掘させた物だとか……を御贈りしましたし、殿下はそのどちらも、とても御喜びになられました。
でも、あれらを贈ったのは、あくまでも幼馴染みとしての事。それにあの品々を揃えたのは、今は亡き両親であって私ではありませんわ。
ええ。確かにあの両親は、次期国王である殿下に色々と贈り物をしてはいましたが、婚約破棄の工作まで企んではいなかったと思いますわ。正直、あの御二人は、そんな大それた計画を練る様な能力も胆力も無い、家柄だけの平凡な貴族に過ぎませんでしたから。
それに、私は先程も言いました様に、当時は想い人もいましたし、殿下の事はあの一本気な所は好きでしたが、恋愛の情を持った事は一度もありませんでしたわ。もしも、両親が本当に殿下との縁談を持って来たなら、私はキッパリと断っていたでしょう。
……信じては下さらないでしょうね。
ともあれ、あの年の王宮での舞踏会で、殿下は貴女に対して公然と婚約破棄の宣言をなされました。「真実の愛を見つけた。君とは一緒になれない」……などと仰って。
あの方らしい、直接的で軽率な行為でしたわね。婚約破棄を告げるだけなら、他にも方法はあったでしょうに、よりにもよって面前と仰るのですから。
その後は国を揺るがす大騒ぎ。無理も有りませんわ。庶民ならいざしらず、一国の王太子が名門貴族令嬢との婚約を一方的に、しかも個人的な理由で破棄するなんて立派な醜聞ですからね。
もちろん、国王陛下は激怒されましたわ。そして殿下に「真実の愛」の相手とは誰なのか答える様に詰問され、同時に婚約破棄を撤回する様にと激しく詰め寄られた。しかし、殿下は頑として、そのどちらも拒否されました。
国王陛下は殿下の廃嫡も検討されたそうですが、何とか周囲が思い止まらせて、舞踏会の一件は「病による気の迷い」と言う事にして、殿下は「病が癒える」まで離宮に封ぜられる事になりました。
ですが、あの活発で一本気な殿下は、その程度では大人しくなりませんでした。警備の隙を狙って離宮を脱走して、国外へ逃亡を図ったのですわ。……退位宣誓書と「愛する者と共に遠い土地で静かに暮らしたい」と書かれた、簡潔な書き置きを残して。
ここまでは貴女も御存じですわね。
もちろん、国王陛下はそんな事をお許しにはなりませんでしたわ。退位宣誓書は握り潰され、ただちに殿下の追跡隊が派遣されましたわ。
もっとも、追跡自体は簡単だった様ですわね。「豪華な剣を下げて、立派な白馬に跨がった貴公子」の姿は何処へ行っても目立ちましたから。ええ。その剣も馬も私が殿下の誕生日に贈った物ですわ。
只、殿下の足取りを辿る事は簡単でも、追い付く事は出来なかったみたいですわね。追跡隊の馬では殿下の馬には到底追い付けず……あの馬も美しいだけでは無い、遠い外国から取り寄せた名馬でしたから……このままでは殿下の国外への逃亡を許してしまうしか無かったでしょうね。
いえ、殿下は逃亡が成功してからの生活の当てもあったのだと思いますわ。殿下が離宮から持ち出した多数の宝石を処分すれば、度の過ぎた贅沢さえしなければ、ちょっとした貴族や資本家程度の暮らしは出来たでしょうし、いよいよとなれば例の魔剣や白馬を売却すれば更に贅沢な暮らしが出来たでしょうね。もっとも、殿下が特にお気に入りだったあの剣と馬を処分したとは思えませんけど。
どのみち、殿下は魔剣や白馬はおろか、持ち出した宝石も処分する事はありませんでした……御存じの通り、殿下は国境に近いあの村の旅籠宿で撲殺死体で発見されたのですから。……しかも全裸で。
殿下は、あの村にたどり着くと村で唯一の旅籠に投宿しました。主によれば一泊だけの予定だったそうです。おそらく翌日には国境を突破して国外へ出るつもりだったのでしょう。
この宿は老いた主の夫婦だけで切り盛りされていて、その日の宿泊客は殿下一人だけ。主にはソロの冒険者だと身分を偽っていたそうです。まあ、あの魔剣を見れば高ランクの冒険者に見えなくも無かったのかも知れませんわね。
主によれば、殿下はどこか落ち着きが無くソワソワとしていたらしいですが、他に不審な点は無かったそうですわ。
そしてその夜……旅籠に併設してある馬小屋から、馬の嘶く声が聞こえたので、主が何事かと馬小屋に駆けつけてみると、小屋の中で……殿下が血塗れで死んでいたそうです。
殿下は頭部をとても強い力で殴られたらしく、顔の半分以上が……無惨にも潰れていたそうです。そして、殿下の所持品は魔剣や持ち出した財宝のみならず、白馬や着衣はおろか下着に至るまで、全て無くなっていたと言う事ですわ。そして翌日、やっと追い付いた追跡隊が変わり果てた殿下の御遺体を確認した。
……ここまでが、新聞各紙の取材で明らかになった部分ですわ。
新聞記者や噂好き達がこの状況から推測した筋書きは、こんな感じでしたわね。殿下は単身で離宮を脱出すると、件の村で真実の愛を捧げた相手……すなわち、私とこの村で落ち合う為に旅籠で一泊した。
私は熱病で臥せっている事になっていたが、実は仮病で、密かに家を抜け出して殿下と合流し、二人で駆け落ちする算段になっていた。
ところが私は家の監視が厳しくて抜け出せず、殿下はいつまで経っても現れない私を待ってソワソワしていた。結局夜になって床に付いた殿下は、馬小屋で物音がするのに気が付いて馬小屋へ向かった。
しかし馬小屋には、身なりの良い、一人身の旅人の噂を聞き付けた盗賊が潜んでいて、殿下が馬小屋に入って来た所を棍棒の一撃で殺害し、老いた主が馬小屋に来るまでに殿下の身ぐるみを剥いで馬をも奪って何処かへと逃げ去った。その手際の良さから、犯行に及んだ盗賊は恐るべき手練れであるか、複数人いたと考えられる……
新聞記者や野次馬は、そう考えて納得して、すぐに事件を忘れていった。でも、貴女はそうじゃ無かった。
貴女は事件に私が関与していると疑って、尚も事件を調べていた。そして私が雇った冒険者があの村でアレコレと嗅ぎ回ってた事を知り、その直後に件の旅籠が全焼したのを知って、駆け落ちの相手と見なされた私が、何らかの不利な証拠を隠滅する為に暗躍していたと……そう考えて、ここまでお出でになった、と。そう言う事なのかしら?
あらあら。どうやら図星の様ですわね。なら言って差し上げますが……大間違いでしてよミネット様。
私は只、真実を知ってしまっただけ。殿下を手に掛けたのも、殿下の馬や持ち物を奪ったのも、旅籠に火を付けたのも、それぞれ違う者達の仕業ですわ。
それを、今から御教え致しましょう。