悪役令嬢とヒロインの再会
あらあらあらあら。これはミネット様。こんな辺境の別荘にまで、ようこそお出で下さいました。
それにしても、名門テレメンテイナ家の御令嬢ともあろう御方が、こんな外れの屋敷まで、御供も連れずにお一人でお越しになるなんて、危のう御座いましてよ。
ここはまだ王国の領内とは言え、最近は森の中にゴブリンやオークが棲み着いて、結構物騒になっておりますのよ。私も先だっては冒険者を雇って、近隣のゴブリンを退治させたばかりで……
あらあら失礼致しました。せっかく魔法学校のかつての御学友が訪ねて来られたのに、こんな玄関で立ち話なんて。つい懐かしくって、私ったら。さあさあ、大した御もてなしも出来ませんが、どうぞお入りになって下さいませ。お互い積もる話も多いでしょうから。うふふふ……
……
お茶のお代わりはいかが? ええ。閑静ですけど、景色も良いし結構良い所でしょう? 王都の喧騒や、あの事件の騒ぎから逃れられて、ようやく自分の暮らしを取り戻せた気分ですの。庶民の言う「田舎でまったりスローライフ」と言うのも中々良いものですわね。
それにしてもお久し振りですわね。最後に会ったのはいつ振りだったかしら。……王太子殿下の御葬儀の時以来かしら? あの事件で殿下が亡くなられてから、私も貴女も新聞に御下劣な憶測記事を散々書き立てられましたわね。
貴女は殿下に一方的に婚約を破棄された身の上なのに、色々と身の回りや言動を邪推されて完全に「悪役」扱い。一方の私は、殿下とは幼馴染み以上の関係では無かったのに、あの方が語った「真実の愛」の相手と見なされて、勝手に「悲劇のヒロイン、タチアナ・ド・マンテイカ嬢」などと書かれて。
真相が判らないのを良い事に、好き勝手言われるのに疲れ果てて、ちょうど殿下の喪が開けるのと魔法学校の卒業が重なったので、この別荘で静養するために越してきたのですけれど。
何しろ、あの時は本当に心も体も参ってしまってて……。あの事件が起きた時には熱病で臥せっていて、そこに両親の不幸も重なって、一刻も早く王都の詮索好き達から逃れたかったものですから。卒業式の時に御別れも言えずに、御免なさいね。
……その険しい御顔を察するに、急にお出でになられた訳は、やっぱりあの事件の事の様ですわね。残念ながら私は両親の喪に服していて、事件のその後の事は何も知りませんの。まさか、ミネット様ともあろう御方が、社交界の噂話や新聞の下品な見出しを真に受けた訳でも……
……あの冒険者達? ですから先程申しました様に、この別荘の近くの森に住み着いたゴブリンの退治を……。え? あの冒険者のパーティーが、事件後に殿下が発見された村に居たのを見た人がいた?
それに、この別荘に何度もあのパーティーが出入りしていた? それが何か? ああ、単なるゴブリン退治の依頼にしては、出入りの回数が多いと? あの冒険者達は、結構ゴブリンの数が多くて退治に手こずってた様でして、その中間報告に何度も出入りしてましたから。
それにしても、随分と私の屋敷の周りについて御存じなのですね。まるで見てきた様に……。ああ、貴女も人を使って調べていたのですね。人の悪い。それならそうと、仰ってくれれば。
で、わざわざ御一人でこんな田舎まで御越しになられたのは、ご自分なりに、あの事件の真相を調べてみた物の、一向に埒が開かない。そこで、一足早く事件を調べていたらしい……あるいは真相を隠滅したかもしれない……私に直接話を聞きに来たと言う所でしょうか?
でしょうね。殿下が死体で発見された旅籠宿は、半月前に火事で焼け落ちて、主を含めた従業員は全員亡くなられたそうですわね。死人に口無し。今さらどんな腕利きの冒険者や探偵を雇っても、もう当時の証言は聞きようが……
……喪に服してて、事件のその後は知らないのに何故旅籠の火事を知っているのか? ですって?
それに“貴女も人を使って調べていたのですね”って? 私そんな事言いまして? …………言いましたわね。あらあら私とした事が。
それにしても、よくお気付きになりましたわね。まるで昨今流行りの探偵小説みたいでしたわ。……そうね、これ以上はぐらかしても可愛い探偵さんには無駄な様ですわね。
……解りましたわ。貴女には全てをお話致しましょう。婚約破棄騒動の他ならぬ当事者である貴女には、それを知る権利があるでしょうから。
ただ、誓って私が婚約破棄を殿下に唆した訳でもなければ、殿下を手に掛けたり、それを誰かに命じた訳でもありませんわ。あの事件は殿下が「真実の愛」を貫こうとした為に起こった悲劇。その事をお話致しましょう。
でも、聞いた事を後悔はなさらないでね。これは悲劇ではあるけれど、決して美しくも無いお話なのですから。うふふふ、うふふふふふふふ……