第二話「波乱の取り調べ」
「わわわ、すごい広いですね…。私の実家の本邸よりも大きいんじゃ…?」
「でしょうね…。いいとこの子だとは思ってましたけど、この屋敷の大きさと立派さじゃ、まじでこの子、国の中枢に近い権力者の娘なのかも…」
王都の中心街から少し離れた丘の上、丁度王都を見渡せるその位置に立っている大きな屋敷。その前に俺たちは立っている。
というのも、先ほどひったくりにあった少女を助けたら、すごい剣幕で問い詰められ、半強制的にここまで連れてこられたのだ。あらぬ誤解を受けているようで、道中での必死の説明のおかげである程度は納得してくれたようだが、まだまだその目に残る疑惑の眼差しは消えない。
「ほーら、なにこそこそ喋ってんの!言っとくけど、私はまだあんたらのこと信用してないんだから。さっさと中入んなさい」
「い…いや、その、連れてこられた身で言うのも何なんですが、我々のような者を中に入れてよろしいのですか?今もおっしゃられてましたが、我々が密入国者であるという疑念をお持ちなら…」
「いいの。あんたには助けられたし、その借りを仇で返すほど私は薄情者にはなれないわ。だから、あんたたちは一応客人として屋敷に入れる。それに、別にあんたらが密入国者だろうがなんだろうが、怪しい素振りを見せたら…」
彼女はそこで言葉を止めると、背中に差してある杖に手をかけ、目を細めこちらを見やった。
小さな見た目からは想像もつかないほどの威圧感と魔力の増幅を感じ、思わず唾を呑む。そこで本当に自分たちが目の前の人物の評価を見誤っていたのだと痛感した。
この目は自分も何度か見た覚えがある。日本にいたころ、奈々恵の従者として政界の重鎮や大企業の会長などと顔を合わせたことがあったが、全員同じ目をしていた。これは、何かを捨て、何かに一生を捧げた人の目だ。
加えてこの魔力量、素人目に見てもとんでもない量だ。勿論家柄からくる遺伝も大きいのだろうが、それでもどれだけ血の滲む努力をしてきたのだろう。
この年でこの領域まで辿り着いた人を、果たして自分は知っているだろうか。隣にいる自分の主人もとんでもない天才であるが、紛れもなく一握りの存在であることは間違いない。自分たちに錠を掛けなくとも牢に入れなくとも、不審であれば直ちに殺せる。つまりはそういうことだ。ずいぶんと大きな自信だが、それに見合う実力があるのだからたちが悪い。
「あ、それともう一つ」
背筋を正し、言われた通り屋敷に足を踏み入れようとした瞬間、後ろから声がかかった。
「急に敬語使うの、やめてよね。わたし堅苦しいの嫌いだし。さっきまでタメ口だったんだから、別にそれでいいわよ」
そう俺たちに告げると、彼女は何も気にしない素振りで俺たちの横を通りふんふんと鼻歌を歌いながら屋敷へ入っていった。
自分の主人に似たようなことを言う彼女の背中を見ながら、俺はさっきまでのギャップに困惑し、まぁどうにでもなれ、と肩をすくめるのだった。
「…ということで、自己紹介が遅れたわね。わたしはウィリエスタ侯爵家の娘、ウィリエスタ・ウォールド・セイラよ。歳は十九、一応ウィリエスタ家の跡取りとして、子爵の爵位を貰ってるわ」
「え…タ、タメなの…?」
連れてこられたとんでもなく豪華な装飾のなされた応接間で応対した俺たちは、目の前の少女のそんなカミングアウトに衝撃を隠せずにいた。
「う、うっさいわね!こっちも気にしてんだから!すぐおっきくなるんだから!」
「いや…十九からじゃもう無理だろ…」
キーキーと騒ぐ目の前の少女…いや、少女ではなかった訳だが…を見る。小柄な体型に、よく整ってはいるもののどこか幼い顔立ち。きれいな銀色の髪はハーフアップにしたボブカットで、どこかかわいらしい印象を与える。精々中学生、ギリギリ高校生くらいにしか見えない見た目だ。
……ちなみに、決して胸元が判断基準になった訳では無いとだけ言っておこう。
「ウ、ウィリエスタ卿…!?まさか、あの五侯爵家の一つの!?」
「お嬢、知ってるんですか…?ていうか、そんな有名なんですか?」
俺の驚きとは別のところで驚いたらしい隣の奈々恵を見ると、うん、やっぱり十九ってこの位あるよなぁ、と納得してしまう。重ねてになるが、背丈や顔立ちの話で、決して胸元の話ではない。
そんな俺の思いが透けて見えたのか、はたまた先程の発言によるものかはわからないが、セイラはジロリとこちらを睨むと、次いでため息をつく。
「っていうか、これが普通の人の反応なんだけどね…。あんたがおかしいのよ。まぁ、こんな感じで家柄だけで見られるのも嫌だからいいんだけどさ」
「あはは…ちょっとわかるかもしれないです。なんて、烏滸がましいかもしれないですけどね。…兎も角、徹くん」
奈々恵はこほんと咳払いをし、人差し指をぴんと立てこちらを向いて話し始めた。
「ウィリエスタ家は王国の杖とも称される、国内最強の魔法使いの家系です。国を取り纏める五つの侯爵家のうちの一つでもあって、とんでもない大貴族なんですよ!」
「そ、そうなんですか。はぁ、納得いきました。成程、あれだけの魔力量で運用が可能なはずです。魔力暴走の危険性が高い火属性の上級魔法をあの大きさで杖に留めながら走り回るとか、常人じゃ不可能でしょうし」
「あんたはなんで常識は知らないのに魔法の知識だけはあるのよ…」
セイラはそう呟くと、こめかみに手を当てて再度大きなため息をついた。確かに、自分たちの嫌疑を晴らすには、まずはそのあたりから説明したほうがいいかもしれない。
俺は目の前のセイラに向き直り、一息ついてから説明を始めた。
「じゃあ、まず最初にこれだけは言っとくと、俺たちはこの国の国民じゃない。…かと言って密入国者って訳でもなくて、なんて言うか、そもそも別の世界の人間なんだ。俺たちの世界には魔法なんてないし、ここと比べて文化や街並みも随分違う」
「それは聞いたわよ。それで、自分たちもなんでここに居るかわからず、自分たちの世界からこの世界へ転移された…って考えてるんでしょ?」
先程道端で散々と説明したおかげか、セイラは事も無げに俺の言い分を流そうとする。
…にしても気になるのが。
「……驚かないんだな」
「いや?驚いてるわよ。そんな事例聞いたこともないし。ただ、魔法の中には、かなりの上級魔法だけど転移魔法なんてのもあるし、別に転移自体が珍しいわけじゃないから」
俺はそうか、と告げると、異世界転移モノのお約束である、転移を信じてもらえず苦悩する主人公……とかって言うのは実際無いんだな、と場違いに考えていた。
いや、曲がりにも不法入国の容疑者に対してここまであっさり相手の言い分を信じるこいつがおかしいのか?と思いつつ、実際都合はいいのでこのまま話を続ける。
「でだ、右も左もわからないなかで、早速困ったわけだ。まずは食い扶持を見つけないと、どうしようも無い」
「まあ、そうね」
「どこかで働こうにも、この世界じゃ魔法が使えないと何の役にも立たないから、魔法の使えない俺たちじゃ雇ってくれるとこも限られてくる」
「確かに」
「だから魔法を覚えたいし、更に覚えてる間、最低限度の生活は担保されたい…そんなこんなで見つけたのがこれだ」
「なるほ………ってはあぁぁぁあ!!!?」
俺はそう言ってバッグの中からある一枚のビラを取り出し、目の前のテーブルに置いた。
それを見るやいなや、セイラはその紙を奪い取り、素っ頓狂な叫び声をあげた。
「…王立ルーベルア魔法学院、秋季入学者募集………。まさかとは思うけど、あんたたちこれ受けるつもりじゃないでしょうね……?」
「ああ、そのつもりで──」
そこまで自分が言いかけると、セイラは机をバンと叩き、身を乗り出して叫んだ。
「あんた、自分が何言ってるかわかってる?ルーベルアって言ったら、魔法王国と名高いこの国でも最高峰の魔法学府よ!?卓越した魔法の能力だけじゃなくて、魔法学への深い造形と、一般教養として自然科学や社会科学の幅広い知識が……」
「いや、わかってるわかってる。流石に俺たちも自分の命がかかってる状況で分の悪い賭けなんてしないって」
必死の形相でそう叫ぶセイラを、まあまあ落ち着けとなだめる。実際、この世界に来てすぐの一般人が超難関校に入学したいですなんて言ったらこう返されるのも無理はない。
だが、俺たちは一般人ではない。この世界で生きていく上で数少ないそのアドバンテージを、活かしていくしかないのだ。
「そう、今言った通り、この学校は魔法についての造詣だけじゃなく、幅広い教養を持った生徒を求めてる。だからこそ入学者のバックグラウンドなんか気にしないし、出願要件は特に設けられていない」
「──そして、そこに、付け入る隙がある」
そう言って先程のビラの下に書かれている詳細欄ーー試験科目と配点の部分を指を差して俺は答えた。
「試験は300点満点。そのうちの200点は一般教養と魔法学の筆記で半分ずつ、100点は魔法の実技って配分になってる。ボーダーは毎年7割弱ってとこだから、一般教養で満点取って、残りの魔法科目で半分くらい取れれば───」
「あ、あのねぇ。なーんかサラッと流してるけど、一般教養で満点って言った?そんな簡単な問題のはずがないでしょ?むしろ、魔法学の試験に比べて範囲が膨大すぎて毎年平均点が低いことで有名なんだから」
「とはいっても、恐らく俺たちのいた世界とここでは、物理法則に大きな違いはない。ってことは、自分たちの知識がある程度は通用されるはずだ。なら問題はない」
「いやそういうことじゃ……」
「さらに国からの補助金で学費と寮費がタダ!これは利用するしかないだろ」
ニッと笑ってそこまで言うと、セイラは対照的に、はぁっとため息をつき、席を立つ。座っていた立派なソファの横にかけてある鞄の中をごそごそと漁ると、何やら分厚い一冊の本を取り出し、机の上に置いた。困惑する俺たちを前に、その本の表紙をトントンと指差す。
「まあいいわ、そこまで言うなら、証明して見せてよ」
表紙に書いてあるのは、王立ルーベルア魔法学院、過去問題集の文字。
過去問、こんなものを鞄に入れて持ち歩いてると言うことは、つまり──。
「わたしも一か月後のルーベルアの入試、受けるの」
「!」
同い年でここまでの魔法の使い手、ならば最高学府であるここを受験するのも納得の話だ。
ということは、俺たちとセイラとは定員の席を奪い合う敵同士ということになってしまう。
「ルーベルアの入試ってのはね、本来春に開かれるのよ。その入試では出願要件にちゃんとした教育機関を卒業したことが問われるし、秋季募集ってのはさっきあんたが言った通り実力があったら背景問わず誰でも入れるっていうのを建前に行ってるけど、実際受かるのはあたしたちみたいな、学校に通わないで専属の講師に教わってたような人たちだけ。定員も少ないしね」
「だけど、そこまで自信があるなら、見せてみてよ。これ、去年の入試の過去問だから。これがほんとにちゃんと解けたら、あんたたちのこと、認めてあげる」
異世界の教育機関、それも最高学府。そんなところの入試問題など、本来この世界にきて半月の奴らに解けるわけはない。
しかし、ここ半月で見てきたこの国の発展状況、それに俺たちの持つ数少ないアドバンテージを考えると、恐らく。
「…へぇ、言ったな?」
そう俺は不敵に笑うと、隣の奈々恵と顔を見合わせ、目の前の分厚い問題集へと手を付けた。
「な…ほんとに満点………しかもあんたら二人とも……?」
約三十分後、解答を終えた俺たちの前で、セイラはわなわなと解答用紙と答案を見比べてそんな声を漏らした。
一年分やったのだが、三十分で解答を終えたのが早いのか遅いのかはわからない。まぁ、解き終わったと言ったときのセイラの驚愕の表情を見ると、後者ということはないだろう。
「初めて解いたけど、学問の発展状況からみたら中世の終わりごろ……って感じなのか?電磁気、熱力学系統はまだ未開拓っぽいし、化学に至っちゃ原子論さえ浸透してないだろ」
「まぁ、下手に四元素説とか広まってない分ましでしょうね〜。錬金術とかしてた時代の観念で解答しろって言われても流石に無理ですし。天文学…あと数学はある程度発展してそうですけど、幾何はまだしも、解析、代数系はまだまだっぽいですね」
「……あんたら、こんな入試受けなくても学者としてやっていけんじゃないの?」
冷静に分析をする俺たちを前に、そう呟くセイラ。彼女の言っているところもその通りなのだが、現実はそんなに甘くない。素性も知らない俺たちみたいなやつらの言うことなんて誰も信じてくれないだろうし、下手したらかの地動説を唱えた天文学者のように、裁判にでもかけられてなんらかの処分や迫害を受ける可能性も否定できない。それを防ぐためには、信用を得られるだけの身分を手にすることが必要なのだ。
「で……これで認めてくれたのか?…俺としては、密入国者の疑念さえ晴れればどうでもいいんだけどさ」
「………あんたらが、この世界の学術水準を大きく超えた知識を持ってることはわかったわ。でも、それだけじゃまだわからない。だって根本の問題は解決してないもの」
そう言ってセイラは人差し指を立ててずいと俺の顔に近づける。
「光魔法」
「……さっきも言ってたけど、なんで光魔法がそんなにやばいんだ?これ、普通に図書館通って独学で習得しただけなんだけど」
「…ほんとに何も知らないのね」
セイラはこめかみに手を当て、ため息をつきながら説明を始めた。
「私たちの国───アルカディアは、ほんのちょっと前まで周りの国々と敵対関係にあったの。…まぁ、その原因は置いといて、貿易を含めた他国からの入国を完全に拒否してたのよ。…………二百年くらい」
「にひゃ……まぁ、期間に関しては俺たちの元いた国もそんくらい国閉ざしてた時期あったから、なにも言えねぇんだけど…」
数百年前、日本が鎖国をしていた期間はおよそ二百年間。そんな中でもオランダなんかとは貿易をしていたらしいし、完全に国を閉ざすというのはなかなかにめずらしい。にしても俺たちが見る限りこの国は平和そうなのをみると、往々にして鎖国下というのは世は太平に保たれるのかもしれない…。
そんな俺のどうでもいい考えを横に、セイラは気にせず説明を続けた。
「それで、他国にまつわるモノを排除しようとする動きが昔あってね。他国の思想に洗脳されないように…って、確かにその通りなんだけど、ちょっとそれが過剰で。色々なモノが国から排除されたわ。食べ物だったり、本だったり、言葉だったり………それと──」
「なるほど……魔法、か」
なんともよくある話だ。日本も戦時下では敵性語だったり、敵国の文化だったりは軒並み排斥されたらしい。どうやら魔法というのはそれほど国民に根付いたものらしいし、そんなのは自然な流れなのかもしれない。
「昔から魔法王国として名高かったアルカディアだけど、元々この国には火と水と土と風、四つの魔法属性しかかったの。まぁ今も実質そうなんだけど、光と闇ってのは外国から入ってきた魔法なのよ」
「話が見えてきたな。つまり他国についてのモノを排除する段階で、光、闇魔法……ひいては書物だったり使い手だったりも追放されたってことか?」
…なんとなくはわかっていたが、火、水、土、風。これがこの国でメインで使われている属性らしい。偶然かはわからないが、いわゆる四大元素…古代ギリシャ哲学より生まれた概念と同じだ。中世のころはこの四元素によって世界が構成されていると考えられていたらしいし、ましてやこの世界では本当にこの世界を構成しているといっても過言ではないだろう。
「そうね。まあ新しく入ってきた魔法だから余り使い手はいなかったんだけど、それを機にぱったり。そもそも知識だったり伝承方法とかも潰えて覚えようと思っても覚えられない。半年前に一応戦争は一時締結して、貿易だけは可能になったから、それからは書物とかも入ってくるようになったけど、敵国の魔法って認識が強くて覚える人が皆無でね。そもそも魔法の大前提として──」
「生涯で一人一属性しか扱えない……なるほど、確かにもう国中のほとんどの人は四属性の魔法を習得してるし、これから習得する人も、学びづらくて抵抗感のある光属性なんか覚えたがる人はいませんしね〜。…それがセイラちゃんがわたしたちを不法入国者って思った理由ですか?」
「そーゆーこと。人の移動は未だに厳しく禁じられてるし、もしそんなことが起こったら戦争再開よ。だからあんたたちをここまで連れてきたんだから」
答えた奈々恵にそう肯定すると、セイラはこちらをチラと睨んだ。確かに、初等教育の段階で魔法を教わるこの世界では、今から魔法を覚えようなんてやつは小さな子供か、教育もまともに受けれていないはみ出し者か…はたまた新たにこの世界に来てしまった者か。残念ながら俺たちは一番ありえないであろう最後の一つであるのだが、普通に考えて可能性の少ないこれらの選択肢よりも、もしかして敵国の間者なのでは…?なんて考えたほうがまだ自然なのかもしれない。しかし…
「で?さっきも言ったとおり、俺たちは半月前に急にここに連れてこられて、その入ってくるようになった書物とやらで勝手に覚えたわけだけど、流石にそんなの証明できないぞ?」
「勝負よ」
「………んん?」
突拍子の無い言葉が聞こえてきたので、思わず聞き返してしまう。
「だから、勝負しなさい、わたしと。自慢じゃないけど、わたしくらいの術師になれば、本場の光魔法か付け焼き刃か、見分けられるわ」
そう自慢げに宣言するセイラ。その手を見ると、すでに杖が握られ、目をギラギラと輝かしている。
言っていることはわかるのだが、その目は先ほどの不法入国の容疑者に向けられた厳しく追及するような視線と異なっている、そう、まるで好奇心に身を任せる子供のような───。
そんな彼女の姿を見ると、俺は一つの結論に至った。
───あ、こいつただの戦闘狂だわ。