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アルカディアの姫君たち  作者: 汐留リン
第一章 最高学府、入学試験
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第一話「始まりの出会い」

 ──旧皇族、橘家。


 第二次世界大戦後、GHQによる日本の占領に起因した皇室の財政難を理由に、皇室離脱を余儀なくされた、十二の皇族の家系の一つ。橘奈々恵は、そんな橘家の長女としてこの世に生を受けた。

 皇室離脱後七十年近い年月が経った今も、橘家はその由緒ある歴史と豊富な人脈を駆使し、政界、財界に数多くの人材を輩出。日本を裏側から牛耳りかねないほどにその影響力を強めている。


 そんな素晴らしい一家の長女様に仕えているのが、俺──日高徹である。

 歳は彼女と同じく十九。従者としての仕事をこなしていること以外は、世間一般の同年代の皆と同じように日々を過ごす、大学生である。


 否──であるはずだった。




 そんな俺の目の前にそびえているのは、わかりやすく説明すると、よくある学校の校舎が丸々二つは入りそうなほど巨大な建築物であった。造りはレンガと石材を豊富に使用し、誰か著名なデザイナーやら建築家やらが監修したのか、各所に技巧を凝らした飾りなども見て取れる。


「ほんとよくもまぁ、重機やらコンクリやら無しでこんなご立派な建物を…。国の叡智の象徴、って言ったらここまで気合いれるのもわかるけどさ」


 そんな壮大な建築物を前に、俺は肩をすくめながらも歩みを進める。見慣れた今でさえ何事もないようにしていられるが、こっち(・・・)に来てすぐのころはそれは大変だった。

 特に街の中心部に位置するこの区画では、流石王都ともいうべき立派な建造物が立ち並び、路地のほうまで綺麗に舗装された道を、積み荷を乗せた馬車が駆けていく。まるで何百年か前のヨーロッパにタイムスリップでもしたような、そんな感覚に唖然とするとともに、興奮で胸が弾んだものであった。

 それも現状を把握し、このままでは生活もままならないということに気づくまでで、それ以降はそんな感慨も彼方へ消えてしまったのだが。


 現実に戻され、ため息をつきながら目の前の建物に入る。解放されている自分の背丈の二倍はあるかという大きさの扉をくぐると、乾いたインクと紙の匂いが辺りに広がった。

 

 自分の通っていた大学の図書館も蔵書数国内トップということで、初めて訪れたときは左右に埋め尽くされる本に圧倒されたことを覚えているが、こと蔵書数のみで言ったらここのそれが上回るだろう。

 ずらっと立ち並ぶ本棚をぎっしりと埋め尽くす本だけでなく、壁を埋める本棚は高い天井の近くまでそびえている。さらに特徴的なのは、それを梯子を使い取っている人、難しい顔をして机でペンを持ちながら本と紙を睨んでいる人、初めて来たのか、辺りを物珍しそうにきょろきょろと見渡している人、と様々な人々がここを利用している点であろう。

 魔法国家で有名なこの国の王立中央図書館──、それはそれは貴重な魔法書もこの中にあるのだろうが、なんと誰でも閲覧が可能なのである。もちろん国家として重要な本はこんな誰でも見れる場所に置いていないとは思うが、それでもここまで多くの蔵書を自由に閲覧できるのは、身分を証明できるものがない自分にとってありがたい以上の何物でもない。

 勿論その裏には、自らの国の知識量を他国に誇示する意図があるのだろうと勝手に思っているが、庶民以下の自分たちにはなんとも関係ない話であるので、受けられる恩恵はとりあえず貰っておく。


 そうして俺は、目的の本棚まで真っすぐに歩くと、慣れた動作で昨日途中まで読み進めていた本を手に取る。表紙に『光魔法入門』と日本語・・・で書かれたその本を持ちながら近くの机へと座ると、重々しい動作で本を開く。


「学術書の『入門』って、どの世界でも信用できないんだな……」


 こっちに来てから早二週間、一般教養レベルの魔法の知識も無かった自分が魔法学を本格的に学ぶのは文字通り死ぬほど大変なことであった。それこそつい半年前に終えた大学受験が生温く感じられるようなものである。

 初めに学習するなら入門用のものが丁度いい、とまず手に取ったこの本の一ページ目から一切何を言っているのか分からなかったときは、いっそずっとホームレスとして炊き出しで生きていこうかと本気で悩んだほどだ。

 今になってやっとこの本も少しは理解出来るようになったが、どうやら入門と言いつつこの本はかなり上級者向けの本らしい。


 なにやら大学生時代にも同じような経験をしたなとしばらく思い出に浸っていたが、いやいやそんな暇はない。と顔を両手でピシャリと叩き、スイッチを切り替える。


「とりあえず昼まで。入試まで時間は無いんだ、ちょっとでも可能性あげてかなきゃな…」


 ここでは見かけない風貌である、濃紺のスーツを着た黒髪黒目の謎の人物。そんな自分に向けられた好奇の視線が意識の中から遠のいていくのを感じながら、そう一人呟くと、俺は目の前の本に向かって集中を深めていった。







「待ちなさい!そこのアンタ!!」


 そんな日の昼下がり。

 少し勉強に身が入りすぎてしまい、奈々恵との約束である昼の炊き出しに間に合わせるため、気持ち急ぎながら通りを歩いていると、よく通る澄んだ声が街に響いた。


 思わず声の聞こえた方向を見やると、こちらへ向かってくる人影が二つ。

 前を走る人物は、必死の形相で胸元に袋のようなものを抱えている筋肉質な男。

 その男を追いかけるように走る後ろの人物は、身長近くはあろうかと見える立派な杖の先に、見ているだけで熱を感じそうなほど赤々と渦巻く大きな炎を宿している。

 それを見るだけでその人物がかなりの魔力と魔法の練度を誇っていることが伺えるが、驚くべきなのは、その人物が、追っている男とはまるで対照的な小柄な少女であるという点だ。

 

「クソっ!いい身なりした弱そうなガキだと思ったら、よりによってウィリエスタの娘かよ!」


「ごちゃごちゃうるさい!早くそれ返しなさいってば!!」


 …どうやら、前の男が持っている袋は、後ろの少女から盗んだものらしい。この街は比較的治安がいいと聞いていたが、やはりこの国の中では、という接頭辞がついたもののようだ。

 日本人の自分としては、目の前で窃盗事件が起きるなんて初めての体験であるので驚きを隠せないわけだが、周りの人々はそうでもないらしく、かかわり合いにならないよう道をあけて目を逸らしている。

 あれだけの魔力を持った少女だ、わざわざ加勢しなくても、あの魔法を放てば一発だろう。俺もそう思っていたところ、だんだんはっきり見えてきた少女が、顔を悩ましげに歪ませ、周囲をちらと見やっているのがわかった。


 ──なるほど、下手に魔法も撃てないのか。


 俺がいて、彼女らが向かってきている道は、決して広くない。せいぜい道幅で三メートルほどで、他の通行人もいる。

 さらに、彼女は火属性の魔法の使い手だ。火属性魔法は、広範囲に高火力のダメージを与えることができる優秀な属性だが、こういった狭い範囲に狙いを定めて放つのは難しい上に、燃え広がってさらなる損害を与えてしまう恐れがある。

 …というのも、つい最近知った話だが。


「…これで見て見ぬふり、ってのはできないよなぁ……」


 そう呟き、俺は道を遮るように向かってくる男に相反して立つ。ちょうど試したいこともあるのだ、本来こういうのは柄ではないのだが、やむを得ないだろう。


「なんだぁ?テメェ、邪魔だってんだよ!潰すぞオラァ!」


 立ちはだかる俺に気づいた男は、こちらを睨みつけ、舌打ちをするとそう怒鳴りつけた。

 男と俺との間隔は三十メートルほど、もう数秒で接触するだろう。

 俺は別に、格闘技を習っていたとか、運動能力に自信があるとか、そんな特技は一切ないし、なんなら喧嘩なんて碌にしたことはない。体だって平均的な日本人のもやしっ子な俺は、このままでは成すすべなく男に殴り飛ばされてしまうだろう。


 だから、勝負は一瞬で決まる。幸運なことに、昔からそういう勝負を決める一瞬を見極める力には自信があった。


 俺は腰に刺さっていたステッキを抜くと、おもむろに男に向かって構えた。

 ぶつぶつと決められた呪文を唱え、魔力の流れをステッキへと集めると、ステッキの先端が淡く光り出すのが見えた。


「ちょっ、あんた!危ないわよ、そこ退きなさい!!」


 少女の慌てふためく声が聞こえる。彼女に追われる男は、ニヤリと口元を歪ませると、その勢いのまま拳を繰り出した。

 見た目通り鍛えられた拳だ。どんな魔法使いでも、この距離では魔法を放つ前に杖をへし折られて終わりだろう。


 だから、もっと速く(・・・・・)。秒速にして約三十万kmの、絶対不変にして世界最速の一撃を。



「───初級光魔法、ステラ」


 俺は、集められた魔力を男の拳目掛けて解き放った。









「─────は…」


 私は、目の前で起こった出来事に理解が追い付かなかった。


 いつも愛用している魔道具や魔法書が詰め込まれたバッグを盗まれ、取り返すために魔法を詠唱したはいいものの、なかなかチャンスがなく泥棒といたちごっこをしていた時に、急に現れた謎の男。

 うん、そこまではいい。この街じゃなかなかいないけど、泥棒を止めようと思ってくれた優しい人なんだな、と。


 ただ、問題はそのあとだ。

 何らかの魔法を行使した、のはわかる。体内のマナの動きや詠唱からして、それは間違いない。

 ただ、私はその魔法を見たことがなかった。

 普通の人ならなんでもないことだろう。この世に多く存在する攻撃魔法を全種類見たことがある人なんて、魔法騎士団のベテランか魔法の英才教育を受けた貴族くらいだ。

 しかし私は、その中の一人だった。大貴族の一人娘である私は、今までありとあらゆる属性の魔法を見てきた自信がある。

 そんな私が見たことない魔法を行使したということは、この男は自力で術式を構築し、新たに魔法を作り出した大魔法使いなのか、もしくは───。


 その可能性に思い至ると、すぐさまその男のもとへ向かう。男は倒れた泥棒からバッグを奪い、口元を緩ませこちらへ向かいバッグを差し出した。


「ほら、あんたのなんだろ?これ。礼はいらないから、今度は大事に──」


「あれって…光魔法?」


「…は?」


 私の問いかけに呆けた顔をする男。その様子と、腰に差しなおした量産型で低級のステッキを見て、自分が持っていた可能性のうち大魔法使いの線を頭から排除した。


「だから、さっき使った魔法。属性は何なの?」


「あ、あぁ…あんたの言う通り、光だけど…」


「……っ!」


 可能性の一部として頭で考えていても、実際そうだと言われると動揺を隠せない自分がいた。

 よりによって自分を助けてくれた相手だ、密入国者・・・・などとは思いたくない。


 だが、自分の中の正義感が、今見た光景を無視することを許さなかった。


「ねぇ、自分が今言ったことの意味、わかってる?……一応聞くけど、あんた、なんでここにいるの?どうやってここに来たの?」


「は?…どうって言われてもな…どう説明したらいいんだか…」


 目の前で急に慌てだす男。今の詠唱でもミスってたのか?とか、でもこいつ倒せたしなぁ…とか、ぶつぶつ喋っている。

 よくよく見ると、風貌も怪しい男だ。シャツの上にタイトな紺色の服を着て、下も紺色のスラックスを着た、なかなか見ない珍しい恰好に、これまた珍しい黒髪をしている。体格こそ中肉中背の一般人といった感じだが、他国から来たと言われれば納得がいく。


「ほら、早く!ぐちぐちとした言い訳はいらないわ。端的に答えなさい!」


「えーーっと……………」


 自分の急き立てに、頭を掻きながら言葉を選んでいる男。


 私は知らなかった。この言葉が、私の人生を変えることになるなんて。





「…異世界転生、してきました」


 意味の分からない言葉とともに、私と、彼の物語が始まった。

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