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アルカディアの姫君たち  作者: 汐留リン
第一章 最高学府、入学試験
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プロローグ「新たな世界で微笑む君へ」


「…いいですか?お嬢。俺がいない間に、面倒な騒動などは起こさないでくださいね?あと、むやみに物を買わない、変な人についていかない、それから……」


「もう!わかってますから!キミの中のわたしはどんな人間なんですか!」


 日が昇ってまだ間もない朝方。ちょうど出勤、通学の時間なこともあり、往来には人の姿が多く見られる。その数はここがあの名高い王都の中心に近い場所であるのだということを強く意識させるに十分だ。

 最も、ここが名高い王都だというのも、そもそも王都の名前すらも、つい先日知ったばかりなのだが。


「どんなもなにも、そのままです。間違ってないでしょう、このあいだ詐欺師に騙されて持ち主の魔力が増幅する世界樹の杖とかいうただの木の枝買わされてたじゃないですか」


「そっ、それは……まちがってはいないですけどぉ…。現状魔法についての知識と力は不可欠じゃないですか、ただでさえ切迫した状況なんですから、多少のリスクには目をつぶって下さいよ…」


 そういって頬を膨らませて抗議の視線を向けてくるのは、目の前にいる、長い茶髪をハーフアップにまとめた少女だ。

 否、少女というにはいささか成長しすぎなのかもしれない。彼女はまだ成人こそしていないにしろ、その佇まいはもう立派な大人といっても差し支えないのだ。もしそう見えてしまったとすれば、それは自分が彼女の変化も感じ取る暇がないほど常に傍にいるためか、それとも彼女が時折見せる、屈託のない子供のような笑顔のせいだろうか。

 

「まあ…それは否定しません。そのお嬢の行動力と発想に助けられているのも事実ですから。…ともあれ、自分はいつも通り図書館で魔法についての学習を。お嬢はこの町で『この世界』に関する情報収集と調査をお願いします」


「ええ。ですが、お昼ごろには一端戻ってきてくださいね?家や戸籍のない方々向けの炊き出しが広場で開かれるらしいので」


 そういって彼女はにこりと笑いかける。全く、この人は自分で何を言っているのか分かっているのだろうか。彼女の元の身分を知る人が今の状況を見たら、泡を吹いて卒倒するだろう。自分も慣れたとはいえ、気持ちはそれと変わらない。目の前の彼女は、自分のそんな心配を微塵にも感じていないだろうが。

 

「自分としては橘家の次期当主であるお嬢に、そんなホームレスじみた扱いをさせるのは誠に不本意で、早くこの状況から脱却したいのも山々なんですが…我が儘を言っていられる状況でもないですしね…」


「別にわたしは大丈夫ですよ。わたしが昔から格式ばった堅苦しい生活が苦手だったのは知ってるでしょう?むしろ、今のほうが清々しているくらいですから」


「……俺の気分の問題です。あなたを守るのが、俺の使命なんですから」


 そう言って、二人で座っていたなにやら怪しい店先の階段から立ち上がると、頭を切り替えるために軽く伸びをした。ここからは集中しなくてはいけない。文字通り、自分たちの命が掛かっているのだから。

 気分をリフレッシュしたところで、後ろで座る少女に、では。と軽く別れの言葉を掛け前へ歩き出す。人の流れに乗り、目的地である王立図書館に向かうのだ。金も身分もない自分たちが手っ取り早く知識を得るにはそこを利用するのが最も効率がいい。

 そうして昨日勉強した知識を頭の中で反芻し復習していると、何やら右腕に違和感があることに気づいた。見ると、先ほどまで座っていたはずの少女が自分の袖をしっかりと握っている。なにかまだ用でもあるのかと振り返ると、少女はにっこりと微笑んでこう言った。


「絶対に、絶対に、戻りましょう。キミなら、なんとかしてくれるでしょ?」


 どこへ、とは言わない。聞かなくてもわかっている。それは、ここ一週間で自分たちがずっと悩んでいることで、加えて、どうしようもないくらいの難題でもある。にもかかわらず、見るものを奮い立たせるような彼女の瞳は、どこまでも気高く、こちらを見据えていた。その目が、自分に無償の信頼を預けるその目が、俺を捉えて離さない。俺なら当然なんとかすると、自分の隣に並び立つものなら、こんな問題対処できて当然だと、そう信じ切って止まない彼女を、裏切ることなんてできやしない。それを彼女はわかっているはずなのに。その曇りなき瞳が、果てしない重圧となって俺を突き動かすと、そうわかっているはずなのに。彼女はその目を離さない。


 ──ああ、これだ。俺はこれに、彼女のこのまっすぐな目に、どうしようもないくらい惹かれたのだ。


 無意識のままに笑っていた俺は、日高徹(ひだかとおる)は、必死に取り繕って、かき集めた、どうしようもないハリボテの身で、なけなしの光を宿した濁った目で、尊大に、不遜に、傲慢に、


「ええ、もちろん。なんたって俺は、あなたの──橘奈々恵の従者ですから」


 目の前の少女に、橘奈々恵(たちばなななえ)に、そう宣言した。

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