休日の過ごし方
暴力、女装、ボーイズラブにとれる部分があります。ご注意ください。
「…」
「おはよ、リフィア」
「……朝か」
笑顔のリンに迎えられて今日も一日が始まる。
「さ、太朗も起きて!ご飯だよ!」
≪わんっ!≫
「「いただきます」」
今日はマカロニとツナのサラダだった。マヨネーズのソースで和えてある。毎度のことながら美味い。
「今日は建国記念日でお休みだよ。何して遊ぶ?リフィアの所へ行って……」
「いや、だめだ。さいじつはおうぞくはとくべつなようじがあるんだ。おまえもてつだったことあっただろ」
「…そうだったっけ?」
「……とりあえず、シエラはこうむでいそがしいんだ。さそえない」
「そっかぁ…じゃあ、二人で市場でも行こうか!」
「またいちばか…いいおもいでがないな」
「ええー!楽しくなかった…?」
「いや、おもににんげんかんけいで…おまえはもうきにしてないのか……」
「何を―」
「おーい、リン、まだ部屋にいるかー?」
噂をすれば、というべきか。噂なんてしなければよかった。突然の訪問者は、声からしてロウだろう。
「あ、うん!今出る…」
扉を開けると、ロウだけでなくゼノの姿もあった。珍しい組み合わせだなと思うが、別段険悪な様子はない。
「なあリン、ゼノなんかあったのか…?めっちゃ気持ち悪いんだけど」
…ああそうだった。突然ゼノの人が変わったんだった。流石のロウも対応に困っているようだ。
「リン、リフィアちゃん。おはよう、良い朝だね」
「ゼノ…昨日泣いたの」
「はぁ!?ゼノが!?!…で、これになったの?」
「うん…」
ロウは驚いてゼノを二度見した。ゼノはただ微笑んでいる。怖い。
「?よくわからないが、俺はゼノだ、これもそれもない」
「お、おう…」
「きのうからこんなちょうしなんです」
「まじか…人って一日でこんなに変われるもんなんだな」
「…そういえば、二人は何しに来たの…?」
「ああ、そうそう。ねえお前さ、正直に言えよ?セドルのことどう思ってる?」
「…?どうって…Ⅻ騎士団?」
「違えよ!人としてどう思ってる?ってこと」
「人として……お金持ち?」
「それなあ…って、そうじゃねえんだよ!ムカつかね?あいつ!」
ロウは珍しく憤っているようだ。
「なにかあったのですか?」
「昨日の任務の時のことなんだけどよ…」
「俺は女を見る目があると思うんだ、どう思う?ロウ」
「…あるんじゃないですかね」
「証拠はある、何故なら僕の嫁は美しく、そして優しいからだ!」
「そうかもしれませんね」
「それだけではない、僕には魅力がある」
「確かに」
「少し街を歩くだけで歓声を浴びてしまう、罪な男だ」
「そうですね」
「そう!つまりはそう言うことだ。で、相談なのだが…」
「「「女を紹介してくれ?」」」
「そうなんだよ!すっげえむかつくだろ!!」
「…いえ、とくには…」
「?」
「共感はできなかったな」
「なんでだよ!俺だけかよ!!嘘つきどもめ!本当は苛ついただろ!?」
「けつろんがおんなのしょうかいなので…しりすぼみというか」
「もう少し酷いことを言われたのかと思ったな。もてない男に生きる価値はないとか」
「そりゃお前の話だろ!いまだに忘れてねーからなその言葉!お前に相談した俺が馬鹿だった…だからそんなことはどうでもよくて。とりあえずもう十分酷いっつーの!あいつ何回俺が遠回しどころか直接拒絶しても次の日には全て水に流してくれやがる!そのせいで毎日毎日俺はあいつの自慢の捌け口にならなきゃいけねーしあいつの自慢は女のことばっかだし実際あいつめっちゃもてるし言うに事欠いて俺に女せびんじゃねーよ!」
「…つまりしっとですか」
「……とにかく!俺はあいつにムカついてんの!で、何とか嫌がらせできないかと悩んだ結果…」
そう言うと一人蚊帳の外になっていたリンの肩を掴んだ。
「君に決めた!リン、あの憎きセドルの鼻をへし折ってくれ!」
「…僕?」
「ええ!?なんでリンをあなたのじこまんぞくにまきこむんですか!」
「リフィアちゃん!?意外というねえ俺泣いちゃうよ!…リン、悔しくないのか!?あんなにぼろ糞に言われてて…東洋人とか愚図とか木偶とか能無しとか……復讐したくないのか!」
「わたしセドルさんがいってるところをみたのとうようじんしかないのですが」
「別に…」
「そうだな復讐したいよな!お前の気持ち、確かに受け取ったぜ!」
「リンはそんなことひとこともいっていないのですが…」
「むしろ「別に…」とか言ってなかったか」
「と、言うわけで俺がいい案を持ってきた!勿論聞くよな!」
「えにかいたようなシカトですね」
「リン、今日だけはお前はリンカちゃんだ!」
「…は?」
「リンは俺の女として来てもらう。リン、お前の魅力でセドルを振り向かせろ!」
「それは…むりじゃないか…?」
突飛な話にリンの理解力が追い付いていない。俺が代わりに反論する。
「だがもうこれしかないんだ!前述したようにセドルの弱点は女!しかし女は皆セドルを前にしたが最後、惚れてしまう。じゃあ男に頼むしかない、でも女装が似合う男なんて…一番ましで俺の知り合いで単純で馬鹿で何でも言うこと聞いてくれそうなのがリンしかいないんだ!」
「いいたいほうだいですね!?だめです!リンをくだらないふくしゅうにまきこまないでください!」
「どうしてもあいつをぎゃふんと言わせてやりてえんだよ!一生癒えない傷を作ってやりてえんだよ!」
「言っていることが最低だな」
「うるせえ!お前らがどういおうとリンが了承してくれればいいんだよ!良いよな、リン!」
「別にいいけど…」
「なっ、なぜだリン!やめとけ!」
「やっぱリンだけが俺の味方だ!ありがとなリン!今度飯おごる!」
「今日は別にやることなかったし…駄目かな?」
「…まあリンがいいならとめはしないが…」
「じゃあ早速店の視察だ!」
ロウが生き生きしだした、暇だからと言って自分の体を切り売りするのは良くないと思う。まあ一回痛い目を見れば懲りるかもしれない、それを痛い目に遭ったと感じてくれるかどうかは分からないが。感じないんだろうな。
「ここが今日行く予定の店だ!」
「みずしょうばいじゃないですか!!」
「トレンドを掴むのが上手いリンにピッタリだろ!」
「しかしここは接客業が主だろう。リンにできるか…?」
「その点は大丈夫だ、俺がマイクでリンのサポートにつく。まあ大船に乗ったつもりでいてくれ!」
「どろぶねのまちがいでしょう…」
「女の人ばかりなら、僕すぐばれる気がするけど…」
「安心しろ、この店にもある秘密がある……それがお前の味方になってくれる、そして、その秘密もセドルを陥れるための材料の一つだ」
「…?」
「じゃあ俺は予約を取り付けてくるから。ちょっと待っててくれ」
「予約完了、さて、次はリンだな。実はもうリンカの設定は考えてあるんだ。俺が服を買っている間じっくり体に覚えさせておいてくれ」
「…読めない」
「わたしがよみますよ、かしてください」
「うん、お願いリフィア…」
リンから紙を受け取り、朗読する。
「『名前リンカ=アスティン。親に捨てられ、借金のカタに身売りされた悲劇のヒロイン。その時のショックで喋れなくなる。今はこういう仕事をしているがいつかは日の目を浴びられるような仕事がしたい。努力家、世間知らず、ちょっと抜けてる。大好きなものはふかしたポテト』…なんですかこれ」
「あ、ちゃんと口癖まで読み込んでくれよ?」
「…なんぺーじあるんですか…」
キャラ設定だけだろこれ。なのにこの物量…すさまじいな。
「設定は作りこんだ方がリアルだろ?全部記憶しろよ」
「……」
リンは初っ端からグロッキー気味だ。駄目な気がする。
「髪はゼノ、お前に任せた!」
「…あれ、ロウじゃないの…?」
「俺もできるけど、ゼノの方が上手いぜ。こいつ多趣味だからな」
「おまえロウにやってもらったことあるのか…」
「うん…リフィアが来る前は定期的に…」
「俺に任せろ、リン。お前を絶世の美女に仕立ててやる」
「あ…ありがとう……」
「じゃあとりあえずリンは設定を読み込め!服探しに行くぞ!」
「わたしたちもいくんですか?」
「顔見て決めたいだろ!ついてきてもらう」
「…めんどうなことになってしまった…」
「リンカ…アスティン……リンカ…アスティン……リンカ…アスティン……」
…何事にも真剣になれるのは、お前の良いところだと思うぞ。
「やっぱ設定的に露出が多いのより少なめの方がいいよな、田舎っぽい感じがあってもいい。いや、むしろメイドで攻めるか!?」
ロウは滅茶苦茶生き生きしている。まれにみる有頂天だな。まあセドルの鼻を明かせる上に今は男を女に仕立て上げなければならない、自分の腕前を試されている。そういう逆境で燃えるタイプなのだろう。
「親に捨てられて…悲劇の……喋れない…」
リンはうんうん唸りながらもなんとか覚えようとしているようだ。
「ほい、リン!全部試着してくれ!今度は嫌とか言わせないぞ!」
「日の目?」
「リン、へんじがまざっていますよ」
「おお…良いんじゃねえの!最高!つかお前無駄に似合うな!男物全然似合わねえけど!」
「サイズはこちらのほうがあっているからでしょうね」
「努力家…」
リンはさっきから50は超えたか、いろんな服をとっかえひっかえさせられてぐったりしている。お疲れ様リン、まだ終わらないぞ。
「…インスピレーションは沸いた、今すぐ部屋に戻って髪をセットだ」
そう言うとゼノはその服のまま、リンを引っ張って王宮へと戻る。ゼノも相当意欲に燃えているようだ。会計を済ませ俺たちも追いかける。
「座れ、ウィッグはもう決まっている」
「黒か?大丈夫かそれ。相手はセドルだぞ?」
ゼノが出したのは黒の長髪のウィッグだった。
「リンには黒が一番似合っている、それに、悲劇のヒロインならば黒髪だったから捨てられたという設定にすればいい」
「なるほどです…」
「うーん、ま、その設定でもいいか!とにかくよろしく!」
「「「……」」」
「好きな言葉は『明日は明日の風が吹く』…」
俺達はリンを残し絶句していた。思っていたよりレベルが高い。まあ、確かに女と並べたら中の中と言う所だが元が男と思うとギャップの分加点がある。
「…やべえ、やっぱ俺天才かも」
「化粧をしたらもっと化けるな…その前に、このぼさぼさの髪を整えるか」
「「「……」」」
ゼノとロウは後ろでがしっと手を取り合った。完成形に近づいている確かな感触がある。リンは処理落ちしている。
「じゃあ化粧だな、化粧に関しては、まさにリン…いや、リンカにぴったりな人物を招集している!カモンっ!」
「こんにちは…あっその子がリンカさんですか!よろしくお願いします」
その声に合わせて、扉から現れたのは磨羯宮アリア=ロレット=カプリコーン本人だった。
「あ…こんにちは―」
リンがそう口走ろうとした瞬間ロウが後ろ手でリンをどつく、驚いてリンは言葉を詰まらせた。
「…?」
「…リン、これは最初のテストだ、アリアを騙せ」
「!」
「アリアも騙せないならセドルにかなうはずがない、化粧をするということは全身を見るということだ。良い練習相手だ、俺達は手を貸さない、お前の女子力、見せろ!」
「僕女子じゃ……」
「じゃあ早速、化粧下地からやりましょう!リンカさんは元が良いので、ナチュラルが一番似合うと思います…!なのでそんなに時間はかからないですよ!」
「…」
リンはどう反応してよいのか、不動で反応した。ゼノがフォローを入れる。
「リンカは話せない、ほら、メモ帳を貸してやる。ちゃんと頭を下げてお礼を言うんだ」
リンははっとしてぺこっと頭を下げる。ウィッグはちゃんと固定してあり、とても自然だ。ていうかゼノ、お前耳で聞いただけで設定暗記したのか。流石Ⅻ騎士団、才能の無駄遣いだ。
「リンカさん!一緒にもっと可愛くなりましょう!」
そう言ってアリアは胸の前で拳を握った。
『よろしくお願いします』
リンは西洋語を書けないことを心配していたがテンプレートはゼノが書いておいてくれたようだ。ご丁寧に裏に東洋語で意味も書いてある。あいつのサポート体制凄いな…。
「リンカさんってどこでロウさんと知り合われたのですか?」
「リンカとは本当に偶然でね、道を歩いていた時に知り合ったんだ、黒髪だがその控えめな態度、一目惚れした、運命だと思ったね。困窮した暮らしをしていたようだから、俺から仕事を紹介してやりたいんだ、そうしたら下手な職場にあたることはない。だけどそのために化粧が必要でな、それでお前に頼んだんだ」
「リンカさん化粧をしてお仕事なんて、大人です…!私と同じくらいに見えるのに…!」
流石女の目は鋭い、まあ同い年はあっている。しかし設定では一応20歳ということになっている。お酒関係に対応するためだ。
「でも凄いです…!―あの、よろしければ今度一緒に遊びに行きませんか?お恥ずかしながら私、同年代の女の子のお友達がいなくて…一度そうやって友達と遊びに行きたいなー…なんて。迷惑ですかね?」
「あー、すまん。リンカに紹介する仕事ってのはほかの国に行かなきゃでな。丁度そこで居なくなった両親の手掛かりが見つかったらしいからそこで働きながら探したいって、リンカがどうしてもってな」
ロウの暗記力もさすがと言ったところか、その設定は357行目に書いてある。
「残念です…」
リンはされるがままに化粧をされている。別に今の所疑問は持たれていない。
「睫毛長いですね、羨ましいです…黒だから目立ちますね」
確かに。黒髪は悪手では…?と思っていたが、髪が黒だからリンの体毛は全て黒なのだった。ではゼノの配慮もあながち間違っていなかったのだ。
『有難うございます』
「ふふ…リンカさん礼儀正しいですね。可愛いです!って、年上の方に失礼ですね、すみませんっ!」
『構いません』
「リンカさん優しいです…!可愛いのにお姉さんみたい…!って、何言っているんでしょう私!」
そう言ってアリアが笑うと、リンも微笑んだ。何だこの空間…。なんか見てはいけない物を見てしまっている気がする。
「俺達…外出てるわ……」
居たたまれなくなったのかロウが先に外へ出た。俺も外に出ることにする、リンが一瞬動揺していたが俺が目で促すと覚悟を決めたようだ。ゼノも終わったら連絡してくれとだけ言い残して部屋をでた。
「何だあの……」
「…いいたいことはわかります」
「……はぁ」
ゼノは空を仰いで物憂げに息をつく、なんとなく今はゼノと通じ合っている気がする。
「いや、俺自分の才能が怖いわー…」
「リンの所作も相まってやはり来るものがあるな」
「んー、セドルに寄越すのが惜しくなってきたな…」
「ぜっっっったいに、ロウさんにはよこしませんからね」
「え、ちょ、リフィアちゃん怖いっ」
「思うのだが、東洋の男があれということは東洋の女の本気は余程だったのかもしれないな」
「ええー!その時代にお会いしたかった…その黄金時代の最後の体現者なのか…リンは……」
「……というか、それならばこのさくせんやめればいいじゃないですか」
「それは駄目だ!あいつは女の敵だ!」
「…まあたしかに、いいなずけがいるというのにおんなのみせというのは……でも、それはよりよいしそんをのこさねばならないおうぞくかんではけっこうありふれたことだとうかがっておりますが―」
「リフィアちゃん、セドルは許嫁の女以外に女と交わったことはない、新しく嫁にすることはあるが、それほどでないときはセドルは全て自分から断っているそうだ」
「えっ、じゃあいいんじゃないですか?」
「違う!セドルに一縷の望みをかける女の子達が可哀そうなんだ!」
「なるほど…?」
「…セドルと付き合った女に振られて泣いた女はいない、いや、感動して泣いた女は多数いるらしいが……セドルを恨む女は一人もいないそうだ」
「……」
「だから、俺はダイ〇ンセドルに女を取られた男達の気持ちを汲んでやってんだよ!」
「ダイ〇ン?」
「セドルと一度でも付き合った女はその後どんな男と付き合ってもセドルと比較してしまい、長く交際が続かないらしい。セドルの功績で働く女性改革が進んだと言っても過言でないという都市伝説もある」
「……けっきょく、ひがみじゃないですか…?」
「違うって!リフィアちゃん、セドルにだけは近づいたら駄目だからな!これはリフィアちゃんのことが大好きなリンのために言ってるんだからな!」
…俺は中身が男だし、過去をさかのぼって考えてもセドルの内面に対して好感を抱いたことがないから心配はない。
「…ちょっとまってください、もしかしてそれでおとこに―」
「違う!断じて違う!それはない、キモイ!」
「じゃあなんでリンに!」
「恋愛感情じゃねえって!ただの友達としか思ってねえよ!」
「ロウ?じゃあ俺がもらうぞ」
「ひらきなおらないでくださいゼノさん!」
「……いやでも、まあ…女みたいな男なら、まあ…」
「こんごいっさいリンにちかづかないでください!!ふたりともです!!」
「ちょっ!?誤解だって!リンとは言ってないじゃん!」
「さすがのわたしでもぶんみゃくでわかります!できんです!リンにほうこくします!」
「皆さん、仕上がりましたよー!」
「「「!」」」
突如開かれた扉に俺たちは平静を取り戻す。どうやら化粧が終わったようでアリアが出てきた。
「盛り上がってらっしゃるところ…すみません、でも、早く見せたかったので」
「ああいや、良いんだ。それでリン―カは?」
「リンカちゃんすっごく良くなりましたよ!…まあ、結局ナチュラルメイクになったので私の力何て微力なのですが…」
「いやいや、協力してくれただけで助かったよ、俺たち化粧の何もわかってなかったから」
「そう言っていただけると嬉しいです…では、リンカちゃん来ても大丈夫ですよ!」
「…」
そう言って、おずおずと出てきたのは……リン、だよな。…凄いな化粧、リンは完全に女として完成していた。これなら…普通に街を歩いていても問題ないだろう。
そのつつましやかに動く姿が、女装の完成度に花を添えている。
『どうですか』
「……」
「…リンカ、なかなかにいい仕上がりだ。満足の仕上がりと言える」
『嬉しいです』
リンはほころんで笑った、思わずどき、とした。
「リンカちゃん可愛いですよね!所作も私なんかよりすごく女性らしくて…!やっぱ大人の女性ですね!」
リンは期待を込めて俺を見つめた。…だから、リンカと俺に接点は全くないんだが。
「かわいいですね、リンカさま。…そして、さすがロレットさまです」
「あっ…おう!ありがとなアリア。本当世話になった、今度飯おごってやるからな」
「ええ!?良いのですか…!すごく嬉しいです!」
「じゃあ、また今度連絡するわ」
「あ、はい!リンカちゃん、頑張ってくださいね!」
「…リン、アリアにはばれなかったのか?」
「ばれては…無いと思う」
「まあ、アリアの態度から察するにそうだろうな。…呼び名もいつの間にかリンカちゃんになっていた位だ。アリアも嘘がつけるタイプではないし」
「リフィア…僕、おかしくない?」
「…いいんじゃないですか」
「本当!?良かった!」
「でもちょっとわかすぎではありませんか?20にはみえないですよ」
「あー…ま、でもセドルも20じゃないから同年代に見えたら親近感がわくだろ?大丈夫、童顔ってことにすれば…それに、20ってのはただ就労の権利が欲しかっただけの設定だからさ!」
「まあそれなら…」
「そういえばリン、言葉の数を増やしておいたから、又チェックしてくれ」
「わっ、凄い…!有難う、ゼノ!」
リンはやけにノリノリになっていた。流石の適応能力だ。案外、慣れれば乗り切れるタイプの人間なのかもしれない。
「さ、じゃあ本番だ。準備は出来てるか?」
「うん…でも、セドルさんは騙せるかどうか……」
「ま!最悪ばれたらばれたで面白いし、そん時は俺が助けてやるから心配すんな!」
「リンはやるだけやっている、それに見合う結果が返ってくる。大丈夫だ」
「…まあ、ここまできたなら、さいごまでやりきりましょう」
「よう!ロウ、元気か?お前から誘って来るなんて珍しかったな、まあ、俺はいつでも大歓迎だぞ!」
「ええ、今日は…良い店を発見したので、セドルさんにも紹介したいなぁと思いまして。まあ、恋愛のプロフェッショナルであるセドルさんには不要でしたかね?」
「ふ、別に構わないぞ。…それにしても、僕も来たことのない店だな。中々の穴場を見つけてきたな?流石だぞ、ロウ」
「はい、やっぱりセドルさんに紹介するならセドルさんの知らない店にしたいですから。必死で探してきました!」
「…すごいねこかぶってますね」
俺達はロウとリンが隠し持っているマイクから奴らの状況を確認している。…盗み聞きは趣味じゃないのだが…俺たちは先にネタバレする場所のセットアップをさせられている。
「そうか…なかなか関心な心掛けだ。話は通してあるのか?早く入れてくれ、外は寒くてな」
「はい!今すぐにでも!!」
ロウが扉を開ける音がする、女たちの歓声が聞こえてきた。
「こんばんは!『西洋の風』にようこそ!」
「ふ…成程、まあ第一印象は中の中と言う所か―それにしても、派手な髪色が目立つな……あまり好印象ではない」
その理由はロウの言っていたセドルを陥れる秘密にある。この店、従業員のほとんどが東洋人なのだ、皆、己の髪色を隠すためにカツラをかぶらねばならず、さらに東洋人だから粗悪なカツラしか買えず、髪色も奇抜なものしか残っていなかったのだろう。
「まあまあ、髪の色なんてどうだっていいじゃないですか。座りましょうよ」
「髪の色はかなり印象を左右するぞ…まあ…女は髪だけではないか」
「おーい、とりあえず水二つ」
「ねえ…二名様……あなたたち、Ⅻ騎士団の方、ですよね。どうです?ここでは、最後まで行けますけど…?」
「最後まで?まさか、ここは非規制店舗か?」
「……まじか」
どうやら、ここはロウも予想外だったらしい。さすがにロウも、復讐のためにそんな馬鹿な真似はしないようだ。
…それにしても、非規制店舗。まさか、まだ存在していたとは。
非規制店舗はその名の通りずいぶん前に法律によって規制された店舗の生き残り、特にこの店の規制部分は、男女交遊についての規制のようだ。最後まで、というのは男女の体を交わすまで出来るということだろう。これは最も醜悪とされている。
恐らく今喋ったのは口調の流暢さから西洋人だろう、初入店の客に指名も待たずに近づいたからにはこの店の大分高い立ち位置に居る存在かもしれない。オーナーとかな。西洋人が、こういう場所でしか働けない立場の弱い東洋人の従業員を違法行為に染めているのだ。
「冗談じゃない、僕は帰るぞ」
「あっ、待ってくださいよセドルさん。俺知らなかったんです、ここはそういうのしなくても全然大丈夫な店なんで、もうちょっといませんか?もうお金払っちゃいましたし…」
「……悪質な店だ、帰ったら通報してやる」
「……っ」
さっきまで楽しそうにしていたオーナーらしき女は一気に気を悪くしたのか声が聞こえなくなった。それにしても、その法律を制定した王宮直轄のⅫ騎士団に向かって言うとは中々度胸のあるやつだ。…もしかして、他に王宮からの太客がいるのかもしれないな。まあ、心当たりはあるが。
「おい、リンカを呼んでくれ」
「リンカ?」
「俺が見つけたんですけど、なかなか可愛い子なんですよ。セドルさんに紹介しようかなと思って…」
「ふん…こんなところにいる女など…ただの娼婦じゃないのか」
「そう言わないでくださいよ、まずは見てみてください」
「紹介します、リンカ=アスティンちゃんです」
「……おい」
「はい」
「ロウ!こいつ、東洋人じゃないのか!?」
「黒髪なだけですよ、それに、外面もなかなかいけてません?」
「…黒髪というのは気に入らん。あのいけ好かない猿を思い出す」
「セドルさんも視野が狭いですよ、そんなんじゃ新しい出会いなんて来ませんって。こういう場所ではチャレンジャーで行かないと」
「……まあ、髪色は許す。しかし、何故喋らないんだ」
「いろいろとあったみたいで…聞かないでやってください。あ、俺ちょっと席外しますね。リンカとお話ししててください」
「なっ、お前僕を残して逃げる気か!?」
「違いますよ、ちょっと用事思い出したんです。ちゃんと帰ってきますから!」
「…早く帰って来い」
色々と手違いはあったがやっと当初の予定に乗り始めた。リンとセドルの様子をロウが実況中継してくれる。
「ふん、お前が西洋人であろうと黒髪を染めないという気概は全く理解できないな。染めたらどうだ」
『染めた方が』
『似合いますか?』
「……まあ、似合っているのは黒髪かもな」
『でも』
『染めた方が』
『似合うなら』
『します』
「…ふ、小刻みに段階を刻むんじゃない」
セドルが軽く笑った。思ったより良い雰囲気で進んでいるようだ。
「……たく、ゼノの奴…早く帰って来い……!」
撤回。やはりそう上手くは行かないようだ。しかしこれはリンに原因というか、前提条件である店に問題があったのだ、しょうがないと言えばしょうがない―
「きゃー!!」
その時、突然大きな奇声が耳をつんざく。何が起きたのか。
「ロウさん、何が起きたのですか?」
「……まずいことになったな。巨獣だ…!」
「く、熊…!」
「いやーっ!!」
熊?熊とは食肉目クマ科の哺乳類、熊のことか…!?この国に昔はいたらしいが、今は熊などいないはず。この知識も、昔図鑑で見たことがあるというだけで…実物を見たことは俺にもない。熊といったのは東洋人の女のようだ、東洋には熊がいたのだろう。
熊は店に突っ込んでいるようだ。店のドアをバリバリと、ウエハースのように破って中に入ってきたらしい。
「きょじゅうがなぜこんなばしょに!?で、でも、セドルさんがいますよね…!」
「いや…あいつは……」
「セドルは期待できねぇだろうなぁ……」
…そうだった。
「でも、ロウさんがたすけにいくんですよね!」
「そうしたいんだが…巨獣は俺側から現れてよ、出入り口が塞がれてんだよなぁ」
「ええ!?」
リンにはこちらから通信はできない。全てリンの采配に任せるしかない。
「せ、セドル様!助けてください!!」
「嫌っ!触らないで!」
「セドル様!セドル様!」
「…ぼ、僕は……」
『セドルさん』
「ぼ、僕には無理だぁ!!」
そう言ってセドルは机の下に潜り込んでしまったようだ。ガタガタ震えていて、その様子を聞くには、たとえどれだけ力があろうとも巨獣は倒せないだろう。
「いやぁああぁぁあぁああ!!!」
ひときわ大きな声が聞こえた。どうやら、誰かが巨獣に捕らえられたらしい。
「いやっ、いやっ、食べないで……!!食べないで…お願い……!」
「やべえな…あれは食われるかも―あれ、リン!?何やってんだあいつ!」
どうやらリンは素手で巨獣に立ち向かっているようだ。店内ということで、武器は預けてあるのだ。…銃でも忍ばせてやればよかった。
『やめなさい』
リンは設定どおり、文字で会話しているようだ。馬鹿、武器もなしに巨獣に勝てるわけないだろ!さっさと逃げろ!
「やべえあいつどんどん近づいてってるぞ!」
「リンカ!何してるの!逃げなさい!」
リンの先輩にあたる女が避難を促しているようだがリンは頑として逃げない。
≪グオォォオオォォォォ!!≫
「お願い……助けて………」
巨獣はその牙で、捕らえた女に食らいつこうとしている、女はおびえてしまってもう声も上手く出ていないらしい。
「―」
リンは今にも女を吸いこもうとする上あごに右手をかけ、足を下あごに、そして縦に大きく開いた。自分より小さな生物にそんなことが行われたのだ。驚いた巨獣は女を開放する。それを見たリンはどこからその力が出たのか、女をひょいと、抱きよせたらしい。
「……あ…」
『大丈夫』
『?』
「…あ、有難うございます……!!」
「おおー、リンイケメン。ありゃ女でも惚れるわ…って、巨獣まだ動きやがる」
リンは助けた女を丁重に降ろすとゆらりと向き直った。その手には、店の飾りとしておかれていた燭台が握られていた。
≪ウオオォォォォオォオォオオォオォォオオ!!≫
リンはいつもの動きで構えた、しかし、まるでそこには刀が差してあったかのようだったらしい。
リンは巨獣の勢いをそのままに燭台で迎え撃った。熊の頭部を正確に狙った燭台は金属製であっただろうがぐにゃりと曲がってしまったらしい、が、リンは足に根が生えたかのように微動だにしなかったらしい。
≪ガ…ゴォォオオ……≫
熊はその勢いを丸ごと殺され、リンと同様に力が反作用したのだろう。それが頭に集中したせいで、脳震盪を起こしたようだ。ふらふら、と少し動いて、ズン。と倒れた。
『ごめん』
『でも、仕事だから』
そのあとリンは従業員から調理用の包丁を借り、倒れた熊の息の根を止めたらしい。
「リ…リンカ……!」
「リンカ!あんたやるじゃない!!」
一転、女たちの安堵した声で満たされる。当然だ、あいつもⅫ騎士団だからな。俺達もとりあえず息をつく。
『無事』
『?』
「うわぁああ!怖かったよぉ!リンカぁ、ありがと!!」
「リンの奴女に抱き着かれて顔真っ赤っかになってる、めっちゃうける!」
「ロウさんももうでていったらどうですか、もうドッキリはやめましょう」
「―ん?ちょっと待て」
「……」
『セドルさん』
『大丈夫』
『?』
「…リンカさん」
リンカさん?
「…僕は、目が覚めました。ああ、なんと美しい、髪の色など関係ない、僕は貴方に恋をしてしまいました!」
「なっ…なに!?」
「嘘、急展開!」
『?』
「もう分ったでしょうが、僕は弱いです。一人じゃ、巨獣も倒せません。Ⅻ騎士団なのに…おかしいですよね」
「―でも、貴方は違った。女の人なのに、一般人なのに同じ店の仲間を守ろうと勇敢に立ち向かった。貴方は美しい。…僕とは違う」
セドルはそう言うとリンの頬に触れ、いとおしそうに見つめる。しばらくして、決意を固めたかのように手を離し、目を合わせた。
「僕のお嫁さんになってください。僕にはあなたのほかにもたくさんのお嫁さんがいますが、絶対に貴方を幸せにします」
「だから、僕と結婚してください」
「……」
「え、何々!プロポーズ!?」
「きゃー!リンカ凄い!勤続したばっかだっていうのに、もう逆玉じゃん!」
「セドルさん!ご無事でしたか!?」
「―うわっ!何だ、ロウか……って、お前今までどこに……!」
「閉じ込められていたんですよ、でも話は聞いていました。ここじゃ何ですから場所を移しましょう…あ、お店の修理代金はこちらで支払いますよ、ご迷惑おかけしました。まあそのときまたゆっくり今後の方についてもお話ししましょう。とにかく、有難うございました」
「…あ、リンカ!もし駄目だったら戻ってきなさいよ!待ってるからね!」
「リンカちゃん!一回でもいいからまた顔出してね!」
「…返事を、ください」
「…」
「……僕じゃ…駄目ですか……」
『セドルさん』
「っはい!」
『私は』
『実は』
『リンです』
「……は?」
「僕はリン、だよ……ジーリアさん」
そういってリンはかつらを外した。セドルはまだ状況が呑み込めてないのか空いた口が塞がらない。
「…」
「ぶっ…ははははは!!マジですか、セドルさん…男と女の区別もつかなかったんですか?」
「……!」
俺達も現場に駆け付けた、そしてオーバーキルだとは思ったが、『ドッキリ大成功』の看板とクラッカーを鳴らした。セドルは状況を理解したのか顔を真っ赤に染めた。奇しくも、女に抱き着かれたときのリンのように。
「き、貴様!女装までして…!汚らわしい!!」
「ごめんなさい…」
「帰る!不愉快だ!!」
「セドルさーん!夜道には気をつけてくださいねー!」
「…何か、申し訳なかったかも……」
「思ったより真面目な話になりすぎたな。セドルの女の子の話とか」
「セドルさん、あれはモテますね」
「ええー!?俺は超楽しかったな!」
「…ロウさんがモテないりゆうもわかったきがします」
「え!何が原因!?教えてリフィアちゃん!」
「……リン、おつかれさまです」
「うん…ありがとう、リフィア」
ロウさんと『西洋の風』の西洋人オーナーは恋仲でしたが、非規制店舗だったとは知らなかったみたいです。この後西洋人オーナーは逮捕されました。で、ロウさんも恋仲を解消したそうです。なんでⅫ騎士団の二人に声をかけてきたのかについてのギアさんの考察は外れです。
ギアさんは必要のないリスクは負わない主義、ダイ〇ンは吸引力の変わらないやつのことです。意訳です。ふざけました。
セドルさんの家系は代々かかあ天下です。セドルさんは王族ですが公務は母と嫁がやってます。それが許されるのが『セドル』という男です。