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厄介な奴等

ボーイズラブにとれる部分があります、苦手な方はご注意ください。



「……」

「おはよ」

そう言うとへら、と笑った。リンは元気そうだ。

「…けが、もうだいじょうぶなのか」

「うん、皆のおかげ」

何がおかしいのかリンはさっきからずっとにこにこ笑っている。

「…どうした」

「どうしたって何が?」

「なんでわらってるんだ」

げし、と蹴ってみる。

「ちょっと、やめてよ…。へへ…これ見て!」

「なんだこれ―」

リンが背に隠していたらしい紙を俺に突き出してくる。それを見ると、そこには『昇格通知』の文字が。

俺は思わずリンの手から紙を奪い取る。内容はこのようなものだった。

『リン=アリエス。上記の者、日々の忠誠と敢闘を称しこの度王族騎士への昇格を言い渡す』

『これからは王族警護の依頼も任うことになるため、さらなる精進を続けること』

「ね!王族警護って…!」

「…ああ」

「ロウとゼノがね、大蛇を倒した件、話を通してくれたんだって!そしたら、白羊宮になってもう一年経つから、後一週間だけ様子を見て、問題が無ければ即昇格だって!」

「…よくやった。ほんとうに……」

なぜか涙が出てきた。年を取ると涙腺がもろくなるというが幼くなっても同じなのか。

そんな俺を、リンの体が包み込んだ。

「やったね…!」

リンの体は暖かい。暑すぎるわけではなく、森の中に射す光のような心地よい暖かさ。こうしていると、昔を思い出す。リンと初めて出会った森。

「おまえは…かわらないな……」

「そうかな?へへ…」

俺たちはしばらく二人で抱き合っていた。今日ぐらいは、許してやる。


「あ!今日は久々の休暇だよ、ねえねえ、どこか行こうよ!」

「おまえ…いっしゅうかんはようすみなんだぞ、わかってるのか…?」

「だって太朗のお散歩行きたいし…お魚買いたいな!」

そう言ってあまりにもリンが楽しそうに笑うものだから。

「…はあ。しょうがない」

俺はきっと、許してしまうのだ。



「太朗、良かったね!初めての散歩だよ!」

「そとへはなんかいかつれていっただろう…それに、タロウはもともとそとにいたんだ。はじめてではないとおもうが」

「『散歩』は初めてだよ!?ね、太朗!」

≪ワンッ!≫

「…リールとかくびわとかつけていかないのか?」

「縛られたくないもんね。それに逃げないし!」

「ほんとうかおまえ…」

≪バウッ≫

「ほら、太朗だってこう言っているし!」

「ほんとうか!?それほんとうにいっているのか!?」

「ひひ…」

「なんだ…」

「楽しいね、ギア!」

「おまえなぁ…」

「いいじゃん今日一日は!はあ…早くシエラにも会いたいね!よし、頑張ろう!!」

「たく、きょういちにちだけだ」

休暇に舞い上がっているのか?やけに上機嫌だ。まあ、確かに最近ヘビーな依頼が多かったからな。休みだと知って嬉しい気持ちになるのもわからなくはない。

そのせいか、いつもよりも数段今日のリンの顔は幼い。本当に、俺が生きていたころのように。以前のように……。

…リンの言う通り、また三人で居られる日が来たら、もっと俺たちは上手く笑えるだろうか。

腹の底から。

「はっ!出かける前に腹ごしらえしなきゃ。ギア!今日は何食べたい?」

「うどん」

「了解、ギアが食べたことのない味に作るよ!」

「…ああ」


リンの料理はやはり美味かった。毎日毎日感想飽きもせず美味い美味いと言っているがそれほど美味いのだ。うどんはやけに一本一本が短く、柔らかかった。死ぬ前に食べていた『こし』があるうどんの方が俺は好きだが…しかし不味いというわけではなく、こちらも美味い。

汁は本当に不思議な味だった。いつもより汁の色も薄かった。だが美味い。

…いつも思うのだが毎回毎回違う料理を作っていてリンは大変ではないのだろうか。

「さ、出かけようか!ギア」

「あまりはしゃいでおれをおいていくことのないようにな」

今日は休暇なので部屋を出るときはいつもの制服ではなくラフな私服で出掛ける。リンはファッションには興味がないようで前世の俺が貸してやった私服をまだ持っていた、むしろクローゼットにはその一着だけだった。本当に色々な意味で懐かしかった。こんなことになった今は俺の私服のすべてをリンに渡しておくべきだったと切に思う。

「ギアの私服も買ってこようね」

「…まあ、リンのしょうかくもきまったし…またシエラとでかけることになる、かっておいてそんはないか」

「……その時は、また太朗も一緒に行こうね」

≪アオンッ≫

「さ、でかけるぞ」

「うん!」



「…なんか、おどろくほどにどうりょうにあわなかったな」

王宮を出た俺たちはショッピングモールを散策していた。またゼノにでもでてこられたら面倒だとひやひやしていた自分が馬鹿らしく思える。

「今日はⅫ騎士団全員休暇だからね、そう言う日らしいよ」

「ああ、そうか。きょうはしゅくじつだからな」

今日は祝日、Ⅻ騎士団は全員休暇を与えられたらしい。

「どこからいくか」

「ギアの服から探そうよ!休暇なのにギアの服そのままだったら雰囲気でないからね!」

「だってタロウは―」

そう言い終えるか否か、タロウは見る見るうちに小さくなりもはやテンプレートと化してリンの服の内側に潜った。

「これで完璧!」

「…なるほど」

一本取られた。


「ねえギア!これ凄いキラキラだよ。ねえ、これ凄く大きな虎!」

「…」

リンはさっきから俺の肩を叩きながらあれやこれや言ってくる。…そういえば、リンをこの国に連れてきてから一度もこういったお店に連れて来てやったことがなかったな。そもそも俺たちが行く必要のない店だったからというのもあるが。

「ギア…ちょ、前が見えない…助けて……」

「なんださっきから……っ!!」

振り向いた瞬間半笑いの仮面の男がいて思わず絶句した。よく見るとはみ出した髪の色からリンだとわかる。

「…はあ。はずすぞ、おとなしくしてろ」

「はい…」

そう言うと見た目からもわかるくらいに肩を落とした。思わず笑いそうになったので堪える。本当にこいつ、分かりやすい。

「あっ!リン、リフィアちゃん!」

声の感じからロウだとわかる。奴も普段の姿とは違い、年齢に合ったカジュアルな服装をしている。

「お前だっせえなあ、その服ばっか着てんじゃん!普段と変わらねー!」

ロウはリンの背中をバン、と叩いた。リンはよろ、とよろける。

「私服がブラウスにジーンズって、休日でもビジネスマンかよ!」

まあそれは俺の公務中の服だったのだからそう思われたとしても仕方がないのだが。

…しかし、確かに休日に着るものとしては適していないな。同年代のロウと並んで見ると違和感が凄い。

「今日はリフィアの私服を買いに来たんだ」

「…ちょうどいいきかいです。リンのふくもかいましょう。そのかっこうではせっかくのきゅうじつもたのしめないですし」

「僕は別に……」

「良くねえだろ、じゃあリンの服は俺が買ってやるよ!」

「別に良いよ…」

「気にすんなって、先日の礼もまだだったしな!」

「すなおにあまえたらいいじゃないですか、そのほうがロウさんにとってもきがらくだとおもいますよ」

「…一枚で足りるのに」

リンは下を向いていかにも納得していない様子だ。不貞腐れている。

「おれはこのふくにする、リンはほしいふくはあったか?」

「これ…」

「お前それはないだろ!」

「美味しそうだよ…!」

リンはでかでかとFish&Tipsと書かれたTシャツをチョイスしてきた。

そこには揚げられた魚とジャガイモがこれでもかと写実的にあらわされていた。

「なんで怒るんだよ、怖えよ!」元の数を2倍に10タス2で割る元の数を引く=5

「リンはたべもののことになるとマジになりますからね」

「マジかよ…」

とは言ったものの俺も服などについては使用人に任せっきりにしていた過去がある。何かをテーマにして服を選ぶなど俺も不得手だ。

「ファッションはわたしもにがてなんです…」

「じゃあ俺が選んでやるよ、よしリン!ついて来い!」

「え、この服は…」

「あー…それも買ってやるから!」

「…!!」

「いやお前ここ最近俺が見た中で一番嬉しそうだな!」

Tシャツですっかり上機嫌なのかリンは大人しくロウに付いて行った。ロウはリンと二人でぐるりと一周している間に数十着をもうキープしていた。

「よし、後は試着してきてくれ!」

「ええ…こんなに……」

リンはその数十着をみて早くも表情を曇らせたが、あのTシャツをちらつかせると渋々試着室の中へと消えていった。


「…」

出てきたリンはカーキ色のマウンテンパーカーを口元まで閉じて、下からは白く長いTシャツをのぞかせ黒デニムを履いていた。

「おお、なかなか似合うなお前、次のも着てみてくれよ」

「…僕これが良い」

「え!?まだ何着か渡しただろ?」

「すみません、お会計お願いします。そっちの女の子の分も」

「あっ、おい!いやあの、俺が払いますから!」


「有難う…この服」

「お前それはコーディネートの方なの?それともFish&Tipsの方なの?」

「じゃあわたしたちはそろそろ…」

「あれ、どこへ行くんだ?」

「市場へ行くの…」

「市場?また珍しいところに…ああ、魚か!」

「うん」

「あ。ちょっと待て、市場って……」

「なにか?」

「市場はゼノがな…あいつ毎日お前のために魚探してるんだ。だから今の時間買いに行ったって一番良い魚はゼノに買われてるぞ」

「な、何でそんなことが…」

「ゼノお前のために魚勉強したんだってよ。今や業界の期待のホープらしい」

「ゼ、ゼノに会わなきゃ!」

「なんでそうなるんですか!」

「お前ゼノに魚貰うことに抵抗ないのか?」

「そうです、ゼノさんはさかなになにかしかけているかもしれないです」

「そ、そうなの…?」

「お前はもっと警戒しろよ…」

「でも魚欲しい……」

「…リン。いきますよ、いちば」

「でも、ゼノがいい魚買い占めたって…」

「それがどうだっていうんですか。いちばんのさかなじゃなくたって、リンがちょうりすればわたしにとってはそれがいちばんなのですが」

「…」

「それに、ゼノのせいでよていがくるうなんて、くやしいじゃないですか」

「……うん、そうだ、そうだった」

「大切なこと、忘れてた」

リンはまたへら、と笑った。そうだ、お前は笑っている方がいい。

「きょうのおまえのさかなりょうり、おれはたのしみにしてる」

「うん…!僕、市場に行く!」

「ん?結局市場行くのか、じゃあ途中まで同行していいか?」

「何で…?」

「俺も用事があるんだよ、二人の邪魔はしないからさ」

「べつにかまいませんよ」

「リフィアがそう言うのなら…」

「おお!リフィアちゃんありがとう!」


「ここが…」

市場は人々の掛け合いにより活気にあふれていた。それを見るリンの瞳も輝いている。

「凄いね…迷っちゃいそう」

「リン。たのしむのはかってだがまいごにはなるなよ」

「そ、それは…」

「はあ」

リンの手を取る。これでどこへも行けないだろう。リンは一瞬戸惑った顔をしたがすぐへら、と笑った。

「本当だ、こうしたら迷わなくていいね…!」

「おまえいっさいじにてをひかれててかなしくならんのか…」

「お前ら仲いいなー、俺も女の子と手を繋がせてもらいたいぜ」

「おや、でもロウさんはおんなのかたにモテモテでしょう?わたしなんかよりびじんがいつでもてをつないでくれるのでしょう?」

「えー、俺そう思われてんのー…?態度改めようかなあ……」

そういって本気で悩む様子のロウは、ふとした拍子に立ち止まった。

「―ま、いいや。じゃ、俺はここらへんでお暇させてもらおうかな。馬に蹴られても困るし!」

「ロウさん、ではまたおうきゅうで」

「またね…」


「…さて、おれたちもいくか」

「うん…!楽しみだね!」


「…とはいったものの、どういうさかながいいのかぜんぜんわからないな」

「これ…見たことあるかも」

「サーディン?あまりおいしいとはきかないが」

「これも、これも…見たことある」

「お、おい!」


「…買いすぎちゃった」

「それに、どうするんだおまえ。ちょうりほうほうとかきいたのか?」

「いや、聞いてはいないけど…なんか頭に浮かんでくる…だから多分、大丈夫」

「……まあ、おまえがかまわないのならばおれもかまわないが…ん?」

ふと、通り過ぎた視線の中にロウの姿を見受けた。ロウも市場に用があると言っていたから当たり前なのだが。

なぜあんな隅の方にいるんだ?

「…かんがえすぎか」

「?どうしたのギア」

「いや、なんでもない」

何も買うものがないのであれば隅の方に居ても何の問題もない、むしろそれはマナーとして正しいと言える。ただ、少し引っかかることがあったから余計気にかかってしまうだけだ。

「…そろそろかえるか」

「そうだね!下ごしらえもしたいし…ギア、絶対魚の印象変わるから楽しみにしててね!」

「ふ…じゃあたのしみにしている」

≪ワンッ≫

「わっ、だめだめ!ごめんね太朗、まだ出ちゃいけないんだ…」

≪クゥン…≫

リンは太朗の顎を指の背で撫でている。太郎は気持ちよさそうだ。

「太朗にもとびっきり美味しいの作るからね…!」

≪ワンッ!≫



「はーい!ギア、お魚のテリーヌ柑橘ソース添えだよ!」

「テリーヌなんてしっていたのか。…ソースもちゃんとおれにあわせてあるのか」

少し舐めてみると、程よい柑橘の香りが感じられた。

「ギアと太朗は、食べられる量と食べられる物に制限があるからね。太郎はいつものご飯に加えてちょっとだけ食べてね!」

≪ワォン!≫

「…うまいな」


「良かったぁ!生臭くない?」

「まったくきにならなかった…」

「へへ、嬉しい…」

魚がこんなにも美味しくなるとは……この味を知らないだろうシエラにも、早く食べさせてやりたい。

「……このいっしゅうかんがしょうぶだ、きをつけろよ」

「うん!」

≪ワンッ≫



「…リン?」

夜中にふと目が覚めた。闇に目が慣れてくると隣に寝ているはずのリンがいないことに気づいた。

「リン?」

タロウを起こさぬようにゆっくりと部屋を出た。

室内をくまなく捜索したつもりだが、リンの姿はなかった。

「どこへいったんだ…?」

このまま寝てしまうことも考えたが、この一週間は特に大切な期間なのだ。またおかしなことをしていても困るので面倒だが探しに行くことにした。…さすがにこの時間に王宮の外には出ていないだろうから、俺でも探しに行ける。


王宮内を少し歩くと明るい場所を発見した。誰かいるようだ。

…漏れてきた声はリンの声だった。

はあ、とため息をつき出て行こうとする。が、そこで疑問が浮かんだ。

この声はただの独り言なのだろうか、リンは一人でいるのか?

確かに、気分転換に部屋を抜け出した可能性も…いや、ない。あいつは一人でいるならばたとえ同居人がいようとも自分の領域が一番落ち着くやつなのだ。だから、一人でこんなところにいるとは考えにくい。だから、多分もう何人か、リンの傍に居るのだ。

出ていくべきか、いやしかし、何かはっきりしないのに出ていくのはまずい。

…俺を起こさなかったということはリンのみに目的があったということだ。そういう場合は結構ある。今日の朝リンが突然俺に昇格を告げたように。

そう言う場合のほとんどは重要な連絡だ。重要だからこそできるだけ知らせる人数を限りたいからだ。だから、もしそういう連絡だとしたら今出ていくことで途切れさせてはいけないだろう。

まあだが逆にどうでもいい場合があることも事実だろう、同僚が真夜中に突然訪問してきて、わざわざ俺を起こすのが忍びなかった、もしくはゼノのような輩に無理やり連れだされた。という場合も十分考えられる。

それを判別したいのだがリン以外の声が聞きづらい。余程手慣れた人物なのではないか?

「…」



俺は、迷った結果部屋に戻っていた。同僚にせよ俺を起こさなかったのだ、俺が入って邪魔するのも無粋だろう。最悪ゼノだったとしても、奴がリンのことを思っているのは確かなようなので明日の任務に支障がない時間には解放してくれるだろう。

それに、手慣れた人物ならばそう言った機関の者である可能性が高い。俺は部屋に戻ってただただリンの帰りを待っていた。



ガチャ、という音で再び目を覚ました。…いつのまにか寝てしまっていたのか。しかし、遅すぎではないか。夜は明けていないが、薄明るくなってきている。あれから一時間以上は経っているのではないだろうか。

「リン…」

「あ、起こした?ごめんね」

「……べつに。どこいってたんだ」

「…ゼノ……」

まだ暗い室内でリンの顔はよく見えない。まあだが、ゼノだったのならば顔を出さなくてよかった。

「横、入るね……」

「ああ」

隣に入ってきたリンは暑かった、汗をかいているようだ。

「おまえ…あせかいてるぞ、あつくるしいからきがえてこい」

「そう…?ごめん……」

そういうとリンは大人しくベッドから出て行った。しばらくして、またリンが入ってくる。

リンは横になるとすぐに寝息を立てた。余程疲れていたのだろうか。まあ、こんな夜中にゼノの対応に当たっていたのだから当然か。

「おやすみ、リン…」

「……」



「…」

俺の方がリンより先に起きた。珍しいこともあるものだ。

「おい、きょうもにんむじゃないのか。このいっしゅうかんはとくにだいじなんだ。なまけてはいられない」

「…ううん……もう朝か…」

「『もう』とかいっているばあいじゃないぞ。にんむにいくのだからはやくしたくしろ」

目覚めたリンはぼけっとしている。昨日ゼノにかまけたせいだ。

「リン、ゼノによなかによびだされてもいくな。いまはだいじなじきなんだ」

「あはは…」

「…リン?」

「ん?どうしたの、リフィア」

「おまえ……いや、なんでもない」

少しだけ、悪い予感がした。今は大切な一週間だから、少し神経質になっているだけ…だろう。



「…」

今日もふとした拍子に目が覚めた。リンがいなかった。

「…あれだけいったのに。またか…?」

すると今度はすぐにガチャ、という音が聞こえる。今日は早かったな…いや、俺が起きた時間が遅かったのかもしれない。時間が分からないからどうともいえない。

「リン」

「…ひぃ、ひっ」

「…リン?」

蛇口を力強くひねる音が聞こえた、その瞬間―ごほっ!ごほっ!と強い咳の音が聞こえた。

それには思わず、タロウも起きたようだ。

「おい、だいじょうぶか」

≪クゥン…≫

暗闇の中でひゅー、ひゅー、とまるで笛のような音が響く。

電気をつける。リンだった。

「…うっ」

「―リン!」

俺は慌てて駆け寄りリンの背中をさする。リンはまだ嘔吐いている。その合間に息をしようとしてまた咳き込み咳き込んでは嘔吐くをしばらく繰り返していた。


「…リフィ、ア……ありがと…太朗も……」

数十分後、ようやく落ち着いてきたリンはへたり込む。

「おまえこんなになるまでどこでなにをやっていたんだ!」

「……ゼノ…」

余程後ろめたいのかリンはうつむいたままだった。

「ばかか!おまえは!!いまがだいじなじきだと、なんかいいったらわかるんだ!!」

「……」

「…っ!もういい、あしたもはやいんだろ。ねるぞ」

「…うん」

腹が立つ。何に腹を立てているのか?リンが大切な時期だというのに自覚を持たないから…。俺が禁止したというのに、いざゼノに呼び出されたら行くのか?

イライラする、何だ、この気持ちは。くそ…。



「おい。リン」

「……」

≪クゥン…≫

「リン!」

「…うん……もう朝……?」

「あさだ、おきろ!にんむなのだろ、きょうも」

「うん…」

リンはいかにもだるそうにゆっくりと立ち上がると着替え始めた。

「おい、めしは?」

「冷蔵庫…」

「おまえはくわないのかときいているんだ」

「うん…お腹一杯だから…」

「…そんなわけないだろうが」

吐き捨てるように言った俺の言葉はリンには届いたのか。取り敢えずリンはそのまま顔を洗いに洗面所へ向かってしまった。

今日のご飯は『しらす』という一匹一匹が俺の指くらいの小さい魚をすりつぶして団子にしたものであった。リンと二人であの休暇の日に作った物だ。



「なんだそれは。ちいさいさかなだ」

「しらすって言うんだよ、もうゆでてあるからギアでも食べられるよ」

「…あじがない」

「ギアは幼児だから実際に料理にするときに味付けすれば良いかなと思って」

「ふーん、すりつぶすのか」

「ギアがかみつぶしやすいようにね。これを丸めて…」

「…」

「ギアもやる?」

「すこしきょうみがある」

そうするとリンは俺の手に収まるほどの量を渡してくれた。

「…むずかしいな」

「へへ、ギアより僕の方が上手」

「いまはようじなんだからしょうがないだろう!おれがいぜんのすがたなら―」

「じゃあ今のうちに思う存分味わっておこうかな。ギア下手っぴ!」

「なんだと!この!」

「わっ!やめてって、もー…」



「ふん…」

ぱく、と団子を一つ口に入れる。

「ごはん、おいしくないぞ…」

そのつぶやきも、リンの水を勢いよく出した音にかき消された。



「…あれ」

目を覚ますと、朝だった。

「リン……っ!?」

隣を見ると、リンの姿がなかった。俺の声でタロウがドアの向こうから現れる。

≪クゥン…≫

「…そっちにも、いないのか」

昨日は、任務が終わって、二人で帰ってきて、寝た。それから―

≪キュウゥン≫

「ここでまっていろ。おれがさがしにいく」


十中八九、ゼノの所だ。あいつ、本当に懲りないようだ。一度本当に言い聞かせる必要がある。足が無意識に早まる。ゼノの部屋の前に着いた。

「すみません、おきていますか?」

「…いるすしようとしてもむだです。こちらにはおうたいしていただくけんりがあります」

「……いつ見ても憎たらしい雌豚だ。リンがいないお前に価値などない、去れ」

「リンがいないのは、あなたのせいではないのですか」

「は?」

「お、リフィアちゃん。ゼノと一緒なんて珍しいな」

「ロウさん…リンがいないんです」

するとロウはさらっと思いもよらない言葉を発した。

「リン?リンならもう任務へ行ったぞ」

「えっ」

「ちっ、雌豚がよく確かめもせず俺を疑いやがって。晴れ晴れとした朝に、不愉快だ…」

ゼノが爪を噛む。そんな、リンが俺に断らずに任務へ行くなんて…。

「用が無いなら帰れ。邪魔だ」

荒々しくゼノが扉を閉める。バンッ!と強い音が響いた。

「こっわ…。まあ、リフィアちゃんは悪くねえよ。つっても、何の話だったかは知らねえけどな!」

ロウは俺の頭をポン、と叩いて。去って行った。

「リン…なんで……」

後には、俺一人が取り残された。



「…」

夜、俺は一人部屋の中で待っていた。冷蔵庫にはリンがもしものために作ってある常備菜がたくさんあるから食べ物についての不足はない。だが…

「なんでかえってこないんだ…」

リンは帰ってこなかった。あいつのことだから、死んだなんて、ないとは思うけど。

でも、不安になる。幼児化したら、心まで弱くなったのだろうか。久しぶりの孤独は辛くて苦しい。嫌なことばかり想像する。

「リン…」



「…」

リンは帰ってこなかった。また一人の朝を迎える。

「たく、あいつは…ちゃんとにんむにはでているんだろうな」


冷蔵庫から冷えた常備菜を取り出す。温めて口に含む。

「ふん…リン、きょうもおまえのめしはまずいぞ」

しんとした空間にただその声が響く。

「…はやくかえってこい」



その夜のことだった。

ガチャ…

「!!」

その音で思わず跳ね起きる。玄関までかけていくと、暗闇に、人影がうずくまっていた。

「リン…?」

呼びかけると、人影はもぞ、と動いた。

「リフィア…どうしたの。こんな時間まで起きてたの?」

「…おまえっ」

「いてっ、痛い、やめて…はは、痛いよ……」

生きている、リンの体は暖かい。触れる、リンの体は柔らかい。

「おまえ、いままでどこでなにをしていた…!」

「ちょ、ちょっと待って……まず、寝かせて…限界……」

リンは俺をひょいと担ぎ上げるとふらふらとベッドまで歩いていく。

「おい。はなしはまだ…」

≪ワンッ≫

タロウもリンの脚にすり寄っている。リンはタロウも、もう片方の手で拾い上げた。太郎はリンに顔を擦り付けている。

「太郎も起きててくれたの…?有難う……」

≪アォン…≫

タロウは久々のリンの感触にとても気持ちよさそうだ。

「リフィアも…一緒に寝よう?」

「…はあ」

もうどうでもいいか、確かに眠い、こいつの阿保面を見ていたら余計その気持ちが促進された。

やがて、ベッドまでついた。

「おやすみ、リフィア…」

「……おやすみ」



「おはよう、リフィア」

「…」

リンは居た。笑顔で俺の目覚めを迎えている。

「ご飯作るね」

「あ、おい。リン―」

俺の呼びかけには構わずリンはそのまま食卓へ行ってしまった。

「…きのうからなんなんだ、うしろめたいことがあるからにきまっているが」

俺はリンのあとを追いかけた。

「リン、きょうのめしは」

「…」

「おいリン!」

「えっ、何?」

「きょうのめしは?」

「あ、今日は焼き魚だよ。今身をほぐすからね」

そう言うとリンは『はし』を使って魚の身を骨から外し始める。上手いもので、瞬く間に身はほぐれていく。

「これくらいなら大丈夫かな?」

「……ああ。うまい」

「良かった。へへ」

リンは笑った。なにか、凄く久しぶりな気がしている。

「きょうもにんむか?」

「うん、今日はフリードさん。あ、でもリアンさんでもあるのか」

「あいつらはそうぎょきゅうってよべばいい、ほんにんたちいがいだれもわかっていないのだから」

「そう…?」

「まあ、ちゃんとにんむにいっていたのか」

「勿論!」

「というか、なぜかえってこなかったんだ」

「…あ…それは……」

「かえったらゆっくりはなしあおうじゃないか」

俺がにやにやしながら言うとリンは困ったような表情で応対する。

今日の飯は美味しかった。



「はあ…疲れた……」

「おまえ、きょうはうごきがあらかったな。まあにんむがせいこうしたからまだよかったものを…めいれいがきこえていなかったのか?」

「……」

先程双魚宮にしっかり絞られたのが効いているのか先ほどからリンの表情はさえない。

「…まあはんせいしているならおれからはこれいじょうはいわないが」

「…うん…」

「しかしそうぎょきゅうもいいすぎなところがあったとおもうぞ。けっきょくにんむはそうていとはちがえどそうていとちがったからこそさいこうのかたちでかんけつしたし…まあ、そんなにおちこまなくてもいいぞ」

少し甘すぎるか?リンと久々に一緒に任務に行ったせいか少しリンに対する評価が甘めになっているのかもしれない。

「…ありがと、リフィア……」


「あれ?おまえへやにかえらないのか?」

「うん…ちょっと頭痛がひどいから医務室行って診てもらってくる……」

「おい、だいじょうぶか?」

「明日の任務には出られるようにするよ…」

そう言うとリンはそのまま医務室側へと歩いて行った。あいつ、頭が痛かったのなら俺に言えば良かったのに。まあ、あいつはそう言う気がある、昔からこんなことたくさんあった。

医務室には基本用のある者以外は入れないようになっているので俺は待つことしかできない。

俺は先に部屋に帰っていることにした。



「…おそいな」

リンはまた帰ってこなかった。

もしかしたら何かひどい病気だったのだろうか。分からない。もしそうだったとしたらと思うと、連絡もし難い。

「…さきにねるぞ」

その声は静かな寝室に響いた。



「…」

昨日は帰ってこなかったようだ。寝床には俺と、同じく残されたタロウしかいなかった。

「たく…ほんとうににんむにはいけたんだろうな」



夕方ごろ、それは起きた。

「おい雌豚!ここを開けろ!!」

「っ!?」

ゼノの怒号で現実に帰る。もう日が暮れていて相手の顔が見えないくらいの時間だ。

「な、なんですか…」

「リンはここに居るのか!?入らせてもらう!」

扉を数センチ空けるとその間に指を挟み無理やりこじ開けられる。ゼノはそのままずかずかと部屋の奥へ進んでいく。

「ちょ、ちょっと!」

「…居ない……じゃあ、どこへ……」

今度は素早く部屋から出て行こうとする、俺はその手を掴んで引き留める。が、強い力で振り払われて背中を棚に打ち付ける。

「ぅぐ…!」

「触るな雌豚、俺は忙しい。リンがここに居ない今お前に用はない」

「リンは…きょうはあなたとにんむだったのですか?」

「ふん、知らされていなかったのか。哀れだな」

「リンはにんむにきていないのですか?」

「…」

「なんで…」

「俺に聞くな。知りたいのなら、自分で調べるんだな」

そう吐き捨ててゼノはどこかへ去ってしまった。

そうだ、俺は今まで何を考えていた、何を疑っていた。おかしいだろ、あのリンがこんなに帰ってこないことがあるなんて。

追求すべきは、リンではない。リンではらちが明かない。はぐらかされて終わりだ。すっかりゼノだと思っていた。ゼノであってほしかった。でも、違う。第一、ゼノならばリンは俺に言うはずだろう。

俺は誰を疑い、誰を信じていた。

信じるべきは、シエラと、リン。疑うべきはそれ以外のすべて。

誰も信用するな。身内すらも敵だと思って生きてきた中で、シエラはもちろん百パーセント信用している、だがリンのことは実をいえばそれ以上に信頼している。

リンは俺に嘘はつかない、そう幼いころに約束したから。幼いころの約束が有効なのかだって?馬鹿を言え、リンはそれを証明し続けているのだ。

どんな目に遭っても、リンは俺の傍で俺たちを守り続けた。誰もが見捨てる場面でリンだけは誓い通り俺たちを守り続けた。そう、約束したから。

「リンはゼノとはいったが、ゼノがリンをこうそくしていたとはいっていない」

「いえなかったんだ、リンはおれにはうそがつけないから」

ゼノじゃない、他には、他には何か…リンは何かヒントを出していたか……いや、リンはそんな器用なことが出来る奴ではないな。

…なんとなく、分かってはいた。

怪しんではいたのだが、怪しまないようにしていた。Ⅻ騎士団に、味方は多い方がいいから。

「…」



やはり昨日もリンは帰ってこなかった。

想定内だ、すべて。

今日のために、しっかりと昨日は寝ておいた。

「いまたすけにいく。リン」


「タロウは―」

≪ワンッ≫

タロウは瞬時に小さくなると俺のポケットの中へ滑り込んできた。どうやら、タロウも居ても立っても居られないようだ。

目的地へ向かう前に、寄らなければいけない場所がある。俺一人ではできない、だから今なら確実に協力するだろうあいつを呼びに行く。

まさか、あいつに協力を頼む日が来るとは思わなかったが。


「…なかにおられますよね、でてきてください」

「……」

「あなたもわかっていますよね、リンがどこにいるか…そして、ひとりではリンのもとまでたどりつけないこと」

「……」

「きょうりょくしましょう。あなたにそんはないはずです」

「…」

「いいですよね、ゼノさん」

そう言い終えると扉が少し開く。

「…俺に頼むとはいい度胸だな雌豚」

「ゼノさんだって、このままでいいんですか?」

「……」

扉の隙間から刺すようなゼノの視線が俺を射抜く。

俺はそれでもゼノから視線はそらさない。

「条件付きだ、リンに関しては等価交換だが、俺はお前に頼まれることで不愉快を被ったからな」

「…じょうけんはなんですか」

「俺とリンの任務にはお前はついてくるな」

「わかりました、いちどにかぎりわたしはふたりのにんむにどうこうしません」

「……」

「いちどです、それに、そんなやくそくリンにつたえればなかったことにするのもわたしにはかのうなのですよ。よくばらないほうがけんめいなのではないでしょうか?」

ゼノは表情一つ動かさなかったが廊下に出てきた。それは了承、ということだ。

「…まあいい。時間をかけすぎるとリンが可哀そうだからな」

「…」

俺たちは目的地へと向かう。共通の敵を前に、言葉などいらない。



「はーい、何か御用かな?」

「…ロウさん」

「うわっ、リフィアちゃん。女の子が一人で男の部屋を訪ねるなんて褒められたことじゃないなあ、何か御用かな―」

「しつれいします」

ロウの腕の下を潜り抜けて、ずかずかと室内へ入る。

「あっ、ちょっ―」

俺を掴みに来た腕が寸前で止まる。

「邪魔をするな」

「ゼノ?なんでお前が―」

「リンっ!へんじをしろ!」

扉を開いていくがどこにもいない。いや、リンを監禁している場所が部屋だとは限らない。

ユニットバスの扉を開く、すると水の張られていない浴槽でぐったりとしていつもより痩せて白く見えるリンが制服を半分脱がせられた状態で寝ていた。見えた肌には、注射痕が浮き出ていた。

一瞬死んでいるのではと思ってしまったが脈を測ると微弱だがある。良かった……。

リンは俺が触っても反応一つしない。しかし眠っているリンは苦しそうな表情をしている。決して、いつも布団の中で幸せそうに眠っているあの阿保面ではない。

「リン…」

「見つかっちゃったかあ…」

「っ!?」

振り向くと、肩を押さえたロウが立っていた。

「いってえ…あいつ、正確に急所を狙ってきやがる」

「ゼノさんは…?」

「ちょっと黙っててもらった。取り敢えず、見られちゃったからにはリフィアちゃんにも協力してもらうしかないかなぁ」

「協力…?」

「リフィアちゃん。このことは黙って、今すぐ部屋を出てくれるかな?」

「リンはちゃんと任務に出すから。それならいいだろ?」

「そういうわけにはいきません、このままだと、リンがしんじゃいます!」

「は?」

びり、と空気が急激に変わる。失言だったようだ。

「…ああ、ごめんねリフィアちゃん、でもね、死なないよ?ちゃんと、死なない程度に調整してあるから」

ロウはパッと表情を元に戻し、元の調子で話す。

死なない、死なないとしても、任務に出すとしても…許すわけにはいかない、リンにはシエラの護衛についてもらわないといけないし、俺はその傍に居なければいけない。そうでないと、『三人で』は実現しない。

「だいいち、そんなのリンがゆるしたんですか!」

「リンには聞いていないけど、でもリンは許すよ、それ以外ありえない。俺の言うことは何でも聞くから」

「…リンはわたしのいうことだってきいてくれます!」

「ああそうだね、じゃあ……―いや、もういいや」

ロウは俺の腕を無理につかもうとする、その眼はいつかのゼノのように、鋭い。

「―っ」


パンッ

「…驚いたな」

「……」

「リンっ」

リンが脊髄反射的に起き上がり、伸びたロウの腕を振り払った。リンは意識があるのかないのか、しかし俺の声にも反応していない。

「薬、足りてなかったかな?今日の分がまだだったから?もうまともには動けないはずなんだけどな」

リンは肌を半分あらわにしたまま浴槽から出て俺の手を引き背に隠した。

「なんか、今のリンエロくない?自覚ある?ああ、意識無いか」

「リン…」

リンの手を握る。リンの手はとても冷たく生気がない。

リンはこんな時でも、俺を守ってくれるのか。

…そうだ、リンは俺を守ってくれる。俺を守るために今動いたんだ。じゃあ―。

「ゼノさんをたすけにいきます!」

そういった俺にロウはハッと我に返った。

「待て―」

やっぱり、リンがロウの手を掴み俺の道を開く。

「リン…!邪魔しないでくれる!?」

「ゼノ!どこにいるんだ!!」

「ここだ雌豚!早く開けろ!!」

ドンッ!と大きな音が響く。よく見ると壁の一部の色が違う、どうやらここにロウが閉じ込められているようだ。ちょっと押すと壁が押し込まれた、裏に閉じ込められていたのであろうゼノが飛び出してくる。

「くそ、あいつめ…こんなの部屋に取り付けられたのか……」

どうやらゼノは別のことにも感心しているようだ。妙なところを学ばないでほしい。

「リンとロウがまだあっちにいるんです!たすけてください!」

そう言い終わらないうちにゼノは浴室に駆け出して行った。


「…」

浴室に行くと、なかなか混戦していた。

膝をついてされるがままになっているリンの手首をロウが掴み、その手をゼノが掴んでいる。ロウとゼノは互いに目を合わせお互いに威嚇しあい、膠着状態を保っている。

「その手を離せ、リンが苦しがっているだろうが」

「…どの口が言っているんだか」

「お前…リンに薬を盛っただろ。こんな症状、薬以外ありえない」

「くすり…」

「リンに薬は必要ない、お前の目的は副作用の方だな。副作用目的で薬を使用するなど…」

「……あのさ。一つ言っていい?何が悪いの?」

「開き直るつもりか!お前!!」

ゼノがロウの襟首をつかんで締め上げる。ロウはそれでもリンの手首を離さない、そしてやけに落ち着いている。一つ息を吐くと脱力的に話し始める。

「リンは拒否しなかったじゃん、言っとくけど、一週間前からこれは始まってた。拒否するチャンスはいくらでも与えてあげたよ。でもリンは拒否しなかった。俺を受け入れ続けた」

「「!?」」

「祝日の夜中、あの日から。リフィアちゃんも、あの日あそこに居たでしょ?」

「…あのとき―」

「そう、リンと話していたのは俺。リンはリフィアちゃんには気づいていなかったみたいだけど、俺は君の隠れている側を見ていたからね」

「聞かれたら困る話じゃん?途中で帰ってくれて助かった。早く話をつけないとリンの眠気の限界が来ちゃうところだったからね」

「……」

「俺は服用したらどうなるかも言ったよ、でもリンは受け入れ続けた。どんなに体調が悪くなっても」

そう。リンは、何でこんな時期にそんな危険なことを…。俺にも相談せずに、一人で…。

「どうでもいいな」

ゼノは汚物でも見るような目で吐き捨てた。

……そうだな、確かに、どうだっていい。俺たちはリンが間違っていると、そう判断しているのだから、リンを助けたいのだから。

「……はは、そうだな、俺もお前の意見なんてどうでもいいよ」

「俺はリンの為にお前をぶっ飛ばす」

ビリ、と空気が凍る。立っていられなくなるほどの恐怖を感じたが、何とか踏みとどまる。

「リンの為…?はっ…ははははは!さっきから、本当…笑わせんなよ……笑えねえから」

「…」

どうすればいい、どうすればいいのか。今の俺では二人を仲裁する力はない。かといってリンは俺のピンチでしか動けない。

「……」

戦いの火ぶたが切られる。瞬間。

俺のポケットから何かが勢いよく飛び出した。それは、タロウだった。

≪アォンッ!!≫

突然の乱入者に驚いたのか二人の手は止まった。そのままタロウは小型犬のサイズになりリンの懐に潜り込んだ。リンの体を気遣うように、子供の毛づくろいをするように丁寧に毛づくろいをした。

「犬…何を……」

「っ!」

ロウは何かに驚いて急に掴んでいたリンの手首を離した。支えを失ったリンの手はそのまま重力に従い地面にぶつかる、と思われたがそれはゆっくりと、意思をもって地面に着地した。

「…うぅ……太朗…」

「リン!?」

「その声……リフィア…?」

意識が朦朧としているのか頭を押さえながらリンは周囲を確認し、どうやらロウとゼノの存在にも気づいたようだ。

「ロウ…あれ、ゼノは何で……」

「リン!体は大丈夫か!?」

「うん…?体…わっ、ひゃっ、えっ、何で、何で僕はだけてるの…寒……」

リンは何事もなかったかのように能天気なふるまいを見せる。その場の俺たちも毒気を抜かれてしまって先ほどまでの緊迫な空気はどこ吹く風となった。

「リン…病み上がりなのに心配だ、俺の上着も貸そう」

「何が、心配なの…?病み上がり…?」

記憶喪失にでもなってしまったのかと心配になるほどの呆け具合だが本当に大丈夫なのだろうか、これも薬の副作用か?いや、通常運転のようだ。

「リン…いまどういうじょうきょうなのかわかっているのか?」

「なんか、えっと、二人が喧嘩しそう、かな……?」

「まあそれがわかっているならいいが…」

「えっと…喧嘩、駄目。絶対……はは」

「……」

リンにやんわりとなだめられた二人は罰が悪そうにしているが殺気は完全に収まっていた…って―

「いやおかしいだろ!」

「?」

「リン、おまえこんなあっさりとゆるすのか!?」

「……駄目か…?」

「ほんきか…ほんきなのか……」

俺はもうなんか、疲れた。

何はともあれ、解決したら眠くなってきた。

「あ、リフィア…こんなところで寝たら風邪ひくよ。あ…じゃあ、僕もう帰るね……太朗、おいで。追いかけてきてくれて有難う。ロウ、またね」

≪アオンッ≫

「…ロウ。今日はリンに免じて無しだ―リン!俺も帰る、部屋まで一緒に帰ろう」

「う、うん」


「……はぁ」

「適わねぇわ」



「ギアっ!」

「っな、なんだ!?」

朝から騒がしい声で強制的に目覚めさせられる。

「昇格…昇格した!!」

「…おお」

「最後の日はちょっとやばかったけどロウが監督官だから勘弁してくれたんだ」

多分あの態度から察するにロウはその日を狙ったのだと思う。もし今回の件でリンがロウを嫌ってしまったときに恩を売れるように、ああは言っていたが、ロウなりにやはり予防線を張っていたのだろう。結局そんなもの必要なかったし、無邪気な顔で言うこのリンを見ていると、そのロウの真意には気づかないのだろうと思った。

「…これでシエラに…!」

「……そうだな」

まあ、色々ともやもやする結論だったが。終わり良ければ総て良しか。

「じゃあ、これからはもっとがんばらなければ…」

「うん…!」

「おーい、リン!今日は式典だから迎えに来たぞ、一緒に行こうぜ」

「推薦者は俺だからな、送迎の義務がある」

「俺もだろ!さらっと記憶の改竄すんな!」

「あ、うん。今行く…リフィアも行こうよ」

「だんじょうにたてるのはじゅうにきしだんのみだ。おれはきゃくせきでみているよ」

「そうなの…?」

「そんなふあんそうなかおするな、おまえはなんかいもだんじょうをけいけんしただろう、だからだいじょうぶだ」

「…うん」

「いってこい」

「うん!」


「お、リフィアちゃんおめかしして、可愛いなぁ!」

「…ありがとうございます」

何故だろう、素直に喜べない。

「二人とも、有難う、迎え……」

「礼なんて良い…お前が望むなら、俺は毎日でも迎えに来る」

「リンは立ってるだけで良いんだからそんな緊張すんなって」

「うん…」

三人は昨日のことなど無かったかのような調子だ。俺がおかしいのか?

…まあ、だからこそリンは一人でもこの地位までこれたのかもしれない。これは、リンの良いところでもあるのかもしれない。はあ…俺にしては気苦労が絶えん。やはり俺の信用しているのはシエラだけで信頼しているのはリンだけだ。

「リフィア…?」

「リン、おまえはあるいちめんにおいてはおれよりまさっていることをみとめる」

「え、やったぁ!」

「いちめんだけだ、かんちがいするな」

「僕も、リフィアが九十九面において僕より勝ってること認めてるよ」

「…あたりまえだ」

「へへ…」

「…たく」

太郎はちゃんと礼儀を弁える犬なので流石に女の子の服の中には潜りません。

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