厄介な奴
ボーイズラブにとれる部分があります。苦手な方はご注意ください。
「―リフィア」
「……」
「おはよう」
「…おはよう」
≪ワンッ≫
「あ、ごめんね。今ご飯作るよ。…リフィア、今日も任務だから早く起こしたよ。ご飯食べよう」
「わかった……」
「…けっきょく、おおいぬもきょかされたのか」
「うん…ロウが話をつけてくれた……はは、くすぐったい」
リンはタロウに存分に体を擦り付けられている。
「きょうはだれとにんむなんだ?」
「金牛宮の…」
「…なぜおまえはまためんどうなやつとくむんだ……そんなにめんどうをみてくれるのならばロウといっしょのにんむにしろ。ぜんかいのにんむのように、まいかいうまくいくわけではない」
「……そうだね」
「まあ、きんぎゅうきゅうならまだましか…あいつはおんなさえいなければじょうしきじんだからな」
「…そうなんだよね………やっぱそうだよね…」
「?」
「それより、今日はマッシュ芋粥だよ」
「なんだそれは…」
中々独特なネーミングだがその実態はマッシュされた芋とミルクでふやかした米が混ぜられたもの。…俺に合わせて作られているからか見た目はおよそ食欲を掻き立てられない、味は…。
…どんなに高い既製品よりも今作られた料理が美味い。こう感じるようになったのはリンと出会ってからだったのだろう。
「太郎と僕はポテトステーキだよ」
≪ワフッ≫
太朗はリンから飛び降りるとはふはふと食い始めた。
「…おまえ、いぬとおなじものくって…いわかんないのか?」
「?…あっ!ちゃんと太郎のは味つけてないからね!」
「そういうことでは…まあ、おまえがきにしていないならべつにいいが」
確かに、美味そうだしな。
「「ごちそうさまでした」」
≪クウン…≫
「太郎は此処にいてね、太朗のこと巷では有名だからまだ大手を振って歩けないんだ…」
「―あ、そうだ!お土産買って来るよ」
≪ワンッ!≫
タロウは尻尾をぶんぶんと振っている。タロウは本当にリンが好きなようだ。
「じゃあね、太朗。行ってきます」
「ん?あれはロウではないのか?」
「…あ、本当だ……」
前方を見ると、何やら誰かと話し合っている様子のロウが見えた。
話している相手の方を見るとあれは金牛宮のゼノ=クラウン=タウロスであると視認される。
「どうしよう…」
「?なにをためらうひつようがある。ごうりゅうするにきまっているだろう」
「うん…」
……リンにしてはやけに慎重だな。何かあるのか?
その理由は、すぐに分かった。
「リン…!!」
「…おはよう、ございます……」
「おっ、リン。そうか、今日はゼノと任務か」
「…は!?」
出会ってそうそう、リンはゼノに思いっきり抱き絞められた。
「会いたかった…なぜ連絡に応じない……昨日は王宮に帰ってこなかったな…なぜだ…!」
「…い、痛い……!」
よく見るとゼノはリンの首に思いっきり爪を立てている。慌てて仲裁に入る。
「クラウンさま、おまちください。リンはにんむにでておりました、だからかえることができなかったのです」
「…リン、誰だ?こいつは」
「このたびリンのぶかとなりました、リフィアともうします」
「お前には聞いてない、雌豚」
「…!」
「僕の…部下だよ……」
「おいゼノ、いい加減にしろ」
見かねたロウがゼノをリンから引き離しにかかる。ゼノはロウを一瞥し、ゆっくりと離れた。
「…そう言うことか」
「……痛かった…」
「おい、話が違うじゃないか。なぜリンが部下をつけている。しかも…うぅっ……女…!!」
ゼノは頭をぐしゃぐしゃにかき乱し、爪を激しく噛んでいる。こうなるともう誰にも手は付けられない。
「えっと…ごめん…ゼノ……」
(やめろ!リン!)
「あぁリン!」
ゼノはリンの手を荒々しくとった。…訂正しよう、手が付けられない。ではない、手を付けてはいけないのだ。
「…リン……愛しているよ…」
リンの手首を無理に引っ張り、ゼノはキスをした。いや―
ガリッ
「いっ…!」
リンの手首から鮮血が流れ出て、ゼノはそれを天の恵みのごとくいたって丁重に、謹んで受けた。
「「「……」」」
三人の気持ちが一つになるのを感じた。全くバラバラに生きてきた人間達もそんなことがあり得るのだな。そう、ドン引きしている。
「…リン、今日の任務はやめてもいいぞ」
「……僕もそうしたい…」
リンの声色は震えていた。…よく見ると、リンの首筋にも先ほどゼノにやられた爪痕以外の傷が見えた。それは、今さっきつけられたあの傷に似ている。
ゼノはまだリンの傷口を執拗に舐っている。それどころか、吸っている。舐める、と聞きタロウを彷彿とさせるが。やる相手が違うと印象も百八十度変わる。しかも吸うって何だ。
「ゼノ、いい加減にしろ。仲間同士で傷つけあってどうする」
ロウがリンの前に割り込みゼノから遠ざける。もはやこの場を収められるのはロウしかいない。
「リン…任務へ行こう、二人で」
「さすがに逃すかよ、ゼノ。手前リンの前に付き合ってた女をどうした?」
「知らん、忘れた。興味がない」
「お前なあ。Ⅻ騎士団としての自覚と節度を持てよ!」
「全部今となっては過去のこと。俺は今を生きている、そして今はリン一筋だ…そうだろ?リン」
「だから近づくなって!」
ロウを押しのけてこようとするが、ロウはなんとか持ちこたえている。
「リン、あいつがさくらんしているときにはふよういにこえをかけるな、ほうっておけ、だからからまれるんだ」
「……うん」
「…あまりにも目に余るようなら上に話を通してお前とリンを引き離す」
「成程、それは困る……」
はた、と瞬き顎に手を当て、考えるそぶりでゼノは天を仰ぎ見る…と思ったがそんなことはなく、まっすぐにリンを見て口の端を歪ませた。
「―じゃあ今度は、お前の居ない所で会うことにしよう。リン、待っていろ」
「…お前、俺の目の前でそれを言う必要があったっていうのなら随分俺も舐められたものだな」
「お前に許可を取っておけばあとで何やら言われなくて済む」
ゼノは恍惚、と言った様でリンを視姦している。
何かおかしいと思っていたらこいつ、最初からリンのことしか見ていない。人と話すときは相手の顔を見ろと言いたいところだが今の俺にはそんな権利はない。
「とりあえず任務へ行こう、リン。時間が押している」
「このテンションで任務行くのかよ…」
「…」
「しょうじきわたしとしてはリンをこのにんむからはずしたいです」
「……分かった、俺も同行する」
「ちっ…」
ゼノがあからさまに嫌そうな顔をした。しかし俺たちとしてはその方が助かる。
「どうせ俺は今日は休みだったしな。リンはいいか?」
「うん…!」
リンは食い気味に首を縦に振って肯定を表す。
うっすらと見える傷口のせいか悲壮感が凄くて、余計に幼気に見える。ゼノが加虐心を掻き立てられるのもわからなくもないと思ってしまった。
「リン、手をつなごう」
ゼノはロウをすり抜けるとリンの手を握って颯爽とどこかへ連れて行こうとする。
俺はそのもう片方の手を握ってリンを引き留めた。
「…さっきから何だ雌豚。失せろ」
捕食者のような鋭い目で射抜かれて俺は蛇に睨まれた蛙のようにならざるを得ない。餓鬼というのはなかなか面倒なものだ。リンが間に入った。
「ゼノ、リフィアは僕の部下だ…手を出すな……!」
「手を出すのはリンだけだよ、ただ、足は出るかも―」
ゴッ
と、ゼノの俊足をリンの足が受け止めた。しかし、リンの表情は苦痛に歪んでいる。
「リンが受け止めると思ってちょっと手を抜いたんだよ。折れていないでしょ?俺優しいでしょ?褒めてよ、リン」
ゼノは確か完全パワータイプと言った感じだったか。リンは逆に完全スピードタイプ。たとえゼノが手を抜こうがリンにとっては車が突然突っ込んできたかのような衝撃だっただろう。
「リフィアは傷つけさせない…!」
苦痛に歪んだ顔を、歯を食いしばることで抑えリンはきっ、とゼノをにらみ返した。ゼノはまさに絶頂というような顔で頬を紅潮させた。
「…リン…」
「リン…!」
「―やめろ!ほら、任務行くぞ!」
ロウがゼノを無理やり引っ張って外へと連れだした。後には俺とリンだけが残る。
「はあ……っ!」
リンが歩こうとしたが、一歩踏み出して、すぐ立ち止まった。
「だいじょうぶか!?」
「うん…」
「みせてみろ」
リンのズボンをめくると先ほど蹴られたであろう場所は赤紫に変色していた。
「あいつ…折れてはいないが、だぼくしているだろうこれは!」
「…」
「…」
何と言えばいいのだろう、俺は迷っていた。いや、違う。言うべきかを迷っていた。この場合、リンの選択肢は一つしかない。リンに選択肢は一つしかないのだ。
「…行くよ」
「……」
「それに、ロウが同行してくれるみたいだしね」
へら、と笑ったリンに俺はうつむきがちに答える。
「すまない…」
「何が?…あ、でも…ちょっと肩を貸してくれない…?」
「ああ」
肩に乗せられたリンの手から伝わる体重は軽い。
「おまえ、ちゃんとめしをたべているのか?」
「?そうだよ…よいしょ。有難う」
「おいリン!どうした?」
「ごめん、今行くよ」
「今日の任務は何だ?ゼノ」
「山の調査だ。山に大蛇がいるとか…そうだよな?リン」
「うん…?」
「リン、むりにへんじしなくていい」
王宮を出て、俺たちはⅫ騎士団の男三人と見知らぬ少女が四人そろって歩くという不思議な構図になっていた。依頼にある山というのは郊外にある大きな山のことだろう、特に調査が必要だというような話を耳にしたことはなかったはずだが…。
「雲のように大きな蛇!?…ありえないと言いたいが、最近はそんなんばっかだからな」
「リン、俺も昨日大きな貝を倒したんだ。部屋に褒美で貰った貝柱がまだあるんだ、帰ったら一緒に食べよう」
「貝柱…」
「リン!」
「はっ」
リンは本当に魚介系に弱い。俺が生きていたころはよく魚関係で詐欺に遭いそうになっていた。そんなに魚が好きならちゃんと市場価格も調査しておけと俺は思う。ゼノに付き合って貝柱を食べるよりはるかに安いものだろう。
とにかく、こんな喧騒の中ではまともな話し合いもできない。先程から黄色い歓声が煩わしいのだ。俺たちはまだ時間はあったが待ち合わせ場所に指定されているカフェに早めに入っていることにした。
「俺は魚あんまり好きじゃねえなぁ。つーかむしろ海での任務が嫌い」
「なんとなくよそうはできますね」
「リフィアちゃんは女の子だからわかるだろ!?潮風ってやばくね?もう本気であり得ねえわ、もう海で任務した日はもうお礼とかいいからすぐ帰りてえわってずっと思ってる」
「勿体ない…!」
「リン、そんなものほしそうなめをするな」
「だって僕、なんか海の任務無い……」
リンに海関係の任務が来ることは滅多にないらしい。聞けば感謝祭の時で2回目だったらしい。
「よっぽどいっかいめでなにかやらかしたのだろうな」
「ええ…倒した巨獣持ち帰ったのがいけなかったのかな」
「なにしてるんだおまえは!」
「え!あの時の巨獣王宮持ち込み騒動ってお前が犯人かよ!?」
「…あれは酷かったな。主に七光りが」
「も、もしかして巨獣を捨てたのって…」
「いやそれは俺じゃない…って落ち着け!なんか怖いぞ!!」
「いったいなにがあったのですか…」
「まあ…結論を言えばただただセドルが可哀そうっつうか……」
「自業自得だ、近づくなとは言った」
「許可を取って帰ったら巨獣が残り香になっていたんだ…」
「じゃあセドルの推理大体あってたのか!お手柄じゃんあいつ…ぶふっ」
「証拠もないのに暫定を決定にするのは良くない、第一あれは触らなければ大丈夫だったのだ」
「魚…!」
「ぜんぜんかいわがかみあっていないだと…!」
何だ、俺の居ない間に何があったんだ王宮に!
「俺が一番帰りたいのはリンがいない時かな」
「「パス」」
「あれ、じゃあゼノどうやって任務こなしてるの…」
「リン、まじめにへんとうするな、おまえは…。むしするということをおぼえろ」
「それが最近対象の人物を思い浮かべただけで具現化する能力を手に入れてな……見ろ、今だって俺の目の前にリンが二人…」
「リンは帰りたいときとかってあんの?」
「…僕……」
リンは目を右往左往させていかにも困っているという表情だ。リンは他人の話を聞くのは得意だが自分を話すというのがどうも苦手らしい。
「お腹減った時…?」
「ぶはっ!」
「まじかおまえ…」
「流石だリン…!」
「じゃあリフィアちゃんはこれからお菓子毎日持ち歩かないとな!」
「リンにはばんぜんのはらのじょうたいでにんむにいってもらわなければなりませんね…」
「えっ、いや、でも!お腹減ってても任務ならやる!」
「え?じゃあ結局どういうとき帰りたくなるんだよ」
「帰りたくはならない…僕に来た任務は最後までやり遂げるよ」
「まじか、お前やっぱ真面目だよなあ」
当然だ、リンには早くシエラに会えるくらいになってもらわないと困る。
「なあ…ぶっちゃけ一緒に行きたくないやつって誰?」
「リン以外」
「「パス」」
「俺さ、凄く双魚宮の姐さん苦手なんだけど、俺だけ?」
「リアン=フリード=ピスケスのことでしょうか?」
「そうそう!」
「姐さん…?」
「え?リン、フリードの方しか見たことないのか?」
「?双魚宮はリアン=フリード=ピスケスさんだけじゃ…」
「いや、そうなんだけどよ…俺逆にリアンの方しか見たことねえよ!じゃあどういう基準なんだあれ!」
「俺もリアンのほうだ、うるさい年増だった」
「お前その姿勢リアンの前でも貫いてんのか…!?」
「正直に言って何が悪い」
「ていうか俺としてはもっと女には女らしさが必要だと思うっていうか、いろいろ目のやり場に困るんだよ!隣で戦いにくいあれは!あとせめて恥じらって!?もう色々…丸見えなの!そのせいで最近一般的な女性の胸部じゃ魅力を感じれなくなっちまったんだよぉ…」
「それに!あの胸は絶対盛ってる!だってフリードの方って雄んなの子なのに女にモテモテなんだろ!?じゃあ胸隠してるんだろ!?あんな胸着やせで隠せるレベルじゃねえ!絶対詐欺だ!取り外し型なんだよあいつのは!」
「そうなんだ…」
「フリードの方ってどうなの?俺より格好いい?」
「なんできじゅんがロウさんなんですか」
「フリードさんは…良い人なんじゃないかな。格好よさについては…分からないけど」
「フリードの方はよく知らねえが、お前はリアンに会った方がいいと思うけどなー。リアンは滅茶苦茶面倒見がいいからな!…良すぎるくらいだぜ……俺もフリードに会いてえ!フリードがいい!何が来ようとリアンよりはましだ!」
「たしかにリアンさんは中々ですよね」
「分かってくれるかリフィアちゃん!!」
「リンは誰と行きたくないんだ?」
「…」
リンは俺に困ったような視線を向けてくる、リンは本当にこういう話が苦手だ。というより本当に分からないのかもしれない。あれだけされたゼノの話に相槌を打つリンの神経が信じられないし、まあなんにでも相槌を打てるということは社交的でよいのだろうが。
「わたしてきにはゼノさんとくむのはもうかんべんしてほしいですね」
「何だと雌豚」
「ゼノ!」
「つーかゼノが悪いだろ。お前リン以外に口悪いし、リンに対してさえ攻撃的だし」
「俺はリン以外どうでもいい、どう思われようとかまわない。なあリン」
またゼノがリンに手を伸ばしそうになったのでリンを引っ張る。なんでこういう時の反射神経はないんだ。
「やっぱリンとゼノの席離そうぜ」
「どうかんです」
「リン…!」
「Ⅻ騎士団の皆様…ですね。もしかして大蛇の件でしょうか?」
そう言っていぶかしげに訪ねてきたのは初老の男性だった、ひどく憔悴しきった様子でこちらを見ている。
「…そうですが、何か?」
「ああ…!有難うございます!!」
「退治していただきたい大蛇というのは、山にいるのです」
「山に生息しているのか?どうやって見つければいい?」
「いえ、山に…居るのです」
「どういうことだ爺」
「村人の間ではこういわれております。山に雲かかりし時、そこに大蛇は居る」
「山の雲と大蛇の何が関係あるんだ?」
「分かりません…私は実際に見たわけではありませんから。でも、たった一人の目撃者の証言がもとになっております」
「あの、その目撃者の方は?」
「…もう居ません。大蛇に食われたのでしょう」
「目撃した奴が食われたのか?その後の目撃証言がないってことは…じゃあ被害は一人だけか?」
「最初に目撃したのは齢三ばかりの少女でした。私たちは信じてやれなかった。少女はその後確かめに行くといって飛び出したまま、帰ってきませんでした」
「それから堰を切ったかのように物見客、敵を討ってやろうとする人々等が山に行き、そのすべてが帰ってきませんでした」
「大蛇は待っていれば自然に餌が出てきてくれてさぞ良かったことだろう。格好の住処というところか」
「…とりあえず、それ以来村ではあの山への立ち入り禁止令を出しました。また、過剰だとは思いますがその山を見るのも禁止しました。私ですらもうしばらくはあの山を見ておりませんのであの山が今どうなっているのかも、大蛇がいまだあそこに居続けているのかもわかりません」
「ただ、感謝祭でのⅫ騎士団の戦いを見て、我々の敵を取っていただきたい。そう思いましたので依頼させていただきました。どうか…どうかお願い致します」
「…」
「ああいわれてもよ、実際見てないんじゃ本当に居るのか居ないのか、真偽もわかんないよな」
「山と雲かあ…」
「…おい、山って言うのはここか?」
「…」
俺たちは絶句していた。そこには地図上にあったはずの山は跡形もなくなっていた。そこにはまばらに土が盛り上がっている場所があるだけだった、とてもここを山とは形容しがたい。
「とても山とは思えない代物だ。これを山と形容した住民のセンスが疑われるな」
「いや、ここにはもっと大きな山があったはずだろ…いったい何処へ……」
「くもほどあるだいじゃというはなしですから。それをしんようするならば、だいじゃがげんいんかもしれないですね」
「…」
「リン、おまえはどうおもう?」
「…人を傷つけるのは許せないよ…」
「山を一つ消すほどの大蛇とは怖いな、リン…」
「だから近づくなって」
再びゼノがリンに手を出そうとしたので俺とロウで二人を引き離す。
しかし、これで大蛇の手掛かりがなくなってしまった。どうやって大蛇を見つければいいのか…。
ふと、空気が変わったような気がした。横を見ると、リンが目を閉じて手を合わせていた。
感じたのは俺だけではないようでゼノとロウの言葉も止まっている。リンのその姿はそうさせる力があった。
リンがしばらくして目を開けたので俺はためらいながら言葉を紡ぐ。
「リン、それはなんだ?」
「…可哀そうだから……」
……。
「?」
「…おい、なんか揺れてないか?」
「……確かに……何か来るっ!」
ドガァアン!!
ジャアアアァァァアアァァ!!
大地が盛り上がり、出てきたのは天まで届くような、何だこれは。塔か?あまりの速さで東部が確認できなかった。だが、恐らく大蛇だろう。分かるのだ、これが件の大蛇だ。
「―どうする?この大きさ」
「とりあえず切ってみるか?」
「…それしか出来ない」
「リン!しぬなよ!!」
俺はとりあえずこの場を離れる。…どれだけ離れても、大蛇の頭は見えない。これでもまだ大蛇の末端は土に埋まっているのだ。一体どれだけの大きさなんだ……。
「おらぁ!!」
ゼノの武器は大剣だ。荒々しく叩きこみを行い、その後にさらになぞるようにリンが刀で切りつけた。が―
ルルルルル…
「効いてないな」
「人間で例えれば紙で手を切ったくらいか。とても倒せるとは思えない」
「…傷がふさがった」
大蛇は筋収縮によってせっかくつけた傷跡も塞いでしまった。ふと、影が大きくなる。まさか―
「リン!」
「分かった!」
リンは俺の体をひょいと持ち上げるとそのまま思いっきり上に飛んだ。間に合うか…!
ドドド…!
ゴウッと横薙ぎの突風が吹く。俺とリンは離されないよう互いに抱きしめあった。
「…これは―」
眼を開けると、一帯の盛り土はほぼ薙ぎ払われていた。平坦な、地面だけが残っている。まさか、少し動いただけでこれほどとは。
「これ…俺たちに解決できるレベルじゃねえだろ」
「そもそもサイズが違う」
「……」
「しかし…なにもせずかえってくれる…というわけではなさそうですね」
「…ねえリフィア。僕でもさすがに勝てないかな?」
「かてない」
「……」
「と、いいたいところだが。かってもらわないとこまる、おうきゅうには、シエラがいる」
「シエラをまもる…まもりたい。リン、シエラをまもれ、なんとしても」
「―仰せのままに」
そうだ、何を憶することがある。そうやって俺たちは、乗り越えてきたじゃないか。今までも。
これからも。
「まだ何かやる気か?」
「…」
ゼノとロウはもうお手上げといった感じだ。リンは俺たちの先頭に立ち、いまだ顔も見えない大蛇に向き直る
「―僕は出来るよ。リフィアが願うなら、僕は何でも出来る!」
「たおせ、リン!!」
「『…汝、我に仕えし者。我に従いし者。その力をもって僕に示せよ―太朗、来てくれ!!』」
何やらの言葉をリンが発した、内容は分からない。俺たちの言語ではない。
しかし、その瞬間、世界は歪んだ。
≪ガアアァァァァァアアアァァァ!!≫
ものすごい風が吹き、俺たちは地面に強く叩きつけられる―と思われたが案外優しく俺たちの体は着地した。
現れたのは、白い毛並みの、見覚えのある。あれは、最初に会った時のタロウだ。だが、その体はあの時の数十、いや、数万倍くらいに巨大化し蛇同様その全貌が計り知れない。
シャアァァアアアァァア!!
≪グオオォォォォオオオオォオォ!!≫
「怪獣映画かよ…!」
「……太朗、来てくれて良かった」
「おまえ、どうやってタロウをよびだしたんだ」
「分かんない…でも太朗なら大きくなれるかなって思って……」
そう言い終えるか否か、ふらりとリンは糸が切れた人形のように崩れる。
「―と、危ないぞ、リン…」
抱き留めたのは、ゼノだった。こういう時は、無駄に早い奴だ。まあ今回は普通に助かった。
「……ごめ…すごく……疲れた……」
「リン、おれにつかまれ」
「余計なことをするな、雌豚。心配しなくとも流石に今は荒っぽい真似などしない」
「しんようできません…!」
「リフィアちゃんの言うとおりだ。俺が担ぐから貸せ」
「リンに聞こう、リン、誰がいいんだ」
「……う…」
「このじょうたいのリンにきくやつがどこにいますか…!?」
「…リフィア……」
「とうぜんですね。…リン、わたしはここにいますよ」
リンの手を握るとリンは弱弱しく握り返した。そのままゆっくりとリンを引っ張りゼノから引き離す。ゼノは終始恨めしそうな顔をしていたが気にせず続けた。
「…っ」
流石に体の大きさが違うせいか勢いで尻餅をついてしまった。でもやはりリンの体は軽かった。
「おいおい。そんなので大丈夫なのか?リンが可愛そうだ」
「あなたといるよりはひゃくばいましだとおもいますよ。それにリンがえらんだのです、もんくはないはずですが」
ゼノが爪を噛み始めた。かなりイライラしている証拠だが俺は構わずにらみつけた。ここで引いたら負けだ。
「…太朗が、勝った……」
「リン?かった、とは…」
≪ウオオォォォォオオォォォ!!≫
咆哮に振り向くと、そこには首周りをかみちぎられた大蛇がただ横たわっていた。
それを前足で踏みつけていたのは、おそらく、タロウなのだろう。大きすぎて全容は見えないのだが。
「おお…すげえなでっかい犬」
≪ワオンッ≫
タロウは全て終わるとリンのもとまでやってきた。その姿はあっという間にいつもの室内犬の大きさに戻った。
≪ワフ…≫
タロウはリンの懐まで来ると心配そうに鼻を寄せてすり寄っている。
「うん…太朗。有難う…助かったよ」
≪クウン…≫
タロウはぐいぐいとリンを押し上げて立ち上がらせようとしている。
「…有難う。立てそう……っ!」
リンが片膝をついて立ち上がろうとする、が、リンはそのまま立ち上がることなく重力に従って崩れた。
「…ちょっと……」
「どうした?どこか痛いのか?」
「リン!」
リンは苦痛にゆがんだ表情でタロウに寄りかかっている。
「ひだりすねだ、リンはゼノのけられたときだぼくしていたんだ!」
「リフィア……!」
「リン、いまはいうべきときだ。…みてください」
リンのズボンを捲る。すると内出血は黒く広がっていて、腫れがひどくなっていた。白い肌には余計痛々しい色となって映えている。
「い、痛いのか…?」
「…っ!」
ロウが触れた瞬間、リンは顔をしかめる。本当に、よく堪えてきたものだ。
「…大丈夫、太朗に乗せてもらうから……」
「おうきゅうないでタロウをおおきくしたらばけものとしてたいじされてしまうぞ!」
「……俺が担いでやるよ」
ロウはリンの腕を己の胸の前で交差させ、少し持ち上げた後足と持ち替えてリンをおんぶした。タロウがリンに心配そうについて行く。
「…軽いな…ちゃんと飯食ってるのか?」
「……うん…」
「そんな軽かったら心配になるっつうの…はぁ、飴でも舐めるか?」
「…」
リンはうっすらとうなづく。ロウに指されてロウのポケットの中の飴の包み紙を外しリンの口元に持っていくとリンはゆっくりと口の中に運んだ。
「美味しい…」
「そりゃあ良かった」
「リン…済まなかった。加減が足りなかったのだな……」
「あなたはリンにさわらないでください!」
とりあえず俺はゼノを封じることに尽力した。
リンの部屋の前に着いた。俺はリンのカードキーを使って代わりに開いた。
「殺風景な部屋だな…」
「こちらにベッドが」
リンをベッドに寝かす、と。そこで気づいたがリンの体が熱い。打撲したところから熱が出ているのか。だが、その息は荒い。
「リン…!」
「俺に任せろ」
「…っ。ゼノさん、いまさらなにを―」
「黙ってろ」
「―」
そう言って出てきたのはゼノだった。ゼノはリンの額に手を当てると、突然リンの制服のボタンを外し始めた。
「ちょっと!こんなときにあなたってひとは!!」
「騒ぐな、このままではリンに褒められない、ただそれだけだ」
一枚外すとタンクトップを隔てて胸があらわになった。ゼノはリンの心臓のあたりに耳を当てた。しばらくしてボタンをつけ服をもとに戻すと次は打撲した方のズボンを捲り、ゼノの上着を丸めてさらにシーツで巻いた物をリンの脚の下に置いた。
「熱が冷めるまでリンの姿勢はこのままにしておけ、後は冷やせ、氷嚢を当てて…無ければ濡れタオルでもいい。忘れるな」
「…」
「診察に間違いはない、はずだ」
ゼノは身をひるがえして部屋を出て行こうとする。
「……ありがと…ゼノ……」
「…もっと褒めろ……元気になったらな」
「じゃあ俺も行くわ、リンを頼むな。リフィアちゃん」
「…はい。おふたりとも、ありがとうございました」
「リン…きょうはおれがめしをつくったんだ」
「……」
リンの汗を拭いて、氷嚢を変えた。大分容体は安定したようで、穏やかな寝息を立てている。
「ねてしまったか…タロウはいらないか?」
≪クゥン…≫
タロウはリンに寄り添って布団をかぶせていないリンが風邪をひいてしまわないようにしている。
俺はリンの隣に寝転がる。
「おやすみ…リン……」
リンの太郎召喚の口上、日本語知っている人からするとそのままですよね。