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自伝 定石なき旅路  作者: せーらむ
1/1

序章 セットアップウィザード

鳴川歩は、先手7六歩を指した直後に瞳を閉じることになった。

放課後とはいえ未だ夕焼けには程遠い時刻にも関わらず、我ら将棋部の根城である部室棟三階用具室は、突如として、夕焼けさえも比べ物にならぬほど赤い光に照らされたのだ。

遠野桂佑は、3筋の歩を掴んだところであまりの光の強さに視界を奪われた。

ウナギの寝床を余すところなく赤く染め上げた光はとどまるところを知らず、観戦していた金子結衣と、棚に腰かけていた鳴川香も目を閉じるほかなかった。

突如として、手の力が抜ける、足の力が抜ける、顔の力、腹の力、腰の力、どんどん抜けてゆく。

ゆっくりと深く落ちてゆく、どんどん深く沈んでゆく。

3四歩は、ついぞ指されることはなかったのである。


我々は気づけば、磨き上げた白亜のような床と、数多の流れ星の光景の中だった。

もっともそれは流れ星ではなく、あらゆる天体が暗闇を流れ去る、ギアの狂ったプラネタリウムのように思えた。




鳴川歩が記したすばらしい文章は、彼が文系志望であることを読者にアピールするには十分だった。


「途中でスタイル変えすぎ、それじゃ新人賞どころか読書感想文コンクールだって狙えないよ」


ライトノベルを愛する金子結衣にとっては、琴線に触れるには程遠い書き出しであったのだろう。


「つーか兄貴、このくだり要る?」


ませた子供でしかないこの可愛くない妹こと鳴川香には、小説の良し悪しなど理解できるわけがないのだ。


「あれを爆速プラネタリウムって表現すんの、おれは好きだぜ」


遠野桂佑はいい奴だ。いつも褒めてくれる。



我々がこんなにも落ち着いて会話しているのは、何を隠そう、ここで目を覚ましてから既に半刻ほどが過ぎているからである。

赤い光とはまた違った事由、あまりの光景ゆえに瞳を奪われること数分、


「これってもしかしてあこがれの異世界転移というあれなのでは???」


という金子結衣の興奮を抑え込むのにおよそ十分、異世界転移という単語に対して知識が浅い遠野桂佑に対し、造詣が深い金子結衣が語ること、短く見積もって三十分。

先程は少し鯖を読んだ。ここで目を覚ましてから既に一刻ほどが過ぎているからである。


「で、本来ならこれから何が起こるんでしたっけ? 金子先生?」


「神様が出てきてチートをくれるのよ。いつまで待たせるのかしら?」


あきれ顔で同級生を先生と呼ぶ遠野桂佑に、身も蓋もないことを当然の権利のように返答する金子結衣。

おそらく神様とやらに聞こえていたのだろう。突如として、我々の視界は三度、奪われることとなった。


突如として、という言葉の使い勝手は非常に良い。少なくとも、先刻からのこの状況を後世に残すには最適だ。

そう、何度目かの突如として、鳴川歩はただひとり、半透明のホワイトボードとしか例えられぬモノリスに、三百六十度を矢倉のように囲われていた。


活字に慣れ親しんだ現代人は、例え混乱の最中にあっても、身体に大事さえなければ、目の前の文字を読むことが出来るという。

鳴川歩は文系志望である。活字に慣れ親しんだ現代人よりもはるかに活字に慣れ親しんでいるゆえに、混乱の極地にあっても、その文字を読みあげることができた。


白板曰く、ここは己の魂と向き合う場であり、魂の強さはスキルとしてこの鳴川歩の将来を決める。

将来も何も鳴川歩は文系志望である。小説家志望に限らず、それはともするとITを用いたプログラマであるかもしれぬ。ゆえに今は文系志望である。


浮かび上がったかのように見えていたその文字を囲う枠、その右下には「次へ」とある。徐に触れると、白板から浮かぶ文字が左方へと走り、次の頁を浮かべた。


白板曰く、スキルとは能力獲得ではなく才能獲得。剣術1ならば剣の扱いが理解でき、剣術3ならば天賦の才。頑強1ならば病を知らず、頑強3ならば老いを知らず。


なるほど、つまりはこの目端に見える気配察知とは、1ならばかくれんぼの鬼役において常勝不敗、気配察知3ならば目星は自動成功といったところだろうか。


白板曰く、魔法の素質は才であるが、その本質は魔法スキルに対する前提条件である。

素質を持つ系統のみ魔法スキルを習得でき、習得していない魔法スキルは、もし素質を持っているのであれば、長年の研鑽により行使が可能となる。


ここにきて魔法である。異常な光景ときて、魂ときて、スキルときて、魔法である。

突如として、そう突如として。

突如として我が幼馴染であるところの金子先生の言う「異世界転移」とやらが、現状を示すワード選手権、第一候補に躍り出た。


かつてない緊張のなかで「次へ」に触れると、次の頁の書き出しには何やらスキルポイント100とある。

その下には、授業の記憶によれば恐らくこれは産業分類区分表であったと思われるが、大分類には「種族」「基礎」「武器」などとある。成程、さしずめ「スキル分類区分表」というところか。

「種族」の小分類には人間、エルフやドワーフといった項目が並び「基礎」の…他は省略で良いだろう。


次第に冷静になり思考が冴え渡ることは必ずしも良い事だけではなかった。

それはつまり、現状を示す言葉桜花賞において、「夢」や「集団催眠」を七馬身ほど引き離し「異世界転移」が独走している事実である。

兎も角、取得に必要なスキルポイントという一文が併記された小分類が、鳴川歩の選択肢として無数に存在していることは疑いようもない。

ならば異世界転移の単勝一点を買い求め、100という限られたポイントで最適解を導くこの設問に、いたって真面目に取り組むのが得策であろう。


鳴川歩は所謂テーブルトークロールプレイングという娯楽も嗜んでいる。

生み出される物語が創作活動の糧となるからだ。

その知識によれば、異世界転移という状況において必要な物は剣である。

30ポイントという大枚をはたき、先ずは「剣術3」を得た。

次に必要な物は頑強さである。固定値は裏切らないからだ。

15ポイントを以て、「頑強2」を得た。

大分類「基礎」小分類「頑強」のすぐ下に「体術」を見た。所謂パルクールの様に自在な体捌きを得る、とある。

固定値が裏切る事も稀によくある。固定ダメージという泥棒猫だ。

ゆえに回避の手段として15ポイントを費やして「体術2」を得た。

鳴川歩は歩である。戦場の最前線を歩き、敵陣に切り込み犠牲と、犠牲となりたくはないのでここで思考を止める。

ならばただの歩では不十分であろう。

残り40を支払いエルフとなる腹案は涙を呑んで見送るとする。


ただの歩には出来ぬことが出来るとするならばそれは魔法であろう。

ところで読者諸君は覚えているだろうか。魔法を得るには「素質」と「魔法スキル」が必要である。

はてどこでそのような話をしたろうかと記憶が定かでないのであれば、二十行余りほど遡ると良い。


さて、右端に見えるスクロールバーにしか見えぬそれを掌でスライドすれば、

バーの半分程にようやく「魔法の素質」の大分類を見つけることができた。


剣の効かぬモノにはおおよそ火が効くと知識にはある。

20ポイントを消費し「火魔法の素質」を得た。

「素質」を得たならば次は「魔法スキル」である。しかし我が手に残されたスキルポイントという金貨は20枚である。

「剣術3」の効かぬものに通じる魔法スキルを得るには心許ないが、運良く予算内で相応しい魔法を見つけることができた。

10枚の金貨を支払い、歩兵には過ぎたる兵器「ファイア・ボール」を得た。

ところで火というものは強火だけではよろしくない。調理に用いれば胃に入るのは炭である。

余ったポイントの半分を使い、着火魔法である「ティンダー」を得た。


もはや風前の灯火である5ポイントの処遇を決めかねてスクロールバーを最下まで降ろすと、

大分類「道具」に「剣士の初期装備」を発見した。お誂え向きに5ポイント丁度である。

「鉄のショートソード」「獣革の軽鎧」「獣革のマント」「獣革のブーツ」「ヒーリング・ポーション」と

至れり尽くせりなラインナップに見えて、才覚たるスキルポイントのうち5点を要求するには少々役不足にも見える。

しかし宵越しの銭を持つ必要はなかろう。オールインし「剣士の初期装備」を得た。


もはや例えるまでもないだろう。ポップアップメッセージが浮かび

「これでよろしいですか?」と訊ねてきている。

よろしいも何も基準がわからぬ。しかしそう間違った選択でもあるまいとYESに触れる。

その刹那、鳴川歩を包んでいた護りたる学生服はガラスが割れるように無数の三角の破片となり、やがて虚空へと消えた。

次の瞬間には、鳴川歩は「剣士の初期装備」に身を包んでいた。我ながらよく似合っている。

ホワイトボードが先程の学生服のように虚空に消えた先に、ご丁寧に矢印付きの通路がある。

神様とやらも学習したのであろう。道筋を示せば、わざわざ視界を奪って運ぶなどという手間も要らぬ。

履きなれぬブーツを鳴らしコツコツと歩くうち、ふと思い立った。

はて、初期装備を得ていなければ今頃は全裸に剥かれていたのだろうか。


通路の先でティーセットとともに待っていたのは、我が幼馴染たる金子結衣であった。

金子結衣であった筈なのだが、その前髪を分けぬミディアムヘアは素材を金糸へと変えた様だ。

無論、不良になっちまったという事ではなく、その尖った耳が示す通り、彼女はエルフとして生きることを選んだのだろう。

絶対にやると思っていた。絶対に。


「あ、おつかれー! 歩が二番目だよ」


金子結衣は上等な絹であろうローブに身を包み、樫の木か何かを素材とした杖を携えていた。

失礼を承知で記すが、ふくよかで背の低い彼女にはあまりに良く似合っていた。決して口には出さぬ。

エルフになったのに背は低いままだね、とも、決して。


「わたしは魔法使いっぽい感じにしたよ! 火球を飛ばすファイア・ボールに火炎放射器ファイア・ブラスト!

 さらに空間魔法でインベントリにテレポートもあるよ!」


はて、全く計算が合わぬ。空間魔法の素質には確と50という数値が刻まれていた記憶がある。

その物騒な火炎放射器とやらは金貨20枚では買えぬ代物であったし、テレポートなど明らかに高価な品に見える。


「え? スキルポイント200でちょうど揃うでしょ?」


成程、彼女は自分とは魂の強さが倍ほど違う様である。


「えー!? スキルポイント、半分しかなかったってひどいじゃない! それで納得してるの?」


納得も何も基準がわからぬ。鳴川歩は只の高校生である。

そもそも魂なぞ鍛錬した覚えもない。手札に100と配られた時点で御の字であろう。

我が幼馴染が実のところ余程の人外であったのかもしれぬという考えは胸の内に仕舞っておく。


「納得してるならいいけど… というか火魔法、かぶっちゃったね」


その点に関しては心配いらぬ、鳴川歩は歩兵である。火砲を添えた歩兵と火砲を主軸とした砲兵では運用が異なる。

竜の物語においては勇者も魔術師も火術を放つことだし、古い物語には「火は二つ合わされば炎となる」とある。


「いま自分のこと勇者って例えたでしょ! 主人公は私だからね!」


魔術師が主役を張るには竜破の魔術も光の剣も足りぬ。そもそも、地の文が鳴川歩の一人称視点であるからして、

この物語の主役が誰であるかは明白であるが、これについては読者には伝わったとしても我が幼馴染には伝わらぬ。


どちらが主役かという呑気な掛け合い漫才を続けていると、三人目のブーツの音が響いた。

どうやら我が友、遠野桂佑のようであった。

地毛から茶髪の短髪はどうやらそのままであり、遠野桂佑はどうやら人間を辞めてはいないらしい。


「気配察知スキルで聞こえてたんだが、どうやら人によってスキルポイントが違うらしいな」


弓道部次期エースたる遠野桂佑には、なるほど気配察知スキルは相性が良い様である。

流れで取得したものを訪ねると、明瞭に「弓術4、剣術2、体術1に頑強3、気配察知1と弓術士の初期装備で115点」と答えた。

質実剛健たる弓兵である。先制攻撃に狩りにいざという時の近接攻撃、過不足なくアーチャーとしてやっていけるだろう。

少し脳筋の嫌いはあるが、他人に流されぬ芯を持ち、好きな言葉は単刀直入。友よ、相応しいスキルを得たなと称えた。

遠野桂佑は照れを隠す様に、弓を構えたり素早く二刀のダガーに持ち替えたりして、スキルの感覚を探っていた。

そこへ響くのは素っ頓狂な声。読者諸君は先刻の命題を覚えているだろうか?


「あーにきー!! たーすけてーー!!」


初期装備を得ていなければ全裸に剥かれていたのだろうか。その命題への回答は我が妹、鳴川香の犠牲によって得られた。

装備している獣革のマントを外し、丸めて妹に投げてやると、カメラがパンする頃には何とか体裁を整えていた。

それにしてもやけに我が妹が小さく見えるが、とうとう物理的にも幼児退行してしまったのだろうか?

おっと、我が友よ。その言葉は禁句だぞ。


「ちびが二人に増えた…」


金子結衣に対し身長の話題はタブーである。人を捨ててエルフを選ぶほどに気にしているのだから。

手加減無しの握り拳は正確に遠野桂佑の背骨を捉えたが、普段ならば激痛に呻くはずの我が友は「いてっ」という一言で済んでいた。

遠野桂佑はニヤリと笑い返し、金子結衣はぐぬぬと怒りを抑える。

友よ、よもやこの為だけに頑強3を取得したのではあるまいな?

火炎放射器によって髪だけでなく全身が茶色に焦げる羽目にならないことを願うばかりである。


それはそれとして、我が妹、鳴川香が突如として縮んでしまったのは、別に黒い組織が云々ではなく、

種族としてドワーフを選んだことに起因する。


「ドワーフの聖女とかあんまり見たことないから面白いと思って」


我が妹はすぐそうやってナナメに進もうとする。

聖女の自称通り、我が妹は神聖魔法を取得し、回復魔法「キュア・ウーンズ」、疾病治療「キュア・ディジーズ」と

老廃物を除去し体調を整えるという「リジュベネーション」という三種の魔法を習得していた。

更に槍術2と体術1を取得し、合計スキルポイントは140であったそうである。納得がいかない。


兄を差し置いて妹が140とは、と口に出す前に、恐らく頭上の爆速プラネタリウムから日本語ではない声が響いた。

後で本人に聞いた話だが、この時はこのような発言をしていたらしい。

「セットアップウィザードを終了します。異世界転移プロトコルに基づき、シルバーランド領へ勇者の転送を開始します」

我々が視界を奪われるのは都合何度目かもはや数えておらぬが、意識を奪われたのはこれが最初の一回であることは確かだ。

賽は投げられたとは少し違うだろうか、ともかくこの禄でもないストーリーは幕を上げるのである。

サメ映画でも観るつもりで楽しんでもらいたいものだ。

我が拙い文章が、その助けになれば幸いである。


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