ステータスオープン
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アデリーペギーの肩書を入れ忘れていたので訂正しました。
昭君がそこそこすっきりした目覚めを得た時、現場は召喚された時の広々とした空間からこじんまりとした素敵なお部屋へ場所を移していた。
客観的に判断して、いわゆる『応接室』。
そこの素敵な布張り長椅子に、昭君の体は安置されていた。
仰向け姿勢で、胸の上では両手を組み合わせている。
これで顔に白い布でも被せられていたら『ご遺体』の完成だ。
だけど昭君はしっかり生きていたので、無造作にむっくと起き上がる。
そして気持ちの良い伸びをひとつ。
欠伸を噛み殺しながら周囲を見ると、そこにはお葬式ムードの顔ぶれが計六名。
内訳は中学生の男女五名+召喚者代表の巫女姫様一名だ。
彼らはそれぞれ卓を囲むように配置された椅子の上に浅く座り、そして頭を抱えるように深く項垂れていた。
そんな彼らの様子を順ぐりに、観察するように眺めて一つ頷きこう言った。
「おはよう」
「俺らのこの様子を見て第一声がそれなのか三倉……っ」
「目覚めの第一声にそれ以外なんて言うの? 僕の家じゃ『おはよう』で教育されてるんだけど。……Salve?」
「そういう意味じゃねーよバカ! あとそれ何語!?」
「ラテン語だろ」
「なんでお前わかんの田中!?」
「中二病だからでしょ」
「おい、誰が中二病だ。中二病=ラテン語できるみたいに言うな。全国の患者さんにプレッシャーがかかるだろうが」
「暗い空気を背負っていたわりに、みんな意外と元気だね」
「他人事感醸し出してんじゃねーよ三倉ぁ!」
昭君は今まで寝ていたので、巫女姫様の説明も何も聞いていない。
だからそんなに飄々としていられるのだ。
そう思った吉栖君は、まくしたてるように昭君へと現状を言い募る。
「良いか、よく聞けよ三倉。驚くなよ?」
「むしろ僕が驚くくらいの話をしてほしいね」
「俺達、俺達……っ元の世界には帰れねえっていうんだ! しかも俺達に魔王を倒して来いとか言うんだぜ!? ただの中学生に! 魔王を! TVゲームじゃねえんだ、そんなもん倒せるかよぉぉおおおおおっ!!」
「一息で言い切るなんて肺活量凄いね」
「気にするべきはそこじゃねえよ!! てかなんで驚かないのお前!?」
こいつは現状をわかっているのか? いいや、わかっていないに違いない。
魔王退治なんて難題を前に、どこからどう見ても弱そうなちっこい昭君が更に状況を理解していないなんてとクラスメイト達は頭を抱えた。
「あ、あの……先程もご説明いたしましたが、貴方がたは既に一般人という枠でくくれる存在ではありません。悲観しすぎずとも、我らが神より魔王を倒す為に必要な力を授けられている筈です」
「いや神様が魔王倒せる力くれるっていうんなら、わざわざ俺達をここまで呼び出さずとも自分達で倒しに行けばいいじゃん」
「それも先程ご説明いたしましたが、我らが王国の民はもう何百年も先祖代々魔王に呪いを受けているのです。我らはいかなる刃も、魔王に向けることができないように……」
しっとりと愁いを帯びた悲しそうな顔で、そっと視線を伏せる巫女姫様。
そんな彼女を数秒ほど見つめた後、昭君は淡々と鞄から取り出した白い物体を渡した。
「はい」
その白い物体を、日本人はこう呼ぶ。
ハリセン――と。
「あ、あの……これは一体?」
「切るのが駄目なら叩けば良いと思う」
「そんなパンがないならお菓子をお食べ的に……!? 三倉、いくら何でもハリセンはないだろ!? ハリセンで魔王に立ち向かうとか心許無さすぎる!!」
「この間、孫の手を装備した主人公で魔王倒したよ」
「ゲームのネタ装備と一緒にしてやるなよおう!」
「吉栖君ってキレの良い切り返しするね。普段の授業でも、先生にあてられた時それだけ鋭く切り返せてたら良かったのにね……」
「おふっ……え? いま俺ディスられた?」
「あ、あの……刃というのはあくまでも比喩であって、打撃や攻撃魔法、害意ある干渉の一切をひっくるめて『刃』と表現しただけで、あの……すみません」
「いや、巫女のおねーさんが凹む必要はねえよ!? 今のは明らかに三倉がおかしかったからな!? っていうか三倉、お前カバンの中にハリセン常備してんの?」
「そんなわけないよね」
「じゃあなんでお前の鞄から実際にハリセン出てきてんだよ!?」
「朝、そういう虫の知らせがあったんだ」
「今日は学生カバンにハリセンを入れていきなさい――ってどんな虫の知らせだよ! お前どんな虫飼ってんの!? 三葉虫!?」
「実は休み時間に作ったんだ。さくま(仮称)の工夫が凝らされた力作だよ」
「吉岡まで何やってんの!?」
「……ちょっと、よく見たらこれ、今日の授業で戻ってきたテストの答案!」
「テストの答案!? え、自分の点数さらけ出して何作ってんの!? テストをハリセンにするとか、お前どこの勇者だよ!」
「よく見たら98点!? すげえ、見たことのない点数が……家庭科のテストだけれども!」
「点数の隣に先生のコメントがあるんだけど、『答えは常用漢字で書きましょう。許される範囲のグレーゾーンを探るのはやめてください』ってお前、何語で書いたんだよ三倉……」
「答えの一部をうっかり古い文字で書いただけだよ。そして△になった」
「古い文字? 旧字体ってこと? ……なにこれ」
「三倉、これ文字か? 図形にしか見えねーんだけど」
「ヲシテ文字だろ」
「だからなんでわかるの田中!? この文字知ってるの!?」
「を、をし……? って何語なんだよ、それ」
「日本語だよ」
「聞いたことねえよ!? 初めて見る図形だよ!?」
「みんな落ち着いて! 話が脱線してる! そして三倉、これ以上、話をかき回さないで……!」
西村さんの、魂が込められた言葉が響く。
あまりに強い気持ちが込められていたからか、それまでぎゃいぎゃいと騒いでいた(主に吉栖君)みんなが一斉に静まり返る。
いきなり、しんとなった応接室の中で。
昭君は得られた情報を嚙み砕くように二度、三度と頷いて。
そして言った。
「ハリセンで魔王が倒せたら苦労はないよね」
「お前が持ち出したんだろ、それぇぇええええええええっ!!」
一気に肺活量を全部使い切る勢いでひときわ大きく叫びをあげて。
吉栖君は息も絶え絶えとなり果てた。
そこから、彼らが落ち着くのに30分を要したという。
「はい、それじゃ三倉に構ってたら話が迷走するから。ちょっと巻いてこー! 話を纏めるよ?」
「仕切り屋気質だね、西村さん」
「うん三倉? 私が仕切らないと話が進まないからね? 吉栖も、今はちょっとご清聴頼むわ」
現実はしっかり認める派の村西さん。
彼女はやり手婆並みの仕切り屋さん的手腕を発揮し、ちゃっちゃと話を完結明瞭にしていった。
「この国の人は魔王に困らされている。なのに物理的手段に訴え出ることが呪いでできない。………………そこで自分達の代わりに報復的措置を実行させるため、実行部隊として私達を呼び出した。了承もなく。勝手に呼び出しておいて、しかも元の世界に帰る手段はないとか言う。
――ここまではOK?」
集った面々の顔を確認しながら、しっかり理解が及んでいるのかどうかを気にかけている。
西村さんは全員から理解の色を見止め、ゆっくりと口を開く。
「冗談じゃないわよね。ゲームじゃないんだからマジふざけんなって感じ」
「冷静に見えてしっかり怒ってるね、西村さん」
「冷静に見えるのはまだ現実を受け止めきれてないだけよ……それでなに? 私たちに魔王を倒せって? 神様がなんかしたっていうけど……私たち、戦争を知らない子供たちなんだけど」
棘のある視線が、巫女姫に向けられる。
六対の視線に晒され、巫女姫は肩をびくつかせながら恐る恐ると声を上げた。
「そ、その……我らが神が皆様に授けたのは、古き時代の勇者達に与えられたものと同等の加護、勇者達の経験の記録だと伺っております。皆様は神々により肉体が強くなり、怪我や病と縁遠くなり、そして勇者達の生きた経験……戦闘技能の数々を宿すこととなりました。……ミクラ様と、タナカさん以外」
「え、三倉と田中は含まれないの?」
「いやいやそれより三倉様って! 何故に三倉だけ様付け!?」
「み、ミクラ様には我らが神をも怯ませる守護神がついておいでのようですから! ええ、我らが神を引きずっていずこかへ連行してしまうような力ある神が! 引きずって連れられて行ってしまいましたが、あれだけの神に守られているのですもの! きっとミクラ様は素晴らしいお力をお持ちなのですわ」
「何があったの神様に……三倉に、守護神?」
「おい、どういうことなんだよ三倉」
「僕が知るわけないよね。その神様って山と海、どっちにいそうな感じだったのかな」
「え……強いていうのであれば、山、でしょうか……」
「じゃあ、母さんの方かな。僕の母さん、古い時代の神職の家系出身だから」
「マジで? お前の母さん巫女さんなの!?」
「誰も巫女とは言ってないよね……?」
「どうなってるの、三倉……。えっと、じゃあ田中だけ無力? いや私らに勇者の記録が云々言われてもよくわからないけどさ」
「あ、あの……皆様に与えられた能力の詳細は、『ステータスオープン』と唱えていただければ確認できるかと」
巫女姫の発した言葉。
『ステータス』の言葉に、少年少女らはどよっと騒めき立った。
そんな中で昭君は携帯型のゲームをしていた。
「ステータス? なにそれますますゲームの世界じゃない」
「よかったな、三倉……お前の得意分野だろー……」
「目が死んでるよ、吉栖君。目薬いる?」
「なんで目薬持ち歩いてるんだよ。しかも未開封の新品を」
「目疲れしやすいんだ、僕」
「そりゃゲームばっかりやってるからだろ!」
「え、えっとそれでステータス? それを見れば何がわかるんだ……?」
ぎゃいぎゃいと動揺を紛らわせるように騒ぎ立てる吉栖君。
そんな吉栖君の隣で、これまで沈思黙考するように黙って成り行きを見ていた佐重喜君が戸惑いの表情を見せる。その声は人声聞いてわかるほどに上ずっていた。
困惑と焦りと、不安。冷静に努めようと自分に言い聞かせる。
そんな中で新しく出てきた聞き馴染みのある要素に、ますます現実感が薄れていく。
佐重喜君だって現代っ子の中学生男子だ。
今までにRPGゲームのひとつふたつはやったことがある。
みんなの困り果てた、疲れすぎた顔が目に入った。
率先して、自分がやろう。
自分がまず試して、安全性を確かめよう。
自分を実験台にすることで、少しは安心させてあげられたら……
そんな気持ちで、佐重喜君は唱えた。
「す、すてーてゃしゅおーぷん!」
噛んだ。
周囲に、何とも言えない生温かい空気が満ちる。
同時に佐重喜君の正面、空中にまさに『ウィンドウ』と呼びたくなるような何かが浮かびあがった。
しかし当の佐重喜君本人は羞恥に震え、赤くなる顔を抑えて蹲っていた。
恥ずかしさのあまり死にそうになっている佐重喜君。
そんな彼とはお構いなしに表示され続ける『ステータス』。
初めて目にする『ステータス』という現象(?)に中学生達は佐重喜君の許可も取らずにわらわらと群がった。そこには佐重喜君の個人情報が羅列されている。
『佐重喜 貴晴』
種族:人間 性別:男
職業:聖勇者 Lv:……
つらつらつら、とゲームのような能力値が連なっている。
だがその最後に、『称号』という欄を見つけて皆は覗き込んだ。
称号:
『勇者の魂』 効果:過去の勇者の経験を継承
『主神エンペラーペギー神の加護』 効果:全ステータスの飛躍的向上
『炎神マゼランペギー神の加護』 効果:火炎系魔法の才能
『イケメン』 効果:女性の興味関心に+効果
「最後の、って……俺、別にイケメンってわけじゃ」
「いやイケメンだろ」
「とっても将来有望なイケメンだと思います!」
「そうですね、サエキさんのお顔は整っておられるかと……」
「みんなが認めたね。結論、佐重喜君はイケメンみたいだよ?」
たったひとり釈然としない顔をする佐重喜君を放置して、吉栖君や村江さんは顔を見合わせる。
彼らの目は、きらりと輝いていた。
そして興奮のままに、次々に『ステータスオープン』と唱えていった。
傍観している田中君と、携帯型のゲーム機に集中しだした昭君以外。
そうして次々と表示されていく、三人のステータス。
「あれ、格闘家なの俺!? 佐重喜は勇者なのに……」
「勇者って柄じゃないものね、吉栖は。あ、やった。私は魔法使いだって!」
「私は……剣士? 別に剣道部とかじゃないのに」
きゃいきゃいなんだかんだでわくわく心を弾ませながら、確認する目はやがて称号に及び……
『吉栖 惇哉』
・
・
・
称号:
『格闘家の魂』
『戦神シャイニングロメオ神の加護』
『風神クリスタルゲルンハルト神の加護』
『村江 姫璃』
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・
・
称号:
『魔法使いの魂』
『姫神ジェンツーペギー神の加護』
『水神ケープペギー神の加護』
『西村 雪野』
・
・
・
称号:
『剣士の魂』
『剣神キングペギー神の加護』
『闇神アデリーペギー神の加護』
「なんか俺だけ! 俺だけ神様の名前ジャンル違わなくね!? 妙な疎外感!」
「待って! それより私達に加護くれてる神様の名前の方がツッコミどころ満載だから!」
「ペギーってなに? ペンギンじゃん!!」
しばし混乱に包まれる彼らの目を引くのは、主に称号欄に刻まれた神々の名前だ。
ただひとり、神々の名前に疑問を持ったことない巫女姫だけがきょとんと首を傾げていた。
そして田中君は遠い目で倭神様に顔面鷲掴みにされた上、引きずられて姿を消した神に思いをはせる。
ペンギンは、奴だけではなかったか……と。
神々の名前から予想するに、他にも同種の神々がいるらしい。
あんなのが何びk……柱も。
いつから自分はペンギン専門水族館に来てしまったのか。
益体もないことに思いを馳せて、そっと混乱から目をそらす田中君であった。
巫女姫イゼラヴィータさん
愛称:ヴィータ
ペッギーズ王国の偉大なる主神エンペラーペギーに仕える巫女姫。
昭君たちを召喚した儀式を執り行ったが、直後に目撃してしまった主神の無残な扱いに衝撃を隠しきれない。