5・ジム最強の女
【side とあるジムトレーナー】
――彼女は何者なんだ。
彼女――もちろん、エクレアのことである――が帰ってからでも、クレテール冒険者ジムではその話題で持ちきりであった。
「あれからクレイグさん……なにかに怯えているようにずっと震えている」
「ドラゴンと彼女を間違えるって……どんな恐ろしい目に?」
「でも彼女の体を見る限り、とてもクレイグさんには勝てるとは思えない」
クレイグは今でも、ジムの隅っこの方で膝を抱えて震えている。
クレイグは決して劣ったジムトレーナーではない。
それどころか逆だ。ジムトレーナーの中でも最高ランク――Bランクの現役冒険者だからだ。
爽やかで指導方法も丁寧で優しく、生徒からの信望も高い。
まあ――最高ランクというのは『現役』という状況で、引退した人を含めるなら、
「あら。なにかジムの中が騒がしいわねぇ」
声の方を振り向く。
「レイラさん……」
――レイラを一言で言い表すなら『絶世の美女』と言ったところだろうか。
アイシクルウルフの毛皮のコートに身を包み、立っているだけでゴージャスさを感じさせる。
レイラが冒険者ジムに入って声を出すだけで、みんなが一斉にそっちの方を振り向く。
まるでなにかの魔法にかけられてしまったかのようだ。
「ちょっとぉ、なにがあったのよぉ。アタシにも教えなさいよぉ」
ゆったりとした足取りで、こちらまで近付いてくるレイラ。
彼女の妖艶な目で見つめられると、蛇に睨まれたような感覚に陥ってしまい、自ずと体が固まってしまう。
「実は……」
ジムトレーナーは先ほどまでの事情を話した。
するとレイラは口元に笑みを浮かべ、
「成る程ね……そこのポンコツちゃんを模擬戦とはいえ、倒すなんて……」
「ポンコツ……」
何故だか分からないが、レイラはクレイグのことを『ポンコツちゃん』と
呼ぶ。
なんでも「出来るように見せて出来ない」と言うことらしいので、その名前で呼んでいるらしいのだが。
「ポンコツちゃんはポンコツだけでぉ、このジムで最高ランクの冒険者だからねぇ。ダイエットコースに来た生徒なんかには勝てないと思うけどぉ」
「やっぱりそうですよね……本人はクレイグさんの体調が悪かったからだ、って言ってますけど」
「ふふふ。案外、ポンコツちゃんが油断していただけかもしれないわねぇ」
レイラは愉快そうに笑う。
「まあ面白い子であることは間違いないわねぇ。ちょっとその子の入会書見してくれるぅ?」
「は、はい!」
『入会書』というのは、その名の通りクレテール冒険者ジムに入会する者が書かなければならない書類である。
名前や住所。簡単な経歴――そして右上のところに、魔法アイテムで撮られた『写真』が貼られている。
エクレア・アップルティー。
さし当たって目を惹くような経歴ではない。
せいぜい『両親が亡くなってから、残された遺産で一人暮らしをしている』という部分だけだ。
「ふふん。なかなか可愛らしい顔をしているじゃあない」
「だから余計に信じられないんですよ」
入会書に目を通していたレイラが突如、顔を紙に近付ける。
「ん? この顔……どこかで見たことあるようなぁ?」
「クレテールに住んでいるらしいですからね。道ばたで擦れ違ったんじゃないですか?」
「いや……もっと別のところで。王都とか――んー」
彼女がなにに引っ掛かっているのか分からない。
「まあ良いわ」
ジムトレーナーに入会書を押しつけるようにして返し、
「今日のところは疲れたから帰るわぁ」
「って! まだ来たばっかじゃないですか!」
「ここまで来るのに疲れたわ。家を出るのに九十%の体力がなくなるし」
「仕事しましょうよ!」
「とりあえず、明日は休ませてもらうわぁ」
「休みすぎです!」
ジムトレーナーの言葉を意に介さず、手を振りながらジムから出て行ってしまったレイラ。
「全く……」
レイラ・マドレッド。
れっきとしたクレテール冒険者ジムのトレーナーである。
このような傍若無人な振る舞いをしながら、決してクビになったりはしない。
何故なら――現役を退いているとはいえ、元々レイラはAランク冒険者なのだから。
彼女の小さくなっていく後ろ姿を見ながら、ジムトレーナーは溜息を吐くのであった。




