29・覚悟
「ふしゃああああああああああああ!」
断末魔のような叫び声。
苦痛のためか古代種が体をくねらせるが、私の両手はダイヤモンドソードを離さない。
「これでトドメだー」
なんてことを言ってみたりしながら、突き立てた剣を引いてみる。
パキンッ。
あれ?
そのまま、古代種を真っ二つに解体してあげようと思ったら、ダイヤモンドソードは間抜けな音を立てて真っ二つに折れてしまった。
「やっぱり!」
ジャンプをして、地面へと着地。
私の手には刀身が途中で折れてしまったダイヤモンドソードが。
……まあなんとなくこの結末は分かっていたことだ。
こんな、飾りとしてしか使えないようなダイヤモンドソード。
そこらへんの安物のロングソードと変わりないだろう。
いくら私が強くても、それに武器が付いてこなければ意味がなかったのだ。
「ふしゃ、ふしゃー!」
「いけないわあ!」
古代種の周囲に魔法陣が浮かび上がる。
「あっ」
と声を上げた瞬間——古代種は目の前から消滅してしまった。
今までの激戦が嘘だったかのように、辺りがシーンと静かになる。
「て、転移魔法だわ……どうやら逃がしちゃったみたいね」
レイラさんが珍しく慌てたような声を出す。
まあ手持ちの武器じゃ、トドメを刺せないことは分かっていたことだ。
「エクレア!」
戦いを終えた私に対して、フローラが抱きついてくる。
「お怪我は! お怪我はありませんか!」
「ないから、ないからっ! フローラ、ちょっと苦ひい……」
フローラの抱きつく力が強すぎて、顔が埋もれろくに呼吸も出来ない。
むー、古代種と戦っていた時より苦しいかも!
「んー……」
「どうしたんですか? レイラさん。珍しく難しい顔をしていますが」
「あら、失礼ね。アタシはいつもあなた達には理解出来ないような難しいことを考えているんだから」
頬を膨らませるレイラさん。
「魔力の方向を探ってみたんだけどね……どうも、あの古代種。クレテールの方に向かったみたい」
……。
…………。
へ?
今、レイラさん、なんて言ったの……。
「いくら冒険者が多い都市とはいえ、全員が相手しても古代種には歯が立たないわあ。このままじゃ、やばいわねえ……」
「ほ、本当にクレテールの方に行ったんですか!」
「もちろん、通り過ぎる可能性もあるわあ。でも……方角的には『人が多い街』といったら、一番近いのがクレテールだしねえ」
それってヤバいんじゃないか?
レイラさんの言った通り、あの古代種はヤバい。
あんなのがクレテールで暴れ回ったら……どれだけの人が亡くなるのか想像もつかない。
「どうにかならないんですか!」
「方法は二つあるわ。一つは王都に報告すること。古代種なんて出てきたら世界の危機だからねえ。騎士団を派遣してくれると思うわあ」
「それじゃあ早く……」
「でも一人二人なら転移魔法でどうにかなると思うけど、あの古代種を相手にするんだからねえ。もちろん、千人……いえ、一万人以上の人員が必要になると思うしねえ」
レイラさんの声には焦りが含まれているように聞こえた。
「それだけの人数を用意してクレテールまで辿り着く。最低でも一週間は必要になるわねえ……」
「い、一週間!」
一週間なんてあったら、クレテールは壊滅しちゃうよ!
いや、一週間も必要ない……。
あの古代種が暴れ回れば、一時間もあれば十分だろう。
「だから……アタシ達に出来る一つのこと、というのはクレテールを見捨てること。アタシ達はクレテールから離れたところで、息を潜めていれば大丈夫だと思うわあ」
「そんなの!」
クレテールにいる人々の顔を思い浮かべる。
冒険者ジムには何人かが残っている。
さらにはフローラのお父さんとか……。
うんうん、それだけじゃない。
たった二年だけど、あのクレテールには思い出が一杯詰まっているんだ。
それがたった一体のモンスターで壊されるなんて……。
「もちろん、エクレアさんはそれじゃあダメだと思っているでしょう?」
「当たり前です!」
力強く答える。
「……じゃあもう一つの方法。クレテールにいる人達だけで古代種を倒すこと」
「え?」
「あら、なにも不思議なことを言ってないでしょう? 古代種を倒せるだけの騎士団が到着するのは時間がかかる。だったら、アタシ達で倒さないといけないじゃない」
「でも! さっき、全員が相手しても古代種を倒せないって……」
「全員じゃなくていいのよお。たった一人でいいのよお」
「それって……」
レイラさんがじっと私を見つめる。
——ああ、やっぱりこの人だけは私の真の実力を理解しているかもしれない。
ってか『元勇者』という経歴もバレてしまうかもしれない。
レイラさんの真っ直ぐな瞳を受け止める。
「分かるわよね」
「…………」
レイラさんはそれ以上のことは言わない。
だけど彼女の表情を見れば、私がなにをすべきかってことは理解出来た。
——今からクレテールに行って古代種を倒す。
もしかしたら私の正体はバレてしまうかもしれない。
普通の女の子ライフが夢にになるかもしれない。
だけど……。
「……レイラさん。私だけをクレテールに送ってもらうことって可能ですか?」
「覚悟を決めたのねえ」
ニコッ。
いつもの蛇のような笑みではなく。
お姉さんのような温かい笑みを作ったレイラさん。
「あなた一人をクレテールに送るくらいなら出来るわあ。アタシの使える転移魔法でね」
「それじゃあ——」
「でもあなたはそれで良いの? いくらあなたでも古代種を相手にするのは疲れるんじゃない?」
そりゃ、疲れる。
でも今はそんなこと言ってる場合じゃない。
「エクレア!」
フローラが顔を近付けてくる。
「あなた一人だけじゃ危険ですわ。わたくし達も行きますわ」
「ありがとう、フローラ……でも大丈夫。私だけであのモンスターをなんとかするから」
これは覚悟であった。
勇者に戻る——という私なりの決意。
「じゃあ使うわね」
レイラさんの体から魔力が漏れる。
「……ごめんなさいねえ。でもアタシじゃ足手まといにしかならないから」
「それで十分ですよ」
「エクレア! お怪我はなさらないでくださいね」
「うん、大丈夫。フローラ。すぐに片を付けるから」
目の前が青白くなっていく。
みんなの顔がフェードアウトしていく。
そのまま一瞬、目の前が真っ暗になったかと思えば私はクレテールにいた。




