2・ちょっと本気出しちゃいました
「よし! 今日は模擬戦をやってみようと思う!」
ジムのお兄さんが前に立ち、私達の前でそう言い放った。
「模擬戦?」
「今日は本格的なのね? 危険じゃないかしら」
「アザが出来たら私、お嫁に行けない……」
大体、二十人くらいだろうか?
ジムの一室に集められた私達はみんな『女』で、ここクレテール冒険者ジムのダイエットコースに入会した人達なのだ。
……そう!
クレテール冒険者ジムは冒険者の育成を掲げながらも、体重を気にする乙女のためにダイエットコースを用意しているのである!
ジムのダイエットコースの噂は前々から聞いていた。
冒険者に施すのと同じような練習をすることによって、体重を減少させる画期的なシステムなんだ、と。
基本的に冒険者を育成するための練習はハードで、食事制限も設けられることからダイエットには最適なんだ、って。
「ははは! 心配しなくていい。君達が冒険者志望だったら、実践の怖さを知ってもらうために、少々厳しく教育させてもらうが、君達はダイエットコースの生徒達! 気持ちよく汗を流してもらうだけだから」
「模擬戦っていうのはどういうことをするんですか?」
「模擬剣を渡しておく」
木製で出来た剣を両手で持つジムトレーナーのお兄さん。
「僕と君達の誰か。一対一での対戦だ。もし! 僕に『マイッタ』と言わせることが出来れば、なんでも言うことを聞いてあげよう。ハハハ!」
お兄さんが顎を上げて高笑い。
それを聞いて、ダイエットコースの生徒達はヒソヒソ話をする。
「クレイグさんに言うことを聞いてもらう……私、デートに誘ってみようかしら」
「止めておきなさい。クレイグさん、ジムトレーナーでありながらBランク冒険者よ? 模擬戦とはいえ、私達が勝てるわけないわ」
クレイグ?
ああ、このジムのお兄さんの名前か。
それにしてもBランクか……私は勇者だった時代、SSランクとして王都のギルドに登録されていたから、どうしてもショボく感じてしまう。
「じゃあ……相手は……君だ!」
「え、私?」
ジムのお兄さん……いや、クレイグさんが指差したのはまさしく私。
「ど、どうして私なんですかぁ?」
「今日入ってきたばかりだからね! このジムの雰囲気を分かってもらうためにはこれがピッタリだと思ったからだよ」
「でも……」
「大丈夫! 怪我はさせないように手加減するから!」
白い歯を見せるクレイグさん。
模擬戦か……気が乗らないなぁ。
「じゃあ……お願いします!」
「良い顔だ」
クレイグさんから模擬剣を手渡され、向かい合うことになってしまった。
生徒に囲まれて、私とクレイグさんと対面している。
「よーし! どこからでもやってくれたまえ。ハハハ!」
高笑いをするクレイグさん。
……そりゃあ、細腕の私なんて負ける気なんてしないよね。
私はここでムキになったりしない。
――魔王を倒してから、普通の女の子として生きていくことを決めたのだ!
こんなところで無駄に目立ちたくない。
それに冒険者ジムに来ているとはいえ、私が入会しているのは『ダイエットコース』なんだしね。
適当に手加減して、お茶を濁させてもらおう。
「それじゃあ……早速」
隙だらけのクレイグさんにトコトコと近付く。
こんなもんかな?
渡された木製の模擬剣を適当に振り回す。
「……っ!」
瞬間、クレイグさんの目つきが変わった。
私がクレイグさんの体を両断……じゃなくて、当てようとしたら獣のように飛び跳ねながら後退した。
「え……? 今のはなに?」
「私、あの子の剣が見えなかったわ」
……しまった!
十分、手加減したつもりだったが! っていうか、虫も殺せないくらいゆっくり振るったつもりだったが!
勇者時代『剣聖』とも称された私の剣技が、こんなところで片鱗を見せてしまったらしい。
「ほほう……なかなかやるようだね」
今のでクレイグさんのスイッチが入ってしまったらしい。
好敵手を見つけたかのように口元に笑みを浮かべて、
「じゃあ次は僕から攻撃してみようか」
「え?」
「心配しなくていい! Bランク冒険者として、今まで数々のモンスターを倒してきた僕だ! 死なない……失敬。怪我しないように手加減は出来るつもりだ、多分」
「どうしてそんな自信なさげなんですか!」
「今の君の剣筋を見て、僕の中のなにかが目覚めてしまったみたい。いざ――尋常に勝負! はぁぁあああああああ!」
一度、冒険者のスイッチが入ってしまったクレイグさんを止めることは出来ない。
上に大きく剣を振りかぶって、クレイグさんが突進してくる。
うん、基本も出来ているし、どうやらBランク冒険者というのは嘘じゃないみたい。
だけど私にとっては欠伸の出るくらい遅い。
「いやぁぁあああああああ!」
そんな声を上げても、遅いものは遅いのだ。
適当なところで回避して、適当なところで戦いを切り上げようとした。
しかし――剣が目の前まで迫ってきて、私の方もスイッチが入ってしまった。
無意識に剣を回避。
我ながら華麗なステップを踏みながら、そのままカウンターでクレイグさんの額に剣を当てる。
「――っ!」
クレイグさんの反対側に抜けた私。
一瞬、訪れる静寂。
やがて――、
「ぐ、ぐはっ!」
後ろを振り向くと、クレイグさんが前のめりに倒れていくところであった。
その後、しばらくしてから悲鳴。
「ク、クレイグさんが死んだっ?」
「大変! すぐに他のジムトレーナーの人を呼びに行かないと!」
慌ただしくなるジムの中。
やってしまった!
ってか、さっきので死ぬわけないけど、勢いでちょーっとだけ本気を出してしまった。
「クレイグさん!」
倒れているクレイグさんの前でしゃがんで、体を揺する。
するとクレイグさんは苦しそうに目を開いて、
「B、Bランク冒険者である僕がやられるなんて……君は一体……!」
と言葉を吐いてから、再度気を失ってしまった。
――私の『ダイエット』生活が前途多難であることが確定してしまった瞬間であった。




