第41話 服薬
すみません、ちょっと遅くなりました。
「魔物が出たぞぉぉぉ!」
「逃げろぉぉぉ!」
「くそぅ! 遂に村の中にまで攻めて来たか魔物共!」
ようやく目的の村に到着したライズ達であったが、クラーケンの姿に驚愕した村人達が大パニックに陥っていた。
寧ろ山間部の村に巨大なイカが現れればパニックに陥らないほうがおかしいのだが。
「みーんなー! 薬を持ってきましたよー!」
逃げ惑う人々であったが、クラーケンの伸ばした足の先に見知った顔が乗っている事に気が付いて動きが止まる。
「あれは……カーラか!?」
「カーラだって!?」
「なんでカーラが魔物に乗っているんだ!?」
村人達の困惑など露知らず、カーラは無邪気に手を振っていた。
◇
「と言う訳で無事お薬を手に入れてきました!」
満面の笑みで胸を張るカーラに対し、村人達はどう事情を聞いたものかと困惑し彼等の視線は後ろに居たライズとソイド達に注がれていた。
ソイドもまた軽く肩を竦めると、カーラに代わって事のあらましの説明を始めた。
◇
「……という訳なのですよ」
ソイドからここに至るまでの話を聞いて、村人達はようやく安心できたらしく、肩の力を抜いた。
「成る程そういう事でしたか。しかし魔物使い……話には聞いた事がありましたが、これほど巨大な魔物を使役する事が出来るとは……」
恐れと好奇の視線が入り混じりながら村人達はクラーケンの偉容をを見つめる。
「それよりもお薬ですよ! 早く神官様にお薬をお届けしないと」
「う、うむ、そうだな。お客人、もてなす暇もなくて申し訳ないがまずは薬を頂けるかな?」
「承知いたしました。ですが薬は振動が厳禁の為、神官様のお宅の前までは我々がお運びしましょう。ここまで来ておいて薬を台無しにする訳にはいきませんからな」
「む、いやしかし神官様のおわす神殿は神聖な場所ゆえ……魔物はだな……」
村人達はクラーケンの姿を見て難色を示す。
神聖な場所に、たとえ人間に使役されているとはいえ魔物が近づくのは避けたいのだろう。
「何を言っているんですか! クラーさんはとっても良いイカですよ! ここまで薬を運んでこれたのもクラーさんのお陰なんですから!」
村人達の態度にカーラが激昂する。
どうやら旅の間にクラーケンに随分と懐いたらしい。
「だから我はクラーケンであってクラーさんでは無い」
クラーケンの呆れた様な、訂正するのも面倒くさいと言いたげな半ば諦めに満ちた声が谷の村に響く。
「喋った!」
「この魔物喋れるのか!?」
巨大なイカが喋った事に驚く村人達。
しかしそれも仕方が無い。魔物とは意思疎通の出来ない魔物の方が一般的だからだ。
意思疎通の出来る程知性のある魔物は、人間といさかいを起こさない様に距離をとる事が多い。
その為人間と敵対する魔物の方が認知されやすいという負の連鎖がそこにはあった。
「クラーさんはとっても器用なんですよ! 崖や滝があっても薬を揺らさずに運べるくらい凄いんです! クラーさんがいなかったら薬を持ってくるのは間に合わなかったんですよ!」
「わ、分かった分かった!」
カーラの剣幕にとうとう村人達は根負けしてクラーケンの立ち入りを許可してしまう。
(なんだ? 神官の住まう神聖な場所だと拒絶した割にはあっさりと引き下がったな)
その光景を見て、ライズはわずかな違和感を覚えるのだった。
◇
「神官様ー! カーラが薬を持ってまいりましたー!」
神官が住まうとされる神殿へやってきたライズ達が内部へ入ると、カーラは大きな声を上げて奥へと走っていく。
しかし突如カーラの前に現れた人物が彼女の行く手をさえぎり、その頭に見事なゲンコツを落とした。
見ている者が頭を抱えたくなりそうな鋭い一撃だ。
「こらカーラ! 神殿内では静かにしなさいっていつも言ってるでしょ!」
カーラの前に現れたのは、彼女に良く似た妙齢の女性であった。
「いったーい! せっかく薬を持ってきたのに! 忘れたらどうするのよお母さん!」
「アンタが忘れても薬を持ってきてくださった方達は忘れないから心配いらないよ!」
どうやら女性はカーラの母親であったらしい。
カーラの母はライズ達の前に出ると、深々と礼をする。
「初めまして、わたくしはカーラの母でタトミと申します。この度は遠路はるばる薬を届けて頂いてありがとうございます。その上馬鹿娘まで運んで頂いてなんとお礼を言って良いのやら」
「ひどーい! それじゃ私が荷物みたいじゃないの!」
「事実その通りなんだからアンタは黙ってな! 貴方達、薬を神官様にお届けなさい」
「「はい!」」
クラーケンから荷卸しされた薬の入った箱を、村の男達がそーっと運んでゆく。
薬をカーラに預けたらどうなるのかが火を見るよりも明らかだった為、村の若い衆に箱ごと運んでもらう事にしたのだ。
「それでは我々は神官様にお薬をお飲みいただきますので、皆様はこちらの応接間にてお待ちくださいませ」
カーラに似ていながらもカーラとはまったく違う大人の振る舞いに、なんともむずがゆい違和感を覚えるライズ。横を見ればソイドもまた同じ気持ちだったのか微妙な表情をしていた。
◇
その後、ライズ達は四半刻ほどの時間を応接間で待っていた。
「はー、神官様もうお薬飲みましたよね? 何で誰も来ないんでしょう?」
同じく応接間で待っていたカーラが足をバタバタとさせながら首を傾げる。
彼女も一緒に神官の下に行こうとしたのだが、タトミからお客様の相手をしろと追い出されたのだ。
もちろんライズ達にはタトミが病人の傍で騒がれるのを嫌がったのが手に取るように理解できた。
「まぁ、薬を飲んでもすぐに効果が出る訳ではありません。気長に待ちましょう」
ソイドが大人の余裕でカーラを宥める。
「はーい」
もはやどちらが客なのか分からない光景だ。
そうしてまたしばらくの時が経つ。
時間としては5分経っただろうか?
「……薬が効かなかったなんて事は無いですよね?」
ぽつりとカーラが漏らす。
その表情は先ほどまでの能天気な姿とは正反対に不安げだ。
「私はお聞きした神官様の症状から様々なお医者様や神官様にお話しを聞き、効果があると思われる薬を持ってまいりました。ですから必ず効くという保障はありません。ですがあの薬以外に神官様の病気を治せる可能性がある薬は見つかりませんでしたから、ここは薬が効く事を信じて待ちましょう」
どうやら薬を用意したソイドですらその効果を保障する事は出来ないらしい。
それほどまでに神官の病気は珍しいものなのだろう。
そして、もう四半刻が経った時、応接間のドアが開いた。
入ってきたのはカーラの母タトミだ。
「お母さん! 薬は効いたの!?」
カーラが飛びつかんばかりの勢いでタトミを問い詰める。
「やかましい! それを言いに来たんだよ! おとなしく聞きな!」
間髪いれずにゲンコツを叩き込んだタトミだったが、不意に表情を柔らかくする。
「安心しな、薬は効いたよ」
「…………っ!? ~~~~~~っぁ!!!!」
声にならない感じでカーラの表情がめまぐるしく変わる。
「…………っゃ、やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
大きな声で叫び、はしゃぐカーラ。
そしてこの時ばかりはカーラを叱らずにそっと見守るタトミ。
「お母さん、私神官様のところに言ってくる!」
言うや否や、カーラはタトミの返事も聞かずに神殿の奥へと駆け出していった。
「神官様の前では静かにするんだよ!!」
「分かってるー!」
カーラは振り返りもしないで全速力で駆けて行く。
「まったく、本当に分かってるんだか」
ため息を吐きつつもタトミは優しい笑みを浮かべた。
そしてライズ達のほうに向き直った頃には、すでにその表情は真面目なものに変わっていた。
「既にお礼は言わせて頂きましたが、重ねてお礼申し上げます。神官様の命をお救い頂き誠にありがとうございました」
タトミは深々と頭を下げる。
「いえいえ、我々は仕事でやった事ですから、かしこまる事はありませんよ」
ソイドが穏やかな声でタトミに頭を上げる様に促す。
しかしソイドの表情は非常に穏やかだ。もしかしたらこの男はかなりの人情家なのかもしれない。
タトミはソイドの言葉に従うように顔をあげると、そのまま言葉を続けた。
「それでですが、神官様より皆様に直接お礼を申し上げたいとのお言葉がありました」
「え?」
「どうぞ、奥の部屋までおいで下さいませ」




