第32話 河より来たる
『ちっ、奴等が来たか』
客を乗せ、空を飛んでいたドラゴンが忌々しげにつぶやく。
「どうしたんだいドラゴンさん?」
定期的にドラゴン馬車に乗っている常連客が珍しく不機嫌な様子のドラゴンに首をかしげる。
『気にするな、地を害虫が這っていただけだ』
「ドラゴンさんに害虫呼ばわりとはよっぽど面倒なのが居たんだねぇ」
「そりゃあ尚更地上を進まないで正解だったよ。空の旅にして良かったなぁ」
ドラゴンが不機嫌になった理由を、何かしらの危険な魔物を発見したからだと判断した商人達は、高い金を支払ってでも安全で早いドラゴンに乗ってよかったと笑う。
彼等からしたら、危険に身を晒して命と商品を失っては儲けるどころではないからだ。そして、大金を支払ってもそれ以上を儲ける自信があるからでもあった。
しかし、ドラゴンが不機嫌になったのは、ソレが自分に近しい存在であったからだという事には誰も気付いてはいなかった。
◆
ウィーユス河、レイディア山脈から流れる水がほかの川と統合し大きな流れを作ったテンド王国最大の大河である。
そこには大量の生命が住み、多くの魚や水棲の魔物達が暮らしていた。
そんなウィーユス河からそれらは現れた。
「何あれー?」
最初に気付いたのは魚取りに来た子供達だった。
子供達の指差した先には、川の中央に何らかの生き物が立っていた。
「何だアレ?」
釣り人が首をかしげる。
ウィーユス河の幅は広く、中心に近づくほど水深が深くなる。
そんなウィーユス河の中心に立つ生き物とは何であろうか?
「っ!?」
そこで釣り人は気付いた。それが一体ではなかった事を。
何十体もの生き物、否魔物がウィーユス河の真ん中に立ちながら下流へと下ってきたのだ。
「魔物だ! 皆逃げろ!!」
釣り人が切羽詰った様子で、周囲の仲間や子供達に声をかける。
その声を聞いて魔物に気付いていなかった釣り仲間や、浅瀬で魚取りをしていた子供達が慌てて逃げ出す。
しかし気付くのが遅かった。
ウィーユス河がまるで山の様に盛り上がったのだ。
「ひぃっ!? 今度は何だ!?」
上空まで引っ張り上げられた河の水がまるで滝のように降り注ぐ。
「うわっぷ!?」
瞬間的な豪雨に襲われた人々が頭を抱えて自ら己を護る。
そしてようやく豪雨が終って目を開けた彼等、信じられないモノをその目にした。
「ま、魔物……!?」
それは、巨大な魔物だった。
ドラゴン以上の体躯を誇る、山と見まがうばかりの巨大な魔物であった。
「じ、自警団に知らせ……」
町に連絡をしなければ、そう思った大人達だったが、魔物がある方向に向けて歩き出した事でその言葉を飲み込んだ。
「町に……向かっている?」
そう、この巨大な魔物は、デクスシの町へと向かっていた。




