1 世界の管理者と少女の出会い 中央の大都市ジュグ・ジュプス
ある雪の降る寒い朝だった。
『だいじょうぶ?』
少女は壁に寄りかかる青年に声をかけた。
青年は虚ろな眼差しで、彼女を見る。
ボロ切れ、肌には煤がつき、所々汚い。
ここは富裕層と貧民層の垣根のない町。
格差が浮き彫り、路頭に迷う孤児も浮浪者も、見て見ぬフリだ。
―――――カンカンカン!
「おはようレアン!」
早朝、けたたましいフライパンとお玉のアレをやる女=リイ。
わけあって一緒に住んでいる13才の少女。飯と家事をやってくれるメシスタンツだ。
「頼むからあと25分寝かせてくれ……」「水泳か!」
すかさずツッコミが入る。とりあえずは仕方なく起きることにした。
「ほらほら、皆待ってるんだから」
背をぐいぐいおされる。
「皆?」
皆って誰だよ――――
「ボクを弟子にしてくださいレアン師匠!」
「俺は弟子はとらない主義なんで」
弟子志望のしつこい青髪の少年、ディシとかいう野郎だ。
「おはよう。お兄ちゃん」
俺の妹グアーナがひょっこり顔をだす。
「お前らなんで一緒にいるんだ?」
「まさか……」
こいつら付き合っているんじゃないだろうな。やめろよどうせなら義理の弟は金持ちがいい。
「違うわよ!? 彼が道にまよっていたからたまたま案内したら兄さんの家だっただけで……」
「まあいい、さっさと入れ」
「お邪魔しま……「お前には言ってない」
なにナチュラルに入ろうとしてんだこいつ。
「まあまあ、固いこと言わないで水くらいは出してあげてよ」
とグアーナは言う。リイが台所へ行く。
―――ふと思い出した。以前アチラ側から収穫したものがあったのだ。
「茶のついでにアレ、煮沸してくれ」
「わかった」「アレ?」
グアーナはいぶかしむ。
「なんでもない。ただの新商品のことだ」
∽<むげん>の世界ミーゲンヴェルド。全ての宇宙と連動し、終わりなく永久に続く世界。
俺はこの世界の全ての事象、始まりのカミ存在を知っている。
そして、世界を管理する神の代行者だ。
それをこいつらは知らないし、この先も言うことはない。
俺はただの器用貧乏魔剣士として平穏な生活している。
ガラガラ――――ドッパラタタタタタ。なにやら空軍の機体がうるさい。
「なんだ……外が騒がしいな」
「ヨウコクの隣にあるインダがワコクに戦争をしかけたんだって」
―――なんだと、そんなことをプログラムした覚えはないぞ。
システムエラーでも起きたというのか?
あれは自分の意のままに弄ればいいだけなの簡単なシステムである。
つまり俺がミスをしたとは考えられない。
「ワコク?」
ディシが首を傾げたので軽く説明してやることにする。
「ワコクっつーのは、まずこの国がジュグな」
「真ん中のジュグの周りには時計周りにヨウコク、チャイカ、ワコク、トロカピアン、アラビン、インダという6つの国があるの」
グアーナがパネルの向かって右に立ち、指揮棒で地図を回す。
「へー」
「で、ワコクってのは取り合えずシノビがいるの」
「シノビ?」
「簡単に言うとスパイよ」
「すげー」
――――――【ワコクの庭】
「なに、インダの兵がいきなり攻めてきただと!?」「前触れもなくいきなりか?」「はい!」
「敵は外門を突発しました!!」「こうなっては仕方がない……腰元<コシモト>のダリンダ!国が滅ぶ前に主姫<ぬしひめ>様を連れて逃げるのだ!」
「ははっ!」
―――
「―――あ」
回路が繋がった。いけというのか神よ。
「兄さんどうしたの?」
「ちょっとヤボ用だ。留守はまかせる。いくぞリィ」
「あ、待ってよレアン!」
―――――――――
「姫様お急ぎください!」
武装した妙齢の女と、薄絹のまま連れ出された幼い少女は屋敷の地下をひたすら走る。
「ダリンダ……どういうことなのじゃ……?」
銀髪の少女は状況がのみ込めず。手をひかれながら困惑した。
「敵襲にございます」
「なんじゃと……」
「ですからなんとしてもジュグに急がねば――――」
「くっくっく……そうはいかねえよ御二人さん」
「貴様! インダの兵か!?」
「おうよ、オレはインダの兵ラーリパッパってんだ」
男はンワアールを振り回した。
ダリンダは長刀〈ランスモドキ〉を構える。姫は背に隠れた。
「どうしたよぉ……戦わねえのかぁ?」
ラーリパッパが挑発するがしかし。
「く……どうすれば……私一人では戦えない」
ダリンダの脳裏には戦いの最中、男の仲間に姫を拐われることへの危惧がある。
「くっ!」
ダリンダは長刀を構え、眼前の敵へ突進。姫の後ろに別の男が迫った。
「姫様!」
「隙あり!」
ダリンダは気をとられ、ラーリパッパに首を狙われる。
しかし、ラーリパッパの武器は砕けた。姫をとらえようとした男の体もだ。
「なんだてめぇらは!」
ラーリパッパが後ろを振りかえる。
「ただの通りすがりの魔剣士だ」
「私はその助手よ」
リィが銀糸のような手綱を引くと、男の傍にあった武器が手元へ帰る。
「オイオイ冗談はよせよ、まさかその嬢ちゃんがあいつを……」
「どうだろうな?」
「くっそおおお」
男は激情した。魔剣士は気にとめず左手で赤の鞘から漆黒の剣を引き抜き、ラーリパッパの首筋へ切っ先を向けた。
「いけよ、そしてお前の頭に伝えておけ“俺のシマで好き勝手やると、お前の首が今にでも飛ぶぞ”ってな」
男が去ると、ダリンダと姫は呆気にとられた。
「あ、あのもし……」
「なんだ?」
「我々はワコクから来たもの。ワケあって素性は明かせぬが、なにとぞその名を――」
「俺はレアン、見ての通り魔剣士。でこいつは……」
「彼の押し掛け女房のリィよ」
「違うだろメシスタンツだろ」
レアンはリィの額を指で弾く。
「なんだかわからぬが、妾はそなたらに、礼がしたい」
「いらねーよ、じゃあな。いくぞ」
「あ、待ってよ~レアンマン!」
レアンは帰宅し、勢いよくソファにたおれこむ。
「あーだりー」
「もーなにやってたの兄さん」
「ヤボ用って言ってるだろ」
俺が魔剣士であることは神やリィ、後もう一人にしか言っていない。
そして管理者ということはオレと神しか知らない事だ。
―――――
「――なに、インダの兵がやられた?」
男は顎髭を撫でつつ、密偵の報告を聞いた。
「いかがいたしましょう」
覆面の密偵は頭を垂れ指示を待つ。
「うむ……いかが致そうか――五人集よ」
「次の手駒を放つしかアルまいアルな」
孔雀羽の扇の男は笹をかじる。
「うーん……いい出来だ」
「スパイスくっさ! あんたなにカレェ煮てんの!?」
「それにパィンを入れよう」
「やめろ。リンgoまでなら許す」
「ともかく動け」
「は―――」
――――
「なんか嫌な予感がする」
「なんだよいきなり?」
―――――タタタ!!バーン!!
「たのもう!」
銀髪の少女と黒髪の女がドアを勢いよく開く。
「レアン殿の邸はここか?」
「ああ」
昨日助けた二人組か―――
「どうやってこの場所を突き止めたの?」
「ジュグの方に聞いてまわったのです」
「ふーん。忘れていたから今言っておくが俺が昨日お前らを助けたことは他言無用だからな」
「なぜじゃ?」
「あれだよ、コナソの正体がシンイチィだって知られちゃいけないみたいな?」
「ネタバレやめてください」
「今更?」
キイ――ドアがあく。
「あ、兄さん帰ってたんだ」
「ああ、診察は終わったのか?」
グアーナは生まれつき治らない病気を持っている。薬を飲めば抑制できるが、慢性型でやっかいな種類だ。
俺は医者ではないので詳しくは知らないが。
「さっき井戸端会議中のオバチャンたちが、危ないやつがうろついているから気を付けなさいって話してたよ」
「よく春には頭のイカれたやつが出るが、季節問わず危ないやつはいつでもいるからな。お前は通院中、気を付けろよ」
「うん。でも……」
グアーナは他にもなにか言いたそうにした。
「あ」
リィが時計盤を見て、声を出す。なにかと思ったが――
「ああ……そろそろ夕カタ草の咲く時間だな」
あれはきまった時間というか名の通り夕方に生え、時間過ぎれば風化する薬草だ。
「じゃあ今日は私がつんでくるね」
すぐ裏の庭だし、まあ大丈夫だろう。
「ああ、気をつけろよ」
「あれ、ところでその二人は?」
若い女二人を平然と家に招いていることを怪しまれてしまった。
「あー私は腰元のダリンダ、こちらがワコクのシュカ姫様です」
「やっぱりお姫様だったんだ。で、なんで偉い人がこんなところにいるの?」
まあそうなるよな。
「私たちは国を襲撃され逃げてきたのですが、道中暴漢に襲われ、助けていただいたのです」
腰元は一応ごまかしてはくれたようだ。
「そうだったんだ。でも兄さんよく暴漢に勝てたね」
と、俺が実は強いことを知らないため驚いている。
「あーたまたま向こうが弱かったんだ。
あー筋肉痛がするぜ」
気分よくソファで仮眠をとる。
――ふと神がジャガレコの食いすぎで胃痛を訴えているのを関知した。
「あの、我々は行き場がないのです。せめて姫様だけでもお助け願えないでしょうか?」
ダリンダと姫が目をウルウルとさせている。演技だとわかっていても無下にはできない。
「まあいいぜ、丁度部屋は一つあいてる」
「感謝いたす」
____
「ふーこれくらい詰めば……!」
(なにか視られているきがした……)
____
「ただいまーつんできたわ」
「ああ」
リィが戻ると、摘んだものを瓶詰めにし、棚へうつした。
「じゃあ私はそろそろ家に帰るね。また様子見にくるから」
「ああ、送ってやろうか?」
「すぐ近くだし大丈夫だよ」
グアーナが家を去る。台所からリィがやってきた。
「……さっき裏庭にいったら誰かが見てたわ」と神妙な顔で話す。
「刺客か?」
ダリンダと姫は顔をキリッとさせた。
「たぶん俺のファンかなにかだろ」
弟子なり奴~とか。
「せっかくの大都市だというのに、そちはなぜ小さな家に住んでおる?」
「金がないからだよ」
両親は死んでるし、主にグアーナの薬代がある。まあそんなことをこいつらに話す必要はないな。
「そうか……」
「んで、敵ってのはインダだったよな」
ヘリやら戦車の音がジュグを通過する騒音、インダがワコクへ攻めたという話を今朝方グアーナがしていたわけだし。
「敵は二人の褐色の男、武器はンワアール。インダの手練れのようです」
ンワアールとはインダあたりの暗器の一種で、暗殺された瞬間に武器に気がつき死にながら『うわっなんかある!』的なことを言ったとかが由来である。
朝け方に目が覚める。なんだかガヤガヤ騒がしい。
再び寝て、翌日になりグアーナが叔母夫婦の家からやってきた。
「ねえ兄さん町に旅芸人がきているらしいよ」
「へーあっそ」
朝からなんだか騒がしいと思ったら。
「あっそって……見に行かない?」
「旅芸人なんて怪しさ満載だろ。【帝都の葬列パレード】の双子が出てくるあたり読んでこい」
「あれは漫画でしょ」「いや小説だ」
「どっちでもいいけど、……リィさんが観に行きたそうだよ」
リィは目をそらしつつ足をソワソワしていた。
「しょーがねぇなぁ」
姫とダリンダは顔をかくして連れていく。留守の間に敵が現れたらなんか俺の判断が悪い気がするからだ。
近くにいればまあ大丈夫だろう。
――――
「いやーこんなところで師匠にお会いできるなんて!」
「やっぱり帰ろう」
「えーせっかく来たのに!」
「ディシくんはどうして兄さんの弟子になりたいの?」
そういやこいつ、なんでオレの弟子になりたいんだ?
正体を見られたわけでもないし、まさか敵のスパイじゃないだろうな。
「それはもちろん――」
「もちろん?」
「なんとなくです」
ズコー
大道芸だかサーカスだかしらんが、幼い双子の兄妹が手品を披露していた。
ベタに物が消えるというもので、トリックはすぐにわかった。
簡単に言えばめっちゃ高速で移動している。常人、ましてやガキには不可能な速度でな――――――
「すごかったねー!」
「いやー小さい子とは思えないくらい完成度の高いマジックでしたよ!」
グアーナ達はトリックにもなにも気がついていないようだ。
「レアン?」
リィがこちらを気にしている。
「あいつらは怪しい……」
小さな声で話す。先程までいた双子は次のショーの準備で姿を消した。
「あいつらって双子?」
「そうだ」
「もしかして私の感じた視線となにか関係あるの?」
「さあな」
―――――――――――
「それにしてもなぜインダはワコクへ戦を仕掛けたんだ?」
「……わかりかねまする」
ダリンダに何か知らないものか、たずねる。しかし姫の護衛として付き添うだけの立場のようで、詳しくはわからないらしい。
「ダリンダ殿」
上から見慣れない装束の女が現れた。
「誰!?クセモノ!?」
グアーナがモップをかまえた。
「お待ちください。あれは忍の女……ワコクではクノイチと呼ばれる密偵です」
「密偵……スパイもしかしてあれがニンジャなの!?」
どうやら敵ではないようだが、なにかあったということか。
「拙者はワコクのくの一頭、喜裂<キサキ>と申すもの。主たるクツソより命じられ、報告に参じました」
忍びは片膝をついて名乗る。かいつまんでここへ来たわけを説明した。
「クツソ?」
レアンはシュカ達に問いかけた。
「我が国の将軍、狩安<かりやす>様に次ぐワコクの権力者じゃ」
「私が姫様をここにお連れしたのも彼の命で……」
シュカとダリンダの話を聞いて、そうか。と頷くレアンは少しひっかかった。
「ちょっと待て……シュカ。今、狩安様って言ったよな」
「ああ、それがどうしたのじゃ?」
「将軍はワコクで一番偉い、つまり姫であるお前の父親だよな?」
レアンはシュカが狩安を父上と呼ばなかったことにひっかかったのだ。
「妾の父は昔に死んだので叔父にあたる狩安が将軍となったのじゃ」
シュカは冷たい目で淡々と言った。
「そうだったか……わるい」
「気にせずともよい。城の者は皆いいものたちじゃ」
「して、インダの兵がワコクに攻めてからどうなった?」
ダリンダは真剣な眼差しでキサキに問う。
「は、姫様の姿が無いことを知ったインダの兵は、シュカ姫の御母堂様を人質として連れ去りもうした」
「なんじゃと!?」
「……ひどい」
戦とは遠い暮らしをしていたグアーナはシュカに同情した。
「女性が敵地に連れていかれるなんて……なんとか助けにいけないんですか!?」
ディシは周りをきょろきょろと見る。
「良いのじゃ……」
「シュカ姫!?」
思いがけない言葉にグアーナは驚く。
「拐われても助けを期待するなと、何千の兵を無駄にするくらいなら自分一人の犠牲で済ませ……そう母上は常々いっておった」
シュカは覚悟を決めたと言う―――
「しょうがねえよな……どっかに強くて優しい英雄がいれば助けてくれるだろうが」
レアンは両手を上げてやれやれ、といった感じに歩く。
「こんなときにどこいくの兄さん!」
「ちょっとカキタレと遊んでくる」
そう言うと、手をヒラヒラさせて家を出た。
「あ、私は用事があるんだった買い物いってくる!!」
リィは食事の用意をすると言って急いで外へ出た。
「それで……どうするのレアン」
リィはレアンとすぐ近くで合流した。どうするかはわかっていて、あえて聞くのだ。
「決まってるだろ」
「そうだよねレアンはいい加減だけど根は良い奴だからね」
「それ誉めてるのか?」
「うん、たぶん」
「行くぞ」
「おー!」
――二人はシュカの母親を助けにいくことにした。
◆
「さーて敵はどこにいるのかしら」
「そもそも拐われたシュカの母親は、どこに連れていかれたんだろうな」
カッコつけてつっ走ったはいいが、まずはインダに忍び込み情報を手入するしかないな。
「おいきいたかーワコクからめっちゃ美人の女が連れてこられたらしいぜ~」
酒場では丁度、シュカの母について語るものがいた。
「そんな話題にあがるほどの美人がワコクなんかの平たい顔にいるもんか、ぜひとも拝みてーもんだ」
「バッかでーおれらみてーな平民にゃ手なんか届かねーさ」
「やっぱ捕虜の美人は王に献上されるもんだし、城にいんのかなあ」
「そりゃーねーだろうよ王は女だからな。そういう趣味なら別だがそんな噂もねーし」
「女を囲うとすりゃあラーリパッパ将軍か部隊長ドクサレーあたりが妥当ネェ」
「つまりドクサレー部隊長の屋敷の地下にいるのか……」
レアンたちはあっさり居場所を突き止めることができた。
まるで誘き寄せているかのように、簡単にだ。
(酔っぱらいのくせに役立つ情報をボロボロとありがとう)
――――――――――――
「クイーン、何者かがインダに忍び込んだようです」
密偵の女は玉座に座る者に告げた。
「ゴクロウ、もうさがってよいぞ」
ミルクのような滑らかな白髪を褐色の肌にたらした女。
「タラタリラッタ様」
女王の前から密偵が去ると入れかえになるように男が現れた。
「ラーリパッパ、お前どこぞの男女にやられたらしいな」
「はは、もうしわけありません」
「かまわん……此度のは直属の部下であったのだろう。丁重に弔ってやれ」
ラーリパッパは女王の前から去る。
「将軍」
女王タラタリラッタとよくにた顔の女が、侍女とともにラーリパッパの前にあらわれた。
「アッルラエ」
「はい、ソルタカッタ姫様」
侍女がつんだばかりの花を手渡す。
「わたくしの花もどうか彼へ手向けてください」
姫は一輪の花をラーリパッパへ手渡した。
ラーリパッパは部下が姫を密かに思慕していたことを思い出す。
川に死骸を流すさいに、姫に花をのせさせてやりたい。
けれど遺体に近づけることはできない。死は主姫にとっての穢れであるからだ。
「姫の気持ちを知れば向こうで奴も浮かばれるでしょうな」
そう言うとラーリパッパは死んだ仲間を送りに向う。
しばらくして城内へ入り女王タラタリラッタへ報告に向かう。
「ラーリパッパ様」
「なんだ」
ラーリパッパは迷惑げな顔で振りかえる。
「胸中お察しいたします」
アッルラエは涙ながらにいう。ラーリパッパは女の言葉に眉を潜めた。
「そうか、用はそれだけかよ」
「あの……!」
アッルラエは頬を染めながら、ラーリパッパを見つめる。
「しつけーな……」
アッルラエはラーリパッパの背へ持たれようとする。
「……この背はお前なんぞにに預けるモンじゃねえ!」
ラーリパッパはアッルラエが自分を慰めようとした方法に怒りを露にした。
アッルラエが泣きながら走ると、ラーリパッパの部下のテレッテーは泣きじゃくる女をなだめている。
ラーリパッパは少し頭を冷やし、女王へ報告に向かう。
「見ておったぞラーリパッパよ」
鎮座して脚を組んでいるタラタリラッタは愉快そうに微笑む。
「は?」
「年若い女を泣かせるとはお前もスミにおけぬな」
タラタリラッタは“あの小さかった小僧が大きくなったものだ”とからかう。
「戯れを……お言葉ですが陛下とはたった二歳差ですよ」
ラーリパッパは眉をひくつかせる。その表情でさらに面白いなとタラタリラッタは微笑んだ。
――――――――――
「あやつら……遅いな」
シュカはレアンが自分の母親を救いにいったことなどつゆしらず。
「そうですね」
ダリンダは先程みたレアン達の、あからさまな芝居を思い出してクスりと笑う。
「どうしたんじゃ?」
「いいえ」
シュカは訝しむが、ダリンダは何も答えず微笑んでいる。
「……のうダリンダよ。聞きたかったのじゃが、此度の件はあの戦いが始まってしまったせいなんじゃろう?」
「さて、なんのことやら」
「隠さずとも良いのじゃ……」
そういったシュカにダリンダはただ頷く。
「……娘盛りのそちを巻き込んですまぬな」
「いいえ」
「妾の生まれる数年ほど前に赤子だったそちを、祖母が屋敷で見つけたと聞いたのだが真なのか?」
「はい……出生の知れぬ捨て子である私を救ってくださった事。この恩義は生涯をかけてお返しいたします」
ダリンダは姫への忠誠より先にワコクへの恩義があった。
「そなたがもしも本当の家にいたのなら、ここでこうして奴等と出会うこともなかったのじゃな……」
「そうですね。では姫様がもしも姫でなかったとしたら?」
ダリンダが何気なくたずねるとシュカは考える。
「ただの家族がほしいな屋敷より狭い家でも良い。ただの笑顔のたえぬ町民のような暮らしがしてみたい」
神に捧ぐ供物の主姫であるシュカは将来、家族や伴侶などを持てない。
ダリンダはそんな悲運の少女に同情するしかなかった。
――――――
「ふんふふーん」
青髪の少年は鼻歌スキップで町をうろつく。
「おいそこの糞野郎!」
少年が自分が呼ばれたのかと罵声のきこえた後ろを向くと、粗野な男が気弱そうな露店の老人に絡んでいた。
「俺様の許可なく商売してんじゃねえぞ!!」
「ほう……兄ちゃんはこの城下町の管理者か?」
老人は少しも動じずにそこに座っている。
「うるせえよオラァ!」
粗野な男が老人に拳を振り上げると男の腕が曲がり老人の前にへたりと無様な形になった。
「やるじゃないか若造」
老人は薄目を開き口の端をあげた。
―――――
舌を噛みきらぬよう口に布を噛まされた女は大人しく地下牢に鎮座していた。
「ほう……ワコクにしては中々の上玉か」
恰幅がよく肥えた体格のいわゆるデブ男は捕えた女を吟味する。
その女の目は自分の置かれた立場にたいする恐怖や男への嫌悪ではなく、ただ眼の前にいる敵を強く見すえていた。
「あいにくコブツキの年増のきたねぇ躯には興味がない。だがもの珍しい人形を飾るのも一興か」
―――――――――――
「さて居場所もわかったことだし、乗り込んでちゃっちゃと片付けるか」
「おー!!」
レアンは裏口から入り、リィは前門から堂々と門番ごと破壊して乗り込んだ。
「なにものだ貴様ら!!」
黒いアントマスクの男と白いバタフライマスク女が敵を前後から挟みながら城内を襲撃した。
雑魚を退治し、優雅なテーブルがある部屋に着いた。
そこには美女をはべらせソファにどっかりと座るデブ男がいる。
男から距離をおいた後ろ側にはガラガラと転がせるあれのついた檻に入れられたワコクの女がいる。
「貴様がドクサレー部隊長だな」
レアンは一目でシュカの母を拐った男だとわかった。
「いかにも、貴様らはなんだ。この私の命を獲りにきたとでもいうのか?」
‘これは愉快’そう言うとドクサレーが腹を揺らして笑う。
「我は漆黒の魔剣士、闇と魔を祓い悪がそびえしこの世界を救うもの」
レアンが名乗る。
「我は純白の執行者、罪深き汝に裁きの刃を降す」
リィが宣言した。
「貴様等のような若僧や小娘など大斧の錆にしてくれようぞ!!」
ドクサレーは大振りな刃のついたそれを、これ見よがしに持ち上げる。
そうして回転しながら衝撃波を送った。
はべらせていた女たちもろともテーブルが風で吹き飛んでいく。
「どうだァ!!貴様等ごとき細腕ではこれを持ち上げることは―――――」
ドクサレーは次の言葉を封じられた。
「死者に口は要らない」
ドクサレーの敗因は武器を振り回したことだ。
敵ではなくそれを翳す己しか見えていない。
大きな隙ができている間に事は済んでいた。
「所詮は部隊長か……大したことないな」
レアンは大きな顔をしていたドクサレーの骨の無さに悲観して、その厚顔さを貶した。
「部隊長といえば、将軍よりもランク下だものね」
リィはいつぞやインダの兵長と戦ったことを思い出す。
「将軍ってどんな奴なんだろうな」
「いつか戦うときがくるんじゃない?」
レアンとリィは話すのをやめ、着物の女が閉じ込められた檻へ歩く。
「貴女がシュカ姫のお母様ね」
リィは確認する。
「……そなた等は」
女はうなずくと怪訝なものを見る目をした。
「通りすがりの英雄だ」
「私達は貴女を助けにきたの」
―――――――――――
「兄さんたち遅いわね」
グアーナはリビングのチェアに座りながら壁にかけられた時計を見て呟く。
「まさかあのお二人……」
ダリンダは二人のことを想像しつつ、ニヤニヤしながら出されたお茶を飲む。
「二人がなんじゃ?」
シュカはダリンダを不思議そうにみた。
「あのふたり前からあや……!」
「どうなさったんです!?」
グアーナは突然左胸を抑えて苦しみ出した。
「グアーナさん!?」
ディシはくるやいなや、グアーナがテーブルに倒れこんでいたため驚いた。
「とにかくダリンダ、医者に連れていってやるのじゃ!!」
ダリンダはシュカの守護という役割はあるが、シュカにはグアーナを運べないため、仕方がない。
「ダリンダ殿、姫様は私が見ています」
くの一が医者など不特定多数の人間がいる場にはいけない。
ディシはヒョロい小僧のためやはりダリンダがいくしかなかった。
「キサキ、小僧、姫を頼んだ!!」
「はっはい!」
ダリンダはグアーナを軽々と俵担ぎにして病院へ走っていく。
―――――
「……もし、そこの童たちよ病院の場所をご教示願えんだろうか?」
「あっちの道を左にいくとー」
「看板があるよ~」
「感謝いたす!!」
――――――――
「うっ……!!」
青髪の少年は何者かに背後から首の急所を突かれ、気絶させられるとその場に倒れた。
「おぬし!!なっ何ゆえこのような真似を!?」
少女も軽く腹の急所をうたれ意識をなくした。
◆
「ただいま~買い物してたらそこでレアンとバッタリ会って一緒に来たら正義の味方がこの人を助けてくれたのよ!!」
リィがドアを開けるやいなや、皆にシュカの母、サショウについて追求される前に全てを説明してごまかした。
しかし、それは杞憂となってしまう。
なぜならその場には人の姿がほとんどなく、ディシが倒れていたからだ。
「おい……何があった!!」
レアンはうつ伏せで気絶しているディシをたたき起こす。
「師匠……背後から何者かに急所をつかれて……」
「グアーナは家に帰ったの?それにシュカとダリンダは?」
リィはディシに問いただした。
「ダリンダさんはグアーナさんが倒れたので病院へ連れて行きました」
ディシは首の後ろをおさえて痛がる。
「ええっ」
「シュカさんは多分……僕を気絶させた奴が拐ったんじゃないかと思います」
「グアーナが倒れたのは偶然だとしてなぜダリンダはシュカから離れたんだ。お前が連れて行けばよかったんじゃないか?」
「ヒョロイから僕じゃ運べるか心配だってその場の空気が漂ってましたし……キサキさんがいるから大丈夫だって……あ」
ディシの言葉にレアンとリィは顔を見合わせる。
「……シュカが連れ拐われた?」
サショウが眉を下げる。
「ただいま、グアーナ殿なら問題な……」
ダリンダは四人から凝視され、なにがなんだかわからないとキョロリキョロリとそれぞれの顔を見る。
「シュカが拐われた。というわけでワコクに行くぞ。このうっかりダリンダが!!」
「ダメリンポンコツナンダさん!」
「妹さんを病院に連れていった人にそれはないんじゃ……」
「お前は黙ってろ」
「やっぱりアンタがグアーナを病院連れてけばこんなことにはならなかったのよ」
「そもそもなぜキサキさんはダリンダさんがいないときを狙って?」
「そういわれてみれば不思議ね」
「キサキはクノイチだから本来は戦い向きじゃないんだろ。いくら相手がポンコツでもナギナタを持った相手がいたんじゃ対象を拐うなんて無理だ」
「つまりディシはクノイチにまで馬鹿にされてるってことね」
「あはは……」
皆はサショウのことをグアーナの付き添いとして病院へ任せる。
レアン、リィ、ダリンダ、ディシはワコクへの門へ走る。
「あのさレアン、今さらだけど……」
「なんだよ」
「なぜ僕らワコクへ向かっているんですか?」
ディシは訝しんでレアンに問う。
「なぜってシュカを拐ったのがキサキなら普通にワコクしかないだろ」
「でも安直すぎませんか、キサキさんがシュカさんをワコクへ連れていくって、ただワコクのお家に帰るようなもんですよね?」
「あ……」
レアンとダリンダがハッとした。
「まー達観してるようで少し抜けてる~のがレアンの良いところだってアライアさんも言ってたし。そういう率直なところがアンタの良いところだよね」
とリィはレアンににかっと微笑んだ。
「アライアさん?」
「俺の姉貴だ」
「レアン殿には姉上がいらっしゃりまするのか……」
「ああ腹違いのな。後は腹違いの兄貴、弟がいる」
「……複雑な家庭なんですね」
二人が無言になり場は静まり返ったが、レアンは気にせず。
「で、キサキはどこへ行くってんだ。そいつの主人ならクツソも怪しくなってきたし、なにか企んでんじゃないか?」
「もしやインダでは?」
ダリンダがひらめいて、手をポンと叩いた。
「あーなるほど、つまりはこの戦いはワコクのクツソ野郎&キサキとインダのドクサレーが共謀したってことだな」
「つまりクツソの配下たるキサキはシュカ姫をインダへ運ぶってことね」
「だがドクサレーならもう倒したしな……」
レアンは今さらだがディシに聞こえないようにリィへ話しかける。
「つまりキサキはそれを知らない?」
「いや普通にインダの女王とキサキが組んでいる可能性もあるな」
「ああ……あっさりインダに入国出来たのは私たちを誘導してドクサレーを始末させるためとか?」
「あのーとにかくインダへ行きませんか?」
「それもそうだなどうせ敵は全員ぶっ倒すならゴチャゴチャ考えても時間の無駄だしな」
◆
袋を俵かつぎにしたクノイチの女はジュグの門からインダの門へ向かう。
「我が主の命において、その荷物を引き受けに参った」
突如その場に姿を表した忍装束の少年はクノイチの女と対峙。
双方は擦れ違い様にクナイ、手裏剣を投げあった。
「その赤き紅葉の入れ墨金の耳飾り……イーガの上忍か」
少年は肩に刺さったクナイを引き抜き、その場に投げ捨てる。
相手の年が上であっても所詮はクノイチだと考えていたが、相手が上忍であると知り眉を潜めた。
「その額にある青イチョウの入れ墨……コーガ者か。その銅の首輪……下忍にしてはやりおるな。精進せよ小わっぱ」
クノイチの女は指に挟んだ手裏剣を少年に投げるとインダの門へ向かった。